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金の商品先物取引の委託契約において将来の金の価格は消費者契約法4条2項本文にいう「重要事項」に当たるか

 平成22年3月30日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
金の商品先物取引の委託契約において将来の金の価格は消費者契約法4条2項本文にいう「重要事項」に当たらない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/043/080043_hanrei.pdf

1 本件は,

① 商品取引員である上告人に金の商品先物取引を委託した被上告人が,上告人に対し,(ア) 主位的に,消費者契約法4条1項2号又は2項本文により委託契約の申込みの意思表示を取り消したと主張して,不当利得返還請求権に基づき,上告人に預託した委託証拠金相当額の支払を求め,予備的に,上告人の外務員から違法な勧誘を受け損害を被ったと主張して,不法行為又は債務不履行に基づき,上記証拠金相当額の損害賠償金の支払を求めるとともに,

(イ) 不法行為又は債務不履行に基づき,弁護士費用相当額の損害賠償金の支払を求める訴えと,

②上告人が,被上告人に対し,上記取引において発生した差損金を商品取引所に立替払したと主張して,立替金相当額の支払を求める訴えとが併合審理されている事案である。
なお,原判決中,被上告人の請求のうち,弁護士費用相当額の損害賠償請求(上記①(イ))を棄却すべきものとした部分については,被上告人が適法な不服申立てをしていないから,同部分は,当審の審理判断の対象となっていない。

2 原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。

(1) 上告人は,商品先物取引の受託等を目的とする会社である。また,上告人は,商品取引員であり,東京工業品取引所の会員である。

(2) 被上告人(昭和16年生まれの男性)は,上告人の外務員から商品先物取引の仕組みや相場の変動による損失発生の危険性等について説明を受け,これらを十分理解した上,平成17年11月24日,商品先物取引の危険性を了知し自らの判断と責任において取引を行うことを承諾する旨の約諾書を差し入れて,上告人との間で,商品先物取引の委託を内容とする基本契約を締結した。

(3) 上告人の外務員は,平成17年12月7日及び同月10日,被上告人に対し,東京市場における金の価格が上昇傾向にあることを告げた上,この傾向は年内は続くとの自己の相場予測を伝え,金を購入すれば利益を得られる旨説明するなどして(以下,これらの説明を「本件説明」という。),金の商品先物取引の委託契約の締結を勧誘した。

(4) 被上告人は,平成17年12月12日,上告人に対し,委託証拠金として1500万円を預託して,金200枚の買注文を出し,上告人との間で,金の商品先物取引を委託する旨の契約(以下「本件契約」という。)を締結した。上記買注文に係る売買は,同日午後3時30分に成立した。

(5) 東京市場における金の価格は,本件契約の締結時点では,高騰を続けていたが,本件契約の締結の翌日である平成17年12月13日に急落した。被上告人は,同月14日,上告人に申し入れて,手仕舞をしたが,3139万円の差損金が生じた。上告人は,上記差損金から委託証拠金1500万円を控除した残額1639万円を東京工業品取引所に立替払した。

(6) 被上告人は,本件訴訟において,

① 上告人の外務員が本件説明をしたことは,消費者契約法4条1項2号にいう断定的判断を提供したことに当たる,

②上告人の外務員は,将来における金の価格につき,本件説明をする一方で,東京市場における金の価格の高騰は異常であり,ロコ・ロンドン市場における金の価格と極端にかい離していたことなど,将来における金の価格が暴落する可能性があることを示す事実を告げなかったのであって,これは同条2項本文にいう,利益となる旨を告げ,かつ,不利益となる事実を故意に告げなかったことに当たるなどとして,本件契約の申込みの意思表示の取消しを主張した。

3 原審は,次のとおり判断して,消費者契約法4条2項本文に基づく取消しの主張については理由があるとして,被上告人の主位的請求を認容し,上告人の請求を棄却した。

本件契約において,将来における金の価格は,消費者契約法4条4項1号にいう「目的となるものの質」に当たり,かつ,消費者である被上告人の本件契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきものであるから,同条2項本文にいう「重要事項」に当たる。上告人の外務員は,将来における金の価格が上昇するとの自己の相場予測を伝えて被上告人の利益となる旨を告げる一方,被上告人の不利益となる事実である将来における金の価格が暴落する可能性を示す前記2(6)のような事実を故意に告げず,その結果,被上告人は,当該事実が存在しないと誤認し,それによって本件契約の申込みの意思表示をしたのであるから,被上告人は,同項本文に基づき,上記意思表示を取り消すことができる。

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

消費者契約法4条2項本文にいう「重要事項」とは,同条4項において,当該消費者契約の目的となるものの「質,用途その他の内容」又は「対価その他の取引条件」をいうものと定義されているのであって,同条1項2号では断定的判断の提供の対象となる事項につき「将来におけるその価額,将来において当該消費者が受け取るべき金額その他の将来における変動が不確実な事項」と明示されているのとは異なり,同条2項,4項では商品先物取引の委託契約に係る将来における当該商品の価格など将来における変動が不確実な事項を含意するような文言は用いられていない。

そうすると,本件契約において,将来における金の価格は「重要事項」に当たらないと解するのが相当であって,上告人が,被上告人に対し,将来における金の価格が暴落する可能性を示す前記2(6)のような事実を告げなかったからといって,同条2項本文により本件契約の申込みの意思表示を取り消すことはできないというべきである。

これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由がある。

5 また,前記事実関係によれば,上告人の外務員が被上告人に対し断定的判断の提供をしたということはできず,消費者契約法4条1項2号に基づく取消しの主張に理由がないとした原審の判断は正当として是認することができるから,被上告人の同法に基づく取消しの各主張は,いずれも理由がない。

したがって,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れず,被上告人の主位的請求は棄却すべきである。そして,被上告人の予備的請求の当否及び上告人の請求に対する信義則違反の主張の当否について更に審理を尽くさせるため,被上告人の予備的請求及び上告人の請求につき,本件を原審に差し戻すこととする。