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前訴において相手方当事者の不法行為により訴訟手続に関与する機会を奪われたことにより被った精神的苦痛に対する損害賠償請求と前訴判決の既判力

平成10年9月10日最高裁判所第一小法廷判決

裁判要旨    
一 甲乙間の前訴において,甲が受訴裁判所の裁判所書記官からの照会に対して乙の就業場所が不明である旨の誤った回答をしたことにより,乙に対して訴状等の付郵便送達がされたため,乙が前訴の訴訟手続に関与する機会のないまま判決が確定した場合に,右照会に対して必要な調査を尽くすことなく安易に誤った回答をしたことにつき,甲に重大な過失があるにとどまり,甲に乙の権利を害する意図があったとは認められないという事情の下においては,乙が,甲の右不法行為を理由として,右判決に基づく債務の弁済として甲に支払った金員につき損害賠償請求をすることは,許されない。
二 前訴において相手方当事者の不法行為により第一審での訴訟手続に関与する機会を奪われたことにより被った精神的苦痛に対する慰謝料の支払を求める請求は,確定した前訴判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求に当たらない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/111/076111_hanrei.pdf

一 本件は、「一審原告」が、「一審被告」から提起された訴訟において、訴状等の書留郵便に付する送達(「付郵便送達」)が違法無効であったため訴訟に関与する機会が与えられないまま一審原告敗訴の判決が確定し、損害を被ったとして、一審被告に対し、民法七○九条に基づき、損害賠償を求めるものである。一審原告は、右訴訟における一審原告への付郵便送達について、一審被告には受訴裁判所からの照会に対して一審原告の就業場所不明との回答をしたことに故意又は重過失がある旨主張している。

二 原審の確定した事実関係は、次のとおりである。

1 一審被告は、一審原告の妻が、昭和五九年八月から同六○年四月にかけて、一審被告が発行した一審原告名義のクレジットカードを利用したことによる貸金債務及び立替金債務の支払が滞りがちであったため、同年一一月、一審原告に対し、通知書を送付したり、電話をかけたりして、右債務等合計四二万円余の支払を督促した。一審原告は、自分は右契約の存在を初めて知ったものであり、妻が契約したらしいなどと述べつつも、右債務の分割払いに応じる姿勢を示していたが、結局同年一二月に合計四万円が支払われるにとどまった。 

2 そこで、一審被告は、昭和六一年三月、一審原告に対し、一審原告の妻が右クレジットカードを利用したことによる一審原告名義の前記貸金の残金二六万五三一二円等及び前記立替金の残金七万九六五二円等の支払を求めて、札幌簡易裁判所に貸金請求訴訟及び立替金請求訴訟をそれぞれ提起した(「前訴」)。受訴裁判所の担当各裁判所書記官は、一審原告の住所における訴状等の送達が一審原告不在によりできなかったため、一審被告に対し、訴状記載の住所に一審原告が居住しているか否か及び一審原告の就業場所等につき調査の上回答するよう求める照会書をそれぞれ送付した。

3 その当時、一審原告は、釧路市内の株式会社A釧路営業所に勤務していたが、たまたま昭和六一年一月から東京都内に長期出張をして、右勤務先会社が下請をした業務に従事中であり、同年四月二○日ころ帰ってくる予定であった。右勤務先会社においては、出張中の社員あての郵便物が同社に送付されたときは社員の出張先に転送し、出張中の社員と連絡を取りたいとの申出があったときは連絡先を伝える手はずをとっていた。また、一審原告は、昭和六○年一一月ころ、一審被告から右勤務先会社気付で一審原告あてに郵送された支払督促の通知書を同営業所長を介して受領したことがあり、一審被告の担当者に対し、一審原告あての郵便物を自宅ではなく右勤務先会社に送付してほしい旨要望していた。

