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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

 第三者との間で会社の営業の移転等に関する協議を行うことなどの差止めを求める仮処分命令の申立てについて保全の必要性を欠くとされた事例

 平成16年8月30日最高裁判所第三小法廷決定

裁判要旨    
甲社と乙社らとの間で乙社らグループから甲社グループに対する乙社の営業の移転等から成る事業再編等に関して交わされた基本合意書中に,第三者との間で基本合意の目的と抵触し得る取引等に係る協議を行わないことなどを相互に約する旨の条項があり,甲社が,乙社らにおいてこの条項に違反したことなどを理由として,乙社らが第三者との間で上記営業の移転等に関する協議を行うことなどの差止めを求める仮処分命令の申立てをした場合において,乙社らが上記条項に違反することにより甲社が被る損害は,上記基本合意に基づく最終的な合意が成立するとの期待が侵害されることによるものにとどまり,事後の損害賠償によっては償えないほどのものとまではいえないこと,甲社と乙社らとの間で上記最終的な合意が成立する可能性は相当低いこと,上記申立てが認められた場合に乙社らが被る損害は相当大きなものと解されることなど判示の事情の下では,上記申立ては,保全の必要性を欠く。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/423/052423_hanrei.pdf

 

 抗告代理人の抗告理由について

 1 記録によれば,本件の経緯は次のとおりである。

 (1) 抗告人は,平成16年5月21日,相手方らとの間で,相手方らグループ(相手方ら並びに相手方株式会社Dホールディングスのその他の子会社及び関連会社の総称)から抗告人グループ(抗告人並びにその子会社及び関連会社の総称)に対する相手方E信託銀行株式会社の法人資金業務等を除く業務に関する営業,これを構成する一定の資産・負債及びこれに関連する一定の資産・負債(以下「相手方E信託銀行の本件対象営業等」という。)の移転等から成る事業再編と両グループの業務提携(「本件協働事業化」)に関し,合意をし,その合意内容を記載した書面を作成した(「本件基本合意」,「本件基本合意書」)。

本件基本合意書の12条は,その条見出しを「誠実協議」とし,その前段において「各当事者は,本基本合意書に定めのない事項若しくは本基本合意書の条項について疑義が生じた場合,誠実にこれを協議するものとする。」と定め,その後段において「また,各当事者は,直接又は間接を問わず,第三者に対し又は第三者との間で本基本合意書の目的と抵触しうる取引等にかかる情報提供・協議を行わないものとする。」と定めている(「本件条項」)。

本件基本合意書には,抗告人及び相手方らが,本件協働事業化に関する最終的な合意をすべき義務を負う旨を定めた規定はなく,本件条項は,両者が,今後,上記の最終的な合意の成立に向けての交渉を行うに当たり,本件基本合意書の目的と抵触し得る取引等に係る情報の提供や協議を第三者との間で行わないことを相互に約したものである。そして,本件基本合意書には,本件条項に違反した場合の制裁,違約罰についての定めは存しない。

 (2) 抗告人と相手方らは,本件基本合意に基づき,同年7月末日までをめどとして本件協働事業化の詳細条件を定める基本契約の締結を目指して交渉をしていたが,その後,相手方らは,相手方らグループの現在の窮状を乗り切るためには,本件基本合意を白紙撤回し,相手方E信託銀行を含めてFグループ(株式会社Gフィナンシャル・グループ並びにその子会社及び関連会社の総称)と統合する以外に採るべき方策はないとの経営判断をするに至り,同年7月14日,抗告人に対し,本件基本合意の解約を通告するとともに,株式会社Gフィナンシャル・グループに対し,相手方E信託銀行の本件対象営業等の移転を含む経営統合の申入れを行い,この事実を公表した。

