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国選弁護人の解任がやむをえないとされた事例

昭和54年7月24日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
 一 被告人が国選弁護人を通じて正当な防禦活動を行う意思がないことを自らの行動によつて表明したものと評価すべき判示の事情のもとにおいては、裁判所が国選弁護人の辞意を容れてこれを解任してもやむをえない。
二 被告人が国選弁護人を通じて正当な防禦活動を行う意思がないことを自らの行動によつて表明したため、裁判所が国選弁護人の辞意を容れてやむなくこれを解任した場合、被告人が再度国選弁護人の選任を請求しても、被告人においてその後も判示のような状況を維持存続させたとみるべき本件においては、裁判所が右再選任請求を却下した措置は相当であり、このように解しても憲法三七条三項に違反しない。
三 国選弁護人は、辞任の申出をした場合であつても、裁判所が辞任の申出について正当な理由があると認めて解任しない限り、その地位を失うものではない。
四 国選弁護人から辞任の申出を受けた裁判所は、解任すべき事由の有無を判断するに必要な限度において、相当と認める方法により、事実の取調をすることができる。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/830/051830_hanrei.pdf

一 第一審判決及び原判決によれば、所論の点に関する経過は、おおむね次のとおりである。
1 本件は、昭和四四年四月二八日のいわゆる四・二八沖縄デーの闘争に関連して発生した事件の一部であるところ、右闘争に関連しては約二四〇名が東京地方裁判所に起訴されたが、そのうち約一五〇名は分離公判を希望し、起訴後比較的短期間のうちに主として単独部において審理を受け終わつた。他方、本件被告人らを含む約九〇名は、一〇名の私選弁護人を選任したうえ、いわゆる統合方式すなわち一つの合議部が全事件を担当して弁論の併合・分離をくり返す方式をあくまでも主張し、数か部にグループ別に配点するという東京地方裁判所裁定合議委員会の案に対しては、一切具体的な意見を述べようとはしなかつた。そのため、同裁判所裁判官会議は、近い将来に合理的で具体的な結論が得られる見通しがたたないものと判断し、グループ別の配点をすることを決議した。右決議に基づき、被告人Dら一〇名の広島大学学生を被告人とするグループ(以下「Aグループ」という。)と、被告人E(旧姓F)ら一〇名を被告人とするその他のグループ(以下「Bグループ」という。)が同地裁刑事第六部(「第一審」)に配点された。
2 第一審は、A・B両グループについて、昭和四五年三月二七日を第一回公判期日と指定したところ、その期日の直前である同月一八日に私選弁護人は全員辞任し、被告人らは、第一回公判期日の当日に国選弁護人の選任を請求したので、第一審は、同期日には人定質問を行うにとどめ、以後の手続は続行することにした。 

3 第一審は、Aグループについては、同年四月二三日に辻村精一郎弁護士ら三名の弁護士を国選弁護人に選任し、弁護人の請求を容れ第二回公判を同年七月一五日に開き、以後審理を続行し、同年一一月四日の第五回公判までの間にAグループのみに関連する検察側の立証を終わらせた。他方、Bグループについては、同年四月二三日に山本実弁護士ら三名の弁護士を国選弁護人に選任し、弁護人の請求を容れ第二回公判を同年七月二二日に開き、以後審理を続行し、同年一一月六日の第五回公判までの間にBグループのみに関連する検察側の立証を終わらせた。そして、弁護人及び被告人らの希望を考慮し、同年一二月一六日の第六回公判においてA・B両グループを併合して審理する旨の決定をし、以後審理を続けた。

4 ところが、六名の国選弁護人は、昭和四六年五月二六日の第一〇回公判の開廷前に突如書面により辞意を表明してきたので、第一審は、辞意を表明するに至つた事情に関し事実の取調をしたところ、次の事実が明らかになつた。

被告人らは、当初からいわゆる統一公判の実現を要求するのみで、国選弁護人から弁護のために必要であるとしてされた具体的要求には一切応じなかつたものであるところ、昭和四六年五月一八日第一東京弁護士会における代表者打合せ会の席上では、「はつきりいつて弁護団を信用していない。従つて我々は弁護団の冒陳は期待していない。」などと暴言をはき、さらに同月二五日第一東京弁護士会における代表者打合せ会においても、「弁護人の心構えもできていないのではないか。」「先生達は審理を早く終らして逃げる気か。そうとしかとれない。」などと弁護人の弁護活動を誹ぼう罵倒する発言をしたほか、定刻をはるかに超えたため退席しようとした山本実弁護人に対し、「一寸待て、このまま帰るのか、これで明日の弁論ができるか、我々を監獄に入れる気か」などと口々にののしりながら、同人の服をつかんで引き戻す暴行に及んだうえ、弁護人らを罵倒し続けるなど、著しい非礼をかさねた。

