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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

 調停によつて将来にわたり支払うこととされた婚姻費用分担に関する債権を被保全債権とする詐害行為取消権の成否(積極)

昭和46年9月21日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
調停によつて毎月一定額を支払うことと定められた将来の婚姻費用の分担に関する債権は、詐害行為当時いまだその支払期日が到来しない場合であつても、詐害行為取消権の成否を判断するにあたつては、これをもつてすでに発生した債権というを妨げず、詐害行為当時、当事者間の婚姻関係その他の事情から、右調停の前提たる事実関係の存続がかなりの蓋然性をもつて予測される限度において、これを被保全債権とする詐害行為取消権が成立するものと解すべきである。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/912/051912_hanrei.pdf

 上告代理人の上告理由について。

原審は、

 (1) 上告人は、昭和一三年訴外Dと婚姻し、長女E、長男F、次男Gの三児をもうけたが、昭和二九年頃から不和となり、共に本件家屋に居住しながら、互いに口もきかず、食事も別にするようになつた。

 (2) 右夫婦間には、昭和三一年一〇月二二日に東京家庭裁判所において、Dは上告人に対し、

(イ)生活費として昭和三一年一〇月から一か月三〇、〇〇〇円ずつを、毎前月末日かぎり直接手渡す、

(ロ)そのほかに、住宅金融公庫支払金および子の教育費を支払う旨の条項を含む調停が成立し、次いで、昭和三三年一一月二〇日に同家庭裁判所において、右(イ)項を、同年一二月一日から、Dは上告人に対し、上告人および長男Fの生活費として、一か月一〇、〇〇〇円ずつを、毎月二五日かぎり支払うことに変更する旨の調停が成立した。

 (3) Dは、右調停に基づいて、上告人に対し、昭和三一年一〇月分および一一月分の生活費合計六〇、〇〇〇円ならびに昭和三三年一二月分から翌三四年五月分までの生活費合計六〇、〇〇〇円を支払つたが、その余の支払をせず、昭和三七年一二月八日当時、その未払生活費の総額は一、一四〇、〇〇〇円に、また、教育費求償債権は四九六、四二〇円に達した。

 (4)ところが、Dは、昭和三七年一二月八日同人の唯一の財産である本件土地建物(当時八六〇万円相当)を、右債務が支払不能になることを知りながら、被上告人B1に売却し、同月一五日その旨の所有権移転登記手続を了し、右B1は、同月八日被上告人B2のために、右物件に債権額一四〇万円の抵当権を設定し、同月一五日その設定登記手続を了した。

 (5) その後、Dは、上告人に対し、昭和四一年一二月二七日に、

(イ)前記調停による生活費の滞納額一一四万円、

(ロ)これに対する昭和三七年一二月八日から同四一年一二月二五日までの年五分の割合による遅延損害金二三〇、八一一円、

(ハ)昭和三七年一二月分から同四一年一二月分までの生活費四九万円、

(ニ)これに対する各支払期日から昭和四一年一二月二五日までの遅延損害金五一、〇四〇円、以上合計一、九一一、八五一円を、さらに、昭和四三年六月一二日に教育費と
して六〇万円を、それぞれ弁済供託した。

との事実を確定したうえ、Dの本件土地建物の処分が詐害行為として取り消しうるか否かの点について、これを否定し、次のように判示している。

すなわち、本件処分行為のあつた昭和三七年一二月八日現在において、上告人がDに対して有していた債権は、同人の弁済供託によつて消滅した。

ところで、右同月以後に弁済期の到来する債権について考えるのに、上告人の主張する債権は、婚姻費用分担債権であつて、その分担額は、夫婦の資産・収入・その他一切の事情の変動につれて変化すべき性質のものであり、売買代金債権や貸金債権のように確定したものではなく、現在においては、調停によつて、一応生活費については一定額の定期金が定められているものの、前記事情の変化により、いつ、調停または審判によつて変更または取り消されるかわからないのである。

したがつて、そのような債権について、将来長期にわたる支払金の合算額からその中間利息を差し引き、現在の価額を確定することは不可能であり、本件の詐害行為以後に支払われるべき生活費債権は、むしろその弁済期ごとに発生するものと解すべく、これにつき行為当時すでに上告人主張のような確定的債権が存するものとしてこれを保全するため、詐害行為の取消を求めることは許されない。よつて、上告人の詐害行為取消請求は、右行為当時までに生じた被保全債権の消滅により、理由なきに帰したから、これを棄却すべきものである、というのである。

