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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

会社が職制等を通じて特定政党の党員又はその同調者である従業員を監視し孤立させるなどした行為が人格的利益を侵害する不法行為に当たるとされた事例

 平成7年9月5日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
会社が、特定の従業員につき、同人らにおいて現実に企業秩序を破壊し混乱させるおそれがあるとは認められないにもかかわらず、特定政党の党員又はその同調者であることのみを理由として、職制等を通じて、職場の内外で継続的に監視する態勢を採った上、極左分子であるなどとその思想を非難して同人らとの接触、交際をしないよう他の従業員に働き掛け、同人らを職場で孤立させ、その過程の中で、退社後尾行したり、ロッカーを無断で開けて私物の手帳を写真に撮影したりしたなど判示の事実関係の下においては、右一連の行為は、職場における自由な人間関係を形成する自由を不当に侵害するとともに、その名誉を毀損し、プライバシーを侵害するものであって、人格的利益を侵害する不法行為に当たる。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/145/073145_hanrei.pdf

上告代理人の上告理由第一点の一ないし三及び五について

 所論の各文書は、その元となる文書に代わる写しとしてではなく、それ自体が原本として提出されたものであり、記録によれば、その元となる文書の存在及び成立並びに右各文書がその写しとして作成された過程についての立証がされたという原審の認定も是認し得るところであるから、右各文書を証拠として採用した点に所論の違法はなく、その他右各文書の取調べの適否に関する原審の判断は、いずれも正当として是認することができる。したがって、原判決に所論の違法があるとはいえない。論旨は、右と異なる見解に立って原判決を論難するか、又は、帰するところ、原審の専権に属する証拠の取捨判断を非難するものであって、採用することができない。

 同第一点の四について

 原審の認定するところによれば、所論の各文書又はその元となった文書が、窃取されたものとすることは困難であるし、仮に窃取されたものであるとしても誰が窃取したかは不明であるというのであり、右認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして肯認するに足りる。そうであれば、上告人においてこれらの文書を保管中に紛失し、その不知の間に相手方挙証者である被上告人らの入手するところとなったというだけでは、右各文書の証拠能力は否定されないとした原審の判断は正当であって、原判決に所論の違法はない。証拠能力に関する立証責任についての所論を含め、論旨は、原審の認定しない事実をまじえ、独自の見解に基づいて原判決を論難するものであって、採用することができない。
 同第二点及び同第三点について

 所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして肯認するに足りるところ、これらを含む原審の適法に確定した事実関係によれば、上告人は、被上告人らにおいて現実には企業秩序を破壊し混乱させるなどのおそれがあるとは認められないにもかかわらず、被上告人らが共産党員又はその同調者であることのみを理由とし、その職制等を通じて、職場の内外で被上告人らを継続的に監視する態勢を採った上、被上告人らが極左分子であるとか、上告人の経営方針に非協力的な者であるなどとその思想を非難して、被上告人らとの接触、交際をしないよう他の従業員に働き掛け、種々の方法を用いて被上告人らを職場で孤立させるなどしたというのであり、更にその過程の中で、被上告人B1及び同B2については、退社後同人らを尾行したりし、特に被上告人B2については、ロッカーを無断で開けて私物である「民青手帳」を写真に撮影したりしたというのである。

そうであれば、これらの行為は、被上告人らの職場における自由な人間関係を形成する自由を不当に侵害するとともに、その名誉を毀損するものであり、また、被上告人B2らに対する行為はそのプライバシーを侵害するものでもあって、同人らの人格的利益を侵害するものというべく、これら一連の行為が上告人の会社としての方針に基づいて行われたというのであるから、それらは、それぞれ上告人の各被上告人らに対する不法行為を構成するものといわざるを得ない。

原審の判断は、これと同旨をいうものとして是認することができる。

また、原判決が上告人による行為として認定判示するところは、右に説示した限りにおいて、不法行為としての違法性評価が可能な程度に各行為の態様を示しており、その特定に欠けるものではない。

論旨は、帰するところ、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、前記説示と異なる見解に立ち若しくは原判決を正解せずにこれを非難するか、又は原判決の結論に影響しない説示部分を論難するものであって、採用することができない。

 同第四点について

 原審の適法に確定した事実関係の下においては、被上告人らが本件損害及び加害者を知ったのは、労務管理懇談会の報告書を見た昭和四六年のことであって、本訴請求権は時効によって消滅していないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原判決を正解せず、又は右と異なる見解に立って原判決を論難するものであって、採用することができない。

 よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。