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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

1 医師としての知識,経験に基づく診断を含む医学的判断を内容とする鑑定を命じられた医師がその過程で知り得た人の秘密を正当な理由なく漏らす行為と秘密漏示罪の成否 2医師が医師としての知識,経験に基づく診断を含む医学的判断を内容とする鑑定を命じられた場合の刑法134条1項の「人の秘密」の範囲

平成24年2月13日最高裁判所第二小法廷決定

裁判要旨    
1 医師としての知識,経験に基づく診断を含む医学的判断を内容とする鑑定を命じられた医師が,当該鑑定を行う過程で知り得た人の秘密を正当な理由なく漏らす行為は,医師がその業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏示するものとして刑法134条1項の秘密漏示罪に該当する。
2 医師が医師としての知識,経験に基づく診断を含む医学的判断を内容とする鑑定を命じられた場合の刑法134条1項の「人の秘密」には,鑑定対象者本人の秘密のほか,同鑑定を行う過程で知り得た鑑定対象者本人以外の者の秘密も含まれる。
3 医師が医師としての知識,経験に基づく診断を含む医学的判断を内容とする鑑定の過程で知り得た鑑定対象者本人以外の者の秘密を漏示した場合には,その秘密を漏示された者は,刑訴法230条にいう「犯罪により害を被った者」として,告訴権を有する。
(1,2につき補足意見がある。)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/997/081997_hanrei.pdf

所論に鑑み,職権で判断する。
原判決及びその是認する第1審判決の認定によれば,本件は,精神科の医師である被告人が,少年事件について,家庭裁判所から,鑑定事項を「1 少年が本件非行に及んだ精神医学的背景,2 少年の本件非行時及び現在の精神状態,3 その他少年の処遇上参考になる事項」として,精神科医としての知識,経験に基づく,診断を含む精神医学的判断を内容とする鑑定を命じられ,それを実施したものであり,そのための鑑定資料として少年らの供述調書等の写しの貸出しを受けていたところ,正当な理由がないのに,同鑑定資料や鑑定結果を記載した書面を第三者に閲覧させ,少年及びその実父の秘密を漏らしたというものである。

所論は,鑑定医が行う鑑定はあくまでも「鑑定人の業務」であって「医師の業務」ではなく,鑑定人の業務上知った秘密を漏示しても秘密漏示罪には該当しない,本件で少年やその実父は被告人に業務を委託した者ではなく,秘密漏示罪の告訴権者に当たらない旨主張する。
 しかし,本件のように,

医師が,医師としての知識,経験に基づく,診断を含む医学的判断を内容とする鑑定を命じられた場合には,その鑑定の実施は,医師がその業務として行うものといえるから,医師が当該鑑定を行う過程で知り得た人の秘密を正当な理由なく漏らす行為は,医師がその業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏示するものとして刑法134条1項の秘密漏示罪に該当すると解するのが相当である。

このような場合,「人の秘密」には,鑑定対象者本人の秘密のほか,同鑑定を行う過程で知り得た鑑定対象者本人以外の者の秘密も含まれるというべきである。 したがって,これらの秘密を漏示された者は刑訴法230条にいう「犯罪により害を被った者」に当たり,告訴権を有すると解される。

以上によれば,少年及びその実父の秘密を漏らした被告人の行為につき同罪の成立を認め,少年及びその実父が告訴権を有するとした第1審判決を是認した原判断は正当である。
 よって,刑訴法414条,386条1項3号により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官千葉勝美の補足意見がある。