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情報公開法に基づく行政文書の開示請求に対する不開示決定の取消訴訟において,不開示とされた文書を検証の目的として被告にその提示を命ずることの許否

平成21年1月15日最高裁判所第一小法廷決定

裁判要旨    
情報公開法に基づく行政文書の開示請求に対する不開示決定の取消訴訟において,不開示とされた文書を目的とする検証を被告に受忍義務を負わせて行うことは,原告が検証への立会権を放棄するなどしたとしても許されず,上記文書を検証の目的として被告にその提示を命ずることも許されない。
(補足意見がある。)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/198/037198_hanrei.pdf

1  記録によれば,本件の経緯等は次のとおりである。

(1) 本件の本案訴訟は,相手方が,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(「情報公開法」)に基づき,外務省の保有する行政文書の開示を請求したところ,外務大臣から,原決定別紙1の不開示文書目録記載の各文書及び同別紙2の部分開示文書目録記載の各文書のうち「不開示部分」欄記載の各部分(以下,これらを総称して「本件不開示文書」という。)につき,情報公開法5条1号,3号又は5号に該当するとして不開示とする決定を受けたため,抗告人を被告として,その取消しを求める事案である。

(2) 相手方は,本件不開示文書の検証の申出をするとともに,これを目的物として,抗告人に対する検証物提示命令の申立て(以下「本件検証物提示命令の申立て」といい,上記検証の申出と併せて「本件検証の申出等」という。)をした。なお,相手方は,本件検証の申出等をするに当たり,検証への立会権を放棄し,検証調書の作成についても,本件不開示文書の記載内容の詳細が明らかになる方法での検証調書の作成を求めない旨陳述している。

2 原審は,次のとおり判断して,本件検証物提示命令の申立てのうち情報公開法5条3号又は5号に該当することを理由に不開示とされた文書に係る部分を認容した。

(1) 本件検証の申出等は,立会権の放棄等を前提としたものであって,実質的にはいわゆるインカメラ審理(裁判所だけが文書等を直接見分する方法により行われる非公開の審理)を意図したものにほかならない。情報公開法は,明文の規定を設けていないが,インカメラ審理を全く許容しない趣旨ではなく,行政文書の開示,不開示に関する最終的な判断権者である裁判所が,その職責を全うするために当該文書を直接見分することが不可欠であると考えた場合にまで,インカメラ審理を否定するいわれはない。
そして,本件不開示文書のうち情報公開法5条3号又は5号に該当することを理由に不開示とされた文書については,上記各号該当性の判断を適正に行うためには,当該文書の微妙なニュアンスまで酌み取れるように,細部にまでわたってその内容を正確に把握する必要性が極めて高いといわなければならず,裁判所が直接これを見分する必要がある。

(2) 外務大臣において,本件不開示文書が民訴法220条4号ロに該当する旨の意見を有していることは明らかであり,また,本件不開示文書のうち情報公開法5条3号に該当することを理由に不開示とされた文書については,民訴法223条4項1号に該当するとの意見を有しているものと解されるが,本件では,相手方が立会権を放棄する形式で検証を行い,検証調書の作成においても十分な配慮をすることが可能であって,このような方法によれば,同号所定の危険性が顕在化することは考えられないのであるから,外務大臣の上記意見につき同項所定の「相当の理由」があると認めるには足りない。

3  しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 情報公開法に基づく行政文書の開示請求に対する不開示決定の取消しを求める訴訟(以下「情報公開訴訟」という。)において,不開示とされた文書を対象とする検証を被告に受忍させることは,それにより当該文書の不開示決定を取り消して当該文書が開示されたのと実質的に同じ事態を生じさせ,訴訟の目的を達成させてしまうこととなるところ,このような結果は,情報公開法による情報公開制度の趣旨に照らして不合理といわざるを得ない。したがって,被告に当該文書の検証を受忍すべき義務を負わせて検証を行うことは許されず,上記のような検証を行うために被告に当該文書の提示を命ずることも許されないものというべきである。
立会権の放棄等を前提とした本件検証の申出等は,上記のような結果が生ずることを回避するため,事実上のインカメラ審理を行うことを求めるものにほかならない。

