国又は公共団体以外の者の被用者が第三者に加えた損害につき国又は公共団体が国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負う場合における使用者の民法715条に基づく損害賠償責任の有無
平成19年1月25日最高裁判所第一小法廷判決
裁判要旨
1 都道府県による児童福祉法27条1項3号の措置に基づき社会福祉法人の設置運営する児童養護施設に入所した児童を養育監護する施設の長及び職員は,国家賠償法1条1項の適用において都道府県の公権力の行使に当たる公務員に該当する。
2 国又は公共団体以外の者の被用者が第三者に損害を加えた場合であっても,当該被用者の行為が国又は公共団体の公権力の行使に当たるとして国又は公共団体が国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負うときは,使用者は民法715条に基づく損害賠償責任を負わない。
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/040/034040_hanrei.pdf
第1 事案の概要
1 原審が適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1) 平成17年(受)第2335号上告人(「被告Y」)は,児童福祉法(「法」)41条の児童養護施設であるA学園を設置運営する社会福祉法人である。
(2) 平成17年(受)第2335号被上告人・同第2336号被上告人(以下「原告」という。)は,昭和63年11月生まれであり,母親が病気療養のため家庭での養育が困難になったことから,平成4年1月10日,平成17年(受)第2336号上告人(「被告県」)による法27条1項3号に基づく入所措置(「3号措置」)によりA学園に入所した。
(3) 原告は,平成10年1月11日,午後3時30分ころから約30分間にわたり,A学園の施設内で,原告と同じく3号措置により同学園に入所中の児童ら4名から暴行を受け,右不全麻痺,外傷性くも膜下出血等の傷害を負い,入院治療を受けたが,高次脳機能障害等の後遺症が残った。上記暴行は,直前に同学園の職員(「本件職員」)から,上記4名の児童の中の1名が原告を蹴ったことで注意を受けた腹いせに,本件職員が事務室に戻った間に行われたものであった。
(4) 本件職員には,原告の上記受傷につき,入所児童を保護監督すべき注意義務を懈怠した過失があった。
2 本件は,原告が,本件職員の上記過失によって被った損害について,A学園の施設長及び職員(「職員等」)による入所児童の養育監護行為は被告県の公権力の行使に当たるから,被告県は国家賠償法1条1項に基づき賠償責任を負い,被告県が同賠償責任を負う場合も,被告YはA学園の職員等による不法行為につき民法715条に基づき使用者責任を負うと主張して,被告らに対し,それぞれ損害賠償を求める事案である。
3 原審は,前記事実関係の下,次のとおり判断して,原告の被告らに対する請求を各3375万1724円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度でいずれも認容すべきものとした。
(1) A学園は,民営の児童養護施設であり,その職員等は組織法上の公務員ではないが,同学園が被告県から委託されて行う入所児童の養育監護行為は,高度な公共的性質を有する行為であって,純然たる私経済作用ではないから,国家賠償法1条1項にいう公権力の行使に当たる。
したがって,入所児童を養育監護するA学園の職員等は,被告県のために公権力の行使たる公務の執行に携わる者として,国家賠償法上の公務員に該当し,被告県は,国家賠償法1条1項に基づき,A学園の職員である本件職員の前記過失により原告が被った損害を賠償する責任を負う。
(2) 本件職員は,A学園の入所児童の養育監護という被告Yの事業の執行について,入所児童の監督上の注意義務違反により原告に損害を与えたものであるから,被告Yは,民法715条に基づき,原告が被った損害を賠償する責任を負う。
国家賠償法1条1項は,公権力の行使に当たる公務員が違法に他人に損害を与えたときは,当該公務員との関係で公務員個人の責任を排除したにすぎず,公務員の行為の違法性が消滅するものではないから,組織法上の公務員ではないが国家賠償法上の公務員に該当する者の使用者の不法行為責任まで排除するものとはいえない。
第2 平成17年(受)第2336号上告代理人の上告受理申立て理由について
