普通地方公共団体の議会の議員に対する懲罰その他の措置が当該議員の私法上の権利利益を侵害することを理由とする国家賠償請求の当否の判断方法
裁判要旨
1 普通地方公共団体の議会の議員に対する懲罰その他の措置が当該議員の私法上の権利利益を侵害することを理由とする国家賠償請求の当否を判断するに当たっては,当該措置が議会の内部規律の問題にとどまる限り,議会の自律的な判断を尊重し,これを前提として請求の当否を判断すべきである。
2 市議会の議会運営委員会による議員に対する厳重注意処分の決定は,議員としての行為に対する市議会の措置であり,市議会の定めた政治倫理要綱に基づくものであって特段の法的効力を有するものではないという事情の下においては,その適否については議会の自律的な判断を尊重すべきであり,当該決定が違法な公権力の行使に当たるとはいえない。
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/415/088415_hanrei.pdf
1 本件は,上告人(名張市)の市議会議員(以下,名張市議会を「市議会」といい,その議長及び議員をそれぞれ「市議会議長」及び「市議会議員」という。)である被上告人が,上告人に対し,名張市議会運営委員会(「議会運営委員会」)が被上告人に対する厳重注意処分の決定(「本件措置」)をし,市議会議長がこれを公表したこと(以下,これらの行為を併せて「本件措置等」という。)により,被上告人の名誉が毀損されたとして,国家賠償法1条1項に基づき,慰謝料等の支払を求める事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1) 被上告人は,市議会議員であり,常任委員会である教育民生委員会に所属していた。
(2)ア 教育民生委員会においては,平成26年11月11日,以下のとおりの視察旅行(以下「本件視察旅行」という。)を行うとの提案がされ,その後の協議を経て,教育民生委員長は,同年12月18日,市議会議長に対し,本件視察旅行に係る委員派遣の承認を求めた。市議会議長は,同日,これを承認し,教育民生委員会の委員全員に対して出張命令を発した。
日 程 平成27年1月28日から同月30日まで
研修内容
①岡山県倉敷市 介護支援いきいきポイント制度について
②岡山市 ごみの減量化の取組について
③北九州市 いのちをつなぐネットワークの取組について
参加委員 教育民生委員会の委員全員(被上告人を含む。)
イ 本件視察旅行は上記アの日程で実施されたが,被上告人は,市議会議長に対し,上告人の財政状況等に照らしてこれを実施すべきでないと判断する旨を記載した欠席願を提出した上で,本件視察旅行を欠席した。
(3) 議会運営委員会は,平成27年2月4日,被上告人に対し,本件視察旅行を欠席したことを理由として,厳重注意処分を行うことを決定した(本件措置)。
そして,同委員会は,本件視察旅行が名張市議会会議規則(平成8年名張市議会規則第1号。以下「本件規則」という。)に基づく公務であるにもかかわらず,被上告人は正当な理由なく欠席したため,名張市議会議員政治倫理要綱(名張市議会告示第1号。以下「本件要綱」という。)の規定に基づき厳重注意処分とする旨,及び今後,公務に対する正確な認識の下,議員としての責務を全うするよう強く求める旨を記載した市議会議長名義の厳重注意処分通知書(「本件通知書」)を作成した。
市議会議長は,上記同日,議会運営委員会の正副委員長等のほか,本件措置を知って取材の申入れをした新聞記者5,6名のいる議長室において,本件通知書を朗読し,これを被上告人に交付した。
(4)ア 本件規則90条は,委員会の委員は,事故のため出席できないときは,その理由を付け,当日の開議時刻までに委員長に届け出なければならないと規定する。また,本件規則105条は,委員会は,審査又は調査のため委員を派遣しようとするときは,その日時,場所,目的,経費等を記載した派遣承認要求書を議長に提出し,あらかじめ承認を得なければならないと規定する。
イ 本件要綱2条は,議員は,次に定める政治倫理基準を遵守しなければならないとし,その一つとして,地方自治の本旨及び本件規則にのっとり,議員としての責務を全うすることと定めている(2号)。そして,本件要綱3条は,この要綱に反した場合は,勧告その他必要な措置をとることができると定め,本件要綱4条は,この要綱の運用については,議会運営委員会がこれに当たると定めている。
3 原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断した上で,被上告人の請求を一部認容した。
(1) 被上告人の請求は,名誉権という私権の侵害を理由とする国家賠償請求であり,議会が自主的,自律的に決定した事項の是非を直接の問題とするものではない。また,被上告人は,公費の支出を伴う本件視察旅行の必要性に疑問を呈し,政治的信条として参加を拒否したのであるから,上記請求は,紛争の実態に照らしても,一般市民法秩序において保障される移動の自由や思想信条の自由という重大な権利侵害を問題とするものであり,一般市民法秩序と直接の関係を有する。したがって,本件訴えは,裁判所法3条1項にいう法律上の争訟に当たる。
