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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

生活保護法62条3項に基づく保護の廃止の決定に先立ち,処分行政庁による被保護者に対する同法27条1項に基づく指示が生活保護法施行規則19条により書面によって行われた場合において,当該書面に記載されていた事項に代わる対応として処分行政庁が口頭で指導していた事項が指示の内容に含まれると解することはできないとされた事例

平成26年10月23日最高裁判所第一小法廷判決

裁判要旨    
生活保護法62条3項に基づく保護の廃止の決定に先立ち,処分行政庁による被保護者に対する同法27条1項に基づく指示が生活保護法施行規則19条により書面によって行われた場合において,当該書面に,指示の内容として,被保護者の特定の業務による毎月の収入を一定の金額まで増収すべき旨が記載されているのみで,被保護者の保有する自動車を処分すべきことも指示の内容に含まれているものと解すべき記載は見当たらないという判示の事情の下においては,処分行政庁が被保護者に対し従前から増収とともにこれに代わる対応として上記自動車の処分を口頭で指導し,被保護者がその指導の内容を理解しており,当該書面にも指示の理由として従前の指導の経過が記載されていたとしても,上記自動車の処分が当該指示の内容に含まれると解することはできない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/578/084578_hanrei.pdf

 

1 本件は,生活保護法に基づく保護を受けていた上告人が,その居住地を所轄する京都市伏見福祉事務所長(「処分行政庁」)から,生活保護法施行規則19条により書面によって行われた同法27条1項に基づく指示に従わなかったとの理由で同法62条3項に基づく保護の廃止の決定(「本件廃止決定」)を受けたことにつき,本件廃止決定はその指示の内容が客観的に実現不可能なものであるから違法であるなどとして,被上告人に対し,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求める事案である。

2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

(1) 上告人は,昭和61年以降,自宅において,取引先から受け取る白地の反物に手描きで柄を付ける手描き友禅の請負業務(以下「本件請負業務」という。)に従事している。

(2) 上告人は,平成6年,小型自動車を代金約100万円で購入し,現在に至るまで本件請負業務等に使用している(以下,これを「本件自動車」という。)。

(3) 上告人は,平成8年1月5日,処分行政庁に対し,生活保護法に基づく保護の開始の申請をし,処分行政庁は,同月23日,保護の開始の決定をした。処分行政庁は,上記の決定に当たり,事業用資産として本件自動車の保有を認めることとした。

(4) 上告人の収入は,必要経費を除き,平成8年1月の時点で月額約13万円であったが,同12年以降はおおむね月額約2万円ないし6万円であった。

(5) 処分行政庁は,平成18年5月24日,上告人に対し,生活保護法27条1項に基づく指示を記載した書面として,「指示の内容」欄に「友禅の仕事の収入を月額11万円(必要経費を除く)まで増収して下さい。」と,「指示の理由」欄に「世帯の収入増加に著しく貢献すると認められたため平成18年2月以降自動車の保有を容認していたが既に3箇月が経過したものの,目的が達成されていないため。」と,「履行期限」欄に「平成18年7月末日」とそれぞれ記載した書面(以下「本件指示書」という。)を交付して,同書面による指示(以下「本件指示」という。)をした。

(6) 処分行政庁は,平成18年9月1日,上告人に対し,決定の理由を「指導・指示の不履行」と記載した書面を交付して,本件廃止決定をした。

3 原審は,要旨次のとおり判断して,本件廃止決定に違法はないとして,上告人の請求を棄却すべきものとした。

(1) 処分行政庁は,上告人の収入の大幅な減少により,事業用資産として本件自動車の保有の継続を認めることが困難になったため,上告人に対し,本件請負業務で増収を図るか又は本件自動車を処分するかのいずれかの対応を採るよう再三口頭で指導し,上告人はその指導の内容を理解していたこと等に加え,本件指示書に記載された指示の理由も併せ考慮すると,本件指示は,上告人が本件自動車を事業用資産として保有し続けることを前提としてされたものであり,その指示に係る増収を達成することができない場合でも,本件自動車を処分すれば直ちに保護の廃止がされるものではないことも含んだものであったといえる。

