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従業員が職場で上司に対する暴行事件を起こしたことなどが就業規則所定の懲戒解雇事由に該当するとして暴行事件から7年以上経過した後にされた諭旨退職処分が権利の濫用として無効とされた事例

平成18年10月6日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
従業員が職場で上司に対する暴行事件を起こしたことなどが就業規則所定の懲戒解雇事由に該当するとして,使用者が捜査機関による捜査の結果を待った上で上記事件から7年以上経過した後に諭旨退職処分を行った場合において,上記事件には目撃者が存在しており,捜査の結果を待たずとも使用者において処分を決めることが十分に可能であったこと,上記諭旨退職処分がされた時点で企業秩序維持の観点から重い懲戒処分を行うことを必要とするような状況はなかったことなど判示の事情の下では,上記諭旨退職処分は,権利の濫用として無効である。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/623/033623_hanrei.pdf

 

1 本件は,被上告人から諭旨退職処分を受け,同処分で定められた期限までに退職願を提出しなかったことから懲戒解雇とされた上告人らが,同処分による懲戒解雇は無効であるとして,被上告人に対し,労働契約上の従業員たる地位にあることの確認を求めるとともに,上記懲戒解雇の日以降の給与及び賞与並びにこれらに対する遅延損害金の支払を求めている事案である。

2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

(1) 上告人X1 (「上告人X1」)は昭和51年4月に,上告人X2(「上告人X 2」)は同53年4月に,それぞれ被上告人に従業員として採用され,霞ヶ浦工場に勤務していた。

(2) 上告人X2 は,平成5年6月9日,体調不良を理由に欠勤し,翌日,この欠勤を年次有給休暇に振り替えようとしたが,上告人X の上司であったA製造課課長代理(「A課長代理」)がこれを認めなかったため,上告人X2 の同年7月支給分の賃金が一部減額された。上告人らは被上告人の一部の従業員らで組織する労働組合に所属し,当時,上告人X2 はその霞ヶ浦支部の副書記長であったところ,同支部は,A課長代理による上記の取扱いを同労働組合に対する攻撃としてとらえ,組合員が職場内でA課長代理等に会ったときに「有休を認めろ。」と声を掛けるなどの抗議行動を行った。そして,こうした抗議行動が継続されている状況の下で,次のアないしウ記載のとおり,上告人らのA課長代理に対する暴行事件(「本件各事件」)が発生した。

ア 平成5年10月25日の事件

上告人X1 は,平成5年10月25日午後5時30分過ぎころ,霞ヶ浦工場のQ棟出入口付近において,業務報告に赴く途中のA課長代理に対し,「おい,X2 の有休はどうなんだ。」と大声で怒鳴った上,A課長代理のネクタイや襟をつかんでその身体を壁に押し付けるなどの暴行を加えた。その際,上告人X2 は,A課長代理の胸元等をつかんで上告人X1 に加勢した(以下,この事件を「10月25日事件」という。)。

イ 平成5年10月26日の事件

上告人らは,平成5年10月26日午前8時30分の始業時刻の前に,社員食堂に集まった同僚の組合員らに対し,10月25日事件はA課長代理の上告人X1 に対する暴力事件であるとしてその経過を話した。そして,上告人らは,同僚の組合員らと共に,同日午前8時31分過ぎころ,充填包装作業場付近においてA課長代理を取り囲み,上告人X2や他の組合員らがA課長代理の作業服をつかんで身動きができないようにし,上告人X がA課長代理のひざをけり上げるなどの暴行を加えた。これに引き続き,上告人らは,充填包装事務所に向かおうとしたA課長代理を追い掛け,上告人X1 において,A課長代理の作業服の襟をつかんで首を締め上げたり,その右手小指をつかんでねじり上げたりするなどの暴行を加え,上告人X2においてもA課長代理の作業服をつかむなどした。以上の暴行の結果,A課長代理は,けい部捻挫,左ひざ挫傷,右小指挫傷の傷害を負った(以下,この事件を「10月26日事件」という。)。

ウ 平成6年2月10日の事件
上告人X2 は,平成6年2月7日及び同月8日の両日,風邪を理由に欠勤したが,A課長代理が同月8日の欠勤を年次有給休暇に振り替えることを認めなかったことからA課長代理に強く反発し,同月10日午後8時43分ころ,充填包装事務所において執務中のA課長代理に対し,左手をその首に回し,右手でその腹部を殴打する暴行を加えた(以下,この事件を「2月10日事件」という。)。

(3) 被上告人は,本件各事件について目撃者に報告書を提出させるなどして調査を行い,平成7年7月31日ころ,上告人ら及び上告人らと共に10月26日事件においてA課長代理に暴行を加えたB(「B」)に対し,本件各事件等を掲記した上で,猛省を促すとともに懲戒処分等を含む責任追及の権利を留保する旨を記載した通告書を送付したが,A課長代理が10月26日事件及び2月10日事件について江戸崎警察署及び水戸地方検察庁に被害届や告訴状を提出していたことから,これらの捜査の結果を待って被上告人としての処分を検討することとした。

