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令和2年総務省令第82号の施行前に特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者がプロバイダ責任制限法(令和3年法律第27号による改正前のもの)4条1項に基づき上記施行後に発信者の電話番号の開示を請求することの可否

令和5年1月30日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は、当該権利の侵害が令和2年総務省令第82号の施行前にされたものであったとしても、プロバイダ責任制限法(令和3年法律第27号による改正前のもの)4条1項に基づき、当該権利の侵害に係る発信者情報として、上記施行後に発信者の電話番号の開示を請求することができる。

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=91721

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/721/091721_hanrei.pdf

1 本件は、インターネット上の電子掲示板に原判決別紙2投稿記事目録記載の記事(「本件記事」)が投稿されたことによって自己の権利を侵害されたとする上告人が、本件記事を投稿した者にインターネット接続サービスを提供した経由プロバイダである被上告人に対し、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(「法」)4条1項(令和3年法律第27号による改正前のもの。以下同じ。)に基づき、上記権利の侵害に係る発信者情報として、被上告人の保有する原判決別紙1発信者情報目録記載⑤の情報(発信者の電話番号。「本件情報」)等の開示を請求する事案である。

2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
法4条1項は、特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は、所定の要件に該当するときに限り、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者(「開示関係役務提供者」)に対し、その保有する当該権利の侵害に係る発信者情報(氏名、住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報であって総務省令で定めるものをいう。)の開示を請求することができると規定する。

法4条1項の委任を受けて、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律第四条第一項の発信者情報を定める省令(平成14年総務省令第57号。令和4年総務省令第39号により廃止。「本件省令」)が制定された。本件省令は、令和2年8月31日に施行された同年総務省令第82号(「改正省令」)による改正前は、発信者情報として発信者その他侵害情報の送信に係る者の氏名又は名称、これらの者の住所等を定めていたところ、改正省令により、発信者情報に発信者の電話番号を追加する旨の改正がされた(以下、上記改正前後の本件省令をそれぞれ「改正前省令」、「改正後省令」という。)。

ア 平成30年11月22日、本件記事がインターネット上の電子掲示板に匿名で投稿された。本件記事は、会社の役員である上告人が私腹を肥やしているとの印象を与えるものであり、かつ、殊更に上告人の容姿を揶揄する内容となっており、社会通念上許される限度を超えて上告人の名誉感情を侵害するものであった。
本件記事は、平成31年1月24日までに電子掲示板から削除された。

イ 上告人は、令和元年6月、本件記事の投稿という情報の流通によってされた自己の権利の侵害に係る発信者情報として、上記投稿に係る発信者の氏名、住所等の開示を求めて本件訴えを提起し、改正省令の施行後である令和2年9月、原審において、上記の者の電話番号(本件情報)の開示を求める請求を追加する訴えの変更をした。
原審は、令和3年5月、口頭弁論を終結した。

3 原審は、上記事実関係等の下において、要旨次のとおり判断し、本件情報の開示を求める上告人の請求を棄却した。
改正省令の施行前に特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者が、上記施行後に当該権利の侵害に係る発信者情報として発信者の電話番号(改正後省令3号)の開示を請求することができると解することは、通信の秘密や表現の自由という発信者の重大な権利利益を侵害するものというべきであるから、改正省令の附則に改正後省令3号の遡及適用を許容する根拠となり得る規定がない以上、許されない。したがって、上告人は、上記施行前に本件記事の投稿によってされた自己の権利の侵害に係る発信者情報として、発信者の電話番号の開示を請求することができない。

