外国公務員等に対して金銭を供与したという不正競争防止法違反の罪について、共謀の成立を認めた第1審判決に事実誤認があるとした原判決に、刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があるとされた事例
裁判要旨
外国公務員等に対して金銭を供与したという不正競争防止法違反の罪について、被告人の地位及び立場、被告人が同供与に関する相談を受けるに至った経緯及びこれに対する被告人の言動並びにその相談後に同供与が実行されたという経過等を総合考慮して、被告人が同供与を了承し、これを実行する意思決定に関与したとして共謀の成立を認めた第1審判決に事実誤認があるとした原判決は、共謀を基礎付ける事実関係となる上記の諸事情に対する評価を十分示さないまま、主として同供与を積極的に容認する意思の有無という観点から検討し、第1審判決の認定が不合理であるとする説得的な論拠を示していないなど、第1審判決が論理則、経験則等に照らして不合理であることを十分に示したものとはいえず(判文参照)、刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があり、同法411条1号により破棄を免れない。
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=91187
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/187/091187_hanrei.pdf
検察官の所論に鑑み、職権をもって調査すると、原判決は、刑訴法411条1号により破棄を免れない。その理由は、以下のとおりである。
第1 事案の概要
1 本件公訴事実の要旨及び本件審理の概要
本件公訴事実の要旨は、「被告人は、火力発電システム等に係る施設又は設備を構成するボイラ、ガスタービン等の機器及び装置の研究、開発、設計、調達、製造等に関する業務等を目的とするA株式会社(以下「本件会社」という。)の取締役常務執行役員兼エンジニアリング本部長として同社の火力発電所建設プロジェクト等を統括していたものであるが、同社がタイ王国(「タイ」)ナコンシータマラート県カノム郡において遂行していた火力発電所建設工事に関して、同建設工事現場付近に建設した仮桟橋(「本件仮桟橋」)に、火力発電所建設関連部品を積載した総トン数500tを超えるはしけ3隻(「本件はしけ」)を接岸させて貨物を陸揚げするに当たり、本件仮桟橋は、総トン数500t以下の船舶の接岸港として建設許可されたものであったため、同郡に管轄を有する同国運輸省港湾局第4地方港湾局ナコンシータマラート支局長として、同郡において、水上輸送に関する検査、船舶検査、船舶登録、タイ領海内船舶航行法に基づく桟橋使用禁止等の権限を有していた外国公務員等であったB(「B」)から許可条件違反となる旨指摘され、貨物を陸揚げできなかったことから、同社の執行役員兼調達総括部長として同社の物品調達、輸送業務を統括していたC(「C」)、同社の調達総括部ロジスティクス部長として同社の輸送業務を統括していたD(「D」)ほか数名と共謀の上、平成27年2月17日頃、同郡内において、Bに対し、新たに接岸する船舶の種別の変更申請を行う等の正規の手続によらずに上記許可条件違反を黙認して本件はしけの本件仮桟橋への接岸及び貨物の陸揚げを禁じないなどの有利かつ便宜な取り計らいを受けたいとの趣旨の下に、同国内の業者を介し、現金1100万タイバーツ(当時の円換算3993万円相当)を供与し、もって外国公務員等に対し、国際的な商取引に関して営業上の不正の利益を得るために、その外国公務員等に、その職務に関する行為をさせないことを目的として、金銭を供与した。」というものである。
第1審判決は、公訴事実と同旨の犯罪事実を認定し、被告人を懲役1年6月、3年間執行猶予に処した。
被告人は、第1審判決に対して控訴し、理由不備、理由齟齬、訴訟手続の法令違反、事実誤認を主張した。
原判決は、第1審判決に理由不備、理由齟齬及び訴訟手続の法令違反はないが、被告人に不正競争防止法18条1項違反の罪の共同正犯の成立を認めた点には事実誤認があるとして、第1審判決を破棄し、被告人には同罪の幇助犯が成立するとして、被告人を罰金250万円に処した。
2 本件の事実関係
第1審判決及び原判決の認定並びに記録によると、本件の事実関係は以下のとおりである。
本件会社は、タイ王国ナコンシータマラート県カノム郡において火力発電所建設工事を遂行していた。同工事に関し、現地に本件仮桟橋が建設されていたところ、本件仮桟橋は総トン数500t以下の船舶の接岸港として建設許可がされたものであった。
