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 1社会福祉法人において退任した理事が後任理事の選任をすることができる場合   2社会福祉法人において退任した理事が定款で後任理事の選任に必要とされている同意をすることができるとされた事例

平成18年7月10日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
 1 社会福祉法人が理事の退任によって定款に定めた理事の員数を欠くに至り,かつ,定款の定めによれば,在任する理事だけでは後任理事を選任するのに必要な員数に満たないため後任理事を選任することができない場合において,仮理事の選任を待つことができないような急迫の事情があり,かつ,退任した理事と当該法人との間の信頼関係が維持されていて,退任した理事に後任理事の選任をゆだねても選任の適正が損なわれるおそれがないときには,民法654条の趣旨に照らし,退任した理事は,後任理事の選任をすることができる。

2 社会福祉法人が,理事定数を10名から6名に変更する旨の定款変更決議をし,所轄庁の認可を受けないうちに定款変更の効力が生じるとの誤解により,4名の理事について後任理事を選任しなかったので,その任期の満了による退任により,理事会の開催及び後任理事の選任に必要な理事の員数を欠くに至った場合において,(1)理事らが上記誤解に気が付いた時点では,当該年度の収支補正予算案や次年度の収支予算案等の重要議案を審議することが予定されていた理事会の開催を3日後に控えており,仮理事選任手続を了するまで理事会において当該法人の意思決定ができない状態が続くとすれば,当該法人に著しい不利益が生じるおそれが顕著であったこと,(2)任期満了により退任した4名の理事は,退任後も評議員として活動していたことなど判示の事実関係の下では,退任した理事は,上記理事会開催の時点において,定款で後任理事の選任に必要とされている同意をすることができる。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/302/033302_hanrei.pdf

1 本件は,上告人が,被上告人に対し,上告人が被上告人の理事長の地位にあることの確認等を求める事案である。

2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。

(1) 被上告人は,社会福祉事業を行うことを目的とする社会福祉法人であり,平成15年3月31日当時,児童養護施設知的障害者更生施設,特別養護老人ホーム身体障害者福祉センター,老人デイサービスセンター等の合計12施設(職員合計550名,施設定員合計704名)の設置経営又は受託経営を行う東京都内で最大の社会福祉法人であった。

(2) 平成13年3月27日当時の被上告人の定款には,次の定めがあった。

ア 被上告人には理事10名を置き,そのうち1名は,理事の互選により理事長となり,理事長のみが被上告人を代表する。

イ 理事は,理事定数の3分の2以上の同意を得て,理事長が委嘱する。

ウ 理事の任期は2年とする。理事長の任期は,理事として在任する期間とする。

エ 被上告人の業務の決定は,理事をもって組織する理事会によって行う。ただし,日常の軽易な業務は理事長が専決し,これを理事会に報告する。

オ 理事会は,理事定数の3分の2以上の出席がなければ,その議事を開き,議決をすることができない。

カ 議長及び理事会において選任した理事2名は,理事会の議事について議事の経過の要領及びその結果を記載した議事録を作成し,これに署名又は記名押印しなければならない。

(3) 平成13年3月27日当時,被上告人の理事は,上告人,A,B,C,D,E,F,G,H及びIの10名であり,理事長は上告人であった。上記10名の理事の任期は平成14年2月19日までであった。

(4) 被上告人は,東京都からの指導に基づき,第191回理事会(平成13年3月28日開催)において,理事会のほかに評議員会を設置することとし,理事の定数を10名から6名に変更し,評議員の定数を13名にすることを内容とする定款変更を行う旨の決議(以下「本件定款変更決議」という。)をした。
社会福祉法人の定款の変更が効力を生じるためには,所轄庁の認可を受けることが必要である(社会福祉法43条1項)にもかかわらず,被上告人の当時の理事らは,本件定款変更決議によって直ちに定款変更の効力が発生し,理事定数が6名に変更され,評議員会が設置されたものと誤解していた。
F,G,H及びIの4名(「Fら4名」)は,評議員に就任するため,平成13年3月27日付けで理事を辞任する旨の意思表示をしたが,この意思表示は,上記誤解に基づくものであり,その動機も表示されていたから,要素の錯誤により無効であった。したがって,本件定款変更決議後も,被上告人の理事定数は10名のままであり,Fら4名も含めて前記(3)の10名が理事の地位にあり,その任期は平成14年2月19日までであった。

