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収入金額を確定申告の額より増額しながら必要経費の額を確定申告の額のままとしたため所得金額を過大に認定した所得税の更正が国家賠償法上違法でないとされた事例

平成5年3月11日最高裁判所第一小法廷判決

裁判要旨    
税務署長が収入金額を確定申告の額より増額しながら必要経費の額を確定申告の額のままとして所得税の更正をしたため、所得金額を過大に認定する結果となったとしても、確定申告の必要経費の額を上回る金額を具体的に把握し得る客観的資料等がなく、また、納税義務者において税務署長の行う調査に協力せず、資料等によって確定申告の必要経費が過少であることを明らかにしないために、その結果が生じたなど判示の事実関係の下においては、更正につき国家賠償法一条一項にいう違法があったということはできない。

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=55848

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/848/055848_hanrei.pdf

 一 原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

 1 被上告人は、商品包装用等の紙箱の製造加工業者であるが、昭和四六年分ないし同四八年分(以下「本件係争各年分」という。)の各事業所得につき、奈良税務署長に対し、所得金額を同四六年分につき一一五万五一三六円、同四七年分につき七三万一二八三円、同四八年分につき九六万八〇九八円として確定申告(ただし、同四六年分については、修正申告)をしたところ、奈良税務署長は、同五〇年三月一日付で、所得金額を同四六年分につき二一七万六五四一円、同四七年分につき一三七万八五六五円、同四八年分につき六四六万四三二〇円とする各更正(以下「本件各更正」といい、各別には「四六年分更正」等という。)をした。

 2 本件各更正に至る経緯は、以下のとおりである。
 奈良税務署長は、被上告人の本件係争各年分の所得税の調査のため、昭和四九年一一月二二日以降数回にわたり部下の税務職員を被上告人方に赴かせ、帳簿書類の提示を求めさせたが、被上告人は、D商工会の事務局員の立会いを要求してこれに応じようとしなかった。右税務職員は、同五〇年一月二三日、被上告人に対し、申告書記載以外の収入が発覚していることを告知した上、同日以降も数回にわたり、右事務局員の立会いなくして、調査に協力するよう説得したが、被上告人は右要求に固執し、これが認められるのでなければ、帳簿書類の調査に応ずることはできないとの態度に終始したため、結局右調査をすることができなかった。
 そこで、奈良税務署長は、被上告人の得意先、取引銀行を反面調査して、本件係争各年分の被上告人の収入金額を、同四六年分につき五七五万五六三八円、同四七年分につき五一七万六二〇一円、同四八年分につき一〇六五万六六〇四円と把握し、右各収入金額から被上告人の提出に係る申告書記載の申告額どおりの売上原価その他の必要経費を控除して、本件各更正の基礎となる本件係争各年分の所得金額を算定し、本件各更正をした。

 3 被上告人は、本件各更正に対して、異議申立て及び審査請求を経て、本件各更正の取消しを求める訴訟(以下「本件取消訴訟」という。)を提起したところ、一審では請求棄却の判決を受けたが、控訴審では、昭和五八年六月二九日、所得金額において、同四六年分につき一二八万八九〇九円、同四七年分につき八六万三五四七円、同四八年分につき一五七万四七〇一円を超える部分の本件各更正を取り消す旨の一部認容の判決(以下「本件取消判決」という。)を受け、同判決は、上告がなく確定した。

 4 本件係争各年分の事業所得に係る収入金額及び売上原価その他の必要経費についての被上告人の申告に係る額、更正に係る額、本件取消訴訟における奈良税務署長の主張額及び被上告人の主張額は、原判決の別表に記載のとおりであって(ただし、昭和四七年分更正額の項の「4」経費計の欄に「―」を、所得の欄に「1,378,565」をそれぞれ加え、同四六年分判決額の項の消耗品費の欄の「469,364」は、「469,384」の、所得の欄の「1,286,909」は、「1,288,909」のそれぞれ誤記と認める。)、本件取消判決において本件係争各年分の所得金額につき本件各更正に係る所得金額を下回る金額が認定されたのは、収入金額については、いずれも本件各更正に係る収入金額を上回る金額が認定されたが、売上原価その他の必要経費のうち、(1) 同四六年分の接待交際費、消耗品費、減価償却費、給料賃金、支払利子、雑費、(2) 同四七年分の接待交際費、消耗品費、減価償却費、福利厚生費、給料賃金、支払利子、(3) 同四八年分の売上原価、租税公課水道光熱費、通信費、接待交際費、修繕費、消耗品費、減価償却費、福利厚生費、給料賃金、支払利子、雑費について、本件各更正に係る金額(すなわち、被上告人の申告に係る金額)を上回る金額が認定されたことによるものである。

 二 原審は、右事実関係の下において、次の理由で、本件各更正のうち四八年分更正については国家賠償法上の違法性が認められるとし、被上告人の本件損害賠償請求を一部認容した。

