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論告においてされた第三者の名誉又は信用を害する陳述と国家賠償法一条一項の違法性の阻却

 昭和60年5月17日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
検察官が論告において第三者の名誉又は信用を害する陳述をしても、論告の目的、範囲を著しく逸脱し、又は陳述の方法が甚しく不当であるなど訴訟上の権利の濫用に当たる特段の事情のない限り、右陳述は正当な職務行為として国家賠償法一条一項の違法性を阻却される。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/681/052681_hanrei.pdf

・・・ ところで、検察官は、事件について証拠調が終つた後、論告すなわち事実及び法律の適用についての意見の陳述をしなければならないのであるが、論告をすることは、裁判所の適正な認定判断及び刑の量定に資することを目的として検察官に与えられた訴訟上の権利であり、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正かつ迅速に適用実現すべき刑事訴訟手続において、論告が右の目的を達成するためには、検察官に対し、必要な範囲において、自由に陳述する機会が保障されなければならないものというべきである。

もとより、この訴訟上の権利は、誠実に行使されなければならないが、論告において第三者の名誉又は信用を害するような陳述に及ぶことがあつたとしても、その陳述が、もつぱら誹謗を目的としたり、事件と全く関係がなかつたり、あるいは明らかに自己の主観や単なる見込みに基づくものにすぎないなど論告の目的、範囲を著しく逸脱するとき、又は陳述の方法が甚しく不当であるときなど、当該陳述が訴訟上の権利の濫用にあたる特段の事情のない限り、右陳述は、正当な職務行為として違法性を阻却され、公権力の違法な行使ということはできないものと解するのが相当である。

これを本件についてみると、原審の適法に確定した事実関係によれば、本件論告において、検察官は、上告人の兄Dが上告人の逮捕をおそれ、上告人をかばうため虚偽の自白をした旨弁解しており、Dの具体的詳細な供述内容や、同人が否認に転ずるにあたり上告人のアリバイが成立するかどうかを特に気にしていることなどからみて、Dが虚偽の自白をしたのは、やはり本当に上告人の犯行を隠ぺいし、上告人をかばう必要があつたからであるとの趣旨の陳述をしたが、右陳述は、Dが爆発物等の搬送者の一人である点についてはアリバイを覆すことができないものの、同人の供述のうち右の点を除く部分が裁判所によつて受けいれられることが、事案の真相を明らかにするために必要不可欠であるとの立場から、同人の右供述部分について信用性がある旨を述べる目的のもとに、同人の供述の信用性を検討する過程で、同人の弁解に基づき虚偽供述の動機について一つの見解を述べたものであり、その意見表明の方法も上告人の行為そのものを直接的に表現し、又は具体的事実を特定して明確にしたものではなく、抽象的な表現を用いて、Dの供述の信用性に言及するうえで、派生的かつ付随的に述べられたものであつて、当該被告事件における論告の目的と密接な関連を有し、又はその合理的な範囲に包含され、しかも表現方法に穏当を欠くところもなく、訴訟上の権利の濫用にあたる特段の事情があるとはいえないから、右論告部分の陳述は、検察官の正当な訴訟上の権利の行使として違法性が阻却され、公権力の違法な行使にはあたらないものというべきである。以上と同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。
 原判決に所論の違法はなく、右違法のあることを前提とする所論違憲の主張は、前提を欠くものといわなければならない。論旨は、独自の見解に立つて原判決を論難するか、又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、いずれも採用することができない。