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市立中学校の生徒が課外クラブ活動としての柔道部の回し乱取り練習中に負傷した事故について顧問教諭に指導上の過失がないとされた事例

平成9年9月4日最高裁判所第一小法廷判決

裁判要旨    
市立中学校の一年生甲が、同校の課外クラブ活動としての柔道部の回し乱取り練習中に、二年生乙から大外刈りの技をかけられて負傷した場合において、甲が、右の事故当時、回し乱取り練習に通常必要とされる受け身を習得し、乱取り練習及び回し乱取り練習についてもある程度の経験を重ねており、既に回し乱取り練習において乙の練習相手をして特に危険が生じていなかったなど判示の事実関係の下においては、甲と乙との間に大きな技能格差があったとしても、顧問教諭において、甲が回し乱取り練習で乙の相手をするのに必要な受け身を確実に行う技能を有していたと判断し、甲を回し乱取り練習に参加させたことに、指導上の過失があったということはできない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/746/062746_hanrei.pdf

 一 本件は、D中学校の一年生であった被上告人B1が、同校の課外クラブ活動としての柔道部の練習中に、二年生であったEから大外刈りの技をかけられて転倒し、右急性硬膜下血腫の傷害を負った事故に関し、同部の顧問で指導責任者であったF教諭に生徒に対する安全配慮義務を怠った過失があるとして、両親である被上告人B2、同B3と共に、D中学校の設置者である上告人に対し、国家賠償法一条一項(予備的に債務不履行)に基づき、損害賠償を求めるものである。

 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。

 1 被上告人B1の柔道部への入部
 被上告人B1(昭和四九年六月二八日生まれ)は、昭和六二年四月にD中学校に入学し、同月二〇日に同校の課外クラブである柔道部に仮入部し、同年五月一一日から正式の部員となった。同校柔道部は、広島市内の中学校では強豪チームとして知られており、本件事故当時、部員は二三名で、うち初段の資格を有する者が八名いた。

 2 F教諭の指導方法

 (一) F教諭は、本件事故当時、D中学校教諭で、同校柔道部の顧問を務め、部員の指導に当たっていた。F教諭は、全日本柔道連盟六段の資格を有しており、教員に採用された昭和三六年から中学校の生徒に対する柔道の指導をしてきた経験豊富な柔道指導者である。 

 (二) F教諭は、被上告人B1を含む柔道初心者の一年生に対し、当初の二週間は受け身の基礎練習だけをさせ、後ろ受け身、横受け身、前受け身、前回り受け身の四種類の受け身を練習させた。なお、被上告人B1は、仮入部期間中から受け身の練習に加わっていた。

 (三) F教諭は、受け身の基礎練習の後、投げ技の練習に進ませ、まず打ち込み練習(かかり練習)から始め、投げ打ち込み練習(約束練習)、乱取り練習(自由練習)へと段階的に指導を進めた。乱取り練習は、自由に技をかけ合う練習であって、相手がどのような技をかけてくるのか分からないため、約束練習に比べると危険を伴うものであることから、F教諭は、乱取り練習に進む前には、自ら生徒に技をかけて受け身の習得度合いを確認する方針を採っていた。また、F教諭は、その後も、毎日の練習の中に受け身の練習を取り入れていた。

 (四) F教諭は、校務等に支障がない限り、必ず柔道部の練習に立ち会い、乱取り練習においては、危険防止のため、常々、部員に対し、「受け身を確実に行うこと」、「投げる方は、力任せではなく、タイミング良く投げ、引き手を離さないこと」などの注意を与え、練習相手についても、当初は初心者同士を組ませ、次第に初心者に上級生の相手をさせるようにしていた。