(2) 本件措置等は,議会運営委員会が,被上告人が市議会議員としての公務を怠ったと断定し,厳重注意処分をしなければその責務を全うし得ない人物であると評価し,判断したことを示すものであるから,被上告人の市議会議員としての社会的評価の低下をもたらすと認められる。そして,被上告人の請求は司法審査の対象となるから,本件措置等において摘示された事実が真実であるか,また,その事実を真実と信ずるについて相当の理由があるか否かも裁判所が判断すべき事項であるところ,これらはいずれも認められない。したがって,上告人は名誉毀損による国家賠償責任を負う。
4 しかしながら,原審の上記3(1)の判断は結論において是認することができるが,同(2)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1) 本件は,被上告人が,議会運営委員会が本件措置をし,市議会議長がこれを公表したこと(本件措置等)によって,その名誉を毀損され,精神的損害を被ったとして,上告人に対し,国家賠償法1条1項に基づき損害賠償を求めるものである。これは,私法上の権利利益の侵害を理由とする国家賠償請求であり,その性質上,法令の適用による終局的な解決に適しないものとはいえないから,本件訴えは,裁判所法3条1項にいう法律上の争訟に当たり,適法というべきである。
(2) もっとも,被上告人の請求は,本件視察旅行を正当な理由なく欠席したことを理由とする本件措置等が国家賠償法1条1項の適用上違法であることを前提とするものである。
普通地方公共団体の議会は,地方自治の本旨に基づき自律的な法規範を有するものであり,議会の議員に対する懲罰その他の措置については,議会の内部規律の問題にとどまる限り,その自律的な判断に委ねるのが適当である(最高裁昭和35年10月19日大法廷判決)。そして,このことは,上記の措置が私法上の権利利益を侵害することを理由とする国家賠償請求の当否を判断する場合であっても,異なることはないというべきである。
したがって,普通地方公共団体の議会の議員に対する懲罰その他の措置が当該議員の私法上の権利利益を侵害することを理由とする国家賠償請求の当否を判断するに当たっては,当該措置が議会の内部規律の問題にとどまる限り,議会の自律的な判断を尊重し,これを前提として請求の当否を判断すべきものと解するのが相当である。
(3) これを本件についてみると,本件措置は,被上告人が本件視察旅行を正当な理由なく欠席したことが,地方自治の本旨及び本件規則にのっとり,議員としての責務を全うすべきことを定めた本件要綱2条2号に違反するとして,議会運営委員会により本件要綱3条所定のその他必要な措置として行われたものである。
これは,被上告人の議員としての行為に対する市議会の措置であり,かつ,本件要綱に基づくものであって特段の法的効力を有するものではない。また,市議会議長が,相当数の新聞記者のいる議長室において,本件通知書を朗読し,これを被上告人に交付したことについても,殊更に被上告人の社会的評価を低下させるなどの態様,方法によって本件措置を公表したものとはいえない。
以上によれば,本件措置は議会の内部規律の問題にとどまるものであるから,その適否については議会の自律的な判断を尊重すべきであり,本件措置等が違法な公権力の行使に当たるものということはできない。
したがって,本件措置等が国家賠償法1条1項の適用上違法であるということはできず,上告人は,被上告人に対し,国家賠償責任を負わないというべきである。
5 上記と異なる見解の下に,上告人の国家賠償責任を肯定した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この点に関する論旨は理由があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれば,被上告人の請求は理由がなく,これと同旨の第1審判決は結論において是認することができるから,被上告人の控訴を棄却すべきである。
子の引渡しを命ずる審判を債務名義とする間接強制の申立てが権利の濫用に当たるとされた事例
裁判要旨
婚姻中の父母のうち父に対して長男A,二男B及び長女Cを母に引き渡すよう命ずる審判を債務名義とするAの引渡しについての間接強制の申立ては,次の(1),(2)など判示の事情の下では,権利の濫用に当たる。
(1) 上記審判を債務名義とする引渡執行の際,B及びCが母に引き渡されたにもかかわらず,A(当時9歳3箇月)については,引き渡されることを拒絶して呼吸困難に陥りそうになったため,執行を続けるとその心身に重大な悪影響を及ぼすおそれがあるとして執行不能とされた。
(2) 父及びその両親を拘束者,Aを被拘束者とする人身保護請求事件の審問期日において,A(当時9歳7箇月)は,母に引き渡されることを拒絶する意思を明確に表示し,その人身保護請求は,Aが父等の影響を受けたものではなく自由意思に基づいて父等のもとにとどまっているとして棄却された。
(補足意見がある。)