 (3) 抗告人は,同月16日,東京地方裁判所に対し,相手方らがFグループとの間で経営統合に関する協議を開始したことが本件条項所定の抗告人の独占交渉権を侵害するものであると主張して,本件基本合意に基づき,相手方らが,抗告人以外の第三者との間で,平成18年3月末日までの間,相手方E信託銀行の本件対象営業等の第三者への移転若しくは第三者による承継に係る取引,相手方E信託銀行と第三者との間の合併若しくは会社分割に係る取引又はこれらに伴う業務提携に係る取引に関する情報提供又は協議を行うことの差止めを求める本件仮処分命令の申立てをした。

 (4) 東京地方裁判所は,平成16年7月27日,本件仮処分命令の申立てを認容する決定をした。これに対し,相手方らが異議の申立てをしたが,同年8月4日,同裁判所は,本件仮処分決定を認可する旨の決定をした。

 (5) 相手方らが,上記異議審の決定を不服として,東京高等裁判所に対し,保全抗告をしたところ,同裁判所は,同月11日,以下の理由により,上記各決定を取り消し,本件仮処分命令の申立てを却下する旨の原決定をした。

すなわち,記録により認定した事実関係によれば,客観的にみると,現時点において,抗告人と相手方らとの間の信頼関係は既に破壊されており,かつ,両者が目指した最終的な合意の締結に向けた協議を誠実に継続することを期待することは既に不可能となったものと理解せざるを得ない。したがって,遅くとも審理終結日である同月10日の時点において,本件基本合意のうち少なくとも本件条項については,その性質上,将来に向かってその効力が失われたものと解するのが相当であり,現時点において差止請求権を認める余地はない。

 (6) 相手方らは,同月12日,株式会社Gフィナンシャル・グループらとの間で,相手方らグループとFグループとの経営統合に関する基本合意を締結し,平成17年10月1日までに経営統合を行うことをめどとすることなどを約した。

 (7) 抗告人は,原決定を不服として抗告許可の申立てをし,東京高等裁判所は,平成16年8月17日,本件抗告を許可する旨の決定をした。

 2 本件抗告の理由は,原決定が,現時点において,抗告人と相手方らとの間の信頼関係が破壊されており,最終的な合意の締結に向けた協議を誠実に継続することを期待することが不可能となったとして,被保全権利である本件条項に基づく差止請求権が消滅したと判断したことを論難するものである。

そこで,まず,本件条項に基づく債務,すなわち,本件条項に基づき抗告人及び相手方らが負担する不作為義務が消滅したか否かについてみるに,前記の事実関係によれば,本件条項は,両者が,今後,本件協働事業化に関する最終的な合意の成立に向けての交渉を行うに当たり,本件基本合意書の目的と抵触し得る取引等に係る情報の提供や協議を第三者との間で行わないことを相互に約したものであって,上記の交渉と密接不可分なものであり,上記の交渉を第三者の介入を受けないで円滑,かつ,能率的に行い,最終的な合意を成立させるための,いわば手段として定められたものであることが明らかである。

したがって,今後,抗告人と相手方らが交渉を重ねても,社会通念上,上記の最終的な合意が成立する可能性が存しないと判断されるに至った場合には,本件条項に基づく債務も消滅するものと解される。

本件においては,前記のとおり,相手方らが,本件基本合意を白紙撤回し,同年7月14日,抗告人に対し,本件基本合意の解約を通告するとともに,株式会社Gフィナンシャル・グループに対し,相手方E信託銀行の本件対象営業等の移転を含む経営統合の申入れを行い,この事実を公表したこと,抗告人が,これに対し,本件仮処分命令の申立てを行い,本件仮処分決定及び異議審の決定を得たが,相手方らは,原審においてこれらの決定が取り消されるや,直ちに株式会社Gフィナンシャル・グループらとの間で,相手方らグループとFグループとの経営統合に関する基本合意を締結するなど,上記経営統合に係る最終的な合意の成立に向けた交渉が次第に結実しつつある状況にあること等に照らすと,現段階では,抗告人と相手方らとの間で,本件基本合意に基づく本件協働事業化に関する最終的な合意が成立する可能性は相当低いといわざるを得ない。