平成27年2月2日(以下、日のみを記載しているものは、平成27年2月のそれを指す。)、本件仮桟橋に本件はしけを接岸させる予定が組まれていたが、タイ運輸省港湾局第4地方港湾局ナコンシータマラート支局長としてカノム郡における桟橋使用禁止等を命ずる権限を持つ外国公務員等であったBは、同日、本件会社側に対し、本件仮桟橋の建設許可では本件はしけを接岸できず、接岸するためには地元関係者の分も含めて現金2000万タイバーツを払えとの要求をした。この事実は、本件会社の調達総括部ロジスティクス部高砂ロジスティクス課長であったE(「E」)、その上司のD、さらに、その上司であるCに報告され、Eがタイに出張して事態の収拾に当たることが決定された。
Eは、現地において、前記要求に応じて金を支払う以外の代替手段を見いだせないことをDに報告するとともに、現地企業に協力を依頼するなどして、現金の調達に向けて調整に当たった。報告を受けたDは、要求どおり金を支払うしかないことなどをCに伝え、Cも同様の考えに至った。
Cは、5日、「カノム輸送リスク説明」を主題とする会議を10日に行うとして被告人の日程を確保するとともに、Dに対し、被告人の判断を仰ぐまで現金の支払に向けた手続を停止するよう指示した。DはEにその旨指示し、当該手続は一旦停止した。
Dは、9日、Eから、建設許可を取り直すには4か月以上かかるとの報告を受け、翌10日、Cに対し、その旨報告した。なお、工事が遅延した場合、本件会社が支払うことになる遅延損害金は、1日当たりおよそ4000万円と見込まれていた。
C及びDは、10日、前記要求に従ってBらに対し現金2000万タイバーツを供与すること(以下、B自身に対する現金1100万タイバーツの供与を含め、この現金2000万タイバーツの供与を「本件供与」という。)に関する資料を携え、本件会社本社内の被告人用会議室において、被告人と会議を行った(以下、この会議を「10日の会議」という。)。
また、Cは、10日の会議の後、被告人との再度の会議を13日に設定し、同日、C及びDは、上記会議室において、被告人と会議を行った(以下、この会議を「13日の会議」といい、10日の会議と併せて「本件会議」という。)。
Dは、10日の会議の後、Eに対し、被告人の了承が得られたとして本件供与に向けた手続の再開を指示し、11日から13日にかけてその手続が進み、13日には現金2000万タイバーツが用意された。
Eらは、14日、本件会社の下請会社の従業員らに上記現金の運搬を依頼し、17日、Bらに対し、上記現金が供与された。
本件はしけは、16日、本件仮桟橋に接岸し、17日、貨物の陸揚げが開始された。また、同日以降、Bから、はしけの本件仮桟橋への接岸を拒否されたり現金を要求されたりすることはなかった。
本件会社は、取締役常務執行役員であった被告人が本部長を務めていたエンジニアリング本部、執行役員であったCが部長を務めていた調達総括部を含む多数の本部及び部で構成されているところ、各部は組織上は並列しており、各部の本部長又は部長の直接の上位者は同社代表取締役社長しかいないという組織構造となっている。
エンジニアリング本部は、本件会社が遂行する火力発電所建設プロジェクト等を統括する部署であり、調達総括部は、物品調達、輸送業務を統括する部署である。
第2 第1審判決及び原判決の要旨
1 第1審判決は、要旨、以下のとおり判示して、被告人には不正競争防止法18条1項違反の罪の共同正犯が成立するとした。
Cの供述によれば、C及びDは、現地港湾局幹部から本件はしけの接岸の条件として現金2000万タイバーツの供与を求められるという事態に陥っていることについて、火力発電所建設プロジェクト全体の責任を負っており取締役常務執行役員という上役でもある被告人に相談し判断を仰ぐため、10日に被告人との会議を予約したが、10日の会議では、本件供与について被告人の了承を得られず、再度13日に会議を予約し、13日の会議において、Cから賄賂を支払うしかないとの意見を伝えたところ、被告人は、「仕方ないな。」と言って本件供与を了承したと認められる。
