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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

相続人YがAの遺産について相続分を有することを前提とする前訴判決が他の相続人Xとの間で確定し,また,XがYに対してAのXに対する債務をYが法定相続分の割合により相続したと主張してその支払を求める訴えを提起していた場合において,Xが自己に遺産全部を相続させる旨のAの遺言の有効確認をYに対して求める訴えを提起することが信義則に反するとはいえないとされた事例

令和3年4月16日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
Aの相続人Yが他の相続人Xに対してAが所有していた不動産についてのXに対する所有権移転登記の抹消登記手続等を求めて提起した前訴において,YがAの遺産について相続分を有することを前提として上記の請求を一部認容する判決が確定し,また,Xが,AのXに対する立替金債務をYが法定相続分の割合により相続したと主張して,Yに対してその支払を求める反訴を提起していた場合において,Xが自己に遺産全部を相続させる旨のAの遺言が有効であることの確認をYに対して求める訴えを提起することは,次の⑴~⑷など判示の事実関係の下においては,信義則に反するとはいえない。

⑴ 上記前訴において,Xは,上記不動産はAとの売買等により取得したものであるなどと主張して本訴請求を争っており,その判決においては,上記の主張の当否が判断されたにとどまり,上記遺言の有効性について判断されることはなかった。

⑵ 上記本訴請求はAの遺産の一部を問題とするものにすぎなかった。

⑶ 上記前訴において,受訴裁判所によって上記本訴請求についての抗弁等として取り上げられることはなかったものの,Xは,上記遺言が有効であると主張しており,上記反訴に関しては上記遺言が無効であることを前提とする上記本訴請求に対応して提起したにすぎない旨述べていた。

⑷ 上記前訴において,Xによる立替払の事実が認められないとして,反訴請求を棄却する判決がされた。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/252/090252_hanrei.pdf

 

上告人の上告受理申立て理由について

1 本件は,上告人が,被上告人に対し,両名の母であるAを遺言者とする平成20年4月17日付け自筆証書(「本件遺言書」)による遺言(「本件遺言」)が有効であることの確認を求める事案である。

2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

(1) 上告人及び被上告人は,いずれもAの子である。Aは,平成24年8月に死亡した。

(2) 平成25年1月,上告人の申立てにより本件遺言書の検認がされた。本件遺言書には,Aの有する不動産,動産,株式等の財産全部を上告人に相続させる旨が記載されていた。

(3) 被上告人は,平成26年6月,上告人に対し,被上告人がAの遺産を法定相続分の割合により相続したなどと主張して,Aが所有し又は持分を有していた複数の不動産(以下「本件不動産」という。)についての同人から上告人に対する売買等を原因とする所有権移転登記等の抹消登記手続,上告人が本件不動産を占有していることによる不当利得の返還,Aの死亡後に上告人がA名義の口座から預金の一部を払い戻したことによる不当利得の返還等を求める訴え(「前件本訴」)を提起した。
これを受け,上告人は,同年11月,被上告人に対し,上告人がAの医療費等を立て替えており,被上告人はこれに基づくAの立替金債務を法定相続分の割合により相続したなどと主張して,その支払等を求める反訴(以下「前件反訴」といい,前件本訴と併せて「前訴」という。)を提起した。

(4) 上告人は,前訴において,本件不動産はAとの売買等により取得したものであり,預金の払戻しは生前にAから与えられた権限に基づくものであるなどと主張して前件本訴に係る請求を争うとともに,Aが財産全部を上告人に相続させる旨の有効な遺言をしたと主張し,これを証明するため,本件遺言書等を証拠として提出した。
前訴の第1審裁判所は,当事者の主張を整理した書面を作成し,上告人及び被上告人に対し,これを示して意見を求めた。上記書面には本件遺言に関する上記の主張は記載されていなかったが,上告人は,同主張の記載がないことについて意見を述べなかった。
その後,被上告人は,上告人に対し,本件遺言が有効である旨主張するのであれば,その主張は被上告人がAの立替金債務を相続した旨の前件反訴における上告人の主張と矛盾することになるとして,これらの主張の位置付けについて明らかにするよう求めた。上告人は,前件本訴に係る請求が本件遺言が無効であることを前提としたものであったため,これに対応して前件反訴を提起したにすぎず,主位的には本件遺言が有効であると主張するものである旨回答した。

