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いわゆる危急時遺言に当たり民法九七六条一項にいう遺言の趣旨の口授があったとされた事例

 平成11年9月14日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
いわゆる危急時遺言に当たり、立ち会った証人の一人があらかじめ作成された草案を一項目ずつ読み上げ、遺言者が、その都度うなずきながら「はい」などと返答し、最後に右証人から念を押され了承する旨を述べたなど判示の事実関係の下においては、民法九七六条一項にいう遺言の趣旨の口授があったものということができる。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/820/062820_hanrei.pdf

 原審の適法に確定したところによれば、事実関係は次のとおりである。

 1 遺言者である亡Dは、昭和六三年九月二八日、糖尿病、慢性腎不全、高血圧症、両眼失明、難聴等の疾病に重症の腸閉塞、尿毒症等を併発してE総合病院に入院し、同年一一月一三日死亡した者であるが、当初の重篤な病状がいったん回復して意識が清明になっていた同年一〇月二三日、被上告人に対し、被上告人に家財や預金等を与える旨の遺言書を作成するよう指示した。

 2 被上告人は、かねてから面識のあるI弁護士に相談の上、担当医師らを証人として民法九七六条所定のいわゆる危急時遺言による遺言書の作成手続を執ることにし、また、同弁護士の助言により同弁護士の法律事務所のH弁護士を遺言執行者とすることにし、翌日、その旨Fの承諾を得た上で、Fの担当医師であるG医師ら三名に証人になることを依頼した。

 3 G医師らは、同月二五日、I弁護士から、同弁護士が被上告人から聴取した内容を基に作成した遺言書の草案の交付を受け、Fの病室を訪ね、G医師において、Fに対し、「遺言をなさるそうですね。」と問いかけ、Fの「はい。」との返答を得た後、「読み上げますから、そのとおりであるかどうか聞いて下さい。」と述べて、右草案を一項目ずつゆっくり読み上げたところ、Fは、G医師の読み上げた内容にその都度うなずきながら「はい。」と返答し、遺言執行者となる弁護士の氏名が読み上げられた際には首をかしげる仕種をしたものの、同席していた被上告人からその説明を受け、「うん。」と答え、G医師から、「いいですか。」と問われて「はい。」と答え、最後に、G医師から、「これで遺言書を作りますが、いいですね。」と確認され、「よくわかりました。よろしくお願いします。」と答えた。

 4 G医師らは、医師室に戻り、同医師において前記草案内容を清書して署名押印し、他の医師二名も内容を確認してそれぞれ署名押印して、本件遺言書を作成した。

【要旨】右事実関係の下においては、Fは、草案を読み上げた立会証人の一人であるG医師に対し、口頭で草案内容と同趣旨の遺言をする意思を表明し、遺言の趣旨を口授したものというべきであり、本件遺言は民法九七六条一項所定の要件を満たすものということができる。したがって、これと同旨の原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。

 

民法

(死亡の危急に迫った者の遺言)
第九百七十六条 疾病その他の事由によって死亡の危急に迫った者が遺言をしようとするときは、証人三人以上の立会いをもって、その一人に遺言の趣旨を口授して、これをすることができる。この場合においては、その口授を受けた者が、これを筆記して、遺言者及び他の証人に読み聞かせ、又は閲覧させ、各証人がその筆記の正確なことを承認した後、これに署名し、印を押さなければならない。
2 口がきけない者が前項の規定により遺言をする場合には、遺言者は、証人の前で、遺言の趣旨を通訳人の通訳により申述して、同項の口授に代えなければならない。
3 第一項後段の遺言者又は他の証人が耳が聞こえない者である場合には、遺言の趣旨の口授又は申述を受けた者は、同項後段に規定する筆記した内容を通訳人の通訳によりその遺言者又は他の証人に伝えて、同項後段の読み聞かせに代えることができる。
4 前三項の規定によりした遺言は、遺言の日から二十日以内に、証人の一人又は利害関係人から家庭裁判所に請求してその確認を得なければ、その効力を生じない。
5 家庭裁判所は、前項の遺言が遺言者の真意に出たものであるとの心証を得なければ、これを確認することができない。