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株主総会の決議を経て内規に従い支給されることとなった会社法361条1項にいう取締役の報酬等に当たる退職慰労年金につき,集団的,画一的な処理が制度上要請されているという理由のみから,内規の廃止により未支給の退職慰労年金債権を失わせることの可否

平成22年3月16日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
株主総会の決議を経て,役員に対する退職慰労金の算定基準等を定める会社の内規に従い支給されることとなった会社法361条1項にいう取締役の報酬等に当たる退職慰労年金について,退任取締役相互間の公平を図るため集団的,画一的な処理が制度上要請されているという理由のみから,上記内規の廃止の効力を既に退任した取締役に及ぼし,その同意なく未支給の退職慰労年金債権を失わせることはできない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/700/038700_hanrei.pdf

1  本件は,被上告人の取締役を退任した上告人が,株主総会決議等によって定められたところに従い,当時の被上告人の役員退職慰労金規程(「本件内規」)に基づき算出された額の退職慰労年金を受給していたところ,その後の取締役会決議で本件内規が廃止されたとして同年金の支給が打ち切られたため,被上告人に対し,未支給の退職慰労年金の支払等を求める事案である。
被上告人は,① 退職慰労年金における集団性,画一性等の制度的要請から,一定の場合には退任取締役の同意なく契約内容を変更することが許される,② 上告人が取締役に就任した際の委任契約において,本件内規の廃止後は退職慰労年金が支給されないことが黙示的に契約の内容となっていた,③ 事情変更の原則により上告人に対する退職慰労年金の支給打切りが許されるなどと主張して,上告人の請求を争っている。

2 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

(1) 上告人は,平成2年6月に被上告人(当時の商号は株式会社A銀行)の常務取締役に就任し,平成11年6月29日までその地位にあった者である。

(2) 被上告人は,平成11年6月29日開催の定時株主総会において,被上告人の定める一定の基準による相当額の範囲内で上告人に退職慰労金を贈呈することとし,その具体的金額,贈呈の時期,方法等については取締役会に一任する旨の決議をした。その後,被上告人の取締役会は,上告人に対する退職慰労金の額,贈呈の時期,方法等の決定を代表取締役に一任する旨の決議をした。

(3) 上告人の退任当時,被上告人においては,役員の退職慰労金の算定基準等を定める本件内規が存在し,これによれば,退職慰労金には退職慰労一時金と退職慰労年金とがあり,退職慰労年金については次のとおり支給するものとされていた。
月 額 基本額6万円及び役位別基本額に在任期間を乗じた額の合計額(上限20万円)
支給期間 取締役会決議のあった月(60歳未満の者については60歳に達した月)の翌月から20年間

(4) 被上告人の代表取締役は,本件内規に従い,上告人に対する退職慰労一時金支給額を5683万円,退職慰労年金支給額を月額13万3000円,支給期間を平成13年3月から20年間と決定した(以下,この決定による退職慰労年金を「本件退職慰労年金」という。)。
被上告人は,上告人に対し,退職慰労一時金5683万円を支給し,平成13年3月分から同16年4月分まで本件退職慰労年金を支給してきた。

(5) 被上告人は,平成9年度に約270億円,平成10年度に約193億円の経常損失を計上し,同年度の不良債権処理額は約314億円に上った。そのため,被上告人は,平成11年9月,「経営の健全化のための計画」を内閣総理大臣に提出し,金融機能の早期健全化のための緊急措置に関する法律に基づき400億円の公的資金の投入を受けた。また,被上告人の株式を保有する持株会社である株式会社Bは,平成15年8月,経営健全化目標の達成が不十分であるとして,金融庁から業務改善命令を受けた。

(6) 被上告人は,平成15年8月~9月,上告人を含む退職慰労年金を受給中の元取締役らに対し,退職慰労年金の支給を停止せざるを得なくなったとして,上記(5)の経緯等を口頭及び書面で説明し,上告人を除く大部分の者から同意を得た。

