最高裁判例の勉強部屋:毎日数個の最高裁判例を読む

上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

国が、津波による原子力発電所の事故を防ぐために電気事業法(平成24年法律第47号による改正前のもの)40条に基づく規制権限を行使しなかったことを理由として国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負うとはいえないとされた事例

令和4年6月17日最高裁判所第二小法廷判決

注:結果回避可能性がないから予見可能性の有無にかかわらず,因果関係がないという判決です。

裁判要旨     

電力会社が設置し運営する原子力発電所の原子炉に係る建屋の敷地に地震に伴う津波が到来し、上記建屋の中に海水が浸入して上記原子炉に係る原子炉施設が電源喪失の事態に陥った結果、上記原子炉施設から放射性物質が大量に放出される原子力事故が発生した場合において、次の(1)~(6)など判示の事情の下では、経済産業大臣が上記発電所の沖を含む海域の地震活動の長期評価に関する文書を前提に電気事業法(平成24年法律第47号による改正前のもの)40条に基づく規制権限を行使して津波による上記発電所の事故を防ぐための適切な措置を講ずることを上記電力会社に義務付けていれば上記原子力事故又はこれと同様の事故が発生しなかったであろうという関係を認めることはできず、国が、経済産業大臣が上記の規制権限を行使しなかったことを理由として、上記原子力事故により放出された放射性物質によってその当時の居住地が汚染された者に対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負うということはできない。

(1) 上記原子力事故以前の我が国における原子炉施設の津波対策は、津波により安全設備等が設置された原子炉施設の敷地が浸水することが想定される場合、防潮堤、防波堤等の構造物を設置することにより上記敷地への海水の浸入を防止することを基本とするものであった。

(2) 上記原子力事故以前に、津波により上記敷地が浸水することが想定される場合に、想定される津波による上記敷地の浸水を防ぐことができるように設計された防潮堤、防波堤等の構造物を設置するという措置を講ずるだけでは対策として不十分であるとの考え方が有力であったことはうかがわれず、その他、上記原子力事故以前の知見の下において、上記措置が原子炉施設の津波対策として不十分なものであったと解すべき事情はうかがわれない。

(3) 上記原子力事故以前に上記電力会社の委託により上記文書に基づいて行われた上記発電所に到来する可能性のある津波の試算は、安全性に十分配慮して余裕を持たせ、当時考えられる最悪の事態に対応したものとして、合理性を有する試算であった。

(4) 上記文書が今後発生する可能性があるとした地震の規模は、津波マグニチュード8.2前後であったのに対し、現実に発生した地震の規模は、津波マグニチュード9.1であった。

(5) 上記の試算された津波による上記建屋付近の浸水深は、約2.6m又はそれ以下とされたのに対し、現実に到来した津波による上記建屋付近の浸水深は、最大で約5.5mに及んだ。

(6) 上記の試算された津波の高さは、上記建屋の敷地の南東側前面において上記敷地の高さを超えていたものの、東側前面においては上記敷地の高さを超えることはなく、上記津波と同じ規模の津波が上記発電所に到来しても、上記敷地の東側から海水が上記敷地に浸入することは想定されていなかったが、現実には、津波の到来に伴い、上記敷地の南東側のみならず東側からも大量の海水が上記敷地に浸入した。
(補足意見及び反対意見がある。)

