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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

 賃借人が契約当事者を実質的に変更したときは賃貸人は違約金を請求することができるなどの定めのある賃貸借契約において,当該賃借人が吸収分割の後は責任を負わないものとする吸収分割により契約当事者の地位を承継させた場合に,当該賃借人が上記吸収分割がされたことを理由に上記定めに基づく違約金債権に係る債務を負わないと主張することが信義則に反し許されないとされた事例

平成29年12月19日最高裁判所第三小法廷決定

裁判要旨    
賃借人Yが契約当事者を実質的に変更したときは賃貸人Xは契約を解除し違約金を請求することができる旨の定めのある建物の賃貸借契約において,Yが吸収分割の後は責任を負わないものとする吸収分割により契約当事者の地位をAに承継させた場合に,次の(1)~(3)など判示の事情の下においては,Yが,上記賃貸借契約を解除したXに対し,上記吸収分割がされたことを理由に上記定めに基づく違約金債権に係る債務を負わないと主張することは,信義則に反して許されず,Xは,上記吸収分割の後も,Yに対して同債務の履行を請求することができる。

(1) Xは長期にわたってYに上記建物を賃貸しその賃料によって上記建物の建築費用を回収することを予定していたと解され,Xが上記定めを設けたのは賃借人の変更による不利益を回避することを意図していたものといえ,YもXの上記のような意図を理解した上で上記賃貸借契約を締結したものといえる。

(2) Aは,上記吸収分割の前の資本金が100万円であって,上記吸収分割によって上記違約金債権の額を大幅に下回る額の資産しかYから承継しておらず,同債権に係る債務の支払能力を欠くことが明らかである。

(3) Xは,上記違約金債権を有しているとして,Yに対し,上記吸収分割について会社法789条1項2号の規定による異議を述べることができたとは解されない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/338/087338_hanrei.pdf

1 記録によれば,本件の経緯は次のとおりである。

(1) 抗告人は,土木建築請負業等を主たる事業とする会社であり,資本金は5000万円である。平成27年6月30日現在の貸借対照表によれば,抗告人の純資産の額は約8億5000万円である。
相手方は,学校用品,教材の販売等を目的とする会社である。

(2) 抗告人と相手方は,平成24年5月,相手方が抗告人の設計等に基づいて老人ホーム用の建物(以下「本件建物」という。)を建築し,抗告人が有料老人ホーム等として使用する目的で本件建物を相手方から賃借する旨の契約(「本件賃貸借契約」)を締結した。本件賃貸借契約には,要旨次のような定めがある。

ア 賃貸期間は本件建物の引渡しの日から20年間とし,賃料は月額499万円(ただし当初5年間は月額450万円)として,毎月末日に翌月分を支払う。

イ 抗告人は,本件賃貸借契約に基づく権利の全部又は一部を第三者に譲渡したり,相手方の文書による承諾を得た場合を除き本件建物の全部又は一部を第三者に転貸したりしてはならない。

ウ 本件建物は老人ホーム用であって他の用途に転用することが困難であること及び相手方は本件賃貸借契約が20年継続することを前提に投資していることから,抗告人は,原則として,本件賃貸借契約を中途で解約することができない。

エ 抗告人が本件賃貸借契約の契約当事者を実質的に変更した場合などには,相手方は,催告をすることなく,本件賃貸借契約を解除することができる(以下,この定めを「本件解除条項」という。)。

オ 本件賃貸借契約の開始から15年が経過する前に,相手方が本件解除条項に基づき本件賃貸借契約を解除した場合は,抗告人は,相手方に対し,15年分の賃料額から支払済みの賃料額を控除した金額を違約金として支払う(「本件違約金条項」)。

(3) 相手方は,約6億円をかけて本件建物を建築し,平成24年10月,本件建物を抗告人に引き渡した。抗告人は,同年11月,本件建物において有料老人ホームの運営事業(以下「本件事業」という。)を開始した。

(4) 本件事業は,開始当初から業績不振が続いた。抗告人は,平成28年4月頃,本件事業を会社分割によって別会社に承継させることを考え,相手方にその旨を伝えて了承を求めたが,相手方は了承しなかった。

(5) 平成28年5月17日,抗告人が資本金100万円を全額出資することにより,株式会社シルバーライフ・リサーチ(「シルバーライフ」)が設立された。

(6) 抗告人とシルバーライフは,平成28年5月26日,効力発生日を同年7月1日として,本件事業に関する権利義務等(本件賃貸借契約の契約上の地位及び本件賃貸借契約に基づく権利義務を含む。以下同じ。)のほか1900万円の預金債権が抗告人からシルバーライフに承継されることなどを内容とする吸収分割契約(「本件吸収分割契約」,本件吸収分割契約に基づく吸収分割を「本件吸収分割」という。)を締結した。本件吸収分割契約には,抗告人は本件事業に関する権利義務等について本件吸収分割の後は責任を負わないものとする旨の定めがある。

