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東京都が管理職に昇任するための資格要件として日本の国籍を有することを定めた措置が労働基準法3条,憲法14条1項に違反しないとされた事例

 平成17年1月26日最高裁判所大法廷判決

裁判要旨    
 1 地方公共団体が,公権力の行使に当たる行為を行うことなどを職務とする地方公務員の職とこれに昇任するのに必要な職務経験を積むために経るべき職とを包含する一体的な管理職の任用制度を構築した上で,日本国民である職員に限って管理職に昇任することができることとする措置を執ることは,労働基準法3条,憲法14条1項に違反しない。
2 東京都が管理職に昇任すれば公権力の行使に当たる行為を行うことなどを職務とする地方公務員に就任することがあることを当然の前提として任用管理を行う管理職の任用制度を設けていたなど判示の事情の下では,職員が管理職に昇任するための資格要件として日本の国籍を有することを定めた東京都の措置は,労働基準法3条,憲法14条1項に違反しない。
(1,2につき補足意見,意見及び反対意見がある。)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/248/052248_hanrei.pdf

 1 本件は,上告人に保健婦として採用された被上告人が,平成6年度及び同7年度に東京都人事委員会の実施した管理職選考を受験しようとしたが,日本の国籍を有しないことを理由に受験が認められなかったため,国家賠償法1条1項に基づき,上告人に対し,慰謝料の支払等を請求する事案である。

 2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

 (1) 被上告人は,昭和25年に岩手県で出生した大韓民国籍の外国人であり,日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法に定める特別永住者である。

 (2) 上告人は,昭和61年,保健婦の採用につき日本の国籍を有することを要件としないこととした。被上告人は,同63年4月,上告人に保健婦として採用された。

 (3) 後記の平成6年度及び同7年度の管理職選考が実施された当時,上告人における管理職としては,東京都知事の権限に属する事務に係る事案の決定権限を有する職員(本庁の局長,部長及び課長並びに本庁以外の機関における上級の一定の職員)のほか,直接には事案の決定権限を有しないが,事案の決定過程に関与する職員(本庁の次長,技監,理事(局長級),参事(部長級),副参事(課長級)等及び本庁以外の機関の一定の職員)があり,さらに,企画や専門分野の研究を行うなどの職務を行い,事案の決定権限を有せず,事案の決定過程にかかわる蓋然性も少ない管理職も若干存在していた。上告人においては,管理職に昇任した職員に終始特定の職種の職務内容だけを担当させるという任用管理は行われておらず,例えば,医化学の分野で管理職選考に合格した職員であっても,管理職に任用されると,その職員は,その後の昇任に伴い,そのまま従来の医化学の分野にだけ従事するものとは限らず,担当がその他の分野の仕事に及ぶことがあり,いずれの分野においても管理的な職務に就くことがあることとされていた。

 (4) 東京都人事委員会が実施する管理職選考は,東京都知事,東京都議会議長,東京都の公営企業管理者,代表監査委員,教育委員会選挙管理委員会,海区漁業調整委員会及び人事委員会が任命権を有する職員に対する課長級の職への第1次選考としてされるものである。管理職選考には,A,B及びCの選考種別とそれぞれについての事務系及び技術系の選考種別とがあり,被上告人が受験しようとした選考種別Aの技術系は土木,建築,機械,電気,生物及び医化学に区分される。管理職選考に合格した者は,任用候補者名簿に登載され,その数年後,最終的な任用選考を経て管理職に任用される。

 (5) 東京都人事委員会の平成6年度管理職選考実施要綱は,上記(4)の職員に対する課長級の職への第1次選考について受験資格を定めており,明文の定めは置いていなかったものの,受験者が日本の国籍を有することを前提としていた。

 (6) 被上告人は,上記要綱に基づいて実施される管理職選考の選考種別Aの技術系の選考区分医化学を受験することとし,平成6年3月10日,所属していた東京都八王子保健所の副所長に申込書を提出しようとしたが,同副所長は,被上告人が日本の国籍を有しないことを理由に,申込書の受領を拒絶した。被上告人は,国籍の点以外は上記要綱が定める受験資格を備えていたが,上記のとおり申込書の受領を拒絶されたため,同年5月に実施された筆記考査を受けることができなかった。