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=91243

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/243/091243_hanrei.pdf

第1 事案の概要
1 被上告人らは、平成23年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(以下「本件地震」という。)に伴う東京電力ホールディングス株式会社(当時の商号は東京電力株式会社。以下「東京電力」という。)福島第一原子力発電所(以下「本件発電所」という。)の事故(以下「本件事故」という。)により放出された放射性物質によってその当時の居住地が汚染されたと主張する者又はその承継人である。本件は、被上告人らが、上告人に対し、上告人が津波による本件発電所の事故を防ぐために電気事業法(平成24年法律第47号による改正前のもの。以下同じ。)に基づく規制権限を行使しなかったことが違法であり、これにより損害を被ったなどと主張して、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求めるとともに、人格権又は同項に基づく原状回復請求として、本件事故当時の居住地における空間放射線量率を0.04マイクロシーベルト毎時以下にすることを求める事案である。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1 原審の前記第1の3の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は、その権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使により被害を受けた者との関係において、国家賠償法1条1項の適用上違法となるものと解するのが相当である(最高裁平成13年(受)第1760号同16年4月27日第三小法廷判決・民集58巻4号1032頁、最高裁平成30年(受)第1447号、第1448号、第1449号、第1451号、第1452号令和3年5月17日第一小法廷判決・民集75巻5号1359頁等参照)。そして、国又は公共団体が、上記公務員が規制権限を行使しなかったことを理由として同項に基づく損害賠償責任を負うというためには、上記公務員が規制権限を行使していれば上記の者が被害を受けることはなかったであろうという関係が認められなければならない。そこで、この点につき検討する。
前記事実関係等によれば、本件事故以前の我が国における原子炉施設の津波対策は、津波により安全設備等が設置された原子炉施設の敷地が浸水することが想定される場合、防潮堤等を設置することにより上記敷地への海水の浸入を防止することを基本とするものであった。したがって、経済産業大臣が、本件長期評価を前提に、電気事業法40条に基づく規制権限を行使して、津波による本件発電所の事故を防ぐための適切な措置を講ずることを東京電力に義務付けていた場合には、本件長期評価に基づいて想定される最大の津波が本件発電所に到来しても本件敷地への海水の浸入を防ぐことができるように設計された防潮堤等を設置するという措置が講じられた蓋然性が高いということができる。そして、本件試算は、本件長期評価が今後同様の地震が発生する可能性があるとする明治三陸地震の断層モデルを福島県沖等の日本海溝寄りの領域に設定した上、平成14年津波評価技術が示す設計津波水位の評価方法に従って、上記断層モデルの諸条件を合理的と考えられる範囲内で変化させた数値計算を多数実施し、本件敷地の海に面した東側及び南東側の前面における波の高さが最も高くなる津波を試算したものであり、安全性に十分配慮して余裕を持たせ、当時考えられる最悪の事態に対応したものとして、合理性を有する試算であったといえる。
そうすると、経済産業大臣が上記の規制権限を行使していた場合には、本件試算津波と同じ規模の津波による本件敷地の浸水を防ぐことができるように設計された防潮堤等を設置するという措置が講じられた蓋然性が高いということができる。
他方、本件事故以前において、津波により安全設備等が設置された原子炉施設の敷地が浸水することが想定される場合に、想定される津波による上記敷地の浸水を防ぐことができるように設計された防潮堤等を設置するという措置を講ずるだけでは対策として不十分であるとの考え方が有力であったことはうかがわれず、その他、本件事故以前の知見の下において、上記措置が原子炉施設の津波対策として不十分なものであったと解すべき事情はうかがわれない。したがって、本件事故以前に経済産業大臣が上記の規制権限を行使していた場合に、本件試算津波と同じ規模の津波による本件敷地の浸水を防ぐことができるように設計された防潮堤等を設置するという措置に加えて他の対策が講じられた蓋然性があるとか、そのような対策が講じられなければならなかったということはできない。
ところが、本件長期評価が今後発生する可能性があるとした地震の規模は、津波マグニチュード8.2前後であったのに対し、本件地震の規模は、津波マグニチュード9.1であり、本件地震は、本件長期評価に基づいて想定される地震よりもはるかに規模が大きいものであった。また、本件試算津波による主要建屋付近の浸水深は、約2.6m又はそれ以下とされたのに対し、本件津波による主要建屋付近の浸水深は、最大で約5.5mに及んでいる。そして、本件試算津波の高さは、本件敷地の南東側前面において本件敷地の高さを超えていたものの、東側前面においては本件敷地の高さを超えることはなく、本件試算津波と同じ規模の津波が本件発電所に到来しても、本件敷地の東側から海水が本件敷地に浸入することは想定されていなかったが、現実には、本件津波の到来に伴い、本件敷地の南東側のみならず東側からも大量の海水が本件敷地に浸入している。
これらの事情に照らすと、本件試算津波と同じ規模の津波による本件敷地の浸水を防ぐことができるものとして設計される防潮堤等は、本件敷地の南東側からの海水の浸入を防ぐことに主眼を置いたものとなる可能性が高く、一定の裕度を有するように設計されるであろうことを考慮しても、本件津波の到来に伴って大量の海水が本件敷地に浸入することを防ぐことができるものにはならなかった可能性が高いといわざるを得ない。 

以上によれば、仮に、経済産業大臣が、本件長期評価を前提に、電気事業法40条に基づく規制権限を行使して、津波による本件発電所の事故を防ぐための適切な措置を講ずることを東京電力に義務付け、東京電力がその義務を履行していたとしても、本件津波の到来に伴って大量の海水が本件敷地に浸入することは避けられなかった可能性が高く、その大量の海水が主要建屋の中に浸入し、本件非常用電源設備が浸水によりその機能を失うなどして本件各原子炉施設が電源喪失の事態に陥り、本件事故と同様の事故が発生するに至っていた可能性が相当にあるといわざるを得ない。
そうすると、本件の事実関係の下においては、経済産業大臣が上記の規制権限を行使していれば本件事故又はこれと同様の事故が発生しなかったであろうという関係を認めることはできないことになる。
これに対し、原審は、本件では上記関係があることが事実上推認されるというが、以上に説示したとおりの本件の事実関係の下においては、そのようにいうことはできない。
したがって、上告人が、経済産業大臣電気事業法40条に基づく規制権限を行使して津波による本件発電所の事故を防ぐための適切な措置を講ずることを東京電力に義務付けなかったことを理由として、被上告人らに対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負うということはできない。

2 これと異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決中、別紙被上告人目録2から6まで記載の被上告人らの上告人に対する損害賠償請求についての上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして、以上に説示したところによれば、上記請求は理由がないから、上記破棄部分につき、第1審判決中別紙被上告人目録2から4まで記載の被上告人らの請求に関する上告人敗訴部分を取り消した上で同部分に関する同被上告人らの請求をいずれも棄却し、別紙被上告人目録2、3、5及び6記載の被上告人らの控訴を棄却し、別紙被上告人目録2及び5記載の被上告人らの原審における追加請求をいずれも棄却すべきである。
よって、判示第3につき裁判官三浦守の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、判示第3につき裁判官菅野博之、同草野耕一の各補足意見がある。