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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

違法な仮差押命令の申立てと債務者がその後に債務者と第三債務者との間で新たな取引が行われなくなったことにより喪失したと主張する得べかりし利益の損害との間に相当因果関係がないとされた事例

平成31年3月7日最高裁判所第一小法廷判決

裁判要旨    
債権の仮差押命令の申立てが債務者に対する不法行為となる場合において,上記仮差押命令の申立ての後に債務者と第三債務者との間で新たな取引が行われなくなったとしても,次の(1),(2)など判示の事情の下においては,上記不法行為と債務者がその後に債務者と第三債務者との間で新たな取引が行われなくなったことにより喪失したと主張する得べかりし利益の損害との間に相当因果関係があるということはできない。

(1) 債務者は,1年4箇月間に7回にわたり第三債務者との間で商品の売買取引を行ったが,両者の間で商品の売買取引を継続的に行う旨の合意があったことはうかがわれず,債務者において両者間の商品の売買取引が将来にわたって反復継続して行われるものと期待できるだけの事情があったとはいえない。

(2) 上記仮差押命令の執行は,上記仮差押命令が第三債務者に送達された日の5日後に取り消され,その頃,第三債務者に対してその旨の通知がされており,第三債務者が債務者に新たな商品の発注を行わない理由として上記仮差押命令の執行を特に挙げていたという事情もうかがわれない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/472/088472_hanrei.pdf

 

上告代理人の上告受理申立て理由(ただし,排除された部分を除く。)について

1 本件本訴は,上告人が,被上告人に対し,売買契約に基づき代金2813万8940円及び遅延損害金の支払等を求めるものである。被上告人は,上告人による債権の仮差押命令の申立てが被上告人に対する不法行為に当たるとし,これによる損害賠償債権を自働債権とする相殺の抗弁を主張するなどして,上告人の本訴請求を争っている。

2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

(1) 上告人は,各種印刷物の紙加工品製造等を目的とする株式会社である。
被上告人は,日用品雑貨の輸出入及び販売等を目的とする株式会社であり,平成22年から平成27年までの年間売上高が26億円から57億円程度であり,同年9月当時,現金,預金債権及び売掛金債権だけでも16億円余りの資産を有していた。

(2) 上告人は,被上告人に対し,印刷物等の売買契約に基づく代金等の支払を求める本件本訴を提起したところ,第1審判決は,平成28年1月,上告人の本訴請求を1310万1847円及び遅延損害金の限度で認容した(以下,第1審判決においてその請求が認容された売買代金債権(遅延損害金を含む。)を「本件売買代金債権」という。)。なお,上告人は,仮執行宣言の申立てをせず,第1審判決に仮執行宣言は付されなかった。

上告人及び被上告人は,いずれも第1審判決を不服として控訴した。

(3) 上告人は,平成28年4月18日,本件売買代金債権を被保全債権として,被上告人の取引先百貨店(「本件第三債務者」)に対する売買代金債権につき,被上告人を債務者とする仮差押命令の申立て(「本件仮差押申立て」)をし,同月22日,これに基づく債権仮差押命令(「本件仮差押命令」)が発令された。本件仮差押命令は,同月23日,本件第三債務者に送達された。

(4) 被上告人が本件仮差押命令において定められた仮差押解放金約1497万円を供託したため,平成28年4月28日,本件仮差押命令の執行を取り消す旨の決定がされ,その頃,本件第三債務者に対してその旨の通知がされた。

(5) 被上告人は,本件仮差押命令の取消しを求める保全異議の申立てをしたところ,平成28年7月,本件仮差押命令を保全の必要性がないとして取り消し,本件仮差押申立てを却下する旨の決定がされた。上告人は,上記決定を不服として保全抗告をしたが,同年10月,保全抗告を棄却する旨の決定がされた。

(6) 被上告人は,平成28年6月の原審口頭弁論期日において,上告人に対し,本件仮差押申立てが違法であることを理由とする不法行為による損害賠償債権(「本件損害賠償債権」)を自働債権とし,本件売買代金債権を受働債権として,対当額で相殺する旨の意思表示(「本件相殺」)をした。
被上告人は,本件損害賠償債権に関して,本件仮差押申立てにより被上告人の信用が毀損されたとして,本件仮差押申立ての後に被上告人と本件第三債務者との間で新たな取引が行われなくなったことにより喪失した被上告人の得べかりし利益(「本件逸失利益」)等の損害の発生を主張し,本件相殺を本訴請求についての抗弁とした。

