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勾留請求却下の裁判に対する準抗告の決定に対する特別抗告事件

平成27年10月22日最高裁判所第二小法廷決定

判示事項    
業務上横領被疑事件において勾留請求を却下した原々裁判を取り消して勾留を認めた原決定に刑訴法60条1項の解釈適用を誤った違法があるとされた事例

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/401/085401_hanrei.pdf

所論に鑑み,職権により調査する。
本件被疑事実の要旨は,「被疑者は,大阪家庭裁判所審判官によりAの成年後見人に選任され,同人名義の預金通帳等を保管し,同人の財産を管理する業務に従事していたものであるが,大阪府東大阪市内の郵便局に開設された同人名義の通常郵便貯金口座の貯金を同人のため預かり保管中,平成20年11月21日,同府八尾市内の郵便局において,同口座から現金300万円を払い戻し,同日,同府東大阪市内において,これをBに対し,ほしいままに貸付横領した」というものである。
原々審は,勾留の必要性がないとして勾留請求を却下した。これに対し,原決定は,

(1) 本件事案の性質及び内容,取り分け,被害者が成年被後見人であって現在死亡していることや被害額,被疑者の供述内容等に照らすと,被疑者が,本件の罪体等に関し,関係者に働きかけるなどして罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由が認められ,また,これらの事情に加え,被疑者の身上関係等を併せ考慮すると,被疑者が逃亡すると疑うに足りる相当な理由も認められる,

(2) 家庭裁判所からの告発が平成23年になされ,捜査が相当遅延しているものの,現時点においては,本件の公訴時効の完成が迫っており,起訴不起訴を決する最終段階に至っていることからすると,勾留の必要性がないとまではいえない旨説示し,原々審の裁判を取り消した。


本件において,原々審が,勾留の理由があることを前提に勾留の必要性を否定したのは,罪証隠滅・逃亡の現実的可能性の程度が高いとはいえないと判断し,また,犯行が行われたとされている時点あるいは告発時からかなりの年月が経過しており,被疑者は警察からの任意の出頭要請には応じて一定程度の事実関係は認めるという態度をとっているなどの事情があること,さらに,原決定の前記(2)の説示に係る事情は勾留の必要性を大きく高める事情とはいえないこと等を考慮したものと考えられる。本件は,被害額300万円の業務上横領という相応の犯情の重さを有する事案ではあるものの,平成20年11月に起きた事件であり,平成23年6月に大阪家庭裁判所から大阪府警察本部に告発がされ,長期間にわたり身柄拘束のないまま捜査が続けられていること,本件前の相当額の余罪部分につき公訴時効の完成が迫っていたにもかかわらず,被疑者は警察からの任意の出頭要請に応じるなどしていたこと,被疑者の身上関係等からすると,本件が罪証隠滅・逃亡の現実的可能性の程度が高い事案であるとは認められない。原決定は,捜査の遅延により本件の公訴時効の完成が迫ったことなどを理由に,勾留の必要性がないとまではいえない旨説示した上,原々審の裁判を取り消したが,この説示を踏まえても,勾留の必要性を認めなかった原々審の判断が不合理であるとしてこれを覆すに足りる理由があるとはいえず,原決定の結論を是認することはできない。
以上のとおり,原決定には,刑訴法60条1項の解釈適用を誤った違法があり,これが決定に影響を及ぼし,原決定を取り消さなければ著しく正義に反するものと認められる。
よって,刑訴法411条1号を準用して原決定を取り消し,同法434条,426条2項により更に裁判をすると,前記のとおり,本件について勾留請求を却下した原々審の裁判に誤りがあるとはいえないから,本件準抗告は,同法432条,426条1項により棄却を免れず,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。