4 しかし、一審被告の担当者は、裁判所からの前記照会に際し、裁判所からの回答を求められている一審原告の就業場所とは、一審原告が現実に仕事に従事している場所をいうとの理解の下に、昭和六○年一一月当時に一審原告から稼働場所として伝えられていたBに問い合わせ、一審原告が本州方面に出張中で昭和六一年四月二○日ころ帰ってくる旨の回答を受けただけで、更に右勤務先会社に一審原告の出張先や連絡方法等を確認するなどの調査をすることなく、貸金請求事件については、同月一一日、一審原告が訴状記載の住所に居住している旨及び一審原告の就業場所が不明である旨を記載した上、「本人は出張で四月二○日帰ってきます。家族は訴状記載の住所にいる。」旨を付記して回答し、立替金請求事件については、同月一八日、一審原告が訴状記載の住所に居住している旨及び一審原告の就業場所が不明である旨を記載して回答した。

5 受訴裁判所の担当各裁判所書記官は、いずれも、右各回答に基づき、一審原告の就業場所が不明であると判断し、一審原告の住所あてに各事件の訴状等の付郵便送達を実施した。右送達書類は、いずれも一審原告不在のため配達できず、郵便局に保管され、留置期間の経過により裁判所に還付された。なお、右付郵便送達は、札幌簡易裁判所の昭和五八年四月二一日付け「民事第一審訴訟の送達事務処理に関する裁判官・書記官との申し合わせ協議結果」による一般的取扱いに従って実施されたものである。

6 前訴における各第一回口頭弁論期日では、いずれも一審原告が欠席したまま弁論が終結され、昭和六一年五月下旬、一審原告において請求原因事実を自白したものとして、一審被告の請求を容認する旨の各判決(「前訴判決」)が言い渡された。右各判決正本は、同年五月末から六月初めにかけて、それぞれ一審原告の住所に送達され、一審原告の妻が受領したが、これを一審原告に手渡さなかったため、一審原告において控訴することなく、前訴判決はいずれも確定した。

7 一審被告は、昭和六一年七月二二日、釧路地方裁判所に対し、前訴貸金請求事件の確定判決を債務名義として一審原告に対する給料債権差押命令の申立てをしたが、同月二七日、右申立てを取り下げた。一審原告は、一審被告に対し、同月二九日に二○万円、同年一○月から昭和六二年四月にかけて計八万円の合計二八万円を支払った。

8 一審原告は、昭和六二年一○月五日に前訴判決の存在及びその裁判経過を知ったとして、同年一一月二日、札幌簡易裁判所に前訴判決に対する再審の訴えを提起したところ、同裁判所は、前訴における訴状等の付郵便送達が無効であり、旧民訴法四二○条一項三号所定の事由があるとしたが、上訴の追完が可能であったから、同項ただし書により再審の訴えは許されないとして、右再審の訴えをいずれも却下する判決を言い渡した。これに対して一審原告は、札幌地方裁判所に控訴を、更に札幌高等裁判所に上告を提起したが、いずれも排斥されて、右各判決は確定した。

三 原審は、前記事実関係の下において、次のとおり判示して、一審原告が一審被告に対して支払った二八万円につき、一審被告による不法行為と因果関係のある損害であるとして、右の限度で一審原告の請求を一部認容した。

1 一審被告が、前訴において、一審原告に対する請求権の不存在を知りながらあえて訴えを提起したなど、訴訟提起自体について一審原告に権利を害する意図を有していたとは認められないが、一審被告は、前訴の提起に先立つ一審原告との交渉を通じて、一審原告の勤務先会社を知っていたのであるから、受訴裁判所からの前記照会に対して回答するについては、一審被告において把握していた右勤務先会社を通じて一審原告に対する連絡先や連絡方法等について更に詳細に調査確認をすべきであり、かつ、右調査確認が格別困難を伴うものでなかったにもかかわらず、これを怠り、安易に受訴裁判所に対して、一審原告の就業場所が不明であるとの誤った回答をしたものであって、この点において一審被告には重大は過失がある。

