最高裁判例の勉強部屋:毎日数個の最高裁判例を読む

上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

1 被告人の経歴等と詳細な記載がある起訴状が刑訴法第二五六条第六項に違反しないとされた一事例 2 恐喝の手段として郵送された脅迫文書の殆んど全文が記載された起訴状と刑訴法第二五六条第六項

昭和33年5月20日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
一 本件起訴状に被告人の経歴等に関する詳細な記載があるからといつてそれが刑訴法第二五六条第六項に違反するものであるということはできない
二 恐喝の手段として被害者に郵送された脅迫文書の趣旨が婉曲暗示的であつて、起訴状にこれを要約摘示するには相当詳細にわたるのでなければその文書の趣旨が判明し難いような場合には、起訴状にその文書の全文と殆んど同様の記載がなされても、その起訴状は刑訴法第二五六条第六項に違反しないものと解すべきである

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/286/051286_hanrei.pdf

犯罪の経緯、動機を記載した起訴状は刑訴二五六条六項の規定に違反しないこと当裁判所の判例とするところである(昭和二七年六月一二日第一小法廷決定)。本件起訴状中公訴事実の冒頭に論旨引用のとおりの記載があること所論のとおりであるが、右は、要するに被告人の学歴、経歴、住居及び終戦引揚後定業に就いていなかつた事実の記載に過ぎず、公訴犯罪事実について裁判官に予断を生ぜしめる虞のある事項の記載というに足りない。されば本件起訴状に右の記載があるからといつてそれが刑訴二五六条六項に違反するものであるということはできない。右刑訴法違反を前提とする違憲の論旨は前提を欠き採用できない。

起訴状に記載された事実がその訴因を明示するため犯罪構成要件にあたる事実若くはこれと密接不可分の事実であつて被告人の行為が罪名として記載された罰条にあたる所以を明らかにするため必要であるときはその記載は刑訴二五六条六項に違反しないこと当裁判所の判例とするところである(昭和二六年四月一〇日第三小法廷判決)。

記録によると、本件起訴状(罪名は恐喝)には公訴事実第二(一)の記載として、「被告人AはBと共謀の上C等から金円を不法に領得せんことを企て、被告人Aに於て、昭和二三年一二月三一日炭酸紙及骨筆を使用し和罫紙三枚にC宛「拝啓貴下が比木正勝に対し従来莫大なる数量の生糸の売買を為し本年下半期のみにても八百数十貫其の価格壱千万円に及び就中弐拾壱中の如き入手困難なるものもあり之等に関し各種脱税に対する第三者申告の対称たるのみならず近日中宇和島市に於て発行の予定なるE新聞の創刊号に所謂特種としての価値を発揮する次第なる処本件事案の重大性と業界に及ぼす影響不尠点に貴下の御迷惑を考慮し十分慎重なる態度を以て臨み度に付貴下の釈明をも参考に致し度く依つて来る一月五日迄に何分の御書面相煩度得貴意候也昭和弐拾参年拾弐月参拾壱日、北宇和郡a村cF方A、宇和島市b町員外一、C殿」と複写し、以て同人をして釈明しなければ脱税に対する第三者申告を為し且つ新聞紙上に掲載して刑事処分をも受けしむべく依つて同人の自由、名誉、財産に対し害を加るべきことを暗示し暗に之が揉消しのため相当額の金円を提供すべき旨の脅迫文三通を作成し、即日宇和島郵便局から内一通を書留内容証明郵便としてC宛郵送翌昭和二四年一月一日同人をして受領畏怖せしめ」たものである、との記載があり、そして右起訴状に記載された右郵送脅迫書翰の記載は後に第一審公判廷に証拠として提出された郵送書翰(押収の証一号手紙一通)の記載と殆んど同様のものであること、しかし記載形式は両者互いに異つていることを認めることができる。

一般に、起訴状には、裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物を添付し、又はその内容を引用してはならないこと刑訴二五六条六項の明定するところであるから、本件起訴状において郵送脅迫書翰の記載内容を表示するには例えば第一審判決事実認定の部においてなされているように少しでもこれを要約して摘記すべきである。

しかし、起訴状には訴因を明示して公訴事実を記載すべく、訴因を明示するにはできる限り犯罪の方法をも特定して記載しなければならないことも刑訴二五六条の規定するところであり、そして起訴状における公訴事実の記載は具体的になすべく、恐喝罪においては、被告人が財物の交付を受ける意図をもつて他人に対し害を加えるべきことの通告をした事実は犯罪構成事実に属するから、具体的にこれを記載しなければならないこというまでもない。

本件公訴事実によればいわゆる郵送脅迫文書は加害の通告の主要な方法であるとみられるのに、その趣旨は婉曲暗示的であつて、被告人の右書状郵送が財産的利得の意図からの加害の通告に当るか或は単に平穏な社交的質問書に過ぎないかは主としてその書翰の記載内容の解釈によつて判定されるという微妙な関係のあることを窺うことができる。

かような関係があつて、起訴状に脅迫文書の内容を具体的に真実に適合するように要約摘示しても相当詳細にわたるのでなければその文書の趣旨が判明し難いような場合には、起訴状に脅迫文盲の全文と殆んど同様の記載をしたとしても、それは要約摘示と大差なく、被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞もなく、刑訴二五六条六項に従い「裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物の内容を引用し」たものとして起訴を無効ならしめるものと解すべきではない。

されば原審が本上告趣意と同旨の控訴趣意を原判示のように排斥したのは結局相当である。
この点についても、同弁護人の論旨は違憲をいい、被告人本人の論旨は判例違反をいうが、いずれも右記載が裁判官に予断を生ぜしめる虞のあることを前提とするから上記の理由により前提を欠くものというべく、また引用の判例は事案を異にし本件に適切でなく、論旨はすべて採用できない。

刑事訴訟法

(起訴状、訴因、罰条)
第256条
公訴の提起は、起訴状を提出してこれをしなければならない。
起訴状には、左の事項を記載しなければならない。
被告人の氏名その他被告人を特定するに足りる事項
公訴事実
罪名
公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。
罪名は、適用すべき罰条を示してこれを記載しなければならない。但し、罰条の記載の誤は、被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞がない限り、公訴提起の効力に影響を及ぼさない。
数個の訴因及び罰条は、予備的に又は択一的にこれを記載することができる。
起訴状には、裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物を添附し、又はその内容を引用してはならない。