(7) 被上告人は,平成16年4月12日開催の取締役会において,同月30日をもって本件内規を廃止する旨の決議をし,同年5月1日,退職慰労金として退職慰労一時金だけを支給するものとする「役員退職慰労金内規」を施行して,同月以降の本件退職慰労年金の支給を打ち切った(以下,本件退職慰労年金債権のうち同月以降に支給日の到来するものを「本件未支給年金債権」という。)。

3 原審は,次のとおり判断して,上告人の請求を棄却すべきものとした。

(1) 被上告人の株主総会において,被上告人の定める一定の基準による相当額の範囲内で上告人に退職慰労金を贈呈することとし,その具体的金額,贈呈の時期,方法等については取締役会に一任する旨の決議がされ,その後,被上告人の取締役会において,上告人に対する退職慰労金の額等の決定を代表取締役に一任する旨の決議がされ,次いで,被上告人の代表取締役が,本件内規に従って具体的な退職慰労金の額等を決定したことにより,被上告人と上告人との間に退職慰労年金支給についての契約が成立したことになる。契約が成立した以上,上告人の同意のない限り,被上告人が一方的に契約内容を変更することはできないのが原則である。

(2) しかしながら,被上告人と退任取締役との間の退職慰労年金支給に関する契約は,およそ個別の交渉によって合意に至ることが予定されておらず,同時期の退職者間のみならず,異なる時期に退職する取締役相互間の公平を図るため,本件内規に従い画一的に金額が算出されるようになっている。そして,退職慰労年金の支給期間は20年という長期にわたるところ,その間に社会経済情勢,会社の状況等が大きく変化した場合,既に退任した取締役と将来退任する取締役との間に不公平が生ずるおそれがある。したがって,本件内規に変更又は廃止についての定めが置かれていなくても,退職慰労年金については,集団的,画一的処理を図るという制度的要請から,被上告人は,変更等の必要性,内容の妥当性,手続の相当性を考慮して一定の場合には本件内規を改廃することができ,本件内規が改廃された場合には,これに同意しない者に対してもその効力が及ぶと解すべきである。

(3) 被上告人の経営状況等に照らし,取締役の退職慰労年金制度廃止の必要性は極めて高かったと認められることなどの事情に照らせば,被上告人は,本件内規を廃止する旨の取締役会決議により退職慰労年金制度を廃止することができ,これに同意しない上告人に対してもその効力が及ぶと解するのが相当であるから,上告人は,同決議により本件未支給年金債権を失ったというべきである。

4 しかしながら,原審の上記3の判断のうち,同(1)は是認することができるが,同(2)及び(3)は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

被上告人の取締役に対する退職慰労年金は,取締役の職務執行の対価として支給される趣旨を含むものと解されるから,会社法361条1項にいう報酬等に当たる。

本件内規に従って決定された退職慰労年金が支給される場合であっても,取締役が退任により当然に本件内規に基づき退職慰労年金債権を取得することはなく,被上告人の株主総会決議による個別の判断を経て初めて,被上告人と退任取締役との間で退職慰労年金の支給についての契約が成立し,当該退任取締役が具体的な退職慰労年金債権を取得するに至るものである。

被上告人が,内規により退任役員に対して支給すべき退職慰労金の算定基準等を定めているからといって,異なる時期に退任する取締役相互間についてまで画一的に退職慰労年金の支給の可否,金額等を決定することが予定されているものではなく,退職慰労年金の支給につき,退任取締役相互間の公平を図るために,いったん成立した契約の効力を否定してまで集団的,画一的な処理を図ることが制度上要請されているとみることはできない。

退任取締役が被上告人の株主総会決議による個別の判断を経て具体的な退職慰労年金債権を取得したものである以上,その支給期間が長期にわたり,その間に社会経済情勢等が変化し得ることや,その後の本件内規の改廃により将来退任する取締役との間に不公平が生ずるおそれがあることなどを勘案しても,退職慰労年金については,上記のような集団的,画一的処理が制度上要請されているという理由のみから,本件内規の廃止の効力を既に退任した取締役に及ぼすことは許されず,その同意なく上記退職慰労年金債権を失わせることはできないと解するのが相当である。

5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,被上告人の主張する黙示的な合意の有無,事情変更の原則の適用の有無等につき更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。