(2) 本件指示の内容を上記(1)のように解すると,月額11万円(必要経費を除く。以下同じ。)への増収は,本件自動車を保有し続けるために求められるものにすぎないから,仮に上記の増収が著しく困難であったとしても,本件自動車を処分すれば本件指示に従ったことになるので,本件指示の内容が客観的に実現不可能又は著しく困難であったとまではいえない。

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 生活保護法62条1項は,保護の実施機関が同法27条の規定により被保護者に対し必要な指導又は指示をしたときは,被保護者はこれに従わなければならない旨を定め,同法62条3項は,被保護者がこの義務に違反したときは,保護の実施機関において保護の廃止等をすることができる旨を定めている。

そして,生活保護法施行規則19条は,同法62条3項に規定する保護の実施機関の権限につき,同法27条1項の規定により保護の実施機関が書面によって行った指導又は指示に被保護者が従わなかった場合でなければ行使してはならない旨を定めているところ,その趣旨は,保護の実施機関が上記の権限を行使する場合にこれに先立って必要となる同項に基づく指導又は指示を書面によって行うべきものとすることにより,保護の実施機関による指導又は指示及び保護の廃止等に係る判断が慎重かつ合理的に行われることを担保してその恣意を抑制するとともに,被保護者が従うべき指導又は指示がされたこと及びその内容を明確にし,それらを十分に認識し得ないまま不利益処分を受けることを防止して,被保護者の権利保護を図りつつ,指導又は指示の実効性を確保することにあるものと解される。

このような生活保護法施行規則19条の規定の趣旨に照らすと,上記書面による指導又は指示の内容は,当該書面自体において指導又は指示の内容として記載されていなければならず,指導又は指示に至る経緯及び従前の指導又は指示の内容やそれらに対する被保護者の認識,当該書面に指導又は指示の理由として記載された事項等を考慮に入れることにより,当該書面に指導又は指示の内容として記載されていない事項まで指導又は指示の内容に含まれると解することはできないというべきである。

(2) これを本件についてみるに,前記2(5)のとおり,本件指示書には,指示の内容として,本件請負業務による収入を月額11万円まで増収すべき旨が記載されているのみであり,本件自動車を処分すべきことも指示の内容に含まれているものと解すべき記載は見当たらないから,本件指示の内容は上記の増収のみと解され,処分行政庁が上告人に対し従前から増収とともにこれに代わる対応として本件自動車の処分を口頭で指導し,上告人がその指導の内容を理解しており,本件指示書にも指示の理由として従前の指導の経過が記載されていたとしても,本件自動車の処分が本件指示の内容に含まれると解することはできないというべきである。

5 以上のとおり,原審の前記3の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

論旨はこれと同旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。
そして,生活保護法27条1項に基づく指導又は指示の内容が客観的に実現不可能又は著しく実現困難である場合には,当該指導又は指示に従わなかったことを理由に同法62条3項に基づく保護の廃止等をすることは違法となると解されるところ,本件指示については,その内容が,本件請負業務による収入を月額11万円まで増収すべきことのみであることを前提に,客観的に実現不可能又は著しく実現困難なものであったか否か,すなわち,本件指示に従わなかったことを理由にされた本件廃止決定が違法となるか否か,また,仮に本件廃止決定が違法となる場合に,これが国家賠償法上も違法と評価されるか否か等について審理を尽くす必要がある。そこで,以上の各点について審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。 

 

生活保護

(指導及び指示)
第二十七条 保護の実施機関は、被保護者に対して、生活の維持、向上その他保護の目的達成に必要な指導又は指示をすることができる。
2 前項の指導又は指示は、被保護者の自由を尊重し、必要の最少限度に止めなければならない。
3 第一項の規定は、被保護者の意に反して、指導又は指示を強制し得るものと解釈してはならない。

 

生活保護法施行規則

(保護の変更等の権限)
第十九条 法第六十二条第三項に規定する保護の実施機関の権限は、法第二十七条第一項の規定により保護の実施機関が書面によつて行つた指導又は指示に、被保護者が従わなかつた場合でなければ行使してはならない。