しかし,本件の経緯全般に照らせば,いまだ流動的な要素が全くなくなってしまったとはいえず,社会通念上,上記の可能性が存しないとまではいえないものというべきである。

そうすると,本件条項に基づく債務は,いまだ消滅していないものと解すべきである。

ところで,本件仮処分命令の申立ては,仮の地位を定める仮処分命令を求めるものであるが,その発令には,「争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするとき」との要件が定められており(民事保全法23条2項),この要件を欠くときには,本件仮処分命令の申立ては理由がないことになる。

そして,本件仮処分命令の申立てがこの要件を具備するか否かの点は,本件における重要な争点であり,本件仮処分命令の申立て時以降,当事者双方が,十分に主張,疎明を尽くしているところである。

そこで,この点について検討するに,前記の事実関係によれば,本件基本合意書には,抗告人及び相手方らが,本件協働事業化に関する最終的な合意をすべき義務を負う旨を定めた規定はなく,最終的な合意が成立するか否かは,今後の交渉次第であって,本件基本合意書は,その成立を保証するものではなく,抗告人は,その成立についての期待を有するにすぎないものであることが明らかである。

そうであるとすると,相手方らが本件条項に違反することにより抗告人が被る損害については,最終的な合意の成立により抗告人が得られるはずの利益相当の損害とみるのは相当ではなく,抗告人が第三者の介入を排除して有利な立場で相手方らと交渉を進めることにより,抗告人と相手方らとの間で本件協働事業化に関する最終的な合意が成立するとの期待が侵害されることによる損害とみるべきである。

【要旨】抗告人が被る損害の性質,内容が上記のようなものであり,事後の損害賠償によっては償えないほどのものとまではいえないこと,前記のとおり,抗告人と相手方らとの間で,本件基本合意に基づく本件協働事業化に関する最終的な合意が成立する可能性は相当低いこと,しかるに,本件仮処分命令の申立ては,平成18年3月末日までの長期間にわたり,相手方らが抗告人以外の第三者との間で前記情報提供又は協議を行うことの差止めを求めるものであり,これが認められた場合に相手方らの被る損害は,相手方らの現在置かれている状況からみて,相当大きなものと解されること等を総合的に考慮すると,本件仮処分命令により,暫定的に,相手方らが抗告人以外の第三者との間で前記情報提供又は協議を行うことを差し止めなければ,抗告人に著しい損害や急迫の危険が生ずるものとはいえず,本件仮処分命令の申立ては,上記要件を欠くものというべきである。

 3 以上のとおりであるから,本件仮処分命令の申立てを却下するなどした原審の判断は,結論において是認することができる。

 

民事保全法

(仮処分命令の必要性等)
(Necessity of Order of Provisional Disposition)
第二十三条係争物に関する仮処分命令は、その現状の変更により、債権者が権利を実行することができなくなるおそれがあるとき、又は権利を実行するのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに発することができる。
Article 23(1)An order of provisional disposition with regard to a disputed subject matter may be issued when it is likely that the obligee's exercise of its right will not be possible or will be extremely difficult due to any changes to the existing state of the subject matter.
2仮の地位を定める仮処分命令は、争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができる。
(2)An order of provisional disposition that determines a provisional status may be issued when the status is necessary in order to avoid any substantial loss or imminent danger that would occur to the obligee with regard to the relationship of the rights in dispute.
3第二十条第二項の規定は、仮処分命令について準用する。
(3)The provisions of Article 20, paragraph (2) apply mutatis mutandis to an order of provisional disposition.
4第二項の仮処分命令は、口頭弁論又は債務者が立ち会うことができる審尋の期日を経なければ、これを発することができない。ただし、その期日を経ることにより仮処分命令の申立ての目的を達することができない事情があるときは、この限りでない。
(4)An order of provisional disposition set forth in paragraph (2) may not be issued without holding oral arguments or a hearing at which the obligor may be present; provided, however, that this does not apply when circumstances are such that the objective of the petition for an order of provisional disposition cannot be achieved if the proceedings are held.