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/646/088646_hanrei.pdf
1 本件は,相手方が,その夫である抗告人に対し,両名の長男の引渡しを命ずる審判を債務名義として,間接強制の申立てをした事案である。
2 記録によれば,本件の経緯は次のとおりである。
(1) 抗告人と相手方は,平成19年6月に婚姻し,平成20年4月に長男を,平成22年10月に二男を,平成25年4月に長女をもうけた(以下,上記の子ら3名を併せて「本件子ら」という。)。
(2) 相手方は,平成27年12月,抗告人に対し,「死にたいいやや。こどもらもすてたい。」という内容のメールを送信した。これを契機に,抗告人は,本件子らを連れて実家に転居し,現在まで相手方と別居している。
(3) 奈良家庭裁判所は,平成29年3月,相手方の申立てに基づき,本件子らの監護者を相手方と指定し,抗告人に対して本件子らの引渡しを命ずる審判(「本件審判」)をした。本件審判は,同年7月に確定した。
(4) 相手方は,平成29年7月,奈良地方裁判所執行官に対し,本件審判を債務名義として,本件子らの引渡執行の申立てをした。同執行官が,抗告人宅を訪問し,本件子らに対して相手方のもとへ行くよう促したところ,二男及び長女はこれに応じて相手方に引き渡されたが,長男は,相手方に引き渡されることを明確に拒絶して泣きじゃくり,呼吸困難に陥りそうになった。そのため,同執行官は,執行を続けると長男の心身に重大な悪影響を及ぼすおそれがあると判断し,長男の引渡執行を不能として終了させた。
(5) 相手方は,平成29年8月,大阪地方裁判所に対し,抗告人及びその両親(「抗告人等」)を拘束者とし,長男を被拘束者とする人身保護請求をした。長男は,同年12月,その人身保護請求事件の審問期日において,二男や長女と離れて暮らすのは嫌だが,それでも抗告人等のもとでの生活を続けたい旨の陳述をした。同裁判所は,長男が十分な判断能力に基づいて抗告人等のもとで生活したいという強固な意思を明確に表示しており,その意思は抗告人等からの影響によるものではなく,長男が自由意思に基づいて抗告人等のもとにとどまっていると認め,抗告人等による長男の監護は人身保護法及び人身保護規則にいう拘束に当たらないとして,相手方の上記請求を棄却する判決をした。この判決は,平成30年2月に確定した。
3 原審は,抗告人に対し,長男を相手方に引き渡すよう命ずるとともに,これを履行しないときは1日につき1万円の割合による金員を相手方に支払うよう命ずる間接強制決定をすべきものとした。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
子の引渡しを命ずる審判は,家庭裁判所が,子の監護に関する処分として,一方の親の監護下にある子を他方の親の監護下に置くことが子の利益にかなうと判断し,当該子を当該他方の親の監護下に移すよう命ずるものであり,これにより子の引渡しを命ぜられた者は,子の年齢及び発達の程度その他の事情を踏まえ,子の心身に有害な影響を及ぼすことのないように配慮しつつ,合理的に必要と考えられる行為を行って,子の引渡しを実現しなければならないものである。このことは,子が引き渡されることを望まない場合であっても異ならない。したがって,子の引渡しを命ずる審判がされた場合,当該子が債権者に引き渡されることを拒絶する意思を表明していることは,直ちに当該審判を債務名義とする間接強制決定をすることを妨げる理由となるものではない。
しかしながら,本件においては,本件審判を債務名義とする引渡執行の際,二男及び長女が相手方に引き渡されたにもかかわらず,長男(当時9歳3箇月)については,引き渡されることを拒絶して呼吸困難に陥りそうになったため,執行を続けるとその心身に重大な悪影響を及ぼすおそれがあるとして執行不能とされた。また,人身保護請求事件の審問期日において,長男(当時9歳7箇月)は,相手方に引き渡されることを拒絶する意思を明確に表示し,その人身保護請求は,長男が抗告人等の影響を受けたものではなく自由意思に基づいて抗告人等のもとにとどまっているとして棄却された。
以上の経過からすれば,現時点において,長男の心身に有害な影響を及ぼすことのないように配慮しつつ長男の引渡しを実現するため合理的に必要と考えられる抗告人の行為は,具体的に想定することが困難というべきである。このような事情の下において,本件審判を債務名義とする間接強制決定により,抗告人に対して金銭の支払を命じて心理的に圧迫することによって長男の引渡しを強制することは,過酷な執行として許されないと解される。そうすると,このような決定を求める本件申立ては,権利の濫用に当たるというほかない。
5 以上と異なる原審の判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,その余の抗告理由につき判断するまでもなく,原決定は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,原々決定を取り消し,相手方の本件申立てを却下すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官山崎敏充の補足意見がある。
