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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

男性に妻のあることを知りながら情交関係を結んだ女性の慰籍料請求

昭和44年9月26日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
女性が、男性に妻のあることを知りながら情交関係を結んだとしても、情交の動機が主として男性の詐言を信じたことに原因している場合で、男性側の情交関係を結んだ動機、詐言の内容程度およびその内容についての女性の認識等諸般の事情を斟酌し、女性側における動機に内在する不法の程度に比し、男性側における違法性が著しく大きいものと評価できるときには、貞操等の侵害を理由とする女性の男性に対する慰籍料請求は、許される。

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=54096

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/096/054096_hanrei.pdf

原判決によれば、被上告人は、昭和一五年一〇月一五日生の女性で高等学校卒業後の昭和三五年三月一日から埼玉県所沢市在日米軍兵站司令部経理課に事務員として勤務することになり、右経理課の上司で米国籍を有する上告人と知り合い、間もなく通勤のため上告人から自動車による送り迎えを受けることになり、また映画館、ナイトクラブ等に連れていつてもらうほどの仲になつたこと、上告人には当時妻Dと三人の子があつたが、それ以前から長らく妻とは不仲で、同居はしているものの寝室を共にしない状態であつたので、上告人は被上告人と交際するうちに性的享楽の対象を被上告人に求めるようになつたこと、上告人は、昭和三五年五月頃被上告人に対し右の如き家庭の状態を告げるとともに、被上告人が一九才余で異性に接した体験がなく、思慮不十分であるのにつけこみ、真実被上告人と結婚する意思がないのにその意思があるように装い、被上告人に妻と別れて被上告人と結婚する旨の詐言を用い、被上告人をして、上告人とDとの間柄が上告人のいうとおりであつて上告人はいずれはDと離婚して自分と結婚してくれるものと誤信させ、昭和三五年五月二一日から同三六年九月頃までの間一〇数回にわたり被上告人と情交関係を結んだこと、ところが、上告人は、昭和三六年七月頃被上告人から妊娠したことを知らされると同年九月頃から被上告人と会うのを避けるようになり、被上告人が昭和三七年一月一日男子Eを分娩した際その費用の相当部分を支払つたほか全く被上告人との交際を絶つたこと、上告人と被上告人間に情交関係のあつた当時上告人の妻には離婚の意思がなく、上告人が近い将来妻と離婚できる状況にはなかつたが、被上告人は、このことに気付かず、むしろいずれは自分と結婚してくれるものと期待して、上告人に身を委ねたところ、その結婚への期待を裏切られ、上告人の子であるEの養育を一身に荷わねばならなくなつたこと、上告人は、かつて昭和三四年一一月からF某という女性と情交関係を結び、日ならずして昭和三五年から昭和三六年にかけて被上告人と情交関係を結んだほか、その後もGとも情交関係を結んでいたことがそれぞれ認められるというのである。
思うに、女性が、情交関係を結んだ当時男性に妻のあることを知つていたとしても、その一事によつて、女性の男性に対する貞操等の侵害を理由とする慰藉料請求が、民法七〇八条の法の精神に反して当然に許されないものと画一的に解すべきではない。すなわち、女性が、その情交関係を結んだ動機が主として男性の詐言を信じたことに原因している場合において、男性側の情交関係を結んだ動機その詐言の内容程度およびその内容についての女性の認識等諸般の事情を勘酌し、右情交関係を誘起した責任が主として男性にあり、女性の側におけるその動機に内在する不法の程度に比し、男性の側における違法性が著しく大きいものと評価できるときには、女性の男性に対する貞操等の侵害を理由とする慰藉料請求は許容されるべきであり、このように解しても民法七〇八条に示された法の精神に反するものではないというべきである。

本件においては、上告人は、被上告人と婚姻する意思がなく、単なる性的享楽の目的を遂げるために、被上告人が異性に接した体験がなく若年で思慮不十分であるのにつけこみ、妻とは長らく不和の状態にあり妻と離婚して被上告人と結婚する旨の詐言を用いて被上告人を欺き、被上告人がこの詐言を真に受けて上告人と結婚できるものと期待しているのに乗じて情交関係を結び、以後は同じような許言を用いて被上告人が妊娠したことがわかるまで一年有余にわたつて情交関係を継続した等前記事実関係のもとでは、その情交関係を誘起した責任は主として上告人にあり、 被上告人の側におけるその動機に内在する不法の程度に比し、上告人の側における違法性は、著しく大きいものと評価することができる。したがつて、上告人は、被上告人に対しその貞操を侵害したことについてその損害を賠償する義務を負うものといわなければならない。また、被上告人の側において前記誤信につき過失があつたとしても、その誤信自体が上告人の欺罔行為に基づく以上、上告人の帰責事由の有無に影響を及ぼすものではなく、慰藉料額の算定において配慮されるにとどまるというべきである。そうとすれば上告人の責任を肯認した原審の判断は正当であつて、所論の違法はなく、論旨は採用しえない。 

 

感想

おもいっきり昭和の判例だと感じます。