 3 被上告人B1及びEの柔道の技能

 (一) 被上告人B1は、中学校に入学するまで柔道の経験はなく、D中学校に入学後は、毎日二時間ほどの柔道部における練習以外に、昭和六二年六月中旬ころから民間の道場に週二回ほど通って柔道の練習をしていた。被上告人B1は、本件事故当時、身長一六一・三センチメートル、体重六〇・六キログラムで、柔道部の一年生の中では身長が一番高かった。 

 (二) 一方、柔道部の二年生であったEは、小学校一年生の時に柔道を始め、満一四歳の資格年齢に達してすぐに初段を取得した有段者であり、二年生としてただ一人正選手に選ばれ、大外刈りを得意技の一つとしていた。

 (三) 被上告人B1は、仮入部して一箇月後の同年五月二〇日ころから乱取り練習をするようになり、本件事故までに、Eとも数十回にわたって乱取り練習をしたことがあった。

 (四) また、被上告人B1は、同年六月と七月の対外試合の前に、それぞれ一週間ずつ、回し乱取り練習に参加していた。回し乱取り練習とは、乱取り練習の一種であるが、正選手に他の部員が一人ずつかかっていき、原則として三本の技が決まると次の部員に交替するというもので、主たる目的は、対外試合に出場する正選手のための強化練習であり、対外試合前の一週間に限り行われていた。

 (五) 被上告人B1は、この間、Eから何回か大外刈りをかけられたことがあったが、その時は受け身ができており、事故になることはなかった。

 (六) さらに、被上告人B1は、同年六月ころから、F教諭の指導の下に、一番下位の丙チームの一員として、三回ほど対外試合に参加したことがあった。

 4 本件事故の発生状況等

 (一) 本件事故当日である昭和六二年七月二五日は、夏休みに入っており、広島県下の中学校選手権大会を翌日に控えて、午前九時から練習が開始された。当日の練習は、ふだんと同様に、準備体操から始まり、受け身、打ち込み、投げ打ち込み、乱取りと進められ、次いで、翌日の大会のための強化練習として、回し乱取り練習が行われた。本件事故当日は、Eを含む二名の正選手に対し、他の部員二一名が交替で回し乱取り練習の相手をしていた。 

 (二) 被上告人B1は、同日正午ころ、回し乱取り練習においてEの相手となったが、Eが被上告人B1に大外刈りをかけたところ、その技が極めてタイミング良く決まり、Eが勢い余って被上告人B1の体と重なるように前方に倒れ込んだため、被上告人B1は、受け身もできない状態で頭から後方に転倒し、頭部を柔道用畳に強打した。

 (三) 被上告人B1は、搬入された病院において、右急性硬膜下血腫と診断され、直ちに入院手続がとられて、開頭術、血腫除去術等の緊急手術が行われたが、脳の器質的変化による重度の後遺障害が残った。

 5 中学校における柔道指導の在り方

 (一) 中学校における柔道教育は、身体的、精神的発達に貢献するという柔道の特性を生かすことを目的としたものであり、文部省は、その観点から、中、高校生に対する教科体育での柔道指導について、「柔道指導の手引」を作成している。そして、課外クラブ活動における柔道指導についても、右手引に準拠した指導が求められている。右手引及び柔道指導者の意見によれば、中学校における柔道指導の在り方は、概要、以下のとおりである。 

 (二) 中学校から柔道を始めた初心者に対しては、基本動作を正しく身に付けさせるとともに、対人技能を習得し、技能の程度に応じた練習や試合ができるように指導をする必要がある。基本動作としては受け身が最も重要であり、前記の四種類の受け身を反復継続して練習させ、さらに、投げ技と結び付けて多様な場面に即した受け身を練習させる必要がある。

 (三) 投げ技の練習については、生徒の体力、技能の程度に応じた無理のない適切な指導計画を策定した上、かかり練習、約束練習、自由練習へと段階的に進める必要がある。自由練習は、危険を伴うものであるから、受け身の習得が絶対条件となるほか、一般的留意事項として、最近は勝負にこだわって試合と同じように行う傾向がみられるが、同体に倒れる無理な技などはかけないように指導をする必要がある。
 (四) また、練習相手については、技能程度の同じ者同士だけでなく、技能程度の高い者とも練習する工夫がされてよいが、その場合、技能の高い者には、引き手を離さず、技能の低い者が受け身をすることができる余裕をもって技をかけることなど、危険防止についての指導を徹底させる必要がある。