(5) 被上告人は,第192回理事会(平成13年5月19日開催)から第194回理事会(平成14年1月29日開催)まで,上記誤解に基づき,被上告人の理事は上告人,A,B,C,D及びEの6名のみであることを前提として理事会を開催した。
平成14年2月19日の理事の任期満了に先立ち,同年1月29日に開催された第194回理事会及び第3回評議員会において,前記(3)の10名のうち7名の同意及び理事長である上告人の委嘱により,上告人,A,B,C,E及びJの6名(「上告人ら6名」)が次期理事に選任され,上告人が次期理事長に互選された。
他方,Fら4名は,同年2月19日までに次期理事に選任されなかったため,同日の経過により任期が満了して退任し,理事としての地位を失い,これにより,被上告人は,4名の理事を欠く状態となった。なお,被上告人の定款には,任期満了により退任した理事は後任者が就任するまで理事の権利義務を有する旨の規定はない。

(6) 平成14年3月13日,被上告人は,東京都から,定款変更は所轄庁の認可を受けなければ効力を生じないことから,所轄庁の認可を受けるまでは,従前どおり,理事10名による理事会を開催し,それまで理事定数が6名のみであることを前提として開催されてきた理事会の議決内容を追認するようにとの指導を受けた。
当時,被上告人は,同月16日に開催が予定されていた第195回理事会において,平成13年度収支補正予算案の件,平成14年度収支予算書案の件,平成14年度事業計画書案の件,定款変更案の件,授産会計基準導入の件,諸規程の一部改正案の件,新規施設開設に伴う施設長人事の件等の重要議案の審議を予定しており,理事会において被上告人の意思決定を速やかに行うことが求められる状況にあった。
前記(5)のとおり,被上告人は,平成14年2月20日以降,4名の理事を欠く状態にあり,被上告人の定款によれば,理事定数の3分の2に満たない6名の理事のみでは理事会の議事を開いて議決をすることができないところ,上記状況の下で,仮理事選任手続(社会福祉法45条,民法56条)を了するまで理事会において被上告人の意思決定ができない状態が続くとすれば,被上告人はもとより,被上告人が経営している施設の多数の利用者,職員その他の第三者にも著しい支障や不利益が生じるおそれが顕著であった。
そこで,事務局長を兼務するE理事は,第195回理事会(平成14年3月16日開催)と同じ日に開催された第4回評議員会において,出席した評議員に対し,東京都から上記指導を受けたため,上告人ら6名及びFら4名の合計10名が招集されている同評議員会を理事会とみなし,この理事会において第192回以降の理事会における議決内容を追認し,理事が上記10名であることを前提とする理事会議事録のみを作成する旨の説明をした。出席していた上告人,A,B,C,F及びGのうち,Eの説明に異議を唱えた者はおらず,第192回以降の理事会における議決内容を追認する旨の決議が行われた。
そして,被上告人の理事が上記10名であることを前提として作成された理事会議事録には,上告人,C及びEの3名が議事録署名人として署名押印した。

(7) その後,被上告人は,平成14年5月25日に第196回理事会及び第5回評議員会を,同年10月5日に第197回理事会及び第6回評議員会を開催した。上記各理事会には上告人ら6名が理事として招集され,上記各評議員会には上告人ら6名,Fら4名及びその他の評議員3名が招集されたが,理事会議事録は,いずれも,被上告人の理事は上告人ら6名及びFら4名の合計10名であるとの前提で作成され,上告人ら6名のうち上告人と他の2名が議事録署名人として署名押印した。理事が上記10名であることを前提とする理事会議事録の作成について異議を唱える者はいなかった。

(8) 平成14年10月24日,被上告人は,東京都から,評議員会を設置する旨の定款変更の効力はまだ生じていないので,理事10名による理事会のみを招集し開催するようにとの指摘を受けた。

上告人は,E理事兼事務局長に対し,これまでのような理事会と評議員会の併存はやめ,理事10名による理事会のみを開催する手続を執るように指示し,平成15年1月20日,上告人から各評議員に対して,東京都から上記指摘を受けたため,定款変更について所轄庁の認可を受けるまで評議員会を休止する旨の通知が発せられた。

そして,第198回理事会(平成15年1月25日開催)から第199回理事会(同年3月22日開催)までについては,上告人ら6名のほか,Fら4名も理事として招集され,各理事会の冒頭で理事が上告人ら6名及びFら4名の合計10名であることを前提として定足数を満たしていることの確認がされたが,これに対して異議を唱える者はいなかった。

