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輸入しようとした写真集が,関税定率法(平成17年法律第22号による改正前のもの)21条1項4号にいう「風俗を害すべき書籍,図画」等に該当しないとされた事例

平成20年2月19日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
1 我が国において既に頒布され,販売されているわいせつ表現物を関税定率法(平成17年法律第22号による改正前のもの)21条1項4号による輸入規制の対象とすることは,憲法21条1項に違反しない。

2 輸入しようとした写真集が,男性性器そのものを強調し,その描写に重きを置くものとみざるを得ない写真を含むものであっても,次の(1)〜(3)など判示の事情の下では,上記写真集は,輸入禁制品に該当する旨の通知がされた当時の社会通念に照らして,関税定率法(平成17年法律第22号による改正前のもの)21条1項4号にいう「風俗を害すべき書籍,図画」等に該当しない。

 (1) 上記写真集は,写真芸術ないし現代美術に高い関心を有する者による購読,鑑賞を想定して,美術評論家から高い評価を得ていた写真芸術家の主要な作品を1冊の本に収録し,その写真芸術の全体像を概観するという芸術的観点から編集し,構成したものであり,上記の写真は,そのような観点から主要な作品と位置付けられた上で,収録されたものとみることができる。

 (2) 上記写真集は,ポートレイトや花,静物,男性及び女性のヌード等を対象とする作品を幅広く収録するものであり,上記の写真が写真集全体に対して占める比重は相当に低いものである上,上記の写真は,白黒の写真であり,性交等の状況を直接的に表現したものではない。

 (3) 上記写真集は,上記(1),(2)などの観点から全体としてみたときに,主として見る者の好色的興味に訴えるものと認めることは困難である。
(2につき反対意見がある。)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/764/035764_hanrei.pdf

第1 事案の概要

1 本件は,上告人が渡航先からの帰国の際に携行していた写真集について,被上告人東京税関成田税関支署長(「被上告人税関支署長」)から関税定率法(平成17年法律第22号による改正前のもの。以下,特に断らない限り同じ。)21条1項4号所定の輸入禁制品に該当する旨の通知(「本件通知処分」)を受けたのに対し,同号の規定は憲法21条等に違反して無効であること,上記写真集は風俗を害すべき物品に当たらないこと等から,本件通知処分は違法であるとして,被上告人税関支署長に対しその取消しを求めるとともに,被上告人国に対し国家賠償法1条1項に基づき慰謝料等の支払を求めている事案である。

2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

(1) 上告人が取締役を務める有限会社A(「A社」)は,米国のB社との間の契約に基づき,同社が出版した写真集「MAPPLETHORPE」を日本語に翻訳した上で,平成6年11月1日,我が国において出版した。

(2) A社の出版に係る上記写真集は,米国出身の写真家ロバート・メイプルソープ(「メイプルソープ」)が撮影した写真を収録したものである。
メイプルソープは,1970年代から,肉体,性,裸体という人間の存在の根元にかかわる事象をテーマとする作品を発表し,写真による現代美術の第一人者として,米国や我が国の美術評論家から高い評価を得ている。上記写真集は,メイプルソープの初期から後期までの主要な作品を編集したもので,その写真芸術の全体像を概観するものであり,初期のポラロイド写真からポートレイト,花,静物,男性及び女性のヌード,晩年のセルフポートレイトに至るまでの写真を幅広く収録するものである。上記写真集は,縦31.2㎝,横30㎝,ハードカバーによる装丁で384頁,重量約4kgに及ぶ大型の本であり,その価格は当初1万6800円とされていた。
A社は,上記写真集について全国紙の朝刊第1面に販売広告を掲載するなどの販売促進活動を行い,上記写真集に関する紹介文や書評が全国紙や写真専門雑誌に掲載されたこともあって,平成7年1月1日から同12年3月31日までの間にこれを書店販売,通信販売等の方法により合計937冊販売した。

(3) 上告人は,平成11年9月21日,商用のため渡航していた米国から我が国に帰国した際,新東京国際空港所在の東京税関成田税関支署旅具検査場において,検査官に対し,我が国を出国した時から携行していた上記写真集1冊(「本件写真集」)を呈示して,本件写真集は我が国において出版されたものである旨説明した。
本件写真集に収録されている写真のうち第1審判決別表記載の番号1から20までの写真(番号19及び20の写真はそれぞれ番号7及び2の写真の縮小版である。以下「本件各写真」という。)は,それぞれ同表の該当頁欄記載の各頁(合計19頁)に掲載されており,その内容は,同表の該当内容欄記載のとおりであって,いずれも男性性器を直接的,具体的に写し,これを画面の中央に目立つように配置した白黒(モノクローム)の写真である。

(4) 被上告人税関支署長は,平成11年10月12日,上告人に対し,関税定率法21条3項に基づき,本件写真集は,風俗を害すべき物品と認められ,同条1項4号に該当する旨の本件通知処分をした。

第2 上告代理人山下幸夫の上告理由について

1 上告理由第2及び第4について
関税定率法21条1項4号に掲げる貨物に関する税関検査が憲法21条2項前段にいう「検閲」に当たらないこと,税関検査によるわいせつ表現物の輸入規制が同条1項の規定に違反しないこと,関税定率法21条1項4号にいう「風俗を害すべき書籍,図画」等とは,わいせつな書籍,図画等を指すものと解すべきであり,上記規定が広はん又は不明確のゆえに違憲無効といえないことは,当裁判所の判例最高裁昭和59年12月12日大法廷判決)とするところであり,我が国において既に頒布され,販売されているわいせつ表現物を税関検査による輸入規制の対象とすることが憲法21条1項の規定に違反するものではないことも,上記大法廷判決の趣旨に徴して明らかである。
以上と同旨の原審の判断は,正当として是認することができる。論旨は採用することができない。