 (五) さらに、試合に関しては、常に教育的立場に立って、安全に留意し、勝負にこだわらないように指導をする必要がある。また、中学校、高等学校における柔道の試合では、技能の程度に応じた試合を行うように配慮すべきであり、技能差のある者との対戦は安全面等から好ましくない。使用する技については、学習した範囲の技とか固め技とかの制限を加えることが望ましい。

 (六) 大外刈りは、中学校の体育実技においては、一年次二〇時間の授業で一四ないし一五時間目の段階で学習することになっている基本的な投げ技である。しかし、相手の重心が右足に移った瞬間に刈り上げて後方に倒す技であるため、後頭部を打つ危険があり、これを防止するには、投げられる側が強い後ろ受け身をすることと、技をかける側が引き手をしっかり持って離さないことが必要である。

 二 原審は、右事実関係の下において、次の理由により、本件事故は、学校教育の一環であるクラブ活動中に、指導に当たっていたF教諭の安全配慮義務違反の過失によって発生したものであるとして、国家賠償法一条一項に基づき、被上告人B1の請求を全部認容し、その余の被上告人らの請求を一部認容した。

 1 大外刈りをかけたEとこれを受けた被上告人B1との柔道の技能には、その経験年数等からして、格段の差があり、本件事故においてEの大外刈りが被上告人B1に対し極めてタイミング良く決まったことの原因としては、両名の柔道の技能に明らかな差異があったことが指摘される。

 2 また、本件事故は、対外試合前の強化練習である回し乱取り練習中に発生したものであり、正選手のEとしては、勢い翌日の試合を念頭に置いた真剣勝負に近い態度で技をかけることになり、試合に準じた対戦態度を執ったものと推認される。
そして、このことが、Eが被上告人B1に大外刈りをかけた際、引き手は離さなかったものの、勢い余って被上告人B1の体と重なるように前方に倒れ込むという余裕のない技のかけ方につながり、そのため、被上告人B1が受け身をすることもできない状態で頭から後方に転倒し本件事故が発生したという側面がある。

 3 F教諭としては、対外試合前の強化練習として取り入れた回し乱取り練習の相手となる部員には、いかなる技をかけられても即座に対応することができるだけの受け身を習得しているのはもとより、選手と著しい技能格差のない者を選ぶべきであった。

 4 そうすると、F教諭が、本件事故当日の回し乱取り練習において被上告人B1にEの相手をさせたことには、両名間の明らかな技能格差や被上告人B1の受け身の習得度合いからして、中学校の柔道教育において常に留意すべき生徒に対する安全配慮義務を怠った過失がある。

 三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

 1 技能を競い合う格闘技である柔道には、本来的に一定の危険が内在しているから、学校教育としての柔道の指導、特に、心身共に未発達な中学校の生徒に対する柔道の指導にあっては、その指導に当たる者は、柔道の試合又は練習によって生ずるおそれのある危険から生徒を保護するために、常に安全面に十分な配慮をし、事故の発生を未然に防止すべき一般的な注意義務を負うものである。そして、このことは、本件のD中学校柔道部における活動のように、教育課程に位置付けられてはいないが、学校の教育活動の一環として行われる課外のクラブ活動(いわゆる部活動)についても、異なるところはないものというべきである。

 2 前記一の事実関係によれば、Eが被上告人B1にかけた大外刈りは、中学校の体育実技の一年次において学習することになっている基本的な投げ技であるが、確実に後ろ受け身をしないと後頭部を打つ危険があるから、大外刈りを含む技を自由にかけ合う乱取り練習に参加させるには、初心者に十分受け身を習得させる必要がある。