(5) 前訴の第1審裁判所は,平成28年8月,前件本訴については,上告人がAとの売買等により本件不動産を取得した事実は認められず,預金の払戻しは権限なくされたものであると判断するなどして,所有権移転登記等の抹消登記手続請求を認容し,不当利得返還請求を一部認容するなどし,前件反訴については,上告人による立替払の事実が認められないと判断して請求を棄却する判決をした。上記判決においては,被上告人がAの遺産について相続分を有することについては争いがないものとされ,本件遺言の有効性についての判断はされなかった。

(6) 上告人は上記判決を不服として控訴し,被上告人は附帯控訴をした。上告人は,控訴審において,Aが本件遺言をしたことを前件本訴に係る請求についての抗弁として主張した。
前訴の控訴審裁判所は,平成29年4月,上記の主張を時機に後れた攻撃防御方法に当たるとして却下した上,上記判決のうち上記の各判断は維持しつつ,前件本訴に係る請求のうち不当利得返還請求の一部についてのみ上記判決を変更する旨の判決をし,その後,同判決は確定した。

(7) 上告人は,平成29年7月,本件訴えを提起した。

3 原審は,上記事実関係等の下において,次のとおり判断して,本件訴えを却下すべきものとした。
上告人が被上告人に対して本件遺言が有効であることの確認を求めることは,被上告人がAの遺産について相続分を有することが前訴で決着し,上告人により今後本件遺言が有効であると主張されることはないであろうとの被上告人の合理的な信頼を裏切るものである上,上告人が前訴において被上告人がAの債務を相続したと主張して前件反訴を提起していたことと矛盾するものであるから,本件訴えの提起は信義則に反する。

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

前記事実関係等によれば,上告人は,前訴では,本件不動産はAとの売買等により取得したものであり,預金の払戻しは生前にAから与えられた権限に基づくものであるなどと主張して前件本訴に係る請求を争っていたのであって,前訴の判決においては,上記の主張の当否が判断されたにとどまり,本件遺言の有効性について判断されることはなかった。

また,本件訴えで確認の対象とされている本件遺言の有効性はAの遺産をめぐる法律関係全体に関わるものであるのに対し,前件本訴ではAの遺産の一部が問題とされたにすぎないから,本件訴えは,前件本訴とは訴訟によって実現される利益を異にするものである。

そして,前訴では,受訴裁判所によって前件本訴に係る請求についての抗弁等として取り上げられることはなかったものの,上告人は,本件遺言が有効であると主張していたのであり,前件反訴に関しては本件遺言が無効であることを前提とする前件本訴に対応して提起したにすぎない旨述べていたものである。

これらの事情に照らせば,被上告人において,自らがAの遺産について相続分を有することが前訴で決着したと信頼し,又は,上告人により今後本件遺言が有効であると主張されることはないであろうと信頼したとしても,これらの信頼は合理的なものであるとはいえない。

また,前訴において,上告人は,被上告人に対し,被上告人がAの立替金債務を法定相続分の割合により相続したと主張し,その支払を求めて前件反訴を提起したが,上告人による立替払の事実が認められないとして請求を棄却する判決がされ,前件反訴によって利益を得ていないのであるから,本件訴えにおいて本件遺言が有効であることの確認がされたとしても,上告人が前件反訴の結果と矛盾する利益を得ることになるとはいえない。

以上によれば,本件訴えの提起が信義則に反するとはいえない。

5 以上と異なる見解の下に,本件訴えを却下すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,第1審判決を取り消し,更に審理を尽くさせるため,本件を第1審に差し戻すべきである。