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賃貸人から賃借人に対して借地借家法38条2項所定の書面の交付があったとした原審の認定に経験則又は採証法則に反する違法があるとされた事例

 平成22年7月16日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
賃貸人が定期建物賃貸借契約の締結に先立ち説明書面の交付があったことにつき主張立証をしていないに等しいにもかかわらず,賃貸借契約に係る公正証書に説明書面の交付があったことを相互に確認する旨の条項があり,賃借人において上記公正証書の内容を承認していることのみから,借地借家法38条2項において賃貸借契約の締結に先立ち契約書とは別に交付するものとされている説明書面の交付があったとした原審の認定には,経験則又は採証法則に反する違法がある。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/459/080459_hanrei.pdf

1 本件は,

① 第1審判決別紙物件目録記載の建物部分(「本件建物部分」)を上告人に賃貸した被上告人が,被上告人と上告人との間における賃貸借は借地借家法(「法」)38条所定の定期建物賃貸借であり,期間の満了により終了したなどと主張して,上告人に対し,本件建物部分の明渡し及び賃料相当損害金の支払を求める訴えと,

② 上告人が,法38条2項所定の書面(「説明書面」)の交付及び説明がなく,上記賃貸借は定期建物賃貸借に当たらないと主張して,被上告人に対し,本件建物部分につき賃借権を有することの確認を求める訴えとが併合審理されている事案である。

2 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

(1) 被上告人は,平成15年10月29日,上告人との間で,「定期賃貸借建物契約書」と題する契約書を取り交わし,期間を同年11月16日から平成18年3月31日まで,賃料を月額20万円として,本件建物部分につき賃貸借契約(「本件賃貸借」)を締結した。

(2) 本件賃貸借について,平成15年10月31日,定期建物賃貸借契約公正証書(以下「本件公正証書」という。)が作成された。本件公正証書には,被上告人が,上告人に対し,本件賃貸借は契約の更新がなく,期間の満了により終了することについて,あらかじめ,その旨記載した書面を交付して説明したことを相互に確認する旨の条項があり,その末尾には,公証人役場において本件公正証書を作成し,被上告人代表者及び上告人に閲覧させたところ,各自これを承認した旨の記載がある。

(3) 被上告人は,期間の満了から約11か月を経過した平成19年2月20日,上告人に対し,本件賃貸借は期間の満了により終了した旨の通知をした。

3 原審は,上記事実関係の下で,説明書面の交付の有無につき,本件公正証書に説明書面の交付があったことを確認する旨の条項があること,公正証書の作成に当たっては,公証人が公正証書を当事者に読み聞かせ,その内容に間違いがない旨の確認がされることからすると,本件において説明書面の交付があったと推認するのが相当であるとした上,本件賃貸借は法38条所定の定期建物賃貸借であり期間の満了により終了したと判断して,被上告人の請求を認容し,上告人の請求を棄却した。

4 しかしながら,原審の上記認定は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

前記事実関係によれば,本件公正証書には,説明書面の交付があったことを確認する旨の条項があり,上告人において本件公正証書の内容を承認した旨の記載もある。

しかし,記録によれば,現実に説明書面の交付があったことをうかがわせる証拠は,本件公正証書以外,何ら提出されていないし,被上告人は,本件賃貸借の締結に先立ち説明書面の交付があったことについて,具体的な主張をせず,単に,上告人において,本件賃貸借の締結時に,本件賃貸借が定期建物賃貸借であり,契約の更新がなく,期間の満了により終了することにつき説明を受け,また,本件公正証書作成時にも,公証人から本件公正証書を読み聞かされ,本件公正証書を閲覧することによって,上記と同様の説明を受けているから,法38条2項所定の説明義務は履行されたといえる旨の主張をするにとどまる。

これらの事情に照らすと,被上告人は,本件賃貸借の締結に先立ち説明書面の交付があったことにつき主張立証をしていないに等しく,それにもかかわらず,単に,本件公正証書に上記条項があり,上告人において本件公正証書の内容を承認していることのみから,法38条2項において賃貸借契約の締結に先立ち契約書とは別に交付するものとされている説明書面の交付があったとした原審の認定は,経験則又は採証法則に反するものといわざるを得ない。

5 以上によれば,原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな違法がある。

論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,その余の点について判断するまでもなく,原判決は破棄を免れない。そこで,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。