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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

大韓民国の国籍を有するAとその嫡出子として同国の戸籍に記載されているYとの間の実親子関係についてAの子であるXらが不存在確認請求をすることが権利の濫用に当たらないとした原審の判断に,同国の民法の解釈適用を誤った違法があるとされた事例

平成20年3月18日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
大韓民国の国籍を有するAの嫡出子として同国の戸籍に記載されているYがAの実子ではない場合において,次の(1)〜(4)などの判示の事情の下では,これらの事情を十分検討することなく,Aの子であるXらがAとYとの間の実親子関係不存在確認請求をすることが権利の濫用に当たらないとした原審の判断には,同国の民法の解釈適用を誤った違法がある。

(1) AとYとの間には30年以上にわたり実親子と同様の生活の実体があり,かつ,Xらは,Aの死亡の約10年後まではYがAの実子であることを否定したことがなく,Yとの間でAの遺産分割協議を成立させた。

(2) 判決をもってAとYとの間の実親子関係の不存在が確定されると,Yは軽視し得ない精神的苦痛及び経済的不利益を受ける可能性が高い。

(3) AはYとの間で実親子としての関係を維持したいと望んでいたことが推認されるのに,Aが死亡した現時点ではYがAとの間で養子縁組をすることも不可能である。

(4) Xらは,Yが取得したAの遺産の返還を求める訴訟を提起しており,前記実親子関係を否定するに至った動機,目的は,経済的なものであることがうかがわれる。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/087/036087_hanrei.pdf

 

 1  本件は,大韓民国(「韓国」)の国籍を有する被上告人らが,韓国の戸籍上,被上告人らの弟とされている上告人に対し,上告人と父親との間の実親子関係が存在しないことの確認を求める事案である。

2 原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。

(1) 亡A(以下「A」という。)及びB(以下「B」という。)は,昭和19年▲月▲日に婚姻した夫婦であり,いずれも韓国の国籍を有する。

(2) 被上告人X (昭和22年▲月▲日生まれ)及び被上告人X (昭和25年 1 2▲月▲日生まれ)は,AとBの夫婦(以下「A夫婦」という。)の長女及び二女として出生した。
この外に,A夫婦の間には,長男C(昭和20年▲月▲日生まれ)があったが,Cは昭和23年▲月▲日に死亡した。

(3) 男の子を欲しがっていたA夫婦は,福祉施設にいた上告人を引き取り,昭和35年▲月▲日,神戸市兵庫区長に対し,上告人が昭和32年▲月▲日にA夫婦の二男として出生した旨の届出をした。また,韓国の戸籍にも,その旨が記載された。

(4) A夫婦は,上告人を実子として養育し,上告人も自分がA夫婦の実子であると信じていた。Aは,死亡するまで,上告人が実子ではない旨を述べたことはない。

(5) Aは平成5年▲月▲日に死亡し,上告人,被上告人ら及びBの間で,同年12月10日に,上告人がAの遺産のうち相当部分を取得する旨の遺産分割協議が成立した。

(6) 被上告人らは,平成15年になって,突然,上告人とAとの間に実親子関係は存在せず,上記遺産分割協議は無効であると主張するようになり,上告人が取得したAの遺産の返還を求める訴えを提起した。

(7) Bと上告人との間の実親子関係が存在しないことについては,平成18年4月20日に名古屋家庭裁判所豊橋支部において,その旨の確認をする判決が言い渡され,同判決は確定した。

3 原審は,上記事実関係の下で,次のとおり判断して,被上告人らの請求を認容すべきものとした。
上告人とAとの間の実親子関係の成立については,Aの本国法である韓国法が準拠法となる。
Bは上告人を婚姻中に懐胎したものではなく,嫡出推定は働かない(韓国民法844条1項)から,被上告人らが提起した上告人とAとの間の実親子関係不存在確認請求訴訟は適法な訴えである。
そして,証拠上,上告人とAとの間に実親子関係の存在を認めることはできない。上告人は被上告人らの請求は権利の濫用に当たると主張するが,身分関係の存否の確認を求める訴訟は,身分法秩序の根幹をなす基本的親族関係の存否につき関係者間に紛争がある場合に対世的効力を有する判決をもって画一的確定を図り,これにより身分関係を公証する戸籍の記載の正確性を確保する機能をも有するものであるから,仮に被上告人らが上告人とAとの間の親子関係の不存在を知りつつAの遺産分割協議を成立させたとしても,被上告人らの請求を権利の濫用ということはできない。

4 しかしながら,原審の上記判断のうち,被上告人らが実親子関係不存在確認請求をすることが権利の濫用に当たらないとした部分は,是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 韓国民法865条が定める実親子関係不存在確認請求訴訟は,実親子関係という基本的親族関係の存否について関係者間に紛争がある場合に対世的効力を有する判決をもって画一的確定を図り,これにより実親子関係を公証する戸籍の記載の正確性を確保する機能を有するものであると解されるから,真実の実親子関係と戸籍の記載が異なる場合には,実親子関係が存在しないことの確認を求めることができるのが原則というべきである。

