最高裁判例の勉強部屋:毎日数個の最高裁判例を読む

上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

業務上過失致死事件につき禁錮10月の実刑が破棄されて執行猶予が付された事例:単なる量刑不当の主張でも最高裁は職権で破棄自判することがあり得る例

平成2年5月11日最高裁判所第二小法廷判決

業務上過失致死事件につき禁錮10月の実刑が破棄されて執行猶予が付された事例

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=57877

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/877/057877_hanrei.pdf

  主    文
     原判決及び第一審判決を破棄する。
     被告人を禁錮一〇月に処する。
     この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
     第一審における訴訟費用は、被告人の負担とする。
  理    由
 弁護人杉原弘幸の上告趣意は、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
 しかし、所論にかんがみ職権をもって調査すると、原判決及び第一審判決は、結局破棄を免れない。
 本件は、被告人が軽四輪貨物自動車を運転して交差点を右折する際、交通状況に対する注視・安全確認を怠ったことから、横断歩道上の歩行者に衝突して死亡させたという業務上過失致死の事案である。過失の態様、被害結果等に照らし、被告人の刑事責任を軽視しえないことは当然である。しかし、原判決によれば、本件においては、被告人に一切前科がなく、その反省の情は特に顕著であって、被告人は本件事故を契機に小学校教諭の職を辞し、既に一定の社会的制裁を受けていること、被告人が保険金のほかに自ら相当額を出捐して遺族との間に示談を成立させており、被害者の夫からは被告人につき寛大な処分を希望する旨の嘆願書が寄せられていること、しかも現在母親として幼児を抱えるなどの家庭的状況にあること等の事情が認められるというのである。以上のような諸般の情状を総合考慮すれば、本件は、刑の執行を猶予して然るべき事案と認められる。
 したがって、被告人を禁錮一〇月に処した第一審判決及びこれを維持した原判決の量刑は、甚しく重きに過ぎ、これを破棄しなければ著しく正義に反するものといわなければならない。
 よって、刑訴法四一一条二号により原判決及び第一審判決を破棄し、同法四一三条但書により被告事件について更に判決することとし、第一審判決が認定した事実に法令を適用すると、被告人の所為は、刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するので、所定刑中禁錮刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人を禁錮一〇月に処し、刑法二五条一項を適用して、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用の負担につき刑訴法一八一条一項本文を適用することとして、主文のとおり判決する。
 この判決は、裁判官全員一致の意見によるものである。
 検察官津村節藏 公判出席
  平成二年五月一一日
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    藤   島       昭
            裁判官    香   川   保   一
            裁判官    奥   野   久   之
            裁判官    中   島   敏 次 郎