最高裁判例の勉強部屋:毎日数個の最高裁判例を読む

上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

債権執行における差押えによる請求債権の消滅時効の中断の効力が生ずるためには,その債務者が当該差押えを了知し得る状態に置かれることを要しない。

令和元年9月19日最高裁判所第一小法廷判決

裁判要旨    
債権執行における差押えによる請求債権の消滅時効の中断の効力が生ずるためには,その債務者が当該差押えを了知し得る状態に置かれることを要しない。

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=88922

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/922/088922_hanrei.pdf

1 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

(1) 上告人は,平成12年4月17日,被上告人に対し,弁済期を同年8月27日として336万円を貸し付けた(以下,この貸付けに係る債権を「本件貸金債権」という。)。

(2) 上告人と被上告人との間で,平成12年8月22日,本件貸金債権について金銭消費貸借契約公正証書(「本件公正証書」)が作成された。本件公正証書には,被上告人が本件公正証書記載の債務の履行を遅滞したときは直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載されている。

(3) 上告人は,平成20年6月23日頃,鹿児島地方裁判所に対し,本件公正証書を債務名義とし,本件貸金債権を請求債権として,被上告人の株式会社ゆうちょ銀行に対する貯金債権の差押えを申し立て,その頃,これを認容する債権差押命令(以下「本件差押命令」という。)が発せられ,同年7月3日までにゆうちょ銀行に送達された(以下,本件差押命令による差押えを「本件差押え」という。)。

2 本件は,被上告人が,本件貸金債権はその弁済期から10年が経過したことにより時効消滅していると主張して,本件公正証書の執行力の排除を求める請求異議の訴えであり,本件差押えによる消滅時効の中断の効力が生ずるか否かが争われている。

3 原審は,前記事実関係の下において,要旨次のとおり判断し,本件貸金債権は時効消滅したとして,被上告人の請求を認容すべきものとした。
民法155条は,「差押え,仮差押え及び仮処分は,時効の利益を受ける者に対してしないときは,その者に通知をした後でなければ,時効の中断の効力を生じない。」と規定するところ,同条の法意に照らせば,債権執行における差押えによる請求債権の消滅時効の中断の効力が生ずるためには,当該請求債権の消滅時効期間が経過する前に債務者が当該差押えを了知し得る状態に置かれることを要するというべきである。本件においては,本件貸金債権の弁済期から10年が経過する前に,本件差押命令が被上告人に送達されたことなどを認めるに足りる証拠はなく,被上告人が本件差押えを了知し得る状態に置かれたとは認められない。したがって,本件差押えによる本件貸金債権の消滅時効の中断の効力は生じない。

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
民法155条は,差押え等による時効中断の効力が中断行為の当事者及びその承継人に対してのみ及ぶとした同法148条の原則を修正して差押え等による時効中断の効力を当該中断行為の当事者及びその承継人以外で時効の利益を受ける者に及ぼす場合において,その者が不測の不利益を被ることのないよう,その者に対する通知を要することとした規定であると解され(最高裁昭和50年11月21日第二小法廷判決),差押え等による時効中断の効力を当該中断行為の当事者又はその承継人に生じさせるために,その者が当該差押え等を了知し得る状態に置かれることを要するとする趣旨のものであると解することはできない。しかるところ,債権執行における差押えによる請求債権の消滅時効の中断において,その債務者は,中断行為の当事者にほかならない。したがって,上記中断の効力が生ずるためには,その債務者が当該差押えを了知し得る状態に置かれることを要しないと解するのが相当である。

そして,前記事実関係によれば,本件差押えにより本件貸金債権の消滅時効は中断しているというべきである。

5 これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれば,被上告人の請求は理由がないから,第1審判決を取り消し,同請求を棄却すべきである。