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保釈許可決定に対する抗告の決定に対する特別抗告事件

平成26年11月18日最高裁判所第一小法廷決定

裁判要旨    
1 受訴裁判所によってされた刑訴法90条による保釈の判断に対して,抗告審としては,受訴裁判所の判断が委ねられた裁量の範囲を逸脱していないかどうか,すなわち,不合理でないかどうかを審査すべきであり,受訴裁判所の判断を覆す場合には,その判断が不合理であることを具体的に示す必要がある。

2 公判審理の経過及び罪証隠滅のおそれの程度を勘案して被告人の保釈を許可した原々審の判断が不合理であることを具体的に示さないまま,不合理とはいえない原々決定を裁量の範囲を超えたものとして取り消して保釈請求を却下した原決定は,刑訴法90条,426条の解釈適用を誤った違法があり,取消しを免れない。

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=84641

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/641/084641_hanrei.pdf

1 本件抗告の趣意は,憲法違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法433条の抗告理由に当たらない。

2 しかし,所論に鑑み,職権により調査すると,被告人の保釈を許可した原々決定を取り消して保釈請求を却下した原決定には,刑訴法90条,426条の解釈適用を誤った違法があり,取消しを免れない。その理由は,以下のとおりである。

(1) 本件公訴事実の要旨は,「被告人は,家庭用電気製品の販売等を目的とする会社の取締役であった者であるが,LED照明の製造会社やその販売会社の代表者ら4名と共謀の上,上記販売会社との間で売買基本契約を締結していた被害会社から仕入代金の先払い名目で金銭をだまし取ろうと考え,真実は,被告人が取締役を務める会社がLED照明の注文を受けた事実も,上記製造会社においてLED照明を製造して納品する意思もなく,かつ,被害会社から支払われる金銭は上記販売会社の借入金の返済等に充てる意思であるのにその情を秘し,上記販売会社の代表取締役が,被害会社の担当者に対し,「近いうちに被告人の会社から発注書が出る。受け取った前渡金は,全額,当社から製造会社に支払われ,製造費に充てることになる」旨うそを言い,さらに,被告人が,上記担当者に対し,「大型電球の注文があったので,上記製造会社の製品を納品することにした。その販売窓口が被害会社になったと聞いたので,注文書を持参した」旨うそを言い,LED照明7600点(販売価格2億3000万円余り)の注文書を交付するなどして,上記担当者及び被害会社の代表取締役らをして,被害会社がその注文を受け,上記販売会社に仕入注文をして購入代金の一部を先払いすれば,上記製造会社がその資金で上記LED照明を製造して納品するものと誤信させて,上記販売会社に対し上記LED照明の仕入注文をさせ,よって,その購入代金の先払い分及び残金として,2回にわたり,合計2億3000万円余りを上記販売会社名義の普通預金口座に振込入金させた」というものである。

(2) 原々審は,最重要証人である被害会社の担当者に対する主尋問が終了した段階(第10回公判期日が終了した段階)で,保証金額を300万円とし,共犯者その他の関係者との接触禁止等の条件を付した上で被告人の保釈を許可した。原々審が刑訴法423条2項後段に基づいて原審に送付した意見書によれば,原々審は,被告人と共犯者らとの主張の相違ないし対立状況,被告人の関係者に対する影響力,被害会社担当者の主尋問における供述状況等に照らせば,被告人がこれらの者に対し実効性のある罪証隠滅行為に及ぶ現実的可能性は高いとはいえないこと,本件における被告人の立場は,複数回の架空発注のうちの1件に発注会社の担当者として関与したにとどまること,被告人に対する勾留は既に相当期間に及んでおり,前述のような現実的でない罪証隠滅のおそれを理由にこれ以上身柄拘束を継続することは不相当であること等を考慮して保釈を許可したものと理解される。

(3) これに対し,原決定は,「被告人は,共謀も欺罔行為も争っているのであるから,共犯者らと通謀し,あるいは関係者らに働き掛けるなどして,罪証隠滅に出る可能性は決して低いものではない。そうすると,罪証隠滅のおそれは相当に強度というほかなく,被告人には刑訴法89条4号に該当する事由があると認められる。また,その罪証隠滅のおそれが相当に強度であることに鑑みれば,多数の証人予定者が残存する中にあって,未だ被害者1名の尋問さえも終了していない現段階において,被告人を保釈することは,原審の裁量の幅を相当大きく認めるとしても,その範囲を超えたものというほかない」として,保釈を認めた原々決定を取り消した。

(4) そこで検討すると,抗告審は,原決定の当否を事後的に審査するものであり,被告人を保釈するかどうかの判断が現に審理を担当している裁判所の裁量に委ねられていること(刑訴法90条)に鑑みれば,抗告審としては,受訴裁判所の判断が,委ねられた裁量の範囲を逸脱していないかどうか,すなわち,不合理でないかどうかを審査すべきであり,受訴裁判所の判断を覆す場合には,その判断が不合理であることを具体的に示す必要があるというべきである。

(5) しかるに,原決定は,これまでの公判審理の経過及び罪証隠滅のおそれの程度を勘案してなされたとみられる原々審の判断が不合理であることを具体的に示していない。本件の審理経過等に鑑みると,保証金額を300万円とし,共犯者その他の関係者との接触禁止等の条件を付した上で被告人の保釈を許可した原々審の判断が不合理であるとはいえないのであって,このように不合理とはいえない原々決定を,裁量の範囲を超えたものとして取り消し,保釈請求を却下した原決定には,刑訴法90条,426条の解釈適用を誤った違法があり,これが決定に影響を及ぼし,原決定を取り消さなければ著しく正義に反するものと認められる。

3 よって,刑訴法411条1号を準用して原決定を取り消し,同法434条,426条2項により更に裁判すると,上記のとおり,本件については保釈を許可した原々決定に誤りがあるとはいえないから,それに対する抗告は,同条1項により棄却を免れず,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。