そして、乱取り練習においては、勝負にこだわって試合と同じように行う傾向があることは、前記「柔道指導の手引」も指摘するところであり、殊に、対外試合を直前に控えた回し乱取り練習において正選手が試合に準じた練習態度を執りやすいことは、容易に推察することができる。したがって、指導教諭としては、一般に体力、技能の劣る中学生の初心者を回し乱取り練習に参加させるについては、特に慎重な配慮が求められるところであり、有段者から大外刈りなどの技をかけられても対応し得るだけの受け身を習得しているかどうかをよく見極めなければならないものというべきである。

 3 これを本件についてみるに、前記一の事実関係によれば、被上告人B1は、昭和六二年四月の仮入部の時から、F教諭の指導の下に受け身の基礎練習を行い、その後の練習においても毎日受け身の練習をし、本件事故までに、約三箇月の受け身の練習期間を経ており、F教諭は、乱取り練習に進む前には、自ら生徒に技をかけてみて受け身の習得度合いを確認していたというのであり、この間のF教諭の指導方法は、「柔道指導の手引」に照らしても適切なものであったということができる。

また、被上告人B1は、同年六月中旬ころから民間の道場にも通って練習を積み、F教諭の指導の下に三回ほど対外試合に出場したことがあり、学校ではEとも数十回にわたって乱取り練習をし、対外試合前の強化練習としての回し乱取り練習への参加も既に三回目で、延べ十数日になり、この間、Eから何回か大外刈りをかけられたことがあったが、その時は受け身ができていて、特に危険はなかったというのであり、期間は浅いとはいえ、実戦を含めある程度の経験を重ねてきていたものである。

ところで、記録によれば、受け身を習得するのに必要な期間については、柔道の高段者、指導者の間でも大きく意見が分かれており、一、二週間で十分とする見解もある反面、二、三箇月は必要で、いかなる技にも対応可能な受け身を習得するには三、四箇月を必要とするという見解もあることがうかがわれるが、以上の事実によれば、被上告人B1は、本件事故当時、既に、回し乱取り練習に通常必要とされる受け身を習得していたものと認めるのが相当である。 

そして、右の被上告人B1の受け身の習得度合いに加えて、被上告人B1の乱取り練習及び回し乱取り練習の経験の程度、被上告人B1が既に回し乱取り練習においてEの練習相手をして特に危険が生じていなかったこと等、前記の事実にかんがみると、被上告人B1とEとの間に大きな技能格差が存在することを考慮しても、指導に当たったF教諭において、本件事故当時、被上告人B1が、回し乱取り練習でEの相手をするのに必要な受け身を習得し、これを確実に行う技能を有していたと判断したことに、安全面の配慮に欠けるところがあったとすることはできない。

そのほか、本件事故当時、被上告人B1が特に疲労していたなど事故の発生を予見させる特別の事情の存在もうかがわれず、したがって、F教諭が被上告人B1を回し乱取り練習に参加させたことに、前記1の注意義務違反があるということはできない。

 4 以上のとおり、本件事故は、柔道の練習における一連の攻撃、防御の動作の過程で起きた偶発的な事故といわざるを得ない。本件事故の結果は誠に深刻であるけれども、これをF教諭の指導上の責任に帰することはできない。

 四 そうすると、これと異なる原審の判断は、国家賠償法一条一項の解釈適用を誤ったものであり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
この趣旨をいう論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決中、上告人敗訴の部分は破棄を免れない。そして、前記の説示に徴すれば、被上告人らの本件損害賠償請求は、債務不履行を理由とする予備的請求を含めて、すべて理由がないことが明らかであるから、いずれもこれを棄却すべきものである。
したがって、これと結論を同じくする第一審判決は正当であって、右部分に対する被上告人らの控訴は理由がないから、これを棄却することとする。