 その余の上告理由について
論旨は,違憲をいうが,その実質は単なる法令違反をいうもの又はその前提を欠くものであって,民訴法312条1項及び2項に規定する事由のいずれにも該当しない。

第3 上告代理人山下幸夫の上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について

1 原審は,前記事実関係の下において,次のとおり判断して,上告人の請求をいずれも棄却した。
本件各写真は,我が国の一般社会の健全な社会通念に照らして考察すると,いずれもわいせつな図画というべきであり,本件写真集は,本件各写真を掲載し,他の写真や解説の掲載された頁を含めて1冊の書籍として一体となっているものであるから,本件写真集全体が関税定率法21条1項4号にいう「風俗を害すべき書籍」に該当するものと認められる。メイプルソープの芸術家としての評価や本件写真集の芸術的価値を理由として,上記判断を否定することはできない。
したがって,本件写真集が同号に該当するとしてされた本件通知処分に違法はなく,本件通知処分の違法を理由とする国家賠償法に基づく損害賠償請求も理由がない。

2 しかしながら,原審の上記判断のうち,国家賠償法に基づく損害賠償請求を棄却した部分は結論において是認することができるが,その余の部分については是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 前記事実関係によれば,本件各写真は,いずれも男性性器を直接的,具体的に写し,これを画面の中央に目立つように配置したものであるというのであり,当該描写の手法,当該描写が画面全体に占める比重,画面の構成などからして,いずれも性器そのものを強調し,その描写に重きを置くものとみざるを得ないというべきである。

しかしながら,前記事実関係によれば,メイプルソープは,肉体,性,裸体という人間の存在の根元にかかわる事象をテーマとする作品を発表し,写真による現代美術の第一人者として美術評論家から高い評価を得ていたというのであり,本件写真集は,写真芸術ないし現代美術に高い関心を有する者による購読,鑑賞を想定して,上記のような写真芸術家の主要な作品を1冊の本に収録し,その写真芸術の全体像を概観するという芸術的観点から編集し,構成したものである点に意義を有するものと認められ,本件各写真もそのような観点からその主要な作品と位置付けられた上でこれに収録されたものとみることができる。

また,前記事実関係によれば,本件写真集は,ポートレイト,花,静物,男性及び女性のヌード等の写真を幅広く収録するものであり,全体で384頁に及ぶ本件写真集のうち本件各写真(そのうち2点は他の写真の縮小版である。)が掲載されているのは19頁にすぎないというのであるから,本件写真集全体に対して本件各写真の占める比重は相当に低いものというべきであり,しかも,本件各写真は,白黒(モノクローム)の写真であり,性交等の状況を直接的に表現したものでもない。

以上のような本件写真集における芸術性など性的刺激を緩和させる要素の存在,本件各写真の本件写真集全体に占める比重,その表現手法等の観点から写真集を全体としてみたときには,本件写真集が主として見る者の好色的興味に訴えるものと認めることは困難といわざるを得ない。

これらの諸点を総合すれば,本件写真集は,本件通知処分当時における一般社会の健全な社会通念に照らして,関税定率法21条1項4号にいう「風俗を害すべき書籍,図画」等に該当するものとは認められないというべきである。

なお,最高裁平成11年2月23日第三小法廷判決は,本件各写真のうち5点と同一の写真を掲載した写真集(メイプルソープの回顧展における展示作品を収録したカタログ)につき,平成6年法律第118号による改正前の関税定率法21条1項3号にいう「風俗を害すべき書籍,図画」等に該当するとしているが,上記の事案は,本件写真集とは構成等を異にするカタログを対象とするものであり,対象となる処分がされた時点も異なるのであって,本件写真集についての上記判断は,上記第三小法廷判決に抵触するものではないというべきである。
したがって,上記と異なり,本件写真集が関税定率法21条1項4号所定の輸入禁制品に該当するとしてされた本件通知処分は,取消しを免れないというべきである。

(2) もっとも,本件各写真の内容が前記認定のとおりであること,本件各写真の一部と同一の写真を掲載した写真集につき前記第三小法廷判決が上記のとおり判断していること等にかんがみれば,被上告人税関支署長において,本件写真集が本件通知処分当時の社会通念に照らして「風俗を害すべき書籍,図画」等に該当すると判断したことにも相応の理由がないとまではいい難く,本件通知処分をしたことが職務上通常尽くすべき注意義務を怠ったものということはできないから,本件通知処分をしたことは,国家賠償法1条1項の適用上,違法の評価を受けるものではないと解するのが相当である。

3 以上によれば,本件通知処分の取消請求を棄却した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この点に関する論旨は理由がある。しかし,本件通知処分の違法を理由とする国家賠償法に基づく損害賠償請求を棄却した原審の判断は,結論において是認することができる。この点に関する論旨は採用することができない。
第4 結論
以上説示したところによれば,原判決のうち被上告人税関支署長に対する請求に関する部分は破棄を免れず,上告人の上記請求を認容した第1審判決は結論において正当であるから,同被上告人の控訴を棄却すべきであるが,上告人の被上告人国に対する上告は棄却すべきである。
よって,判示第3についての裁判官堀籠幸男の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。