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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

地方自治法二四二条の二第一項一号に基づく公金の支出の差止請求がその対象の特定に欠けるところはないとされた事例

 平成5年9月7日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
一 地方自治法二四二条の二第一項一号に基づく差止請求において、複数の行為を包括的にとらえて差止請求の対象とする場合、その一つ一つの行為を個別、具体的に摘示することまでが常に必要とされるものではなく、当該行為の適否の判断のほか、当該行為が行われることが相当の確実さをもって予測されるか否かの点及び当該行為により当該普通地方公共団体に回復の困難な損害を生ずるおそれがあるか否かの点について判断することが可能な程度に、対象行為の範囲が特定されていることが必要であり、かつ、これをもって足りる。
二 地方自治法二四二条の二第一項一号に基づき、市が行う港内の公有水面埋立工事が違法であるとして、右工事等に関して市長がする一切の公金の支出の包括的な差止めを求める請求は、その対象の特定に欠けるところはない。
(一につき補足意見がある。)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/783/052783_hanrei.pdf

 

 上告代理人の上告理由について
 一 上告人らの本件訴えは、被上告人が公有水面埋立法二条、港湾法五八条二項に基づいてした今治港の港湾区域内の公有水面の埋立免許(「本件埋立免許」)が瀬戸内海環境保全特別措置法一三条等に違反する違法なものであるから、これに基づいて今治市が行う埋立工事(「本件埋立て」)も違法であり、したがって、本件埋立てのために被上告人のする公金の支出(「本件公金支出」)もまた違法であるとして、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づき、被上告人に対し本件公金支出の差止めを請求する、というものである。

 二 右訴えにつき、原審は、

(一) 本件訴えの請求の趣旨は、差止請求の対象を本件埋立免許に基づく一切の財務会計上の行為としているものと解すべきところ、右行為としては多数に及ぶものが考えられるのにそれ以上には特定されず、また、これを公金の支出に限定するとしても、なおその特定が不十分であり、したがって、当該財務会計上の行為がされるということが相当の確実さをもって予測されるかどうかにつき、判断することもできない、

(二) 本件訴えは、上告人らが海浜公園であるaの自然環境を保全すべき権利が侵害されたとしてその救済を求めるものであるところ、このような権利の救済について、憲法上第一次的な責任を負う者は立法機関、行政機関であるから、裁判所にこのような訴訟を提起するためには、請願等の一定の手続を前置すべきであり、そのような手続を経ていない本件訴えは、争訟性を欠いており、いずれにしても本件訴えは不適法であるとして、上告人らの請求を棄却した第一審判決を取り消し、本件訴えを却下する判決をした。 

 三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

地方自治法二四二条の二第一項一号の規定による住民訴訟の制度は、普通地方公共団体の執行機関又は職員による同法二四二条一項所定の財務会計上の違法な行為を予防するため、一定の要件の下に、住民に対し当該行為の全部又は一部の事前の差止めを裁判所に請求する権能を与え、もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的としたものである。

このような事前の差止請求において、複数の行為を包括的にとらえて差止請求の対象とする場合、その一つ一つの行為を他の行為と区別して特定し認識することができるように個別、具体的に摘示することまでが常に必要とされるものではない。

この場合においては、差止請求の対象となる行為とそうでない行為とが識別できる程度に特定されていることが必要であることはいうまでもないが、事前の差止請求にあっては、当該行為の適否の判断のほか、さらに、当該行為が行われることが相当の確実さをもって予測されるか否かの点及び当該行為により当該普通地方公共団体に回復の困難な損害を生ずるおそれがあるか否かの点に対する判断が必要となることからすれば、これらの点について判断することが可能な程度に、その対象となる行為の範囲等が特定されていることが必要であり、かつ、これをもって足りるものというべきである。

このような観点からすると、例えば、特定の工事の完成に向けて行われる一連の財務会計上の行為についてその差止めを求めるような場合には、通常は、右工事自体を特定することにより、差止請求の対象となる行為の範囲を識別することができ、また、右特定の工事自体が違法であることを当該行為の違法事由としているときは、当該行為を全体として一体とみてその適否等を判断することができるというべきであるから、右工事にかかわる個々の行為の一つ一つを個別、具体的に摘示しなくても、差止請求の対象は特定されていることになるものというべきである。 

これを本件についてみるのに、前記の上告人らの本件訴えの内容からすると、本件の請求は、本件埋立て等に関して被上告人のする一切の公金の支出の包括的な差止めをその趣旨とするものであり、専ら本件埋立免許及びそれに基づく本件埋立てが違法であることを理由とし、そのため本件埋立免許を前提として今後被上告人のする本件埋立ての完成に向けての一連の経費の支出も包括的に違法なものになるとして、その差止めを求めていることが明らかである。

そうすると、本件訴えにおいては、差止請求の対象となる本件公金支出の範囲を識別することができ、また、これを全体として一体とみてその適否を判断することが可能であり、さらに、これが行われることが相当の確実さをもって予測されるか否か、回復困難な損害が生ずるか否かの点をも判断することが可能であるから、請求の趣旨の特定として欠けるところはないものというべきである。

また、前記のような住民訴訟の制度を地方自治法が認めていることからして、本件訴えが争訟性を欠き不適法なものであるとすることができないことは明らかである。

そうすると、上告人らの本件訴えを不適法として却下した原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。よって、原判決中上告人らに関する部分を破棄し、右部分につき本件を原審に差し戻すこととする。 

 

地方自治法

住民訴訟
第二百四十二条の二 普通地方公共団体の住民は、前条第一項の規定による請求をした場合において、同条第五項の規定による監査委員の監査の結果若しくは勧告若しくは同条第九項の規定による普通地方公共団体の議会、長その他の執行機関若しくは職員の措置に不服があるとき、又は監査委員が同条第五項の規定による監査若しくは勧告を同条第六項の期間内に行わないとき、若しくは議会、長その他の執行機関若しくは職員が同条第九項の規定による措置を講じないときは、裁判所に対し、同条第一項の請求に係る違法な行為又は怠る事実につき、訴えをもつて次に掲げる請求をすることができる。
一 当該執行機関又は職員に対する当該行為の全部又は一部の差止めの請求
二 行政処分たる当該行為の取消し又は無効確認の請求
三 当該執行機関又は職員に対する当該怠る事実の違法確認の請求
四 当該職員又は当該行為若しくは怠る事実に係る相手方に損害賠償又は不当利得返還の請求をすることを当該普通地方公共団体の執行機関又は職員に対して求める請求。ただし、当該職員又は当該行為若しくは怠る事実に係る相手方が第二百四十三条の二の二第三項の規定による賠償の命令の対象となる者である場合には、当該賠償の命令をすることを求める請求