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いわゆる時間外労働の義務を定めた就業規則と労働者の義務

 平成3年11月28日最高裁判所第一小法廷判決

裁判要旨    
 使用者が、労働基準法(昭和六二年法律第九九号による改正前のもの)三六条所定の書面による協定を締結し、これを所轄労働基準監督署長に届け出た場合において、当該事業場に適用される就業規則に右協定の範囲内で一定の業務土の事由があれば労働契約に定める労働時間を延長して時間外労働をさせることができる旨を定めているときは、当該就業規則の規定の内容が合理的なものである限り、労働者は、その定めるところに従い、労働契約に定める労働時間を超えて時間外労働をする義務を負う。
(補足意見がある。)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/731/052731_hanrei.pdf

一1 所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし正当として是認することができ、右事実によれば、

(1) 上告人は、昭和三五年四月一日被上告人に雇用されてそのD工場に勤務し、トランジスターの品質及び歩留りの向上を所管する製造部低周波製作課特性管理係に属していた、

(2) 被上告人のD工場の就業規則(以下「本件就業規則」という。)には、被上告人は、業務上の都合によりやむを得ない場合には、上告人の加入するD工場労働組合(以下「組合」という。)との協定により一日八時間の実働時間を延長することがある旨定められていた、

(3) そして、被上告人(D工場)とその労働者の過半数で組織する組合との間において、昭和四二年一月二一日、「会社は、

「1」 納期に完納しないと重大な支障を起すおそれのある場合、

「2」 賃金締切の切迫による賃金計算又は棚卸し、検収・支払等に関する業務ならびにこれに関する業務、

「3」 配管、配線工事等のため所定時間内に作業することが困難な場合、

「4」 設備機械類の移動、設置、修理等のため作業を急ぐ場合、

「5」 生産目標達成のため必要ある場合、

「6」 業務の内容によりやむを得ない場合、

「7」 その他前各号に準ずる理由のある場合は、実働時間を延長することがある。前項により実働時間を延長する場合においても月四〇時間を超えないものとする。但し緊急やむを得ず月四〇時間を超える場合は当月一ケ月分の超過予定時間を一括して予め協定する。」旨の書面による協定(「本件三六協定」)が締結され、所轄労働基準監督署長に届け出られた、

(4) 上司であるF主任は、同年九月六日午後四時三〇分頃、上告人に対し、同日残業をしてトランジスター製造の歩留りが低下した原因を究明し、その推定値を算出し直すように命じたが、上告人は右残業命令に従わなかった、というのである。

 2 思うに、労働基準法(昭和六二年法律第九九号による改正前のもの)三二条の労働時間を延長して労働させることにつき、使用者が、当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合等と書面による協定(いわゆる三六協定)を締結し、これを所轄労働基準監督署長に届け出た場合において、使用者が当該事業場に適用される就業規則に当該三六協定の範囲内で一定の業務上の事由があれば労働契約に定める労働時間を延長して労働者を労働させることができる旨定めているときは、当該就業規則の規定の内容が合理的なものである限り、それが具体的労働契約の内容をなすから、右就業規則の規定の適用を受ける労働者は、その定めるところに従い、労働契約に定める労働時間を超えて労働をする義務を負うものと解するを相当とする(最高裁昭和四三年一二月二五日大法廷判決、最高裁昭和六一年三月一三日第一小法廷判決)。

 3 本件の場合、右にみたように、被上告人のD工場における時間外労働の具体的な内容は本件三六協定によって定められているが、本件三六協定は、被上告人(D工場)が上告人ら労働者に時間外労働を命ずるについて、その時間を限定し、かつ、前記「1」ないし「7」所定の事由を必要としているのであるから、結局、本件就業規則の規定は合理的なものというべきである。

なお、右の事由のうち「5」ないし「7」所定の事由は、いささか概括的、網羅的であることは否定できないが、企業が需給関係に即応した生産計画を適正かつ円滑に実施する必要性は同法三六条の予定するところと解される上、原審の認定した被上告人(D工場)の事業の内容、上告人ら労働者の担当する業務、具体的な作業の手順ないし経過等にかんがみると、右の「5」ないし「7」所定の事由が相当性を欠くということはできない。

そうすると、被上告人は、昭和四二年九月六日当時、本件三六協定所定の事由が存在する場合には上告人に時間外労働をするよう命ずることができたというべきところ、F主任が発した右の残業命令は本件三六協定の「5」ないし「7」所定の事由に該当するから、これによって、上告人は、前記の時間外労働をする義務を負うに至ったといわざるを得ない。

 二 F主任が右の残業命令を発したのは上告人のした手抜作業の結果を追完・補正するためであったこと等原審の確定した一切の事実関係を併せ考えると、右の残業命令に従わなかった上告人に対し被上告人のした懲戒解雇が権利の濫用に該当するということもできない。

 三 以上と同旨の見解に立って、被上告人のした懲戒解雇は有効であるから、上告人の雇用契約上の地位の確認請求並びに昭和四二年一一月以降の未払賃金及びこれに対する遅延損害金の支払請求をいずれも棄却すべきものとした原審の判断は、正当として是認することができる。

原判決に所論の違法はなく、論旨はすべて採用することができない。