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高速走行抑止システムによる速度測定結果の正確性について検察官に釈明を求めたり追加立証を促すなどすることなく証明が十分でないとした原判決を審理を尽くさず事実を誤認した疑いがあるとして破棄差し戻した事例

平成19年4月23日最高裁判所第一小法廷判決

判示事項    
高速走行抑止システムによる速度測定結果の正確性について検察官に釈明を求めたり追加立証を促すなどすることなく証明が十分でないとした原判決を審理を尽くさず事実を誤認した疑いがあるとして破棄差し戻した事例

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/551/034551_hanrei.pdf

主文
原判決を破棄する。
本件を仙台高等裁判所に差し戻す。
理由

所論にかんがみ職権で判断すると,原判決は以下の理由により,破棄を免れない。

1 第1審判決が認定した本件の罪となるべき事実の要旨は,次のとおりである。
被告人は,平成16年8月16日午後3時2分ころ,秋田県内の道路で,法定最高速度である60㎞毎時を32㎞超える92㎞毎時の速度で普通乗用自動車を運転して進行した。

2 記録によれば,原判決に至る経過は次のとおりである。

被告人は,犯行場所の道路に設置された三菱電機株式会社製の高速走行抑止システム(三菱RS-2000B型。以下「本件装置」という。)により,時速92㎞で普通乗用自動車を運転して進行したと計測,撮影されたものであるが,第1審公判において,その速度測定結果の正確性を争った。

第1審判決は,本件装置の機能等との立証趣旨で取り調べたその取扱説明書や本件装置の保守,点検等に当たっている会社員の証言等により,本件装置は指定された速度を超えて走行する車両のみを撮影するもので,実際の速度より高い測定値を示すプラス誤差は出ない構造になっており,理論的にも実際の使用上でも,正常に作動している限り,その正確性に何らの問題もないことが認められるとした上で,本件前後の定期点検や自動自己点検の際に異常がなかったことなどから本件当時も正常に作動していたと認められるとし,そのほか,本件前後に本件装置により速度違反として撮影された車両の運転者6名がいずれも違反事実を認め,その略式命令が確定していることなどを指摘し,上記犯罪事実を認定して被告人を罰金6万円に処した。

被告人が事実誤認を理由に控訴し,本件装置の信用性,測定値の正確性等を裏付ける証拠がないから,これらについて事実調べをする必要があると主張して,本件装置の現場検証等の証拠調べを請求した。

しかし,原審裁判所は,第1審の証拠関係により有罪かどうかの判断をするのが可能かつ相当と考えるとして,これらをすべて却下して直ちに結審し,その際,検察官に対して釈明を求めたり追加立証を促すようなことは全くしなかった。

3 原判決は,第1審判決を破棄し,本件公訴を棄却する旨の判決を言い渡したが,その理由の要旨は,次のとおりである。

本件装置による測定値の正確度について,本件装置の取扱説明書等には「(0%~-6%)-1㎞/h以内」などと記載されているところ,これらの記載はマイナス誤差しかないことを前提としているが,誤差というのは通常マイナス誤差もプラス誤差もあると考えるべきであり,マイナス誤差しかないことにつき確たる根拠のあることが証明される場合を除けば,たやすくマイナス誤差しかないという前提に立つことはできない。

第1審公判の証人は,測定値にプラス誤差は生じない旨供述するが,その根拠については三菱電機からの説明資料で確認したとするにとどまり,その裏付けとなる資料は証拠として提出されていない。

本件においては,測定値にマイナス誤差しかないことを裏付けるに足りる客観的データ等の証拠は何ら存在しない。

したがって,本件の証拠状況の下においては,本件装置による被告人車両の測定値が92㎞毎時であったというだけでは,なお実際には90㎞毎時未満の速度で走行していたのではないかとの合理的な疑いが残る。

そのほか,第1審判決が挙げる事情によっても,本件装置の測定値の正確性を認めるに足りない。

4 しかしながら,原判決の上記判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。

記録に照らすと,本件では,第1審公判で取り調べられた本件装置の取扱説明書や証人の供述等の証拠により,本件装置による速度測定の正確度につきプラス誤差は生じないことが一応立証されており,被告人側から,これに疑いを入れるような特段の具体的主張,立証は全く示されていない。

それにもかかわらず,原判決は,上記のとおり,取扱説明書の記載や証人の供述を根拠付ける客観的資料がないとして,プラス誤差が生じないことについての証明が十分でないと判断したものである。

しかし,第1審公判における検察官の立証の程度は上記のとおりであるから,このような場合,原審裁判所において,検察官の立証がなお不十分であると考えるなら,検察官に対して,プラス誤差が生じないことを客観的に裏付ける資料を追加して証拠調べを請求するかどうかにつき釈明を求め,必要に応じその請求を促すなどして,更に審理を尽くした上で判決すべきであった。

殊に本件においては,第1審公判で証人がプラス誤差が出ないことを説明資料で確認したと供述している事情があり,原判決もそのことを指摘しているのであるから,少なくともその資料について追加立証を促すことは容易に行い得たはずである。

しかるに,原判決は,検察官に追加立証を促すなどすることなく直ちに判決を言い渡して第1審判決を破棄した上,上記客観的資料の存否,内容等について更に審理を尽くさせるため事件を差し戻すこともせずに,犯罪事実が認められないことを前提として公訴棄却の自判をしたものである。

原判決がこのような措置に出た理由として挙げるところは,いずれもその判断を是認する根拠とはなり得ない。

5 そうすると,原判決は,審理を尽くさず事実を誤認した疑いがあり,破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。
よって,刑訴法411条1号,3号により原判決を破棄し,同法413条本文に従い,上記指摘の点などについて更に審理を尽くさせるため,本件を仙台高等裁判所に差し戻すこととし,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。