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覚せい剤を密輸入した事件について,被告人の故意を認めながら共謀を認めずに無罪とした第1審判決には事実誤認があるとした原判決に,刑訴法382条の解釈適用の誤りはないとされた事例

平成25年4月16日最高裁判所第三小法廷決定

裁判要旨    
覚せい剤を密輸入した事件について,被告人の故意を認めながら共謀を認めずに無罪とした第1審判決には事実誤認があるとした原判決は,被告人が,犯罪組織関係者から日本に入国して輸入貨物を受け取ることを依頼され,その中に覚せい剤が隠匿されている可能性を認識しながらこれを引き受けたという本件事実関係の下では,特段の事情がない限り,覚せい剤輸入の故意だけでなく共謀をも認定するのが相当である旨を具体的に述べた上,本件では,特段の事情がなく,むしろ共謀を裏付ける事情があるとしており,第1審判決の事実認定が経験則に照らして不合理であることを具体的に示したものということができ,刑訴法382条の解釈適用の誤りはない。
(補足意見がある。)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/198/083198_hanrei.pdf

 

所論に鑑み,職権で判断する。

 1 事案の概要
 本件犯罪事実の要旨は,「被告人は,氏名不詳者らと共謀の上,営利の目的で,覚せい剤を日本国内に輸入しようと計画し,氏名不詳者において,平成22年9月,メキシコ国内の国際貨物会社の営業所において,覚せい剤を隠匿した段ボール箱2箱(「本件貨物」)を航空貨物として,東京都内の上記会社の保税蔵置場留め被告人宛てに発送し,航空機に積み込ませ,成田空港に到着させた上,機外に搬出させて覚せい剤合計約5967.99g(「本件覚せい剤」)を日本国内に持ち込み,さらに,上記保税蔵置場に到着させ,東京税関検査場における税関職員の検査を受けさせたが,税関職員により本件覚せい剤を発見されたため,本件貨物を受け取ることができなかった。」というもので,覚せい剤取締法違反(覚せい剤営利目的輸入罪)及び関税法違反(禁制品輸入未遂罪)の2つの罪に当たる。

被告人は,本件貨物の日本への発送に先立ってメキシコから日本に入国し,本件貨物が到着した旨の連絡を受けて上記会社の営業所に出向き,警察によって本件覚せい剤を無害な物と入れ替えられた段ボール箱2箱(「本件貨物」)を引き取ってホテルに戻って開封したところを,令状による警察官の捜索を受け,本件貨物を発見されて逮捕された。

 2 審理の経過

被告人は,第1審及び原審の公判において,犯罪組織関係者から脅されて日本に渡航して貨物を受け取るように指示され,貨物の中身が覚せい剤であるかもしれないと思いながら,航空券,2000米ドル等を提供されて来日し,本件貨物を受け取った旨供述したが,覚せい剤輸入の故意及び共謀はないと主張した。

(1) 第1審判決
裁判員の参加する合議体で審理された第1審判決は,以下のとおり判示して,覚せい剤輸入の故意は認められるが共謀は認められないとして無罪の言渡しをした(検察官の求刑は,懲役15年及び罰金800万円,覚せい剤の没収であった。)。
 すなわち,被告人が,来日に際して犯罪組織関係者から資金提供を受けていること,来日前後に犯罪組織関係者と電子メール等で連絡を取り合い来日後に犯罪組織関係者と思われる人物らと接触していたことなどの検察官の主張に係る事実全体を総合して考えても,故意及び共謀を推認させるには足りない。ただし,被告人は,公判廷で,「メキシコにおいて,犯罪組織関係者に脅され,日本に行って貨物を受け取るように指示された際,貨物の中身は覚せい剤かもしれないと思った。」旨供述し,覚せい剤である可能性を認識していたと自白しており,この自白は自然で信用できるから,覚せい剤輸入の故意は認められる。しかしながら,被告人の供述その他の証拠の内容にも,被告人と共犯者の意思の連絡を推認させる点は見当たらず,両者が共同して覚せい剤を輸入するという意思を通じ合っていたことが常識に照らして間違いないとはいえないから,共謀についてはなお疑いを残すというほかない。
 これに対し,検察官が控訴した。

(2) 原判決
 原判決は,第1審判決の事実認定に関し,覚せい剤輸入の故意を認定しながら,覚せい剤輸入についての暗黙の了解があったことを裏付ける客観的事情等を適切に考察することなく,共謀の成立を否定したのは,経験則に照らし,明らかに不合理であり,事実誤認があるとして第1審判決を破棄して自判し,被告人を懲役12年及び罰金600万円に処し,覚せい剤を没収した。
 これに対し,被告人が上告した。

 3 当裁判所の判断

所論は,事実誤認を理由に第1審判決を破棄して自判した原判決には刑訴法382条の解釈適用の誤り及び事実誤認があるという。

(1) 同条の事実誤認とは,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることをいうものと解するのが相当であり,控訴審が第1審判決に事実誤認があるというためには,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることを具体的に示すことが必要である(最高裁平成24年2月13日第一小法廷判決)。

(2) この点,原判決は,本件において,次のとおり第1審判決の事実認定が不合理であることを示している。

ア まず,「被告人が覚せい剤輸入の故意を持つに至ったのは,犯罪組織関係者から日本へ行って貨物を受け取るように依頼をされ,犯罪組織が覚せい剤を輸入しようとしているのかもしれないなどとその意図を察知しながら,その依頼を引き受けたからにほかならない。そうであるとすると,被告人は,特段の事情がない限り,犯罪組織関係者と暗黙のうちに意思を通じたものであって,共謀が成立したと認めるべきではないかと思われる。」旨本件における故意と共謀の認定の関係を説明する。