4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
法4条1項は、所定の要件の下に、特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者が開示関係役務提供者に対して当該権利の侵害に係る発信者情報の開示を請求することができる旨を規定するものであって、平成14年5月27日の法の施行から令和3年法律第27号(令和4年10月1日施行)による改正までの間、改正されていない。本件省令は、法4条1項の委任を受けて、改正前省令では、発信者情報として発信者その他侵害情報の送信に係る者の氏名、住所等を定めていたところ、改正省令により発信者情報に発信者の電話番号を追加する旨の改正がされたが、改正省令その他の法令において、改正省令の施行前にされた情報の流通による権利の侵害に係る発信者情報の開示の請求について改正後省令の規定の適用を排除し、改正前省令の定めるところによる旨の経過措置等の規定は置かれなかった。そうすると、上記施行後にされた法4条1項に基づく発信者情報の開示の請求については、権利の侵害に係る情報の流通の時期にかかわらず、改正後省令の規定が適用されるというべきである。
そして、法4条1項が同項による開示の請求の対象となる情報を総務省令で定めることとした趣旨は、情報通信を取り巻く技術の進歩や社会環境の変化等により開示関係役務提供者の保有する発信者の特定に資する情報の内容や範囲が変わり得るため、総務省令の改正による機動的な対応を可能とすることにあると解され、改正省令による本件省令の改正は、上記趣旨に従い、発信者情報に発信者の電話番号(改正後省令3号)を追加するものにとどまることからすれば、法4条1項及び改正後省令3号の解釈として、改正省令の施行後にされた情報の流通による権利の侵害に限り、発信者の電話番号が発信者情報として開示の請求の対象に含まれることになると解することはできない。
以上によれば、特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は、当該権利の侵害が改正省令の施行前にされたものであったとしても、法4条1項に基づき、当該権利の侵害に係る発信者情報として、上記施行後に発信者の電話番号の開示を請求することができるというべきである。
したがって、上告人は、上記施行前に本件記事の投稿によってされた自己の権利の侵害に係る発信者情報として、発信者の電話番号の開示を請求することができる。

5 以上と異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決中、上告人の原審における追加請求に関する部分は破棄を免れない。そして、以上に説示したところによれば、原審の確定した事実関係の下においては、上記部分に関する上告人の請求は理由があるから、上記請求を認容すべきである。 

 

平成十四年総務省令第五十七号
特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律第四条第一項の発信者情報を定める省令
特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(平成十三年法律第百三十七号)第四条第一項の規定に基づき、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律第四条第一項の発信者情報を定める省令を次のように定める。
特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律第四条第一項に規定する侵害情報の発信者の特定に資する情報であって総務省令で定めるものは、次のとおりとする。
一 発信者その他侵害情報の送信に係る者の氏名又は名称
二 発信者その他侵害情報の送信に係る者の住所
三 発信者の電話番号
四 発信者の電子メールアドレス(電子メールの利用者を識別するための文字、番号、記号その他の符号をいう。)
五 侵害情報に係るアイ・ピー・アドレス(電気通信事業法(昭和五十九年法律第八十六号)第百六十四条第二項第三号に規定するアイ・ピー・アドレスをいう。)及び当該アイ・ピー・アドレスと組み合わされたポート番号(インターネットに接続された電気通信設備(同法第二条第二号に規定する電気通信設備をいう。以下同じ。)において通信に使用されるプログラムを識別するために割り当てられる番号をいう。)
六 侵害情報に係る携帯電話端末又はPHS端末(以下「携帯電話端末等」という。)からのインターネット接続サービス利用者識別符号(携帯電話端末等からのインターネット接続サービス(利用者の電気通信設備と接続される一端が無線により構成される端末系伝送路設備(端末設備(電気通信事業法第五十二条第一項に規定する端末設備をいう。)又は自営電気通信設備(同法第七十条第一項に規定する自営電気通信設備をいう。)と接続される伝送路設備をいう。)のうちその一端がブラウザを搭載した携帯電話端末等と接続されるもの及び当該ブラウザを用いてインターネットへの接続を可能とする電気通信役務(同法第二条第三号に規定する電気通信役務をいう。)をいう。以下同じ。)の利用者をインターネットにおいて識別するために、当該サービスを提供する電気通信事業者(同法第二条第五号に規定する電気通信事業者をいう。以下同じ。)により割り当てられる文字、番号、記号その他の符号であって、電気通信(同法第二条第一号に規定する電気通信をいう。)により送信されるものをいう。以下同じ。)
七 侵害情報に係るSIMカード識別番号(携帯電話端末等からのインターネット接続サービスを提供する電気通信事業者との間で当該サービスの提供を内容とする契約を締結している者を特定するための情報を記録した電磁的記録媒体(電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。)に係る記録媒体をいい、携帯電話端末等に取り付けて用いるものに限る。)を識別するために割り当てられる番号をいう。以下同じ。)のうち、当該サービスにより送信されたもの
八 第五号のアイ・ピー・アドレスを割り当てられた電気通信設備、第六号の携帯電話端末等からのインターネット接続サービス利用者識別符号に係る携帯電話端末等又は前号のSIMカード識別番号(携帯電話端末等からのインターネット接続サービスにより送信されたものに限る。)に係る携帯電話端末等から開示関係役務提供者の用いる特定電気通信設備に侵害情報が送信された年月日及び時刻