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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

公立小学校3年の児童が,朝自習の時間帯に離席して,ロッカーから落ちていたベストのほこりを払おうとしてこれを頭上で振り回したところ,別の児童の右眼に当たり当該児童が負傷した事故につき,教室内にいた担任教諭に児童の安全確保等についての過失がないとされた事例

平成20年4月18日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
公立小学校3年の男子児童が,朝自習の時間帯に,教室後方にあるロッカーから落ちていた自分のベストを拾うため離席し,ほこりを払おうとしてこれを頭上で振り回したところ,ファスナー部分がちょうど席を立って後ろを振り向いた女子児童の右眼に当たり当該女子児童が負傷した場合において,

(1)担任教諭は,事故当時,教室入口付近の自席に座り,他の児童らから忘れ物の申告等を受けてこれに応対していたこと,

(2)朝自習の時間帯であっても,児童が必要に応じて離席することは許されていたと解されること,

(3)担任教諭において日ごろから特に上記男子児童の動静に注意を向ける必要があったという事情はうかがわれないこと,

(4)ベストを頭上で振り回す直前までの上記男子児童の行動は特段危険なものでもなかったことなど判示の事情の下では,担任教諭が,ベストを頭上で振り回すという上記男子児童の突発的な行動に気付かず,事故の発生を未然に防止することができなかったとしても,担任教諭に児童の安全確保又は児童に対する指導監督についての過失があるとはいえない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/296/036296_hanrei.pdf

1 本件は,上告人の設置する公立小学校(「本件小学校」)の教室内で,男子児童が頭上でベストを振り回した際にこれが女子児童の右眼に当たり当該女子児童が負傷したという事故(「本件事故」)について,当該女子児童及びその両親である被上告人らが,担任教諭に児童の指導監督上の義務を怠った過失があるなどと主張して,上告人に対し,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を請求する事案である。

2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1) 被上告人X (平成5年6月生)及びA(平成5年8月生)は,いずれも, 1本件事故当時,本件小学校の3年2組(児童数34名)に在学していた児童である。

(2) 本件小学校では,児童は午前8時5分までに登校し,午前8時20分まで朝自習等をし,午前8時20分から朝の会を行うことになっていた。担任教諭は,毎日,登校時刻までに教室に入り,自習の課題を黒板に記載することなどを日課としていた。本件事故が発生したのは午前8時5分から午前8時20分までの朝自習の時間帯であるところ,3年2組では,朝自習の時間帯には「用もないのに自分の席を離れない」などの約束事があった。

(3) 被上告人X は,本件事故当日である平成14年5月2日の朝自習の時間 1中,本件事故が発生する直前に,最後列の自席で教科書を机に入れたりした後,ランドセルを教室の後方にあるロッカーにしまおうとして,席を立って後ろを振り向いた。
Aは,そのころ,自分のベストが教室の後方にあるロッカーから落ちているのに気付いてこれを拾いに行った。Aは,ベストにほこりが付いていたので,ベストを上下に振ってほこりを払ったが,ほこりが取れなかったため,更に移動し,被上告人X から約1m離れた位置で,ほこりを取るため,ベストの襟首部分を持って頭 1上で弧を描くように何周か振り回したところ,ベストのファスナーの部分が,ちょうど席を立って後ろを振り向いた被上告人X の右眼の部分に当たった。 

(4) 本件事故当時,3年2組の担任教諭は,教室前方の入口近くにある自席に座っていたが,4,5名の児童が担任教諭の下に話をしに来ており,そのうち1,2名の児童から忘れ物の申告等がされてその話を聞いていたため,Aが離席してベストを拾いに行ったこと及びそれに続く一連のAの行動や本件事故の発生に気付かなかった。なお,教室の広さは幅約6.82m,奥行き約9.25mであって,教室内に34の児童用机が6列(2つの机をつけているため大きくは3列)に並べられており,教師用机は児童用机と同一平面上にある。