現況調査に訪れた執行官に対して虚偽の事実を申し向けるなどした刑法96条の3第1項該当行為があった時点が刑訴法253条1項にいう「犯罪行為が終つた時」とはならないとされた事例
平成18年12月13日最高裁判所第三小法廷決定
裁判要旨
現況調査に訪れた執行官に対して虚偽の事実を申し向け,内容虚偽の契約書類を提出した行為は,刑法96条の3第1項の「公の競売又は入札の公正を害すべき行為」に当たるが,上記虚偽の事実の陳述等に基づく競売手続が進行する限り(判文参照),その行為の時点をもって,刑訴法253条1項にいう「犯罪行為が終つた時」とはならない。
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/907/033907_hanrei.pdf
所論にかんがみ,第1審判示第7の1に係る競売入札妨害罪の公訴時効の成否につき,職権で判断する。
1 原判決の認定及び記録によれば,上記第1審判示第7の1の事実に関する事実関係は,次のとおりである。
(1) 被告人Aは,甲株式会社(平成7年11月24日の商号変更により株式会社乙となる。以下「本件会社」という。)の代表取締役であるとともに,同社関連会社である株式会社丙の実質的経営者として両社の業務全般を統括しているもの,被告人Bは本件会社の財務部長,被告人Cは丙の代表取締役であったものであるが,被告人3名は,共謀の上,平成7年10月31日付けで東京地方裁判所裁判官により競売開始決定がされた本件会社所有に係る土地・建物(「本件土地・建物」)につき,その売却の公正な実施を阻止しようと企てた。
(2) そこで,上記競売開始決定に基づき,同年12月5日,同裁判所執行官が現況調査のため,本件土地・建物に関する登記内容,占有状況等について説明を求めた際,被告人Bにおいて,同執行官に対し,本件会社が同建物を別会社に賃貸して引き渡し,同社から丙に借主の地位を譲渡した旨の虚偽の事実を申し向けるとともに,これに沿った内容虚偽の契約書類を提出して,同執行官をしてその旨誤信させ,現況調査報告書にその旨内容虚偽の事実を記載させた上,同月27日,これを同裁判所裁判官に提出させた。
(3) その後,同裁判所裁判官から本件土地・建物につき評価命令を受けた,情を知らない評価人は,上記内容虚偽の事実が記載された現況調査報告書等に基づき,不動産競売による売却により効力を失わない建物賃貸借の存在を前提とした不当に廉価な不動産評価額を記載した評価書を作成し,平成8年6月5日,同裁判所裁判官に提出した。
これを受けて,情を知らない同裁判所裁判官は,同年12月20日ころ,本件土地・建物につき,上記建物賃借権の存在を前提とした不当に廉価な最低売却価額を決定し,情を知らない同裁判所職員において,平成9年3月5日,上記内容虚偽の事実が記載された本件土地・建物の現況調査報告書等の写しを入札参加希望者が閲覧できるように同裁判所に備え置いた。
2 被告人3名は,平成12年1月28日,本件土地・建物につき,偽計を用いて公の入札の公正を害すべき行為をした旨の競売入札妨害の事実で起訴されたものであるが,所論は,競売入札妨害罪は,即成犯かつ具体的危険犯であるから,現況調査に際して執行官に対し虚偽の陳述をした時点で犯罪は終了しており,公訴時効が完成しているのに,その成立を否定した原判決には法令解釈適用の誤りがあるという。
しかしながら,上記1の事実関係の下では,被告人Bにおいて,現況調査に訪れた執行官に対して虚偽の事実を申し向け,内容虚偽の契約書類を提出した行為は,刑法96条の3第1項の偽計を用いた「公の競売又は入札の公正を害すべき行為」に当たるが,その時点をもって刑訴法253条1項にいう「犯罪行為が終つた時」と解すべきものではなく,上記虚偽の事実の陳述等に基づく競売手続が進行する限り,上記「犯罪行為が終つた時」には至らないものと解するのが相当である。そうすると,上記競売入札妨害罪につき,3年の公訴時効が完成していないことは明らかであるから,同罪につき,公訴時効の成立を否定した原判決の結論は正当である。
無断転貸にもかかわらず賃貸借の解除ができない場合にされた賃貸借の合意解除と転借人の地位
昭和62年3月24日最高裁判所第三小法廷判決
裁判要旨
土地の無断転貸が行われたにもかかわらず賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるため賃貸人が賃貸借を解除することができない場合において、当該賃貸借が合意解除されたとしても、それが賃料不払等による法定解除権の行使が許されるときにされたものである等の事情のない限り、賃貸人は右合意解除の効果を転借人に対抗することができない。
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/470/070470_hanrei.pdf