1 所論は,A学園における入所児童の養育監護行為が被告県の公権力の行使に当たるとした原審の判断について,法27条1項3号及び国家賠償法1条1項の解釈の誤りがある旨をいうものである。
2 法は,国及び地方公共団体が,保護者とともに,児童を心身ともに健やかに育成する責任を負うと規定し(法2条),その責務を果たさせるため,都道府県に児童相談所の設置を義務付け(法15条〔平成16年法律第153号による改正前のもの〕),保護者がないか又は保護者による適切な養育監護が期待できない児童(「要保護児童」)については,都道府県は,児童相談所の長の報告を受けて児童養護施設に入所させるなどの措置を採るべきこと(法27条1項3号),保護者が児童を虐待しているなどの場合には,都道府県は,親権者又は後見人(「親権者等」)の意に反する場合であっても,家庭裁判所の承認を得て児童養護施設に入所させるなどの措置を採ることができること(法28条),都道府県が3号措置により児童を児童養護施設(国の設置する施設を除
く。)に入所させた場合,入所に要する費用のほか,入所後の養育につき法45条に基づき厚生労働大臣が定める最低基準を維持するために要する費用は都道府県の支弁とし(法50条7号),都道府県知事は,本人又はその扶養義務者から,負担能力に応じて費用の全部又は一部を徴収することができること(法56条2項),児童養護施設の長は,親権者等のない入所児童に対して親権を行い,親権者等のある入所児童についても,監護,教育及び懲戒に関し,その児童の福祉のため必要な措置を採ることができること(法47条)などを規定する。
このように,法は,保護者による児童の養育監護について,国又は地方公共団体が後見的な責任を負うことを前提に,要保護児童に対して都道府県が有する権限及び責務を具体的に規定する一方で,児童養護施設の長が入所児童に対して監護,教育及び懲戒に関しその児童の福祉のため必要な措置を採ることを認めている。
上記のような法の規定及び趣旨に照らせば,3号措置に基づき児童養護施設に入所した児童に対する関係では,入所後の施設における養育監護は本来都道府県が行うべき事務であり,このような児童の養育監護に当たる児童養護施設の長は,3号措置に伴い,本来都道府県が有する公的な権限を委譲されてこれを都道府県のために行使するものと解される。
したがって,都道府県による3号措置に基づき社会福祉法人の設置運営する児童養護施設に入所した児童に対する当該施設の職員等による養育監護行為は,都道府県の公権力の行使に当たる公務員の職務行為と解するのが相当である。原審の判断はこれと同趣旨をいうものとして是認することができる。
論旨は採用することができない。
第3 平成17年(受)第2335号上告代理人の上告受理申立て理由について
1 所論は,被告Yが使用者責任を負うとした原審の判断について,国家賠償法1条1項,民法715条の解釈の誤りがある旨をいうものである。
2 国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が,その職務を行うについて,故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には,国又は公共団体がその被害者に対して賠償の責めに任ずることとし,公務員個人は民事上の損害賠償責任を負わないこととしたものと解される(最高裁昭和30年4月19日第三小法廷判決・民集9巻5号534頁,最高裁昭和53年10月20日第二小法廷判決)。
この趣旨からすれば,国又は公共団体以外の者の被用者が第三者に損害を加えた場合であっても,当該被用者の行為が国又は公共団体の公権力の行使に当たるとして国又は公共団体が被害者に対して同項に基づく損害賠償責任を負う場合には,被用者個人が民法709条に基づく損害賠償責任を負わないのみならず,使用者も同法715条に基づく損害賠償責任を負わないと解するのが相当である。
これを本件についてみるに,3号措置に基づき入所した児童に対するA学園の職員等による養育監護行為が被告県の公権力の行使に当たり,本件職員の養育監護上の過失によって原告が被った損害につき被告県が国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負うことは前記判示のとおりであるから,本件職員の使用者である被告Yは,原告に対し,民法715条に基づく損害賠償責任を負わないというべきである。
3 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
論旨は理由があり,原判決中,被告Y敗訴部分は破棄を免れない。