しかしながら、将来の婚姻費用の支払に関する債権であつても、いつたん調停によつてその支払が決定されたものである以上、詐害行為取消権行使の許否にあたつては、それが婚姻費用であることから、直ちに、債権としてはいまだ発生していないものとすることはできない。

すなわち、一般に、婚姻費用の分担は、婚姻関係の存続を前提とし、その時の夫婦の資産、収入、その他一切の事情を考慮してその額が決せられるものであつて、右事情の変動によりその分担額も変化すべきものであるから、その具体的分担額の決定は、家庭裁判所の専権に属するものとされているのであるが、そうであるからこそ、いつたん家庭裁判所が審判または調停によつてこれを決定した以上、他の機関において、これを否定し、あるいはその内容を変更しうべきものではなく、家庭裁判所が、事情の変動によりその分担額を変更しないかぎり、債務者たる配偶者は、右審判または調停によつて決定された各支払期日に、その決定された額の金員を支払うべきものといわなければならない。

その意味においては、この債権もすでに発生した債権というを妨げないのである。

けだし、これを未発生の債権とみるときは、調停または審判の成立直後、いまだ第一回目の弁済期の到来する以前に、債務者が故意に唯一の財産を処分して無資産となつたような場合には、債権者は、詐害行為取消権の行使により自己の債権を保全する機会を奪われることになり、右調停または審判が無意味に帰する結果を甘受しなければならなくなるからである。

もつとも、婚姻費用の分担に関する債権は、前記のとおり婚姻関係の存続を前提とするものであるから、婚姻関係の終了によつて以後の分は消滅すべきものであり、また、これに関する調停または審判は、夫婦間の紛争を前提としてされるのが通常であるから、債権者が自己の死亡に至るまで右調停または審判に基づいて婚姻費用の支払を受けうるということは、むしろ稀な事例に属するものといえるであろう。

したがつて、この種の調停または審判において、その終期を定めていない場合においても、そのことから、直ちに、その場合の詐害行為の被保全債権額は、債権者の平均寿命に基づいて予測される同人の死亡時までの総債権額から中間利息を控除した額であるとは断定しえない。

しかし、だからといつて、将来弁済期の到来する部分は全く算定しえないものとも即断し難いのであつて、少なくとも、当事者間の婚姻関係その他の事情から、右調停または審判の前提たる事実関係の存続がかなりの蓋然性をもつて予測される限度においては、これを被保全債権として詐害行為の成否を判断することが許されるものというべきである。

本件においてこれをみるに、原審は、この点についてはなんらの事実をも認定していないため、原審の確定事実からは、いま直ちに、Dの本件不動産の処分当時、本件調停に基づく婚姻費用分担債権が将来にわたりいかなる限度で確実に存しえたかを判定することはできないけれども、原審の確定するところによれば、本件調停成立後右処分時までには六年余の期間が経過しているのに、その間調停によつて定められた金員の支払はほとんどされずに終つているのであり、また、その後五年余を経過した原審口頭弁論終結時においても、なお両当事者間において、右処分時と同様な別居状態が続いていたことは、弁論の全趣旨から明らかであるから、これらの事情を考え合わせるならば、あるいは、右処分時においても、その当時の状況からみて、本件調停の効力が右処分時以後少なくとも原審弁論終結時ごろまでは存続したであろうことが、かなりの蓋然性をもつて予測されえなかつたものとは断じ難い。
 そうであれば、原審が右処分時までに発生した債権は支払済みであるとし(この点についても、滞納分に対するその各弁済期から本件処分時までの遅延損害金の支払がされていないことは、被上告人らの主張自体から明らかであるから、原審のこの点に関する判断も正確とはいえない。)、また、右処分時以後の債権は未発生であるとしたうえ、本件詐害行為は、上告人においてもはや取り消しえないものとした判断は、前記の点に関する法令の解釈適用を誤り、ひいて審理不尽の違法を犯したものというべきであり、右誤りは、原判決の結論に影響することが明らかであるから、論旨はこの点において理由があり、原判決は破棄を免れない。

そして、本件は、詐害行為の成否およびその取消権の消長についてさらに審理を尽くす必要があるから、これを原審に差し戻すのが相当である。