土地の賃借人が賃貸人の承諾を得ることなく右土地を他に転貸しても、転貸について賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるため賃貸人が民法六一二条二項により賃貸借を解除することができない場合において、賃貸人が賃借人(転貸人)と賃貸借を合意解除しても、これが賃借人の賃料不払等の債務不履行があるため賃貸人において法定解除権の行使ができるときにされたものである等の事情のない限り、賃貸人は、転借人に対して右合意解除の効果を対抗することができず、したがつて、転借人に対して賃貸土地の明渡を請求することはできないものと解するのが相当である。
けだし、賃貸人は、賃借人と賃貸借を合意解除しても、特段の事情のない限り、転貸借について承諾を与えた転借人に対しては右合意解除の効果を対抗することはできないものであるところ(大審院昭和九年三月七日判決、最高裁昭和三七年二月一日第一小法廷判決、同昭和三八年二月二一日第一小法廷判決)、賃貸人の承諾を得ないでされた転貸であつても、賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるため、賃貸人が右無断転貸を理由として賃貸借を解除することができない場合には、転借人は承諾を得た場合と同様に右転借権をもつて賃貸人に対抗することができるのであり(最高裁昭和三九年六月三〇日第三小法廷判決、同昭和四二年一月一七日第三小法廷判決、同昭和四五年一二月一一日第二小法廷判決)、したがつて、賃貸人が賃借人との間でした賃貸借の合意解除との関係において、賃貸人の承諾を得た転貸借と賃貸人の承諾はないものの賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情がある転貸借とを別異に取り扱うべき理由はないからである。
そして、右の理は、仮換地の指定を受けた者が仮換地につき他の者とその使用収益を目的とする賃貸借類似の契約(「仮換地の賃貸借」)を締結し、その者が更に第三者と右仮換地の使用収益を目的とする賃貸借類似の契約(「仮換地の転貸借」)を締結した場合についてもひとしく妥当するものというべきである。
ところで、本件記録によると、原審において上告人A4を除くその余の上告人らは、被上告人らの本件換地の所有権に基づく本訴各請求に対し、その各占有部分(上告人A5については第一審判決別紙第二目録(四)の「F」―「1」建物部分の敷地)についての占有権原として、
(一) (1)上告人A4は、被上告人らの被相続人D(以下「D」という。)から、昭和二六年ころ本件仮換地を賃借した、(2) 上告人A1は上告人A4から本件仮換地を転借した、(3) 右転貸にはDに対する背信行為と認めるに足りない特段の事情がある、
(二) 上告人A2、同A3及び同A5は、上告人A1が本件仮換地上に所有している前記目録(二)及び(四)の各建物の一部を賃借し、その各敷地部分を占有しているものである、
(三) 本件仮換地は、そのままの位置関係で換地処分がされ、昭和五四年一月六日に本件換地となつたものであるが、前記Dと上告人A4の本件仮換地賃貸借及び上告人A4と上告人A1の本件仮換地転貸借に際しては、本件仮換地がそのまま本換地となつた場合はこれを賃貸借ないし転貸借する旨の合意が成立していたとの趣旨の主張をしていたものと認められる。
しかるに、原判決は、右(一)(1)の賃貸借が昭和三〇年一二月一四日に合意解除されたことを認定しているが、前示の観点に立つて右抗弁の当否について審理判断することなく、被上告人らの前記の本訴各請求を認容した第一審判決を相当として、右各上告人の控訴を棄却しているから、原判決には判決に影響を及ぼすべき事項についての判断遺脱、理由不備の違法があるものというべきである。
論旨は理由があり、原判決中右請求に係る部分は破棄を免れない。そして、右部分については上述の点につき更に審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すのが相当である。
第三者異議の訴えの原告についての法人格否認の法理の適用
平成17年7月15日最高裁判所第二小法廷判決
裁判要旨
第三者異議の訴えの原告の法人格が執行債務者に対する強制執行を回避するために濫用されている場合には,原告は,執行債務者と別個の法人格であることを主張して強制執行の不許を求めることは許されない。
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/405/052405_hanrei.pdf
1 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1) D株式会社(「D」)は,昭和42年11月8日に設立された会社であり,ゴルフ場の建設,管理及び経営等を目的としている。
平成4年5月29日に栃木県矢板市で開場したEゴルフクラブという名称のゴルフ場(「本件ゴルフ場」)に設けられた同名の預託金会員制ゴルフクラブ(以下「本件クラブ」という。)の会則には,① 本件ゴルフ場のゴルフコース及びこれに付帯するクラブハウスその他の施設は,Dが所有し,かつ,管理,経営する,② 本件クラブに入会しようとする者は,D及び本件クラブの理事会の承認を得て,所定の期間内に入会金及び預託金をDに払い込むものとする旨の記載がある。
