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遺言者の押印の際に二人の証人のうち一人の立会いなく作成された遺言公正証書につきその作成の方式に瑕疵があるがその効力を否定するほかはないとまではいえないとされた事例

平成10年3月13日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
1 公正証書遺言において、証人は、遺言者の署名押印に立ち会うことを要する。
2 公正証書遺言において、遺言者が、証人甲乙の立会いの下に、遺言の趣旨を口授しその筆記を読み聞かされた上で署名をしたところ、印章を所持していなかったため、約一時間後に、甲のみの立会いの下に、再度筆記を読み聞かされて押印を行ったが、乙は、その直後ころ、公証人から完成した遺言公正証書を示されて右押印の事実を確認したのであって、この間に遺言者が従前の考えを翻し、又は右遺言公正証書が遺言者の意思に反して完成されたなどの事情は全くうかがわれないなど判示の事実関係の下においては、右遺言公正証書の作成の方式には瑕疵があるというべきであるが、その効力を否定するほかはないとまではいえない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/065/063065_hanrei.pdf

民法九六九条に従い公正証書による遺言がされる場合において、証人は、遺言者が同条四号所定の署名及び押印をするに際しても、これに立ち会うことを要するものと解すべきである。ただし、同条一号が公正証書による遺言につき二人以上の証人の立会いを必要とした趣旨は、遺言者の真意を確保し、遺言をめぐる後日の紛争を未然に防止しようとすることにあるところ、同条四号所定の遺言者による署名及び押印は、遺言者が、その口授に基づき公証人が筆記したところを読み聞かされて、遺言の趣旨に照らし右筆記が正確なことを承認した旨を明らかにし、当該筆記をもって自らの遺言の内容とすることを確定する行為であり、右遺言者による署名及び押印について、これが前記立会いの対象から除外されると解すべき根拠は存在しないからである。

原審の適法に確定した事実関係によれば、

(1)Dは、平成三年七月一八日、仙台法務局所属公証人Eに対し、本件遺言公正証書の作成を嘱託し、E公証人は、同日午後六時ころから六時三〇分ころまでの間に、Dの入院先の病室において、F及びGを証人として立ち会わせた上、Dから遺言の趣旨の口授を受けて本件遺言公正証書の原案を作成し、これをDに読み聞かせたところ、Dは、筆記の正確なことを承認して遺言者としての署名をしたが、同人が印章を所持していなかったことから、手続はいったん中断された、

(2)E公証人は、被上告人がDの印章をその自宅から持ってきた後の同日午後七時三〇分ころ、前記病室において、Gの立会いの下、再度筆記したところを読み聞かせ、Dは、その内容を確認した上、これに押印した、

(3)右Dの押印の際、Fは、これに立ち会わず、病院の待合室で待機していたが、待合室に戻ってきたE公証人から、Dの押印を得て完成した本件遺言公正証書を示されたというのである。
上記のとおり、証人のうちの一人であるFは、Dが本件遺言公正証書に押印する際に立ち会っていなかったのであるから、本件遺言公正証書の作成の方式には瑕疵があったというべきである。しかし、Dは、いったん証人二人の立会いの下に筆記を読み聞かされた上で署名をし、比較的短時間の後にG立会いの下に再度筆記を読み聞かされて押印を行い、Fはその直後ころ右押印の事実を確認したものであって、この間にDが従前の考えを翻し、又は本件遺言公正証書がDの意思に反して完成されたなどの事情は全くうかがわれない本件においては、本件遺言公正証書につき、あえて、その効力を否定するほかはないとまで解することは相当でない。してみると、上告人らの本件遺言無効確認等請求を棄却すべきものとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は、結局、原判決の結論に影響しない事項についての違法をいうものに帰し、採用することができない。