そのため国選弁護人六名は、もはや被告人らには誠実に弁護人の弁護を受ける気持がないものと考えるに至つた。

5 右の事実が認められたため、第一審は、同年六月四日国選弁護人の辞意を容れ全員を解任した。これに対し、被告人らは、国選弁護人の再選任を請求したので、第一審は、同月九日の第一一回公判において、被告人の一人一人に対し、右のような事実につき弁明を求めるとともに、以後このような行為をしないことを確約することができるかどうかを尋ね、ひき続き判事室に被告人らを個別に呼んで右の二点につき調査を行おうとしたが、被告人らは全員これを拒否した。そこで、第一審は、翌六月一〇日の第一二回公判において国選弁護人の再選任請求を却下した。

6 その後、被告人らから三回にわたり国選弁護人の再選任請求がされた。第一審は、同年七月一日の第一四回公判において、被告人らが前記のような行為をくり返さないことを確約できるかどうかを確めたところ、被告人らは「無条件で弁護人を選任するのが裁判所の義務である。」などといつてこれに答えることを拒否した。

第一審は、さらに慎重を期し、右の点につきさらに確めたいので七月一九日までに裁判所に出頭するよう書面によつて被告人に連絡したが、被告人らは連署した書面でこれを拒否した。同年八月二三日の第一五回公判においても、被告人らは同様の主張をくり返すだけであつた。第一審は、国選弁護人再選任請求をすべて却下した。

7 被告人らは、第一審においては、法廷闘争という名のもとに権利行使に藉口してそれまでの主張を固執し、裁判長の訟訴指揮に服さず、そのため裁判所は、退廷命令ないし拘束命令を再三再四発することを余儀なくされている状況であつた。

二 右事実によれば、被告人らは国選弁護人を通じて権利擁護のため正当な防禦活動を行う意思がないことを自らの行動によつて表明したものと評価すべきであり、そのため裁判所は、国選弁護人を解任せざるを得なかつたものであり、しかも、被告人らは、その後も一体となつて右のような状況を維持存続させたものであるというべきであるから、被告人らの本件各国選弁護人の再選任請求は、誠実な権利の行使とはほど遠いものというべきであり、このような場合には、形式的な国選弁護人選任請求があつても、裁判所としてはこれに応ずる義務を負わないものと、解するのが相当である。

ところで、訴訟法上の権利は誠実にこれを行使し濫用してはならないものであることは刑事訴訟規則一条二項の明定するところであり、被告人がその権利を濫用するときは、それが憲法に規定されている権利を行使する形をとるものであつても、その効力を認めないことができるものであることは、当裁判所の判例の趣旨とするところであるから(最高裁昭和三一年七月四日大法廷判決、同三三年四月一〇日第一小法廷判決、同二五年四月七日大法廷決定、同三二年二月二〇日大法廷判決、同二四年一一月三〇日大法廷判決、同四四年六月一一日第一小法廷決定)、第一審が被告人らの国選弁護人の再選任請求を却下したのは相当である。

このように解釈しても、被告人が改めて誠実に国選弁護人の選任を請求すれば裁判所はその選任をすることになるのであり、なんら被告人の国選弁護人選任請求権の正当な行使を実質的に制限するものではない。したがつて、第一審の右措置が憲法三七条三項に違反するものでないことは右判例の趣旨に照らして明らかである。論旨は、理由がない。

 

被告人Hを除くその余の被告人六名の弁護人の上告趣意について
国選弁護人は、裁判所が解任しない限りその地位を失うものではなく、したがつて、国選弁護人が辞任の申出をした場合であつても、裁判所が辞任の申出について正当な理由があると認めて解任しない限り、弁護人の地位を失うものではないというべきであるから、辞任の申出を受けた裁判所は、国選弁護人を解任すべき事由の有無を判断するに必要な限度において、相当と認める方法により、事実の取調をすることができるもの、と解するのが相当である。