(2) Dの関連会社として,株式会社Eゴルフクラブ(平成元年8月1日設立)と株式会社F(平成4年5月22日設立)があり,いずれもゴルフ場の建設,管理及び経営等を目的としている。株式会社Fの旧商号は「株式会社Eゴルフクラブ」であり,株式会社Eゴルフクラブの旧商号は「株式会社F」であったが,両社は,平成4年8月21日,互いの商号を交換した。D,株式会社F及び株式会社Eゴルフクラブの役員構成は,ほぼ同じである。
そして,平成4年5月8日,Dを委託者,設立予定の株式会社Fを受託者,株式会社Eゴルフクラブを受益者とし,信託の目的を「管理並びに処分」とする信託契約が締結され,また,同月27日,本件ゴルフ場の敷地について,信託を原因として,Dの持分38分の36を株式会社Fに移転する旨の持分移転登記が了された。
さらに,平成8年12月31日,株式会社Fが株式会社Eゴルフクラブに対し本件ゴルフ場の付属建物を期間3年の約定で賃貸する旨の短期賃貸借契約が締結された。
本件クラブの上記(1)の会則①②は,上記各契約が締結された後も,変更されていない。
(3) 上告人は,平成12年2月2日に設立された会社であり,ゴルフ場の管理及び運営等を目的としている。上告人の旧商号は,G株式会社であり,平成14年10月10日に現在の商号に変更された。
平成12年3月21日,株式会社Eゴルフクラブが上告人に本件ゴルフ場の運営業務を委託する旨の契約が締結された。
(4)ア 被上告人B1株式会社は,宇都宮地方裁判所大田原支部執行官に対し,Dに対して金員の支払を命ずる判決を債務名義として,Dを債務者とする動産執行の申立てをした。同支部執行官は,平成15年5月3日,同申立てに基づき,本件ゴルフ場において,第1審判決別紙第1物件目録記載の物件を差し押さえた。
イ 被上告人B2は,同支部執行官に対し,Dに対して金員の支払を命ずる判決を債務名義として,Dを債務者とする動産執行の申立てをした。同支部執行官は,同月27日,同申立てに基づき,本件ゴルフ場において,同判決別紙第2物件目録記載の物件を差し押さえた。
(5) 上告人は,上記各差押えに係る物件は上記(3)の契約に基づく運営業務の一環として上告人が本件ゴルフ場において所有又は占有しているものである旨主張して,被上告人らに対し,上記各強制執行の不許を求める本件第三者異議の訴えを提起した。
(6) 上記(2)の各契約は,Dが債権者による強制執行を妨害する目的で締結されたものであり,また,Dは,上告人をその意のままに道具として利用し得る支配的地位にあり,本件クラブの多数の会員がDに対して預託金の返還を求める訴えを提起し,その勝訴判決に基づいて強制執行に及ぶことを予想して,これを妨害するという違法不当な目的で上告人の法人格を濫用している。
2 甲会社がその債務を免れるために乙会社の法人格を濫用している場合には,法人格否認の法理により,両会社は,その取引の相手方に対し,両会社が別個の法人格であることを主張することができず,相手方は,両会社のいずれに対してもその債務について履行を求めることができるが,判決の既判力及び執行力の範囲については,法人格否認の法理を適用して判決に当事者として表示されていない会社にまでこれを拡張することは許されない(最高裁昭和44年2月27日第一小法廷判決,最高裁昭和48年10月26日第二小法廷判決,最高裁昭和53年9月14日第一小法廷判決)。
ところで,第三者異議の訴えは,債務名義の執行力が原告に及ばないことを異議事由として強制執行の排除を求めるものではなく,執行債務者に対して適法に開始された強制執行の目的物について原告が所有権その他目的物の譲渡又は引渡しを妨げる権利を有するなど強制執行による侵害を受忍すべき地位にないことを異議事由として強制執行の排除を求めるものである。そうすると,
【要旨】第三者異議の訴えについて,法人格否認の法理の適用を排除すべき理由はなく,原告の法人格が執行債務者に対する強制執行を回避するために濫用されている場合には,原告は,執行債務者と別個の法人格であることを主張して強制執行の不許を求めることは許されないというべきである。
これを本件についてみるに,前記事実関係等によれば,Dは自己に対する強制執行を回避するために上告人の法人格を濫用しているというのであるから,法人格否認の法理が適用され,本件第三者異議訴訟において,上告人はDと別個の法人格であることを主張して上記1(4)の各強制執行の不許を求めることは許されないというべきである。これと同旨をいう原審の判断は正当である。所論引用の前掲最高裁昭和53年9月14日第一小法廷判決は,本件と事案を異にし,本件に適切でない。
論旨は採用することができない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
公にされている処分基準の適用関係を示さずにされた建築士法(平成18年法律第92号による改正前のもの)10条1項2号及び3号に基づく一級建築士免許取消処分が,行政手続法14条1項本文の定める理由提示の要件を欠き,違法であるとされた事例
裁判要旨