 2 前訴における一審原告に対する訴状等の付郵便送達は、右のような一審被告の重大な過失による誤った回答に基づいて実施されたものであるから、付郵便送達を実施するための要件を欠く違法無効なものといわざるを得ず、そのため、前訴においては、一審原告に対し、有効に訴状等の送達がされず、訴訟に関与する機会が与えられないまま一審被告勝訴の判決が言い渡されて確定するに至ったものである。

 3 前訴において一審原告に出頭の機会が与えられ、その口頭弁論期日において、一審原告から、一審被告との間のクレジット契約等につき、妻が一審原告の名義を無断で使用して一審被告との間で締結したものである旨の主張が提出されていれば、前訴判決の内容が異なったものとなった可能性が高い。

 4 確定判決の既判力ある判断と実質的に矛盾するような不法行為に基づく損害賠償請求が是認されるのは、確定判決の取得又はその執行の態様が著しく公序良俗又は信義則に反し、違法性の程度が裁判の既判力による法的安定性の要請を考慮してもなお容認し得ないような特段の事情がある場合に限られるところ、本件においては、一審被告の訴訟上の信義則に反する重過失に基づき、何ら落ち度のない一審原告が前訴での訴訟関与の機会を妨げられたまま、前訴判決が形式的に確定し、しかも、前訴判決の内容も、一審原告に訴訟関与の機会が与えられていれば異なったものとなった可能性が高いにもかかわらず、一審原告が訴訟手続上の救済を得られない状態となっているなどの諸般の事情にかんがみれば、確定判決の既判力制度による法的安定の要請を考慮しても、法秩序全体の見地から一審原告を救済しなければ正義に反するような特段の事情がある。

 四 しかしながら、原審の右三の2ないし4の判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。

 1 民事訴訟関係書類の送達事務は、受訴裁判所の裁判所書記官の固有の職務権限に属し、裁判所書記官は、原則として、その担当事件における送達事務を民訴法の規定に従い独立して行う権限を有するものである。受送達者の就業場所の認定に必要な資料の収集については、担当裁判所書記官の裁量にゆだねられているのであって、担当裁判所書記官としては、相当と認められる方法により収集した認定資料に基づいて、就業場所の存否につき判断すれば足りる。

担当裁判所書記官が、受送達者の就業場所が不明であると判断して付郵便送達を実施した場合には、受送達者の就業場所の存在が事後に判明したときであっても、その認定資料の収集につき裁量権の範囲を逸脱し、あるいはこれに基づく判断が合理性を欠くなどの事情がない限り、右付郵便送達は適法であると解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前記事実関係によれば、前訴の担当各裁判所書記官は、一審原告の住所における送達ができなかったため、当時の札幌簡易裁判所における送達事務の一般的取扱いにのっとって、当該事件の原告である一審被告に対して一審原告の住所への居住の有無及びその就業場所等につき照会をした上、その回答に基づき、いずれも一審原告の就業場所が不明であると判断して、本来の送達場所である一審原告の住所あてに訴状等の付郵便送達を実施したものであり、一審被告からの回答書の記載内容等にも格別疑念を抱かせるものは認められないから、認定資料の収集につき裁量権の範囲を逸脱し、あるいはこれに基づく判断が合理性を欠くものとはいえず、右付郵便送達は適法というべきである。したがって、前訴の訴訟手続及び前訴判決には何ら瑕疵はないといわなければならない。

 2 当事者間に確定判決が存在する場合に、その判決の成立過程における相手方の不法行為を理由として、確定判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求をすることは、確定判決の既判力による法的安定を著しく害する結果となるから、原則として許されるべきではなく、当事者の一方が、相手方の権利を害する意図の下に、作為又は不作為によって相手方が訴訟手続に関与することを妨げ、あるいは虚偽の事実を主張して裁判所を欺罔するなどの不正な行為を行い、その結果本来あり得べからざる内容の確定判決を取得し、かつ、これを執行したなど、その行為が著しく正義に反し、確定判決の既判力による法的安定の要請を考慮してもなお容認し得ないような特別の事情がある場合に限って、許されるものと解するのが相当である(最高裁昭和四四年七月八日第三小法廷判決)。

