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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

Yが投資資金名下にXから金員を騙取した場合に,Xからの不法行為に基づく損害賠償請求においてYが詐欺の手段として配当金名下にXに交付した金員の額を損益相殺等の対象としてXの損害額から控除することは,民法708条の趣旨に反するものとして許されないとされた事例

平成20年6月24日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
Yが自己を介して米国債を購入すれば高額の配当金を得ることができると架空の事実を申し向けてXから金員を騙取した場合において,Yが,詐欺の発覚を防ぎ,更なる詐欺を実行するための手段として,あたかも米国債を購入して配当金を得たかのように装い,配当金名下にXに金員を交付したという事情の下では,XのYに対する不法行為に基づく損害賠償請求において同金員の額を損益相殺ないし損益相殺的な調整の対象としてXの損害額から控除することは,民法708条の趣旨に反するものとして許されない。
(反対意見がある。)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/505/036505_hanrei.pdf

上告代理人の上告受理申立て理由について

1 本件は,上告人らが,被上告人によりアメリカ合衆国財務省証券(「米国債」)の購入資金名下に金員を騙取されたと主張して,被上告人に対し,不法行為に基づく損害賠償として,騙取された金員及び弁護士費用相当額並びに遅延損害金の支払を求める事案である。

2 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

(1) 上告人X1 と上告人X2 は夫婦であり,上告人X3 は上告人X1 の兄である。

(2) 被上告人は,平成11年1月ころから,上告人らに対し,被上告人を介して米国債を購入すれば高額の配当金を得ることができるなどと架空の事実を繰り返し申し向け,その旨誤信させ,その購入資金として,平成12年8月から平成15年6月までの間,上告人X1 に合計1400万円,上告人X2 に合計600万円,上告人X3 に200万円をそれぞれ支払わせて,これらを騙取した(以下,この騙取行為を「本件詐欺」といい,これにより被上告人が取得した金員を「本件各騙取金」という。)。

(3) 被上告人は,真実は本件各騙取金で米国債を購入していないにもかかわらず,あたかもこれを購入して配当金を得たかのように装い,平成12年9月から平成15年9月までの間,上記配当金名下に,上告人X1 に合計140万8792円,上告人X2 に合計42万0021円,上告人X3 に合計14万5000円をそれぞれ交付した(以下,これらの金員を「本件各仮装配当金」という。)。

(4) 被上告人は,平成17年1月8日に詐欺の容疑で逮捕され,本件詐欺等の事実で起訴された。被上告人は,平成18年1月26日,神戸地方裁判所において,詐欺罪で懲役6年の判決を受け,同判決は確定した。

(5) 被上告人は,本件詐欺による被害の弁償として,平成17年11月25日,上告人X4 に41万円,上告人X1 に49万円を,同月17日,上告人X2 に32万円をそれぞれ支払った(以下,これらの金員を「本件各弁償金」という。)。

3 原審は,上記事実関係の下において,被上告人の不法行為責任を認めた上で,要旨次のとおり判断して,上告人らの請求を一部認容した。

(1) 上告人らは,本件詐欺により,被上告人から本件各騙取金相当額の損害を被る一方で本件各仮装配当金相当額の利益を受けているから,本件各仮装配当金の交付が不法原因給付に当たるとしても,上告人らが本件詐欺により被った損害の額の算定に当たっては,損益相殺的な調整を図るために,本件各騙取金の額から本件各仮装配当金の額を控除する必要がある(最高裁平成5年3月24日大法廷判決)。

(2) 本件各弁償金の支払は,(1)の説示に従って損害額が算定される被上告人の上告人らに対する各損害賠償債務の一部弁済に当たり,同債務の遅延損害金,元本の順に充当される。

4 しかしながら,原審の上記3(1)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

社会の倫理,道徳に反する醜悪な行為(「反倫理的行為」)に該当する不法行為の被害者が,これによって損害を被るとともに,当該反倫理的行為に係る給付を受けて利益を得た場合には,同利益については,加害者からの不当利得返還請求が許されないだけでなく,被害者からの不法行為に基づく損害賠償請求において損益相殺ないし損益相殺的な調整の対象として被害者の損害額から控除することも許されないものというべきである(最高裁平成20年6月10日第三小法廷判決参照)。

前記事実関係によれば,本件詐欺が反倫理的行為に該当することは明らかであるところ,被上告人は,真実は本件各騙取金で米国債を購入していないにもかかわらず,あたかもこれを購入して配当金を得たかのように装い,上告人らに対し,本件各仮装配当金を交付したというのであるから,本件各仮装配当金の交付は,専ら,上告人らをして被上告人が米国債を購入しているものと誤信させることにより,本件詐欺を実行し,その発覚を防ぐための手段にほかならないというべきである。

そうすると,本件各仮装配当金の交付によって上告人らが得た利益は,不法原因給付によって生じたものというべきであり,本件損害賠償請求において損益相殺ないし損益相殺的な調整の対象として本件各騙取金の額から本件各仮装配当金の額を控除することは許されないものというべきである。

これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

5 以上によれば,論旨は理由があり,原判決のうち被上告人に関する上告人らの敗訴部分は破棄を免れない。

そして,上告人らが本件詐欺により被った損害(弁護士費用相当額を含む。)の額等について更に審理を尽くさせるため,上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。