また,いずれの理事会にもFら4名のうち一部の者が出席したが,これらの者の理事会への出席,発言,議決権の行使,理事会議事録への議事録署名人としての署名押印等について,異議を唱える者はいなかった。
上記各理事会の議事録は,上記10名が理事であることを前提として作成され,そのうち上告人及び他の2名が議事録署名人として署名押印した。

(9) E理事兼事務局長は,臨時理事会(平成15年2月18日開催)の開催当日,上告人に対し,「臨時理事会開催要項(案)」と題する書面を示した。そこには,第3号議案「役員任期の件」として,Fら4名について,理事の任期が平成14年2月19日まで継続しており,その後も理事に選任されたこととして,理事の任期を同月20日から平成16年2月19日までとする委任状を交付する旨の議案が記載されていた。ところが,上告人は,Fら4名の理事選任について改めて理事会で決議し直す必要はないとして,Eに対し,上記議案の削除を指示した。そこで,Eは,上記議案を削除した「臨時理事会開催要項(正)」と題する書面を作成した。

(10) 平成15年5月13日,被上告人の臨時理事会が開催され,上告人ら6名,G,H及びIの合計9名が出席した。
上告人は,上記臨時理事会において,現在の事務局は信用できないとして,事務局の移転及び新しい事務局長の選任を提案したが,承認されなかったことを不服とし,現在の事務局とは一緒にやっていけないので理事長を辞任すると発言し,その余の議案を審議しないまま退席した。
なお,上告人は,上記臨時理事会に先立ち,Iに対しても,同人が理事であることを前提として,上記提案に賛成するよう説得を試みていたし,また,上記臨時理事会において,欠席したFが理事の肩書きで事前に提出した意見書を読み上げるなどした。また,上記臨時理事会において,G,H及びIは,理事として,意見を述べたり,議決権を行使したが,これについて異議を唱える者はいなかった。

(11) 平成15年5月24日,第200回理事会が開催され,上告人ら6名,F,G及びIの合計9名が出席し,上告人の上記臨時理事会における理事長を辞任する旨の発言を受けて,新理事長の互選が行われた。上告人は,上記発言は真意ではないから,自分は今でも理事長であるとして,上記発言の理事会議事録からの削除を求め,議論が行われたが,最終的には,上告人とBを立候補者として投票により新理事長の互選を行うこととなった。その結果,上告人ら6名のうち3名(上告人,A,J)が上告人に投票し,上告人ら6名のうち2名(B,E)とFら4名のうち3名(F,G,I)の合計5名がBに投票し,上告人ら6名のうち残り1名(C)は,議長であることから棄権した。上記投票が行われた際,Fら4名が理事ではないと指摘する者はいなかった。
C議長は,上記投票結果に基づき,5票を獲得したBが理事長に就任したと述べた。
その後,次の議案の審議に入ったところ,上告人は,突如として,Fら4名は,任期満了により理事を退任した後,理事に再任されていないので,被上告人の理事ではないとして,上記投票結果は無効であると主張するに至った。

(12) Bが理事長として招集した第201回理事会(平成15年6月30日開催)において,第200回理事会における互選を確認するものとして,Bを理事長とする旨の決議がされ,平成15年7月3日,同決議に基づきBの理事就任登記がされた。
なお,第200回理事会において上告人に投票した3名は,Bが理事長として招集した理事会は,適法に招集された理事会とは認められないとして,第201回理事会に出席しなかった。

3 上告人は,平成14年2月20日以降,被上告人の理事は上告人ら6名のみとなったところ,被上告人の定款によれば,理事定数の3分の2に満たない6名の理事のみでは後任理事の選任はできないから,第200回理事会当時,被上告人の理事は上告人ら6名のままであり,したがって,同理事会における投票によって理事長に互選されたのは,上告人ら6名のうち投票した5名の過半数の票を獲得した上告人であるなどと主張している。

これに対し,被上告人は,任期満了によりいったん理事を退任したFら4名は,急迫の事情があるときは,民法654条にいう「必要な処分」として,後任理事を選任することもできたものと解されるから,第195回理事会において又は遅くとも第198回理事会までに,Fら4名は,上告人ら6名及びFら4名の合計10名のうち3分の2以上の黙示の同意と理事長である上告人の黙示の委嘱によって理事に選任されたものであり,したがって,第200回理事会当時,被上告人の理事は上記10名であったから,同理事会における投票によって理事長に互選されたのは,上記10名のうち投票した8名の過半数の票を獲得したBであるなどと主張している。