 1 本件各更正に係る本件係争各年分の収入金額は、反面調査の結果に基づくものであり、右収入金額の認定については過大認定の過誤は存在しない。

 2 事業所得の金額を算定するに当たり収入金額から控除すべき売上原価その他の必要経費のうち、売上原価、消耗品費及び給料賃金を除くその余の費目については、必ずしも売上の増加がその各費目の増加を伴うことが自明であるとまではいえず、また右各費目について申告額を故意に過少申告することも通常考えられないから、帳簿等の調査を遂げないまま更正をすることが許される状況の下では、右各費目について申告額をそのまま採用したことは著しく不合理な認定方法とはいえず、右各費目の過少認定が所得金額の過大認定に反映した部分は、いまだ奈良税務署長の過失に基づくものとはいえない。

 3 しかし、売上原価、消耗品費及び給料賃金については売上の増加に伴い通常それらの出費も増加していることが考えられる。したがって、収入金額につき申告に係る額の約二倍の額を反面調査によって把握し、これを前提とする更正をする場合に、売上原価、消耗品費及び給料賃金につき、申告どおりの金額を採用すれば実額把握の理念に程遠いものとなることは、税務職員が職務経験則上容易に想到すべきところである。

 4 本件において、四六年分更正及び四七年分更正については、申告に係る収入金額に対する更正に係る収入金額の増加率は、それぞれ約一・二一五倍及び約一・一四三倍にすぎないから、売上原価、消耗品費及び給料賃金につき比例的増額推計をしなかったことは、いまだ職務上の注意義務に著しく違反し、不合理な方法を選択した違法な処分と評価することはできない。しかし、四八年分更正については、右の増加率は約二倍であったのであるから、右更正のうち、売上原価、消耗品費及び給料賃金につき申告どおりの金額を採用したことによって右各費目の金額が過少認定となり、それが所得金額の過大認定に反映した部分は、奈良税務署長が職務上通常尽くすべき義務に著しく違反したことによる違法な処分というべきである。
 三 しかしながら、原審の右判断は、これを是認することができない。その理由は、次のとおりである。 

 1 税務署長のする所得税の更正は、所得金額を過大に認定していたとしても、そのことから直ちに国家賠償法一条一項にいう違法があったとの評価を受けるものではなく、税務署長が資料を収集し、これに基づき課税要件事実を認定、判断する上において、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と更正をしたと認め得るような事情がある場合に限り、右の評価を受けるものと解するのが相当である。

 2 ところで、所得税法は、納税義務者が自ら納付すべき所得税課税標準及び税額を計算し、自己の納税義務の具体的内容を確認した上、その結果を申告して、これを納税するという申告納税制度を採用し、納税義務者に課税標準である所得金額の基礎を正確に申告することを義務付けており(所得税法一二〇条参照)、本件のような事業所得についていえば、納税義務者はその収入金額及び必要経費を正確に申告することが義務付けられているのである。それらの具体的内容は、納税義務者自身の最もよく知るところであるからである。そして、納税義務者において売上原価その他の必要経費に係る資料を整えておくことはさして困難ではなく、資料等によって必要経費を明らかにすることも容易であり、しかも、必要経費は所得算定の上での減算要素であって納税義務者に有利な課税要件事実である。

そうしてみれば、税務署長がその把握した収入金額に基づき更正をしようとする場合、客観的資料等により申告書記載の必要経費の金額を上回る金額を具体的に把握し得るなどの特段の事情がなく、また、納税義務者において税務署長の行う調査に協力せず、資料等によって申告書記載の必要経費が過少であることを明らかにしない以上、申告書記載の金額を採用して必要経費を認定することは何ら違法ではないというべきである。

 3 以上によって本件をみるのに、被上告人は、本件係争各年分の所得税の申告をするに当たり、必要経費につき真実より過少の金額を記載して申告書を提出し、さらに、本件各更正に先立ち、税務職員から申告書記載の金額を超える収入の存在が発覚していることを告知されて調査に協力するよう説得され、必要経費の金額について積極的に主張する機会が与えられたにもかかわらず、これをしなかったので、奈良税務署長は、申告書記載どおりの必要経費の金額によって、本件各更正に係る所得金額を算定したのである。してみれば、本件各更正における所得金額の過大認定は、専ら被上告人において本件係争各年分の申告書に必要経費を過少に記載し、本件各更正に至るまでこれを訂正しようとしなかったことに起因するものということができ、奈良税務署長がその職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と更正をした事情は認められないから、四八年分更正も含めて本件各更正に国家賠償法一条一項にいう違法があったということは到底できない。

 四 そうすると、右と異なる解釈の下に、四八年分更正につき国家賠償法上の違法性が認められるとした原審の判断は、法令の解釈適用を誤ったものであり、この違法が原判決に影響を及ぼすことは明らかである。この趣旨をいう論旨は理由があり、他の上告理由について判断するまでもなく原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして、前記説示に徴すれば、被上告人の本件損害賠償請求はすべて理由がないことに帰し、これと結論を同じくする第一審判決は正当であるから、右部分に対する被上告人の控訴は理由がなくこれを棄却すべきものである。