イ 次に,関係証拠によって認定できる事実を踏まえ,以下のとおり説示している。

すなわち,本件では,被告人は,本件貨物の受取に関し,犯罪組織関係者の費用負担により日本に渡航し,連絡用のパソコン,航空券,2000米ドルを受け取っており,覚せい剤の可能性の認識について自認する被告人の公判供述にも照らすと,被告人は,犯罪組織関係者の覚せい剤輸入の意図を察知しながら,本件貨物の受取の依頼を引き受けたものと認められ,犯罪組織関係者は,被告人が意図を察知することを予測し得る状況で依頼をしており,両者の間に覚せい剤輸入につき暗黙の了解があったと推認できる。

さらに,来日前後に犯罪組織関係者と連絡を取り合っていること,応答要領を準備して貨物会社に連絡を入れるなどしていること,犯罪組織関係者から本件貨物の内容物の形状について伝えられ,来日後に購入したノートに記載したとみられること,犯罪組織関係者の了解の下で覚せい剤の入っていた本件貨物を開封したとみられることなどの客観的事情は,被告人と犯罪組織関係者との間に相当程度の信頼関係があったことを示し,覚せい剤輸入についての暗黙の了解があったことを裏付けるものである。

ウ そして,結論として,「第1審判決が覚せい剤輸入の故意が認められるとした点は結論において正当といえるが,上記のような客観的事情等があるにもかかわらず,これらを適切に考察することなく被告人と犯罪組織関係者との共謀を否定した点は,経験則に照らし,明らかに不合理であり,是認することができない。」と判示した。

(3) そこで検討するに,原判決は,本件においては,被告人と犯罪組織関係者との間の貨物受取の依頼及び引受けの状況に関する事実が,覚せい剤輸入の故意及び共謀を相当程度推認させるものであり,被告人の公判供述にも照らすと,被告人は,犯罪組織が覚せい剤を輸入しようとしているかもしれないとの認識を持ち,犯罪組織の意図を察知したものといえると評価し,被告人の公判廷における自白に基づいて覚せい剤の可能性の認識を認めた第1審判決の認定を結論において是認する。

他方,覚せい剤の可能性についての被告人の認識,貨物の受取の依頼及び引受けの各事実が認められるにもかかわらず,第1審判決が,覚せい剤輸入の故意を認定しながら,客観的事情等を適切に考察することなく共謀の成立を否定した点を経験則に照らし不合理であると指摘している。

被告人が犯罪組織関係者の指示を受けて日本に入国し,覚せい剤が隠匿された輸入貨物を受け取ったという本件において,被告人は,輸入貨物に覚せい剤が隠匿されている可能性を認識しながら,犯罪組織関係者から輸入貨物の受取を依頼され,これを引き受け,覚せい剤輸入における重要な行為をして,これに加担することになったということができるのであるから,犯罪組織関係者と共同して覚せい剤を輸入するという意思を暗黙のうちに通じ合っていたものと推認されるのであって,特段の事情がない限り,覚せい剤輸入の故意だけでなく共謀をも認定するのが相当である。

原判決は,これと同旨を具体的に述べて暗黙の了解を推認した上,本件においては,上記の趣旨での特段の事情が認められず,むしろ覚せい剤輸入についての暗黙の了解があったことを裏付けるような両者の信頼関係に係る事情がみられるにもかかわらず,第1審判決が共謀の成立を否定したのは不合理であると判断したもので,その判断は正当として是認できる。

(4) 以上によれば,原判決は,第1審判決の事実認定が経験則に照らして不合理であることを具体的に示して事実誤認があると判断したものといえるから,原判決に刑訴法382条の解釈適用の誤りはなく,原判決の認定に事実誤認はない。
 よって,同法414条,386条1項3号,181条1項ただし書,刑法21条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官田原睦夫,同大谷剛彦,同寺田逸郎の各補足意見がある。 

"The term 'original judgment' refers to the judgment of the High Court. In this case, the original judgment found that the facts regarding the request and acceptance of goods between the defendant and members of a criminal organization substantially suggest the intention and conspiracy to import stimulants. In light of the defendant's testimony during the trial, it was assessed that the defendant was aware that the criminal organization might be trying to import stimulants and had perceived the organization's intentions. The first instance judgment, based on the defendant's confession in court, acknowledged the defendant's recognition of the possibility of stimulants.

On the other hand, despite acknowledging the defendant's awareness of the possibility of stimulants and the facts of the request and acceptance of the goods, the first instance judgment, while recognizing the intention to import stimulants, unreasonably denied the establishment of a conspiracy without properly considering objective circumstances, as pointed out based on empirical rules.

The defendant, following instructions from members of the criminal organization, entered Japan and received imported goods in which stimulants were concealed. The defendant, while recognizing the possibility that stimulants were concealed in the imported goods, accepted the request from members of the criminal organization to receive the goods, played a significant role in the import of stimulants, and thus became complicit. It can be inferred that they implicitly understood each other's intention to import stimulants in collaboration with members of the criminal organization. Unless there are special circumstances, it is appropriate to recognize not only the intention to import stimulants but also the conspiracy.

The original judgment, while concretely stating the same and inferring an implicit understanding, determined that in this case, no special circumstances as mentioned above were recognized. On the contrary, despite the presence of circumstances related to the mutual trust between the two parties that support the implicit understanding regarding the import of stimulants, the first instance judgment's denial of the establishment of a conspiracy was unreasonable. This judgment can be rightfully acknowledged as valid."

弁護士中山知行