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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

 死因贈与の取消ができないとされた事例

昭和58年1月24日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
土地の登記簿上の所有名義人である甲が、右土地を占有耕作する乙に対してその引渡を求めた訴訟の第一審で敗訴し、その第二審で成立した裁判上の和解において、乙から登記名義どおりの所有権の承認を受ける代わりに、乙及びその子孫に対して右土地を無償で耕作する権利を与え、しかも、右権利を失わせるような一切の処分をしないことを約定するとともに、甲が死亡したときは右土地を乙及びその相続人に贈与することを約したなど、判示の事実関係のもとでは、右死因贈与は、甲において自由には取り消すことができない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/271/054271_hanrei.pdf

 

上告代理人の上告理由一、二について
 原審が適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

(1) 本件土地は、上告人の兄である亡Dの所有名義に登記されていたが、上告人の弟であり被上告人B1、同B2、同B3、同B4、同B5の被相続人である亡Eが占有耕作していた。

(2) Dは、昭和二四年、本件土地は登記名義どおり自己の所有に属する旨主張し、Eを相手取り、千葉地方裁判所木更津支部に対し、本件土地の明渡及び損害賠償の支払を求める訴えを提起したところ(同庁昭和二四年(ワ)第九号)、同裁判所は、昭和二七年一月一〇日、本件土地は真実はDの所有でなくEの所有に属するとの理由を付し、Dの請求を棄却する判決を言い渡した。

(3) Dは、右判決を不服として東京高等裁判所に控訴したが(同庁昭和二七年(ネ)第三二号)、昭和二八年一一月一九日、裁判所の和解勧試に基づき、

(イ) Eは、本件土地がDの所有であることを承認すること、

(ロ) Dは、E及びその子孫に対し、本件土地を無償で耕作する権利を与え、E及びその子孫をして右権利を失わしめるような一切の処分をしないこと、

(ハ) Dが死亡したときは、本件土地はE及びその相続人に対し贈与すること、

(ニ) D、E間には、本件以外の係争事件があるけれども、これらについても爾後互いに和協の道を講ずる意思を表明すること、

(ホ) D、Eが現に耕作している農地についての作業は相互に妨害しないこと、

(ヘ) Dはその余の請求を放棄すること、を条項とする裁判上の和解が成立した。

(4) Eは昭和三八年一二月一九日死亡し、妻である被上告人B1、子である被上告人B2、同B3、同B4、同B5がその権利義務を承継し、Dは昭和四七年四月三〇日死亡し、 妻である被上告人B6、母である亡Fがその権利義務を承継し、更に、右Fは昭和四九年一一月一九日死亡し、子である上告人のほか被上告人B1、同B6を除くその余の被上告人らがその権利義務を承継した。
右事実によれば、Dは、本件土地について登記名義どおりの所有権を主張して提起した訴訟の第一審で敗訴し、その第二審で成立した裁判上の和解において、第一審で真実の所有者であると認められたEから登記名義どおりの所有権の承認を受ける代わりに、E及びその子孫に対して本件土地を無償で耕作する権利を与えて占有耕作の現状を承認し、しかも、右権利を失わせるような一切の処分をしないことを約定するとともに、Dが死亡したときは本件土地をE及びその相続人に贈与することを約定したものであつて、右のような贈与に至る経過、それが裁判上の和解でされたという特殊な態様及び和解条項の内容等を総合すれば、本件の死因贈与は、贈与者であるDにおいて自由には取り消すことができないものと解するのが相当である。

これと同旨の原審の判断は正当であつて、その過程に所論の違法はない。所論引用の当裁判所の判例は、前記のような事情の存しない場合に関するものであつて、本件とはその事案を異にするから、右のように解したからといつて右判例に反するものではない。論旨は、採用することができない。

 同三について

 原審は、上告人は、昭和四七年二月二五日、Dから本件土地を代金五〇万円で買い受けたとの上告人の主張について判断するにあたり、DとEとの間の死因贈与がDにおいて自由に取り消し又は本件土地を他に売却等の処分をなしうるものとしてされたものとは認められないので、右主張は売買の事実につき判断を加えるまでもなく失当であるとしている。

しかしながら、死因贈与が贈与者において自由に取り消すことができないものであるかどうかと、贈与者が死因贈与の目的たる不動産を第三者に売り渡すことができないかどうかとは、次元を異にする別個の問題であつて、死因贈与が自由に取り消すことができないものであるからといつて、このことから直ちに、贈与者は死因贈与の目的たる不動産を第三者に売り渡すことができないとか、父はこれを売り渡しても当然に無効であるとはいえないから(受贈者と買主との関係はいわゆる二重譲渡の場合における対抗問題によつて解決されることになる。)、原審が前記のような理由のみで売買に関する上告人の主張を排斥したことは正当でないといわなければならない。

したがつて、原判決は、売買に関する民法の解釈適用を誤り、ひいて審理不尽、理由不備の違法を犯したものといわなければならず、右違法が原判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由があり、原判決はこの点において破棄を免れない。

よつて、Dと上告人との間の売買契約の有無及びその効力について更に審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すこととし、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。