(4) 水戸地方検察庁検察官は平成11年12月28日付けで上告人ら及びBにつき不起訴処分とし,同12年1月から同年3月にかけて関係者にその旨の通知がされたため,被上告人は,そのころから,上告人ら及びBに対する処分の検討を始めた。そのような中で,霞ヶ浦工場のC工場長は,同年5月17日,Bに対し,本社においてBらの懲戒処分が検討されている旨を話し,自ら退職願を提出することを勧めたところ,Bは,同日退職願を提出したが,その翌日にこれを撤回した。Bは,退職の意思表示の効力を争って,同年6月20日に被上告人を相手方として水戸地方裁判所龍ヶ崎支部に地位保全の仮処分を求める申立てをするとともにその本案訴訟を提起し,同支部が同年8月7日付けで被上告人に賃金の仮払を命ずる仮処分命令を発したため,被上告人は,上告人らに対する処分を見合わせた。しかし,同支部が同13年3月16日に上記本案訴訟においてBの請求を棄却する判決を言い渡し,その判決の中で被上告人の言い分が認められたことから,被上告人は,改めて上告人らの処分を検討し,被上告人の就業規則の規定に基づき,同年4月17日,上告人らに対し,同月25日までに退職願が提出されたときは自己都合退職の例により退職金を全額支給するが,同日までに退職願が提出されないときは同月26日付けで懲戒解雇する旨の諭旨退職処分(以下「本件諭旨退職処分」という。)を行った。

(5) 被上告人の就業規則においては,「故意に業務を阻害したとき」,「会社内において,暴行,脅迫,監禁その他これに類する行為を行ったとき」,「業務上の指揮・命令に違反し,又は業務上の義務に背いたとき」等が懲戒解雇事由として定められているところ,本件諭旨退職処分においては,上告人らの次の行為が就業規則所定の懲戒解雇事由に該当するものとされた。

ア 上告人X1 の懲戒解雇事由

(ア) 平成5年10月25日,A課長代理に対し,暴行,暴言,業務妨害等の行為に及んだこと(以下「上告人X1の解雇事由1」という。)。

(イ) 平成5年10月26日,無断で職場を離脱した上,A課長代理に対し,暴行,傷害,暴言,業務妨害等の行為に及んだこと(以下「上告人X1 の解雇事由2」という。)。

(ウ) 平成6年1月5日から同7年7月24日までの間,A課長代理に対し,繰り返し暴言,業務妨害等の行為に及んだこと。

(エ) 平成11年10月12日,無断で職場を離脱した上,A課長代理に対し,暴言,業務妨害等の行為に及んだこと。

イ 上告人X2 の懲戒解雇事由

(ア) 平成5年10月25日,A課長代理に対し,暴行,暴言,業務妨害等の行為に及んだこと(以下「上告人X2の解雇事由1」という。)。

(イ) 平成5年10月26日,無断で職場を離脱した上,A課長代理に対し,暴行,傷害,暴言,業務妨害等の行為に及んだこと(以下「上告人X2 の解雇事由2」という。)。

(ウ) 平成6年2月10日,無断で職場を離脱した上,A課長代理に対し,暴行,傷害,暴言,業務妨害等の行為に及んだこと(以下「上告人X2 の解雇事由3」という。)。

(エ) 平成5年7月29日から同7年7月24日までの間,A課長代理らに対し,繰り返し暴言,業務妨害等の行為に及んだこと。

(オ) 平成5年6月9日,同年7月28日,同6年2月8日,同月28日及び同年10月18日,無許可で欠勤したこと。

(カ) 平成5年9月17日及び同月20日,被上告人の掲示板に無断で落書きをし,さらに,同年10月28日,無断で職場を離脱し,A課長代理らに対し,暴言を吐いて業務を妨害した上,被上告人の備品であるA課長代理の机を毀損するなどの行為に及んだこと。

(キ) 平成11年10月12日,A課長代理に対し,暴言,業務妨害等の行為に及んだこと。

(6) 被上告人は,上告人らが本件諭旨退職処分で定められた期限までに退職願を提出しなかったことから,平成13年4月27日,上告人らに対し,同月26日付けで懲戒解雇となった旨を通知した。

3 原審は,上記事実関係の下において,要旨次のとおり判断し,本件諭旨退職処分による懲戒解雇は有効であるとして,上告人らの請求を棄却すべきものとした。

(1) 本件各事件の事実関係によれば,上告人X1 の解雇事由1,2及び上告人X2の解雇事由1ないし3が認められ,これらが被上告人の就業規則所定の懲戒解雇事由である「会社内において,暴行,脅迫,監禁その他これに類する行為を行ったとき」等に該当することは明らかである(なお,原審は,本件諭旨退職処分に係る懲戒解雇事由のうち上記各解雇事由以外の事由については,その事実の存否を確定していない。)。