これを本件についてみるに、一審原告が前訴判決に基づく債務の弁済として一審被告に対して支払った二八万円につき、一審被告の不法行為により被った損害であるとして、その賠償を求める一審原告の請求は、確定した前訴判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求であるところ、前記事実関係によれば、前訴において、一審被告の担当者が、受訴裁判所からの照会に対して回答するに際し、前訴提起前に把握していた一審原告の勤務先会社を通じて一審原告に対する連絡先や連絡方法等について更に調査確認をすべきであったのに、これを怠り、安易に一審原告の就業場所を不明と回答したというのであって、原判決の判示するところからみれば、原審は、一審被告が受訴裁判所からの照会に対して必要な調査を尽くすことなく安易に誤って回答した点において、一審被告に重大な過失があるとするにとどまり、それが一審原告の権利を害する意図の下にされたものとは認められないとする趣旨であることが明らかである。そうすると、本件においては、前示特別の事情があるということはできない。

 五 したがって、一審原告の前記請求を認容した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はこの点において理由があり、その余の上告理由につき判断するまでもなく、原判決中、一審被告敗訴の部分は破棄を免れない。そして、前記説示に照らせば、一審原告の右請求は理由がなく、これを棄却した第一審判決は結論において正当であるから、一審原告の控訴を棄却すべきである。

 第二 平成五年(オ )第一二一一号上告代理人の上告理由第七及び第八について

 一 一審原告が一審被告から前訴判決に基づく給料債権差押えの通告を受けたことによる精神的苦痛に対する慰謝料請求については、確定した前訴判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求に帰するものであって、前記第一の四の説示に照らして理由のないことは明らかであるから、右請求を棄却すべきものとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は、原判決の結論に影響のない説示部分を論難するものであって、採用することができない。

 二 一審原告の前訴判決に対する再審訴訟の提起に係る弁護士費用相当額の損害賠償請求については、前期第一の四のとおり、前訴おける訴訟手続及び前訴判決には瑕疵はなく、再審は本来成り立ち得ないものであって、右弁護士費用相当額の損害賠償請求は理由がないというべきであるから、これを棄却すべきものとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は、原判決の結論に影響のない説示部分を論難するか、又は原審において主張しなかった事由に基づいて原判決の不当をいうものであって、採用することができない。

 三 一審原告の別紙記載の請求について、原審は、これが確定した前訴判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求であるとの立場に立って、一審原告が主張するような精神的苦痛を受けたとしても、一審原告が前訴判決に基づく債務の弁済として一審被告に対して支払った二八万円につき、一審被告に対し損害賠償を命ずる以上、それを超えて精神的損害の点についてまで損害賠償を認める必要はないとして、これを棄却すべきものと判断した。しかしながら、右請求は、確定した前訴判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求には当たらず、しかも、前記第一の四のとおり、一審原告が一審被告に対して支払った二八万円についての損害賠償請求を肯認することはできないのであるから、原審の右判断における理由付けは、その前提を欠くものであって、これを直ちに是認することはできない。
 したがって、前記理由付けをもって一審原告の別紙記載の請求を棄却すべきものとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決中、一審原告の右請求に関する部分は破棄を免れず、損害発生の有無を含め、右請求の当否について更に審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻すこととする。
 第三 以上の次第で、原判決中、一審被告敗訴の部分を破棄して、同部分に関する一審原告の控訴を棄却するとともに、一審原告の別紙記載の請求に関する部分を破棄して、同部分につき、本件を東京高等裁判所に差し戻すこととし、一審原告のその余の上告は理由がないから、これを棄却することとする。