(5) 被上告人X は,本件事故により右外傷性虹彩炎等の傷害を負い,その後眼 1科に通院して治療を受けたが,順調に回復しており,後遺症等の兆候はない。

3 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,被上告人らの請求を一部認容すべきものとした。

小学校の担任教諭は,職務の性質及び内容からみて,教室内の各児童に対して注意力を適正に配分してその動静を注視し,危険な行為をする児童を制止したり厳重な注意を与えるなど適切な指導を行い,児童を保護監督して事故を未然に防止する義務がある。本件事故は,担任教諭が教壇付近の自席に座っていた教室内で発生したものであり,しかも,担任教諭の席の周りには,4,5名の児童がやってきて話をしていたのであるから,他の児童も席を立ったりして気ままな行動に出やすいことも考えられる状況であったこと,Aの一連の動きは時間的にも瞬時といえるほど短いものではないこと,教室の大きさ,児童数からみて,担任教諭が教室全体を注視するのは物理的に決して不可能ではないこと,児童の日ごろからの傾向を見て児童が離席し動き回ることも予測して,学級の約束として「用もないのに自分の席を離れない」と定めるなどしていたことからすると,担任教諭も,本件事故におけるような行為もあり得ると予想して,その都度児童各人に具体的な注意を与えることにより,事故の発生を未然に防止すべきであった。しかるに,担任教諭は,自席の周りにいた4,5名の児童に気を取られ,教室内全体の動向観察を怠ってAの問題行動に全く気付かず,これを阻止することができなかったために本件事故を発生させたものである。したがって,担任教諭には,本件事故の発生につき,児童の安全を確保すべき義務及び児童に対する指導監督義務を尽くしていない過失が認められる。

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

前記事実関係によれば,本件事故は,朝自習の時間帯に,教室入口付近の自席に座っていた担任教諭の下に4,5名の児童が忘れ物の申告をするなどの話をしに来ており,被上告人X 自身も,教科書を机に入れたりした後,ランドセルをロッカ ーにしまおうとして席を立ったという状況の下で発生したのであるが,朝自習の時間帯であっても,朝の会に移行する前に,忘れ物の申告等担任教諭に伝えておきたいと思っていることを話すために同教諭の下に行くことも,教科書など授業を受けるのに必要な物を机に入れてランドセルをロッカーにしまうことも,児童にとって必要な行動というべきであるから,「用もないのに自分の席を離れない」という学級の約束は,このような児童にとって必要な行動まで禁じるものではなく,児童が必要に応じて離席することは許されていたと解されるし,それは合理的な取扱いでもあったというべきである。

そして,Aが日常的に乱暴な行動を取っていたなど,担任教諭において日ごろから特にAの動静に注意を向けるべきであったというような事情もうかがわれないから,Aが離席したこと自体をもって,担任教諭においてその動静を注視すべき問題行動であるということはできない。

また,前記事実関係によれば,Aは,離席した後にロッカーから落ちていたベストを拾うため教室後方に移動し,ほこりを払うためベストを上下に振るなどした後,更に移動してベストを頭上で振り回したというのであり,その間,担任教諭は,教室入口付近の自席に座り,他の児童らから忘れ物の申告等を受けてこれに応対していてAの動静を注視していなかったというのであるが,ベストを頭上で振り回す直前までのAの行動は自然なものであり,特段危険なものでもなかったから,他の児童らに応対していた担任教諭において,Aの動静を注視し,その行動を制止するなどの注意義務があったとはいえず,Aがベストを頭上で振り回すというような危険性を有する行為に出ることを予見すべき注意義務があったともいえない。

したがって,担任教諭が,ベストを頭上で振り回すという突発的なAの行動に気付かず,本件事故の発生を未然に防止することができなかったとしても,担任教諭に児童の安全確保又は児童に対する指導監督についての過失があるということはできない。

5 以上と異なる原審の判断には判決の結論に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この趣旨をいう論旨は理由があり,原判決のうち上告人の敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,被上告人らの上告人に対する請求は理由がなく,これを棄却した第1審判決は正当であるから,被上告人らの控訴をいずれも棄却すべきである。