そして、被告人は、本件会社の形式的な組織構造上はCらの上位者というわけではないが、同社の幹部であるCらの来訪を受ける形で各会議に臨んでおり、しかも、これは、会社内における正式な手続を踏み、正式な会議を開催する前提で被告人の予定を押さえた上で行われていることなどからすれば、一定の意思決定権限を有する者の判断を求めるためのものであると推認でき、さらに、同社の関係者の供述からしても、同関係者は、エンジニアリング本部長であった被告人が同社の火力発電所建設プロジェクト全体の責任者であり最終判断権者であると一致して認識していたと認められるから、被告人に本件供与に関する業務上の実質的な意思決定権限があったと認められる。そうすると、被告人は、13日の会議において、自らの意思決定権限に基づき、本件供与について了承したことにより、本件供与について共謀を遂げたと認められる。
2 これに対し、原判決は、要旨、以下のとおり判示して、被告人には不正競争防止法18条1項違反の罪の共同正犯は成立せず、同罪の幇助犯が成立するとした。
Cは、被告人が本件供与を了承したのは13日の会議であり、10日の会議では了承を得られなかったと供述するが、Dは、被告人が本件供与を了承したのは10日の会議であったと供述しており、被告人の了承の経緯や時期という核心部分について整合しておらず、Cの供述の信用性には疑問がある。また、被告人は、上記各会議においてC及びDに対し本件供与によらない代替手段の検討を促し、13日の会議の後にも別の関係者に代替手段の検討を依頼していることなどからすれば、終始本件供与には消極的であったことがうかがわれる。したがって、被告人がいずれかの会議の場で「仕方ないな。」と発言したことがあったとしても、この発言が、本件供与を積極的に容認する意思によるものであり、これを最終的に了承する趣旨であったとみることには合理的な疑いが残るから、本件供与に関する共謀の成立は認められない。
他方、被告人は、エンジニアリング本部長兼取締役常務執行役員として、本件会社の火力発電所建設プロジェクト全体を管理すべき立場にあり、直属の部下以外の従業員の活動についても監督義務を負うべき立場にあったのに、Cらに対し、本件供与を事実上黙認するような言動をとったものであり、これは本件供与に一種のお墨付きを与えるに等しく、その実現を精神的に容易にしたものであるから、幇助犯が成立する。
第3 当裁判所の判断
1 刑訴法382条の事実誤認とは、第1審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることをいうものと解するのが相当であり、控訴審が第1審判決に事実誤認があるというためには、第1審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることを具体的に示すことが必要である(最高裁平成24年2月13日第一小法廷判決)が、原判決は、以下のとおり、被告人に不正競争防止法18条1項違反の罪の共同正犯が成立するとした第1審判決の事実認定について、論理則、経験則等に照らして不合理な点があることを十分に示したものとは評価することができない。
2 第1審判決は、本件会社の取締役常務執行役員兼エンジニアリング本部長であり、同社が遂行する火力発電所建設プロジェクト等を統括し、その全体の責任者であったという被告人の地位及び立場を前提とし、被告人が、本件供与に関して執行役員であるCらから二度にわたる本件会議を設定された上で相談を受けたという経緯、その本件会議の中で本件供与について「仕方ないな。」と発言するなどしたという被告人の言動、本件会議後に本件供与が現実に実行されたという経過等を総合考慮すれば、被告人は、本件会議において本件供与を了承したものであり、上記の地位及び立場にあって本件供与を実行することについての意思決定に関与したといえるから、Cらとの間で、本件供与に関する共謀を遂げたと認められる旨の判断をしたと解される。
3 これに対し、原判決は、まず、被告人が本件供与を了承したとされる時点について、Cは13日の会議であったと述べているのに対し、Dは10日の会議であったと述べている点を捉えて、両者の供述は核心部分において整合しておらず、Cの供述に基づき、被告人が13日の会議において本件供与を最終的に了承したとみることには疑問があると指摘する。
しかしながら、本件における共謀の有無の認定に当たり重要となるのは、Cらが被告人から本件供与の了承を得るため二度にわたり設定した本件会議で、被告人が本件供与を了承したといえるか否かであり、被告人自身、本件会議において本件供与を行わないようにと述べていないことは自認している。これらの点を踏まえれば、C及びDの各供述は、いずれも、被告人から、本件会議において本件供与についてその実行がやむを得ないという意味で「仕方ないな。」という発言があり、本件供与の実行に了承が得られたとするものであって、核心部分に齟齬があるとはいえず、原判決の上記指摘は、被告人が本件会議において本件供与を了承したと認めた第1審判決の不合理性を十分に示したものとはいえない。
