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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

 交通事故の被害者の近親者が看護等のため被害者の許に往復した場合の旅費と通常損害

 昭和49年4月25日最高裁判所第一小法廷判決

裁判要旨    
交通事故の被害者の近親者が看護等のため被害者の許に往復した場合の旅費は、その近親者において被害者の許に赴くことが、被害者の傷害の程度、近親者が看護にあたることの必要性等の諸般の事情からみて、社会通念上相当であり、かつ、被害者が近親者に対し旅費を返還又は償還すべきものと認められるときには、右往復に通常利用される交通機関の普通運賃の限度内においては、当該不法行為により通常生ずべき損害に該当するものと解すべきであり、このことは、近親者が外国に居住又は滞在している場合でも異ならない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/104/052104_hanrei.pdf

 

おもうに、交通事故等の不法行為によつて被害者が重傷を負つたため、被害者の現在地から遠隔の地に居住又は滞在している被害者の近親者が、被害者の看護等のために被害者の許に赴くことを余儀なくされ、それに要する旅費を出捐した場合、当該近親者において看護等のため被害者の許に赴くことが、被害者の傷害の程度、当該近親者が看護に当たることの必要性等の諸般の事情からみて社会通念上相当であり、被害者が近親者に対し右旅費を返還又は償還すべきものと認められるときには、右旅費は、近親者が被害者の許に往復するために通常利用される交通機関の普通運賃の限度内においては、当該不法行為により通常生ずべき損害に該当するものと解すべきである。

そして、国際交流が発達した今日、家族の一員が外国に赴いていることはしばしば見られる事態であり、また、日本にいるその家族の他の構成員が傷病のため看護を要する状態となつた場合、外国に滞在する者が、右の者の看護等のために一時帰国し、再び外国に赴くことも容易であるといえるから、前示の解釈は、被害者の近親者が外国に居住又は滞在している場合であつても妥当するものというべきである。

本件において、原審が適法に確定したところによれば、被上告人は、昭和四三年八月二六日本件交通事故により脳挫傷、左大腿挫創、腰部打撲傷の傷害を受け、直ちに外科病院に入院したが、当時は危篤状態で一週間にわたり意識が混濁した状況にあり、その後精神障害治療のため、同年一〇月五日から同年一一月二九日まで五六日間他の病院に転入院し、その後さらに同月三〇日から昭和四五年一〇月二一日までの間二七回にわたり病院に通院して治療を受けたというのであり、他方、被上告人の娘である訴外Dは、ウイーンに留学すべく昭和四三年八月二四日横浜からナホトカ経由で出発したが、途中モスクワに到着した際、本件交通事故の通知を受けたため同年九月六日急遽帰国し、翌七日から入院中の被上告人に付添つて看護し、昭和四四年四月改めてウイーンに赴いたが、その結果、被上告人がDのために調達した留学のための諸費用のうち横浜からナホトカ経由ウイーンまでの旅費一三万二二四四円が無駄となつたのみならず、被上告人はDが帰国のために要したモスクワからナホトカ経由横浜までの旅費八万四〇三四円(以下、両者を合わせて本件旅費という。)の支出を余儀なくされ、右合計二一万六二七八円の損害を被つたというのである。右事実関係のもとにおいては、Dが被上告人の看護のため一時帰国したことは社会通念上相当というべきであり、本件旅費は、被上告人がDに代つて又は同人に対して支払うべきものであるから、被上告人が被つた損害と認めるべきものであり(原審はこの趣旨を判示したものと解される。)、その額もウイーンに赴き又はモスクワから帰国するために通常利用される交通機関の普通運賃額を上廻るものでないことが明らかであるから、本件旅費は被上告人が本件交通事故により被つた通常生ずべき損害であるといわなければならない。したがつて、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。
 原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官大隅健一郎の意見があるほか裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

"In cases where a victim has been seriously injured due to wrongful acts such as traffic accidents, and the victim's close relative, residing or staying in a distant location from the victim's current location, is compelled to travel to the victim's side for care and support, and incurs travel expenses as a result, if the decision for the close relative to travel to the victim for care is deemed socially reasonable considering the severity of the victim's injuries, the necessity of the relative providing care, and other relevant circumstances, and if it's recognized that the victim should reimburse or compensate the relative for these travel expenses, then these expenses should be considered as damages typically resulting from the wrongful act, up to the limit of the regular fare of the transportation method normally used for such round trips.

Furthermore, in today's age of advanced international exchanges, it's not uncommon for a family member to be residing or staying abroad. Also, if another family member in Japan requires care due to injury or illness, it can be said that it's relatively easy for the individual staying abroad to temporarily return to Japan for care and then travel back abroad. Therefore, the aforementioned interpretation should be deemed appropriate even if the victim's close relative is residing or staying in a foreign country."

弁護士中山知行