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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

一定の地域の代表として環境権に基づき火力発電所の操業の差止め等の訴えを提起した者に原告適格がないとされた事例

昭和60年12月20日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
一定の地域の代表と主張して、環境権に基づき火力発電所の操業の差止め等を請求する訴訟を提起、追行している者は、当該地域の住民からの授権により訴訟追行権を取得するなど任意的訴訟担当の要件を具備していない以上、当該訴訟につき原告適格を有しない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/871/062871_hanrei.pdf

 一 職権をもつて上告人らの当事者適格について調査すると、以下のとおりである。

 1 記録によれば、上告人らの主張にかかる本件訴訟の請求の原因の概要は、次のとおりであることが認められる。
   上告人らは、被上告人に対し、以下の理由に基づき、a火力発電所の操業の停止と第一審判決添付の別表「埋立区域」記載の区域についての埋立前の水面の状態への原状回復を求める(「本件差止等請求」)。

  (一) 被上告人は、昭和四六年秋、豊前市の一部海域を埋め立てて、出力五〇万キロワツト二基の発電機を備える重油専焼式のa火力発電所を建設する計画を立て、右発電所の建設用地として、豊前市のb地区の公有水面約三九万平方メートルの埋立につき、福岡県知事の埋立免許を得て、昭和五〇年一〇月三日現在既に第一工区の埋立を完了し、第二工区も完了に近く、全体の三分のこの埋立を終え、出力五〇万キロワツトの火力発電所一号機の建設を完成し、現在操業中である。

  (二) 被上告人の右の行為により、

(1) 右埋立工事に際し、採取土砂等が豊前海を広範囲にわたり汚濁して、海底の生態系を変え、貝類を死滅させる等の被害を発生させ、更に、海底に沈でんしていた有害物質を再溶出して赤潮を発生させること、

(2) 埋立自体によつて、明神海水浴場、潮干狩の場、散策の場、水鳥の採餌場が失われること、

(3) 火力発電所の操業によつて、硫黄酸化物及び窒素酸化物が排出され、ばいじん等も加わつて複合大気汚染が発生するため、呼吸器疾患その他の健康被害が生じ、米作や果樹園芸の収量低減・品質低下を招き、のりの生育を妨げ、特別天然記念物チクシシヤクナゲ等学術上貴重な植物百数十種の成長を阻害し、また、温排水によつて海の生態系を混乱させ、更に、タンカーで運ばれてくる重油の一部が豊前海を汚染し油臭魚を発生させることなど各種の公害の発生が予測され又は現実化され、被上告人が豊前市その他の関係市町及び関係漁協と締結した環境保全協定によつても、設置予定の排煙脱硫装置の処理能力等にかんがみ、公害を防止しうるとはいえない。

  (三) 上告人らは、憲法一三条、二五条に基づき、健康で快適な生活を維持するに足る良好な環境を享受し支配する権利、即ち環境権を有する。上告人らは、漁業者でも農業者でもないが、前記の漁業被害、農業被害は、直ちに上告人らの生活環境に悪影響を与えるから、これらに言及する必要があり、また、今後豊前平野流入してくる人々のためにも現在の環境を守り抜く必要がある。そして、上告人らは、上告人らそれぞれの私的権利、私的利益を追求しているのではなく、豊前平野豊前海の地域の環境保持を目的とし、地域の代表として本訴の提起、追行をしているものである。よつて、上告人らは、被上告人に対し、環境権に基づき前記の操業差止及び原状回復を求める。

 2 しかしながら、上告人らの本件訴訟追行は、法律の規定により第三者が当然に訴訟追行権を有する法定訴訟担当の場合に該当しないのみならず、記録上右地域の住民本人らからの授権があつたことが認められない以上、かかる授権によつて訴訟追行権を取得する任意的訴訟担当の場合にも該当しないのであるから、自己の固有の請求権によらずに所論のような地域住民の代表として、本件差止等請求訴訟を追行しうる資格に欠けるものというべきである。

なお、講学上、訴訟提起前の紛争の過程で相手方と交渉を行い、紛争原因の除去につき持続的に重要な役割を果たしている第三者は、訴訟物たる権利関係についての法的利益や管理処分権を有しない場合にも、いわゆる紛争管理権を取得し、当事者適格を有するに至るとの見解がみられるが、そもそも法律上の規定ないし当事者からの授権なくして右第三者が訴訟追行権を取得するとする根拠に乏しく、かかる見解は、採用の限りでない。

また、上告人らの主張、裁判所の釈明命令に対する上告人らの応答その他本件訴訟の経過に照らし、上告人らが他になんらかの自己固有の差止請求権に基づいて本件訴訟を追行し、当該権利主張に基づき当事者適格を有するものと解すべき余地もなく、結局、上告人らは、本件差止等請求訴訟につき当事者適格を欠くというに帰着し、上告人らの本件訴えは、不適法として却下すべきものとするほかない。

  二 してみると、仮に、原判決に所論の法令の違背があつたとしても、右は、判決の結論に影響を及ぼさないことが明らかであり、原判決に結論に影響を及ぼすべき違法があることを前提とする所論違憲の主張は、前提を欠く。原判決は結論において正当であるということができ、論旨は、すべて採用することができない。