建築士法(平成18年法律第92号による改正前のもの)10条1項2号及び3号に基づいてされた一級建築士免許取消処分の通知書において,処分の理由として,名宛人が,複数の建築物の設計者として,建築基準法令に定める構造基準に適合しない設計を行い,それにより耐震性等の不足する構造上危険な建築物を現出させ,又は構造計算書に偽装が見られる不適切な設計を行ったという処分の原因となる事実と,同項2号及び3号という処分の根拠法条とが示されているのみで,同項所定の複数の懲戒処分の中から処分内容を選択するための基準として多様な事例に対応すべくかなり複雑な内容を定めて公にされていた当時の建設省住宅局長通知による処分基準の適用関係が全く示されていないなど判示の事情の下では,名宛人において,いかなる理由に基づいてどのような処分基準の適用によって当該処分が選択されたのかを知ることができず,上記取消処分は,行政手続法14条1項本文の定める理由提示の要件を欠き,違法である。
(補足意見及び反対意見がある。)
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/379/081379_hanrei.pdf
1 本件は,一級建築士として建築士事務所の管理建築士を務めていた上告人X1が,国土交通大臣から,建築士法(平成18年法律第92号による改正前のもの。以下同じ。)10条1項2号及び3号に基づく一級建築士免許取消処分(「本件免許取消処分」)を受け,これに伴い,同事務所の開設者であった上告人X2(「上告会社」)が,北海道知事から,同法26条2項4号に基づく建築士事務所登録取消処分(「本件登録取消処分」)を受けたため,上告人らにおいて,本件免許取消処分は,公にされている処分基準の適用関係が理由として示されておらず,行政手続法14条1項本文の定める理由提示の要件を欠いた違法な処分であり,これを前提とする本件登録取消処分も違法な処分であるなどとして,これらの各処分の取消しを求めている事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1) 上告人X1は,昭和56年に一級建築士免許を取得し,上告会社が開設する建築士事務所の管理建築士を務めていた。
(2) 国土交通大臣は,上告人X1に対し,平成18年9月1日付けで,本件免許取消処分をした。その通知書には,処分の理由として,次のとおり記載されていた。
「あなたは,北海道札幌市中央区南▲条西▲丁目▲-▲,北海道札幌市厚別区厚別中央▲条▲丁目▲-▲,北海道札幌市豊平区平岸▲条▲丁目▲,北海道札幌市北区北▲条西▲丁目▲-▲,▲,▲,▲,北海道札幌市中央区北▲条西▲丁目▲番▲,北海道札幌市中央区南▲条西▲丁目▲-▲,▲,▲,▲,北海道札幌市中央区南▲条西▲丁目▲-▲を敷地とする建築物の設計者として,建築基準法令に定める構造基準に適合しない設計を行い,それにより耐震性等の不足する構造上危険な建築物を現出させた。
また,北海道札幌市東区北▲条東▲丁目▲-▲,北海道札幌市豊平区豊平▲条▲丁目▲-▲,北海道札幌市豊平区月寒西▲条▲丁目▲番▲,北海道札幌市豊平区月寒中央通▲丁目▲番▲,北海道札幌市白石区南郷通▲丁目北▲を敷地とする建築物の設計者として,構造計算書に偽装が見られる不適切な設計を行った。
このことは,建築士法第10条第1項第2号及び第3号に該当し,一級建築士に対し社会が期待している品位及び信用を著しく傷つけるものである。」
(3) 北海道知事は,上告人X1に対し本件免許取消処分がされたことを受けて,上告会社に対し,平成18年9月26日付けで,本件登録取消処分をした。
(4) 建築士法10条1項は,建築士が「この法律若しくは建築物の建築に関する他の法律又はこれらに基づく命令若しくは条例の規定に違反したとき」(2号),「業務に関して不誠実な行為をしたとき」(3号)においては,免許を与えた国土交通大臣又は都道府県知事は,当該建築士に対する懲戒処分として,「戒告を与え,1年以内の期間を定めて業務の停止を命じ,又は免許を取り消すことができる。」と定めている。
本件免許取消処分がされた当時,建築士に対する上記懲戒処分については,意見公募の手続を経た上で,「建築士の処分等について」と題する通知(平成11年12月28日建設省住指発第784号都道府県知事宛て建設省住宅局長通知。平成19年6月20日廃止前のもの)において処分基準(「本件処分基準」)が定められ,これが公にされていた。本件処分基準によれば,その別表第1に従い,処分内容の決定を行うこととされており,上記別表第1の(2)は,建築士が建築士法10条1項2号又は3号に該当するときは,「表2の懲戒事由に記載した行為に対応する処分ランクを基本に,表3に規定する情状に応じた加減を行ってランクを決定し,表4に従い処分内容を決定する。ただし,当該行為が故意によるものであり,それにより,建築物の倒壊・破損等が生じたとき又は人の死傷が生じたとき(「結果が重大なとき」)は,業務停止6月以上又は免許取消の処分とし,当該行為が過失によるものであり,結果が重大なときは,業務停止3月以上又は免許取消の処分とする。」と定めていた。