(7) 抗告人は,平成28年5月27日,本件吸収分割をする旨,債権者が公告の日の翌日から1箇月以内に異議を述べることができる旨など会社法(「法」)789条2項各号に掲げる事項を,官報及び日刊新聞紙に掲載する方法により公告した。なお,上記1箇月の期間内に異議を述べた債権者はいなかった。

(8) 平成28年7月1日,本件吸収分割の効力が発生した。

(9) 抗告人は,本件賃貸借契約に基づく賃料を平成28年7月分まで全額支払ったが,シルバーライフは,本件吸収分割の後,上記賃料の大部分を支払わず,同年11月30日時点で合計1450万円が未払であった。

(10) 相手方は,平成28年12月9日,抗告人及びシルバーライフに対し,抗告人が本件賃貸借契約の契約当事者を実質的に変更したことなどを理由に,本件解除条項に基づき本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

2 本件は,相手方が,本件違約金条項に基づく違約金債権(以下「本件違約金債権」という。)のうち1億8550万円を被保全債権として,抗告人の第三債務者に対する請負代金債権につき,仮差押命令の申立てをした事案である。抗告人は,本件吸収分割がされたことを理由に,本件違約金債権に係る債務を負わないと主張している。

3(1) 吸収分割は,株式会社又は合同会社がその事業に関して有する権利義務の全部又は一部を分割後他の会社に承継させることであり(法2条29号),吸収分割をする会社(「吸収分割会社」)と,吸収分割会社がその事業に関して有する権利義務の全部又は一部を吸収分割会社から承継する会社(「吸収分割承継会社」)との間で締結される吸収分割契約の定めに従い,吸収分割承継会社が吸収分割会社の権利義務を承継する(法757条,759条1項,761条1項)。本件において,本件事業に関する権利義務等は,本件吸収分割により,抗告人からシルバーライフに承継される。

(2) しかしながら,本件賃貸借契約においては,相手方と抗告人との間で,本件建物が他の用途に転用することが困難であること及び本件賃貸借契約が20年継続することを前提に相手方が本件建物の建築資金を支出する旨が合意されていたものであり,相手方は,長期にわたって抗告人に本件建物を賃貸し,その賃料によって本件建物の建築費用を回収することを予定していたと解される。

相手方が,本件賃貸借契約において,抗告人による賃借権の譲渡等を禁止した上で本件解除条項及び本件違約金条項を設け,抗告人が契約当事者を実質的に変更した場合に,抗告人に対して本件違約金債権を請求することができることとしたのは,上記の合意を踏まえて,賃借人の変更による不利益を回避することを意図していたものといえる。

そして,抗告人も,相手方の上記のような意図を理解した上で,本件賃貸借契約を締結したものといえる。

しかるに,抗告人は,本件解除条項に定められた事由に該当する本件吸収分割をして,相手方の同意のないまま,本件事業に関する権利義務等をシルバーライフに承継させた。

シルバーライフは,本件吸収分割の前の資本金が100万円であり,本件吸収分割によって本件違約金債権の額を大幅に下回る額の資産しか抗告人から承継していない。

仮に,本件吸収分割の後は,シルバーライフのみが本件違約金債権に係る債務を負い,抗告人は同債務を負わないとすると,本件吸収分割によって,抗告人は,業績不振の本件事業をシルバーライフに承継させるとともに同債務を免れるという経済的利益を享受する一方で,相手方は,支払能力を欠くことが明らかなシルバーライフに対してしか本件違約金債権を請求することができないという著しい不利益を受けることになる。

さらに,法は,吸収分割会社の債権者を保護するために,債権者の異議の規定を設けている(789条)が,本件違約金債権は,本件吸収分割の効力発生後に,相手方が本件解除条項に基づき解除の意思表示をすることによって発生するものであるから,相手方は,本件違約金債権を有しているとして,抗告人に対し,本件吸収分割について同条1項2号の規定による異議を述べることができたとは解されない。

以上によれば,抗告人が相手方に対し,本件吸収分割がされたことを理由に本件違約金債権に係る債務を負わないと主張することは,信義則に反して許されず,相手方は,本件吸収分割の後も,抗告人に対して同債務の履行を請求することができるというべきである。

4 所論の点に関する原審の判断は,以上の趣旨をいうものとして,是認することができる。論旨は採用することができない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。