(2) 本件各事件から本件諭旨退職処分がされるまでには相当な期間が経過しているが,被上告人は,捜査機関による捜査の結果を待っていたもので,いたずらに懲戒処分をしないまま放置していたわけではなく,本件諭旨退職処分が解雇権の濫用であるとか,信義則に違反するものであるということはできない。

(3) 本件諭旨退職処分が不当労働行為に当たることなど本件諭旨退職処分による懲戒解雇が無効であるとする上告人らのその余の主張は採用することができない。

4 しかしながら,原審の上記3(2)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

使用者の懲戒権の行使は,企業秩序維持の観点から労働契約関係に基づく使用者の権能として行われるものであるが,就業規則所定の懲戒事由に該当する事実が存在する場合であっても,当該具体的事情の下において,それが客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当なものとして是認することができないときには,権利の濫用として無効になると解するのが相当である。

前記事実関係によれば,本件諭旨退職処分は本件各事件から7年以上が経過した後にされたものであるところ,被上告人においては,A課長代理が10月26日事件及び2月10日事件について警察及び検察庁に被害届や告訴状を提出していたことからこれらの捜査の結果を待って処分を検討することとしたというのである。

しかしながら,本件各事件は職場で就業時間中に管理職に対して行われた暴行事件であり,被害者である管理職以外にも目撃者が存在したのであるから,上記の捜査の結果を待たずとも被上告人において上告人らに対する処分を決めることは十分に可能であったものと考えられ,本件において上記のように長期間にわたって懲戒権の行使を留保する合理的な理由は見いだし難い。

しかも,使用者が従業員の非違行為について捜査の結果を待ってその処分を検討することとした場合においてその捜査の結果が不起訴処分となったときには,使用者においても懲戒解雇処分のような重い懲戒処分は行わないこととするのが通常の対応と考えられるところ,上記の捜査の結果が不起訴処分となったにもかかわらず,被上告人が上告人らに対し実質的には懲戒解雇処分に等しい本件諭旨退職処分のような重い懲戒処分を行うことは,その対応に一貫性を欠くものといわざるを得ない。

また,本件諭旨退職処分は本件各事件以外の事実も処分理由とされているが,本件各事件以外の事実は,平成11年10月12日のA課長代理に対する暴言,業務妨害等の行為を除き,いずれも同7年7月24日以前の行為であり,仮にこれらの事実が存在するとしても,その事実があったとされる日から本件諭旨退職処分がされるまでに長期間が経過していることは本件各事件の場合と同様である。

同11年10月12日のA課長代理に対する暴言,業務妨害等の行為については,被上告人の主張によれば,同日,A課長代理がE社からの来訪者2名を案内し,霞ヶ浦工場の工場設備を説明していたところ,上告人X2 が「こら,A,おい,A,でたらめA,あほんだらA。」などと大声で暴言を浴びせてA課長代理の業務を妨害し,上告人X1 においてもA課長代理に対し同様の暴言を浴びせるなどしてその業務を妨害したというものであって,仮にそのような事実が存在するとしても,その一事をもって諭旨退職処分に値する行為とは直ちにいい難いものであるだけではなく,その暴言,業務妨害等の行為があったとされる日から本件諭旨退職処分がされるまでには18か月以上が経過しているのである。

これらのことからすると,本件各事件以降期間の経過とともに職場における秩序は徐々に回復したことがうかがえ,少なくとも本件諭旨退職処分がされた時点においては,企業秩序維持の観点から上告人らに対し懲戒解雇処分ないし諭旨退職処分のような重い懲戒処分を行うことを必要とするような状況にはなかったものということができる。

以上の諸点にかんがみると,本件各事件から7年以上経過した後にされた本件諭旨退職処分は,原審が事実を確定していない本件各事件以外の懲戒解雇事由について被上告人が主張するとおりの事実が存在すると仮定しても,処分時点において企業秩序維持の観点からそのような重い懲戒処分を必要とする客観的に合理的な理由を欠くものといわざるを得ず,社会通念上相当なものとして是認することはできない。

そうすると,本件諭旨退職処分は権利の濫用として無効というべきであり,本件諭旨退職処分による懲戒解雇はその効力を生じないというべきである。

5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,その余の点について検討するまでもなく,原判決は破棄を免れない。

そして,上告人らが労働契約上の従業員たる地位にあることを確認し,被上告人に対し本件諭旨退職処分による懲戒解雇の日から判決確定に至る日までの給与及び賞与並びにこれらに対する遅延損害金の支払を命じた第1審判決は正当であるから,被上告人の控訴を棄却するのが相当である。