(7) 被上告人は,複数の大手百貨店との間で取引を行っており,本件第三債務者との間でも,平成27年1月9日から平成28年4月27日までの間に7回にわたり本件第三債務者から発注を受けて商品を売却し,その売買代金総額は約5011万円(うち約2991万円は平成28年4月27日の売却に係るもの)であった。

3 原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断し,本件損害賠償債権の額を本件逸失利益等の損害合計1522万4244円とし,本件売買代金債権は本件相殺によりその一部が消滅したと認め,上告人の本訴請求を一部認容した。

(1) 本件仮差押申立ては,当初からその保全の必要性が存在しないため違法であり,被上告人に対する不法行為に当たる。

(2) 本件仮差押命令の発令当時,被上告人と本件第三債務者との取引期間は1年4箇月であり,被上告人におけるその他の大手百貨店との取引状況等をも併せ考慮すると,被上告人は,本件仮差押申立てがされなければ,本件第三債務者との取引によって少なくとも3年分の利益を取得することができた。そして,本件仮差押命令の送達を受けた本件第三債務者が,被上告人の信用状況に疑問を抱くなどして被上告人との間で新たな取引を行わないとの判断をすることは,十分に考えられ,上告人はこのことについて予見可能であったから,本件仮差押申立てと本件逸失利益の損害との間には相当因果関係がある。

4 しかしながら,原審の上記3(2)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

被上告人は,平成27年1月から平成28年4月までの1年4箇月間に7回にわたり本件第三債務者との間で商品の売買取引を行ったものの,被上告人と本件第三債務者との間で商品の売買取引を継続的に行う旨の合意があったとはうかがわれないし,被上告人の主張によれば,上記の期間,本件第三債務者の被上告人に対する取引の打診は頻繁にされてはいたが,これらの打診のうち実際の取引に至ったものは7件にとどまり,四,五箇月にわたり取引が行われなかったこともあったというのであって,被上告人において両者間の商品の売買取引が将来にわたって反復継続して行われるものと期待できるだけの事情があったということはできない。

これらのことからすると,本件第三債務者が被上告人との間で新たな取引を行うか否かは,本件第三債務者の自由な意思に委ねられていたというべきであり,被上告人と本件第三債務者との間の取引期間等の原審が指摘する事情のみから直ちに,本件仮差押申立ての当時,被上告人がその後も本件第三債務者との間で従前と同様の取引を行って利益を取得することを具体的に期待できたとはいえない。

そして,金銭債権に対する仮差押命令及びその執行は,特段の事情がない限り,第三債務者が債務者との間で新たな取引を行うことを妨げるものではないし,本件仮差押命令の債務者である被上告人は,前記2(1)のとおりの売上高及び資産を有する会社であったところ,本件仮差押命令の執行は,本件仮差押命令が本件第三債務者に送達された日の5日後である平成28年4月28日には取り消され,その頃,本件第三債務者に対してその旨の通知がされており,本件第三債務者が被上告人に新たな商品の発注を行わない理由として本件仮差押命令の執行を特に挙げていたという事情もうかがわれない。

これらのことに照らせば,本件第三債務者において本件仮差押申立てにより被上告人の信用がある程度毀損されたと考えたとしても,このことをもって本件仮差押申立てによって本件逸失利益の損害が生じたものと断ずることはできない。

以上を総合すると,本件仮差押申立てと本件逸失利益の損害との間に相当因果関係があるということはできない。

5 これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,この趣旨をいうものとして理由があり,原判決中,別紙記載の部分は破棄を免れない。そして,本件逸失利益以外の本件仮差押申立てと相当因果関係のある損害の有無等について更に審理を尽くさせるため,同部分につき本件を原審に差し戻すこととする。

Summary of the Court Ruling:
Even if a claim for a provisional attachment order constitutes a tort against the debtor, and even if no new transactions were made between the debtor and the third-party debtor after the application for the aforementioned provisional attachment order, under the circumstances stipulated in (1) and (2) below, it cannot be said that there is a causal relationship between the aforementioned tort and the lost potential profits the debtor claims to have lost due to the cessation of new transactions with the third-party debtor.

(1) The debtor conducted product sales transactions with the third-party debtor seven times over a period of 1 year and 4 months. However, there is no indication that there was an agreement between the two parties to continue such product sales transactions continuously, and it cannot be said that the debtor had any reason to expect that the product sales transactions between the parties would continue repetitively in the future.

(2) The execution of the aforementioned provisional attachment order was revoked five days after the provisional attachment order was delivered to the third-party debtor. Around that time, the third-party debtor was notified of this fact, and there is no indication that the third-party debtor specifically cited the execution of the provisional attachment order as a reason for not placing new product orders with the debtor.

 

 

弁護士中山知行