4(1) 社会福祉法は,理事の退任によって定款に定めた理事の員数を欠くに至り,かつ,定款の定めによれば,在任する理事だけでは後任理事を選任するのに必要な員数に満たないため後任理事を選任することができない場合(理事全員が退任して在任する理事が存在しない場合も含まれる。)について,同法45条で仮理事の選任について定めた民法56条の規定を準用するのみで,新たに選任された取締役が就任するまで退任した取締役が取締役としての権利義務を有する旨定めた商法(平成17年法律第87号による改正前のもの)258条1項の規定を準用していなかったし,これと同旨の会社法346条1項の規定も準用していない。

したがって,社会福祉法は,上記のような場合については,原則として,仮理事を選任し,在任する理事と仮理事とにおいて後任理事を選任することを予定しているものと解される。

しかし,社会福祉法人と理事との関係は,基本的には,民法の委任に関する規定に従うものと解されるから,仮理事の選任を待つことができないような急迫の事情があり,かつ,退任した理事と当該社会福祉法人との間の信頼関係が維持されていて,退任した理事に後任理事の選任をゆだねても選任の適正が損なわれるおそれがない場合には,受任者は委任の終了後に急迫の事情があるときは必要な処分をしなければならない旨定めた民法654条の趣旨に照らし,退任した理事は,後任理事の選任をすることができるものと解するのが相当である。

(2) これを本件についてみると,前記事実関係によれば,

① 被上告人の理事らは,本件定款変更決議によって定款変更の効力が直ちに発生し,理事定数が6名に変更されたものと誤解していたため,Fら4名の理事としての任期が平成14年2月19日に満了する前に後任理事4名をあらかじめ選任しておくことができなかったこと,

② 被上告人は,平成14年3月13日に東京都から指導を受けて,定款変更の効力がまだ生じておらず,理事定数は10名のままであり,欠員が生じている理事4名を選任する必要があることを認識するに至ったが,当時,被上告人には理事定数の3分の2に満たない6名の理事しかいなかったため,定款の定めによれば,後任理事の選任に必要な同意を得ることも,被上告人の意思決定機関である理事会を開催することもできない状態であったこと,

③ 被上告人は,東京都から上記指導を受けた日の3日後に開催されることになっていた第195回理事会において,平成13年度収支補正予算案や平成14年度収支予算書案等の重要議案の審議を予定していたものであり,仮理事選任手続を了するまで理事会において被上告人の意思決定ができない状態が続くとすれば,被上告人に著しい不利益が生じるおそれが顕著であったこと,

④ Fら4名は,平成14年2月19日に任期満了により理事を退任した後も,評議員として活動していたことが明らかである。

以上によれば,平成14年3月16日に第195回理事会及び第4回評議員会が開催された時点では,被上告人において仮理事の選任を待つことができないような急迫の事情があり,かつ,Fら4名と被上告人との間には信頼関係が維持されていたということができるから,Fら4名は,被上告人の定款において後任理事の選任に必要とされている同意をすることができたというべきである。

(3) 前記事実関係によれば,上告人ら6名及びFら4名の合計10名が招集され,そのうち7名が出席していた第4回評議員会(平成14年3月16日開催)において,同評議員会を理事会とみなし,この理事会において第192回以降の理事会における議決内容を追認し,理事が上記10名であることを前提として理事会議事録を作成することとなり,それ以降,Fら4名も含めて上記10名が理事であることを前提とした理事会議事録が作成されるようになり,更に第198回理事会(平成15年1月25日開催)以降は,Fら4名も理事として理事会に招集され出席するようになったものであるところ,Fら4名が再び理事に選任されたか否かについて紛争が生じたのは,上告人が,第200回理事会において自己が理事長に互選されなかったことを不服として,Fら4名は被上告人の理事ではないと主張するに至ってからであり,それまでは,Fら4名が再び理事に選任されたことについて異議を唱える者は上告人を含め誰もいなかったというのであるから,Fら4名は,前記のとおり理事会とみなされた第4回評議員会において,上記10名のうち7名以上の黙示の同意と理事長である上告人の黙示の委嘱によって,理事に選任されたものということができる。

そうすると,第200回理事会当時,被上告人の理事であったのは,上告人ら6名及びFら4名の合計10名であったことになるから,同理事会における投票の結果,新理事長に互選されたのは,Bであって,上告人ではない。したがって,同理事会において上告人が新理事長に互選されたことを前提とする上告人の請求は,いずれも理由がない。

5 以上と同旨の原審の判断は,正当として是認することができる。所論引用の判例最高裁昭和61年11月4日第三小法廷判決)は,事案を異にし本件に適切でない。論旨は採用することができない。