(2) しかしながら,訴訟で用いられる証拠は当事者の吟味,弾劾の機会を経たものに限られるということは,民事訴訟の基本原則であるところ,情報公開訴訟において裁判所が不開示事由該当性を判断するために証拠調べとしてのインカメラ審理を行った場合,裁判所は不開示とされた文書を直接見分して本案の判断をするにもかかわらず,原告は,当該文書の内容を確認した上で弁論を行うことができず,被告も,当該文書の具体的内容を援用しながら弁論を行うことができない。

また,裁判所がインカメラ審理の結果に基づき判決をした場合,当事者が上訴理由を的確に主張することが困難となる上,上級審も原審の判断の根拠を直接確認することができないまま原判決の審査をしなければならないことになる。

このように,情報公開訴訟において証拠調べとしてのインカメラ審理を行うことは,民事訴訟の基本原則に反するから,明文の規定がない限り,許されないものといわざるを得ない。

(3) この点,原審は,情報公開法にはインカメラ審理に関する明文の規定は設けられていないものの,裁判所が情報公開訴訟において不開示事由該当性の判断を適正に行うために不開示とされた文書を直接見分することが必要不可欠であると考えた場合には,インカメラ審理をすることができるとする。

しかしながら,平成8年に制定された民訴法には,証拠調べとしてのインカメラ審理を行い得る旨の明文の規定は設けられなかった。なお,同法には,文書提出義務又は検証物提示義務の存否を判断するためのインカメラ手続に関する規定が設けられ(平成13年法律第96号による改正前の民訴法223条3項,232条1項),その後,特許法著作権法等にも同様の規定が設けられたが(特許法105条2項,著作権法114条の3第2項等),これらの規定は,いずれも証拠申出の採否を判断するためのインカメラ手続を認めたものにすぎず,証拠調べそのものを非公開で行い得る旨を定めたものではない。
そして,平成11年に制定された情報公開法には,情報公開審査会が不開示とされた文書を直接見分して調査審議をすることができる旨の規定が設けられたが(平成13年法律第140号による改正前の情報公開法27条1項),裁判所がインカメラ審理を行い得る旨の明文の規定は設けられなかった。

これは,インカメラ審理については,裁判の公開の原則との関係をめぐって様々な考え方が存する上,相手方当事者に吟味,弾劾の機会を与えない証拠により裁判をする手続を認めることは,訴訟制度の基本にかかわるところでもあることから,その採用が見送られたものである。

その後,同13年に民訴法が改正され,公務員がその職務に関し保管し又は所持する文書についても文書提出義務又は検証物提示義務の存否を判断するためのインカメラ手続を行うことができることとされたが(民訴法223条6項,232条1項),上記改正の際にも,情報公開法にインカメラ審理に関する規定は設けられなかった。

以上に述べたことからすると,現行法は,民訴法の証拠調べ等に関する一般的な規定の下ではインカメラ審理を行うことができないという前提に立った上で,書証及び検証に係る証拠申出の採否を判断するためのインカメラ手続に限って個別に明文の規定を設けて特にこれを認める一方,情報公開訴訟において裁判所が不開示事由該当性を判断するために証拠調べとして行うインカメラ審理については,あえてこれを採用していないものと解される。

(4) 以上によれば,本件不開示文書について裁判所がインカメラ審理を行うことは許されず,相手方が立会権の放棄等をしたとしても,抗告人に本件不開示文書の検証を受忍すべき義務を負わせてその検証を行うことは許されないものというべきであるから,そのために抗告人に本件不開示文書の提示を命ずることも許されないと解するのが相当である。

4 以上と異なる原審の前記判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。上記の趣旨をいう論旨は理由があり,その余の抗告理由につき判断するまでもなく,原決定のうち主文第1項は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,同項に関する相手方の検証物提示命令の申立ては不適法であるから,これを却下することとする。