4 また、原判決は、被告人が、10日の会議又は13日の会議において、仕方がないという趣旨の発言をしたことは否定し得ないとしても、それが、本件供与を積極的に容認する意思によるものであり、これを最終的に了承する趣旨であったとみることには合理的な疑いを挟む余地があるとし、その理由として、①被告人が、13日の会議においても代替手段の検討を促す発言をし、さらに、同日の会議の後、別の関係者に対しても代替手段の検討を依頼していること、②第1審判決が、本件供与に関して成立した共謀は、代替手段を見いだした場合には供与を停止する留保を付した上でのものであるとするのは、被告人が本件供与を行う意思を固めていたこととは相いれないから不合理な認定であること、③Cらが供述するように、被告人が本件供与を指示したのだとすれば、その首尾について被告人が関心を持つのが当然であると思われるのに、Cらは、13日以降、本件供与の進捗状況やてん末について一切被告人に報告していないのは不合理であることを挙げる。
しかし、前記2のとおり、第1審判決は、被告人の地位及び立場を前提とした上で、被告人が本件供与に関して相談を受けるに至った経緯、その相談に対する被告人の言動、被告人への相談後に本件供与が実行されたという経過といった諸事情を総合考慮して、被告人は本件供与を了承したものであり、これを実行するという意思決定に関与したといえることをもって共謀の成立を認めたと解されるのであるから、原判決が、共謀を基礎付ける事実関係となる上記の諸事情に対する評価を十分示さないまま、主として本件供与を積極的に容認する意思の有無という観点から第1審判決の不合理性を指摘しようとしていること自体、相当ではない。
また、原判決の指摘を個別にみても、以下のとおり、第1審判決の不合理性を十分に示したものとはいえない。
まず、被告人が、13日の会議の中で代替手段の検討を促し、さらに、同日の会議の後、別の関係者に代替手段の検討を依頼したことがあったとしても、被告人がCらに対して本件会議においては最終的に本件供与を了承したこととは両立し、これを否定するものではないから、原判決の上記①の指摘は、第1審判決の共謀の認定が不合理であるとするだけの説得的な論拠を示しているとはいえない。
また、第1審判決は、本件供与に関する共謀について、「代替手段を見いだした場合は供与を停止する留保を付した上でのそれと認められる」と説示しているところ、その趣旨にいささか不分明なところはあるが、判文全体を通覧すれば、被告人の内心において、もし本件供与を回避する手段が発見できれば、本件供与の実行を止めたいと思っていたという趣旨をいうものにすぎず、共謀自体に留保を付していたと認定したものではないと解されるから、原判決の上記②の指摘は当を得たものではない。
さらに、本件供与はおおむね当初の計画どおりに実行されたものであり、また、被告人及びCらはいずれも本件供与の違法性を意識していたのであるから、そのような本件供与について、被告人に対する事後の報告がなかったとしても特に不自然であるとはいえず、加えて、記録によれば、被告人自身が事後の報告を不要としたこともうかがわれるのであるから、原判決の上記③の指摘もまた、第1審判決の共謀の認定が不合理であるとするだけの説得的な論拠を示しているとはいい難い。
5 以上のとおり、本件供与に関する共謀の成立を認めた第1審判決に事実誤認があるとした原判決は、第1審判決について、論理則、経験則等に照らして不合理な点があることを十分に示したものとは評価することができない。そうすると、第1審判決に事実誤認があるとした原判断には刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであって、原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。
よって、刑訴法411条1号により原判決を破棄することとし、以上の検討によれば、前記2のとおり不正競争防止法18条1項違反の罪の共同正犯の成立を認めた第1審判決の判断は正当として是認することができ、また、記録に基づいて検討すると、被告人のその余の控訴趣意もいずれも理由がなく、第1審判決はこれを維持するのが相当であるから、刑訴法413条ただし書、414条、396条により被告人の控訴を棄却することとし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。