 (7) 東京都人事委員会の平成7年度管理職選考実施要綱には,日本の国籍を有することが受験資格であることが明記されるに至った。被上告人は,日本の国籍を有しないために同管理職選考を受けることができなかった。

 3 原審は,上記事実関係等の下において,上告人の職員が被上告人に平成6年度及び同7年度の管理職選考を受験させなかったことは,被上告人が日本の国籍を有しないことを理由に被上告人から管理職選考の受験の機会を奪い,課長級の管理職への昇任のみちを閉ざすものであり,違法な措置であるとして,被上告人の慰謝料請求を一部認容した。
 原審の上記判断の理由の概要は,次のとおりである。

 (1) 日本の国籍を有しない者は,憲法上,国又は地方公共団体の公務員に就任する権利を保障されているということはできない。

 (2) 地方公務員の中でも,管理職は,地方公共団体の公権力を行使し,又は公の意思の形成に参画するなど地方公共団体の行う統治作用にかかわる蓋然性の高い職であるから,地方公務員に採用された外国人が,日本の国籍を有する者と同様,当然に管理職に任用される権利を保障されているとすることは,国民主権の原理に照らして問題がある。しかしながら,管理職の職務は広範多岐に及び,地方公共団体の行う統治作用,特に公の意思の形成へのかかわり方,その程度は様々なものがあり得るのであり,公権力を行使することなく,また,公の意思の形成に参画する蓋然性が少なく,地方公共団体の行う統治作用にかかわる程度の弱い管理職も存在する。したがって,職務の内容,権限と統治作用とのかかわり方,その程度によって,外国人を任用することが許されない管理職とそれが許される管理職とを分別して考える必要がある。そして,後者の管理職については,我が国に在住する外国人をこれに任用することは,国民主権の原理に反するものではない。

 (3) 上告人の管理職には,企画や専門分野の研究を行うなどの職務を行い,事案の決定権限を有せず,事案の決定過程にかかわる蓋然性も少ない管理職も若干存在している。このように,管理職に在る者が事案の決定過程に関与するといっても,そのかかわり方,その程度は様々であるから,上告人の管理職について一律に外国人の任用(昇任)を認めないとするのは相当でなく,その職務の内容,権限と事案の決定とのかかわり方,その程度によって,外国人を任用することが許されない管理職とそれが許される管理職とを区別して任用管理を行う必要がある。そして,後者の管理職への任用については,我が国に在住する外国人にも憲法22条1項,14条1項の各規定による保障が及ぶものというべきである。

 (4) 上告人の職員が課長級の職に昇任するためには,管理職選考を受験する必要があるところ,課長級の管理職の中にも外国籍の職員に昇任を許しても差し支えのないものも存在するというべきであるから,外国籍の職員から管理職選考の受験の機会を奪うことは,外国籍の職員の課長級の管理職への昇任のみちを閉ざすものであり,憲法22条1項,14条1項に違反する違法な措置である。被上告人は,上告人の職員の違法な措置のために平成6年度及び同7年度の管理職選考を受験することができなかった。被上告人がこれにより被った精神的損害を慰謝するには各20万円が相当である。

 4 しかしながら,前記事実関係等の下で被上告人の慰謝料請求を認容すべきものとした原審の判断は,是認することができない。その理由は,次のとおりである。

 (1) 地方公務員法は,一般職の地方公務員(「職員」)に本邦に在留する外国人(「在留外国人」)を任命することができるかどうかについて明文の規定を置いていないが(同法19条1項参照),普通地方公共団体が,法による制限の下で,条例,人事委員会規則等の定めるところにより職員に在留外国人を任命することを禁止するものではない。普通地方公共団体は,職員に採用した在留外国人について,国籍を理由として,給与,勤務時間その他の勤務条件につき差別的取扱いをしてはならないものとされており(労働基準法3条,112条,地方公務員法58条3項),地方公務員法24条6項に基づく給与に関する条例で定められる昇格(給料表の上位の職務の級への変更)等も上記の勤務条件に含まれるものというべきである。しかし,上記の定めは,普通地方公共団体が職員に採用した在留外国人の処遇につき合理的な理由に基づいて日本国民と異なる取扱いをすることまで許されないとするものではない。また,そのような取扱いは,合理的な理由に基づくものである限り,憲法14条1項に違反するものでもない。
 管理職への昇任は,昇格等を伴うのが通例であるから,在留外国人を職員に採用するに当たって管理職への昇任を前提としない条件の下でのみ就任を認めることとする場合には,そのように取り扱うことにつき合理的な理由が存在することが必要である。