しかしながら,上記戸籍の記載の正確性の要請等が例外を認めないものではないことは,韓国民法が嫡出否認の訴えに出訴期間を定め(847条1項),嫡出承認後には上記訴えを提起することを許さない(852条)など,一定の場合に戸籍の記載を真実の実親子関係と合致させることについて制限を設けていることから明らかである。

真実の親子関係と異なる出生の届出に基づき戸籍上甲の実子として記載されている乙が,甲との間で長期間にわたり実の親子と同様に生活し,関係者もこれを前提として社会生活上の関係を形成してきた場合において,実親子関係が存在しないことを判決で確定するときは,虚偽の届出について何ら帰責事由のない乙に軽視し得ない精神的苦痛,経済的不利益を強いることになるばかりか,関係者間に形成された社会的秩序が一挙に破壊されることにもなりかねない。

また,甲が既に死亡しているときには,乙は甲と改めて養子縁組の届出をする手続(韓国民法866条以下)をしてその実子の身分を取得することもできない。

韓国民法2条2項は,権利は濫用することができない旨定めているところ,韓国大法院1977年7月26日判決(大法院判決集25-2-211)が,養子とする意図で他人の子を自己の実子として出生の届出をした場合に,他の養子縁組の実質的成立要件がすべて具備されているときは,養子縁組の効力が発生することを肯定した趣旨にかんがみても,同項の解釈に当たって,上記のような不都合の発生を重要な考慮要素とすることができるものというべきである。

そうすると,戸籍上の両親以外の第三者である丙が,乙とその戸籍上の父である甲との間の実親子関係が存在しないことの確認を求めている場合において,甲乙間に実の親子と同様の生活の実体があった期間の長さ,判決をもって実親子関係の不存在を確定することにより乙及びその関係者の受ける精神的苦痛,経済的不利益,改めて養子縁組届出をすることにより乙が甲の実子としての身分を取得する可能性の有無,丙が実親子関係の不存在確認請求をするに至った経緯及び請求をする動機,目的,実親子関係が存在しないことが確定されないとした場合に丙以外に著しい不利益を受ける者の有無等の諸般の事情を考慮し,実親子関係の不存在を確定することが著しく不当な結果をもたらすものといえるときには,当該確認請求は,韓国民法2条2項にいう権利の濫用に当たり許されないものというべきである。

(2) そして,本件においては,前記事実関係によれば,次のような事情があることが明らかである。

ア 上告人は,A夫婦に引き取られてからAが死亡した平成5年まで30年以上にわたりAとの間に実の親子と同様の生活の実体があり,かつ,被上告人らは,平成15年まで上告人がA夫婦の実子であることを否定したことはなく,平成5年には上告人との間でAの遺産分割協議を成立させた。

イ 判決をもって上告人とAとの間の実親子関係の不存在が確定されるならば,上告人が受ける精神的苦痛は軽視し得ないものであることが予想される。また,Aの相続が問題となっていることからすれば,上告人が受ける経済的不利益も軽視し得ないものである可能性が高い。

ウ Aは,死亡するまで上告人が実子ではない旨を述べたことはなく,上告人との間で実親子としての関係を維持したいと望んでいたことが推認されるのに,Aが死亡した現時点においては,上告人がAとの間で養子縁組をすることは不可能である。

エ 被上告人らが前記のとおり上告人が取得したAの遺産の返還を求める訴訟を提起していることからすれば,被上告人らが上告人とAの実親子関係を否定するに至った動機,目的は,経済的なものであることがうかがわれる。

オ 上告人とAとの間の実親子関係が存在しないことが確定されないとした場合,上告人との間の実親子関係の不存在が確定しているBが不利益を受ける可能性は否定できないが,同人はAと共に上告人を福祉施設から引き取り,実子として届出をし,上告人との間で長期間にわたり実の親子と同様の生活をしてきたのであるから,同人の不利益を重視することはできない。

(3) 以上によれば,上告人とAとの間で長期間にわたり実親子と同様の生活の実体があったこと,Aが死亡しており上告人がAとの間で養子縁組をすることがもはや不可能であることを重視せず,また,上告人が受ける精神的苦痛,経済的不利益,被上告人らが上告人とAとの間の実親子関係を否定するに至った動機,目的等を十分検討することなく,被上告人らにおいて上記実親子関係の存在しないことの確認を求めることが権利の濫用に当たらないとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。

そして,以上の見解の下に被上告人らの請求が韓国民法2条2項にいう権利の濫用に当たるかどうかについて更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。