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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

 普通河川を事実上管理する市が国家賠償法二条一項の責任を負う公共団体にあたるとされた事例

 昭和59年11月29日最高裁判所第一小法廷判決

裁判要旨    
市内を流れる普通河川について市が法律上の管理権をもたない場合であつても、もと農業用水路であつた右河川が周辺の市街化により都市排水路としての機能を果たすようになり、水量の増加及びヘドロの堆積等によりしばしば溢水したため、市が地域住民の要望にこたえて、都市排水路の機能の維持及び都市水害の防止など地方公共の目的を達成するために河川の改修工事をしこれを事実上管理することになつたときは、市は国家賠償法二条一項の責任を負う公共団体にあたる。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/656/052656_hanrei.pdf

 

原審の適法に確定した事実関係によれば、

(1) 本件溝渠は、京都市の南西部を南北に流れる天神川の西側堤防兼用道路のさらに西側にあるもと農業用水路であつて、その敷地は、すべて国又は京都府の所有である、

(2) 京都府は、昭和一四年頃天神川改修工事を施行した際に、その附帯工事として本件溝渠の整備をし、本件溝渠は、都市排水路としての機能を果たすようになつた、

(3) その後、本件溝渠の上流や西側に工場や人家が密集し、本件溝渠は、水量が増え、勾配があまりないこともあつて底にかなりのヘドロがたまり、水の流れが悪くなつてしばしば溢水した、

(4) このため周辺住民の要望を受けた上告人は、京都府の担当部局とも相談の上、本件溝渠のa通りからb通りまでの間の改修工事を行うことにし、昭和四七年三月、有限会社D組に右工事を請け負わせ、同会社は、同月二八日着工して、上告人の設計、監督に従い、北のa通り附近から南に向つて順次工事をすすめ、本件事故の日である同年八月一九日当時には、被上告人らの長男Eが転落した原判示B点及びその溺死体が発見された同C点附近については、既に工事を終つていた、

(5) 本件溝渠は、河川法の適用も準用も受けないいわゆる普通河川であるが、京都府は、このような普通河川について、昭和二三年九月一〇日京都府条例第三〇号を定め、流水の害を予防するために施設する工作物の新築、改築等については京都府知事の許可を受けなければならない等の定めをしている(同条例で準用する昭和二三年京都府規則第五九号五条)が、上告人にはこのような普通河川の管理に関する条例はない、というのであり、国又は京都府が本件溝渠につき他に個別的具体的な管理行為をした事実のあることについては、原審において上告人から主張がなく、原審の認定しないところである。

ところで、地方自治法二条三項二号は、河川、運河、溜池、用排水路、堤防等を設置し若しくは管理し、又はこれらを使用する権利を規制することを地方公共団体の事務として掲げているのであるが、右の規定は地方公共団体の事務を例示しているにすぎず、右の規定から直ちに地方公共団体がその区域内の普通河川を法律上管理することとなるわけのものではなく、普通河川の管理に関する条例を定めていない上告人を普通河川である本件溝渠の法律上の管理者であるとすることはできない。

しかしながら、国家賠償法二条にいう公の営造物の管理者は、必ずしも当該営造物について法律上の管理権ないしは所有権、賃借権等の権原を有している者に限られるものではなく、事実上の管理をしているにすぎない国又は公共団体も同条にいう管理者に含まれるものと解するのを相当とするところ、地方自治法の右規定が河川、運河、溜池、用排水路、堤防等の設置、管理等を地方公共団体の事務として掲げたのは、これらの施設の利用、管理が地域住民の生活と密接な関係を有することにかんがみ、当該地域住民に最も近い関係にある地方公共団体の事務とすることが適当であるとの考慮に出たものと解され、なかでも市街地にある普通河川は、都市排水路としての機能ばかりでなく、都市空間の確保等の機能の面においても住民の生活に密着した都市施設としての性格が極めて強いのであつて、本件の場合においても、前示事実関係のもとにおいては、上告人は、地域住民の要望に答えて都市施設である排水路としての機能の維持、都市水害の防止という地方公共の目的を達成するべく、本件改修工事を行い、それによつて本件溝渠について事実上の管理をすることになつたものというべきであつて、本件溝渠の管理に瑕疵があつたために他人に損害を生じたときは、国家賠償法二条に基づいてその損害を賠償する義務を負うものといわなければならない。

そして、このことは、国又は京都府が本件溝渠について法律上の管理権をもつかどうかによつて左右されるものではない。原判決もこれと同趣旨の判断を説示しているものということができ、原判決に所論の違法はない。
論旨は、以上と異なる見解に立つて原判決を論難するか、又は原判決の結論に影響しない部分についてその不当をいうものにすぎず、採用することができない。

"According to Article 2 of the State Compensation Act, a manager of a public structure is not necessarily limited to those who have legal managerial rights, ownership rights, lease rights, etc. for that structure. Even a national or public entity that merely manages it in fact can be considered a manager under the same article. Given that the Local Autonomy Law stipulates that the establishment and management of rivers, canals, reservoirs, drainage channels, and embankments are the duties of local public entities, it is understood that this provision was made considering the close relationship between the use and management of these facilities and the lives of local residents. Therefore, it is appropriate for such duties to be handled by local public entities, which are closest to the residents. Especially, ordinary rivers in urban areas have not only the function of urban drainage but also play a crucial role as urban facilities closely related to residents' lives in terms of securing urban spaces. In this case, based on the facts, the appellant, responding to the demands of the local residents, conducted the renovation work to maintain its function as an urban drainage facility and to prevent urban flood damage. As a result, they effectively managed the subject drainage channel. If there was a defect in managing the drainage channel and it caused damage to others, they are obliged to compensate for that damage based on Article 2 of the State Compensation Act."

 

弁護士中山知行