 (2) 地方公務員のうち,住民の権利義務を直接形成し,その範囲を確定するなどの公権力の行使に当たる行為を行い,若しくは普通地方公共団体の重要な施策に関する決定を行い,又はこれらに参画することを職務とするもの(「公権力行使等地方公務員」)については,次のように解するのが相当である。

すなわち,公権力行使等地方公務員の職務の遂行は,住民の権利義務や法的地位の内容を定め,あるいはこれらに事実上大きな影響を及ぼすなど,住民の生活に直接間接に重大なかかわりを有するものである。

それゆえ,国民主権の原理に基づき,国及び普通地方公共団体による統治の在り方については日本国の統治者としての国民が最終的な責任を負うべきものであること(憲法1条,15条1項参照)に照らし,原則として日本の国籍を有する者が公権力行使等地方公務員に就任することが想定されているとみるべきであり,我が国以外の国家に帰属し,その国家との間でその国民としての権利義務を有する外国人が公権力行使等地方公務員に就任することは,本来我が国の法体系の想定するところではないものというべきである。

そして,普通地方公共団体が,公務員制度を構築するに当たって,公権力行使等地方公務員の職とこれに昇任するのに必要な職務経験を積むために経るべき職とを包含する一体的な管理職の任用制度を構築して人事の適正な運用を図ることも,その判断により行うことができるものというべきである。そうすると,

【要旨1】普通地方公共団体が上記のような管理職の任用制度を構築した上で,日本国民である職員に限って管理職に昇任することができることとする措置を執ることは,合理的な理由に基づいて日本国民である職員と在留外国人である職員とを区別するものであり,上記の措置は,労働基準法3条にも,憲法14条1項にも違反するものではないと解するのが相当である。そして,この理は,前記の特別永住者についても異なるものではない。

 (3) これを本件についてみると,前記事実関係等によれば,昭和63年4月に上告人に保健婦として採用された被上告人は,東京都人事委員会の実施する平成6年度及び同7年度の管理職選考(選考種別Aの技術系の選考区分医化学)を受験しようとしたが,東京都人事委員会が上記各年度の管理職選考において日本の国籍を有しない者には受験資格を認めていなかったため,いずれも受験することができなかったというのである。

そして,当時,上告人においては,管理職に昇任した職員に終始特定の職種の職務内容だけを担当させるという任用管理を行っておらず,管理職に昇任すれば,いずれは公権力行使等地方公務員に就任することのあることが当然の前提とされていたということができるから,上告人は,公権力行使等地方公務員の職に当たる管理職のほか,これに関連する職を包含する一体的な管理職の任用制度を設けているということができる。

【要旨2】そうすると,上告人において,上記の管理職の任用制度を適正に運営するために必要があると判断して,職員が管理職に昇任するための資格要件として当該職員が日本の国籍を有する職員であることを定めたとしても,合理的な理由に基づいて日本の国籍を有する職員と在留外国人である職員とを区別するものであり,上記の措置は,労働基準法3条にも,憲法14条1項にも違反するものではない。

原審がいうように,上告人の管理職のうちに,企画や専門分野の研究を行うなどの職務を行うにとどまり,公権力行使等地方公務員には当たらないものも若干存在していたとしても,上記判断を左右するものではない。

また,被上告人のその余の違憲の主張はその前提を欠く。以上と異なる原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この趣旨をいう論旨は理由があり,原判決のうち上告人の敗訴部分は破棄を免れない。そして,被上告人の慰謝料請求を棄却すべきものとした第1審判決は正当であるから,上記部分についての被上告人の控訴を棄却すべきである。

 5 よって,裁判官滝井繁男,同泉徳治の各反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官藤田宙靖の補足意見,裁判官金谷利廣,同上田豊三の各意見がある。