また,上記別表第1の表2は,「違反設計」に対応する処分ランクを「6」とし,「不適当設計」に対応する処分ランクを「2~4」とし,「その他の不誠実行為」に対応する処分ランクを「1~4」とするなど,懲戒事由の類型ごとに処分ランクを定め,表3は,その処分ランクから,「過失に基づく行為であり,情状をくむべき場合」には1~3を減じ,「法違反の状態が長期にわたる場合」や「常習的に行っている場合」には3を加えるなど,情状等による処分ランクの加減方法を定め,表4は,このようにして決定された処分ランクが「2」の場合は「戒告」とし,「3」ないし「15」の場合はそれぞれ「業務停止1月未満」ないし「業務停止1年」とし,「16」の場合は「免許取消」とするなど,処分ランクに対応する処分等(文書注意を含む。)の内容を定めるとともに,複数の処分事由に該当する場合の処理について,「二以上の処分等すべき行為について併せて処分等を行うときは,最も処分等の重い行為のランクに適宜加重したランクとする。ただし,同一の処分事由に該当する複数の行為については,時間的,場所的接着性や行為態様の類似性等から,全体として一の行為と見うる場合は,単一の行為と見なしてランキングすることができる。」などと定めていた。
(5) 上告人らは,本件訴訟の提起の段階で,本件免許取消処分の根拠は本件処分基準の別表第1の(2)本文であると理解していたが,被上告人国は,本件訴訟において,本件免許取消処分の根拠を,主位的に,同(2)ただし書であると主張し,予備的に,同(2)本文であると主張した。
3 原審は,上記事実関係等の下において,次のとおり判断し,本件免許取消処分に行政手続法14条1項本文の定める理由提示の要件を欠いた違法はなく,その余の違法事由も認められず,本件登録取消処分にも違法はないとして,上告人らの請求をいずれも棄却すべきものとした。
行政手続法14条1項本文が,不利益処分をする場合に当該不利益処分の理由を示さなければならないとしている趣旨は,一級建築士に対する懲戒処分の場合,当該処分の根拠法条(建築士法10条1項各号)及びその法条の要件に該当する具体的な事実関係が明らかにされることで十分に達成できるというべきであり,更に進んで,処分基準の内容及び適用関係についてまで明らかにすることを要するものではないと解すべきである。国土交通大臣は,本件免許取消処分の通知書の中で具体的な根拠法条及びその要件に該当する具体的な事実関係を明らかにしているから,十分な理由が提示されていたといえる。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
行政手続法14条1項本文が,不利益処分をする場合に同時にその理由を名宛人に示さなければならないとしているのは,名宛人に直接に義務を課し又はその権利を制限するという不利益処分の性質に鑑み,行政庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに,処分の理由を名宛人に知らせて不服の申立てに便宜を与える趣旨に出たものと解される。そして,同項本文に基づいてどの程度の理由を提示すべきかは,上記のような同項本文の趣旨に照らし,当該処分の根拠法令の規定内容,当該処分に係る処分基準の存否及び内容並びに公表の有無,当該処分の性質及び内容,当該処分の原因となる事実関係の内容等を総合考慮してこれを決定すべきである。
この見地に立って建築士法10条1項2号又は3号による建築士に対する懲戒処分について見ると,同項2号及び3号の定める処分要件はいずれも抽象的である上,これらに該当する場合に同項所定の戒告,1年以内の業務停止又は免許取消しのいずれの処分を選択するかも処分行政庁の裁量に委ねられている。そして,建築士に対する上記懲戒処分については,処分内容の決定に関し,本件処分基準が定められているところ,本件処分基準は,意見公募の手続を経るなど適正を担保すべき手厚い手続を経た上で定められて公にされており,しかも,その内容は,前記2(4)のとおりであって,多様な事例に対応すべくかなり複雑なものとなっている。
そうすると,建築士に対する上記懲戒処分に際して同時に示されるべき理由としては,処分の原因となる事実及び処分の根拠法条に加えて,本件処分基準の適用関係が示されなければ,処分の名宛人において,上記事実及び根拠法条の提示によって処分要件の該当性に係る理由は知り得るとしても,いかなる理由に基づいてどのような処分基準の適用によって当該処分が選択されたのかを知ることは困難であるのが通例であると考えられる。これを本件について見ると,本件の事実関係等は前記2のとおりであり,本件免許取消処分は上告人X1の一級建築士としての資格を直接にはく奪する重大な不利益処分であるところ,その処分の理由として,上告人X1が,札幌市内の複数の土地を敷地とする建築物の設計者として,建築基準法令に定める構造基準に適合しない設計を行い,それにより耐震性等の不足する構造上危険な建築物を現出させ,又は構造計算書に偽装が見られる不適切な設計を行ったという処分の原因となる事実と,建築士法10条1項2号及び3号という処分の根拠法条とが示されているのみで,本件処分基準の適用関係が全く示されておらず,その複雑な基準の下では,上告人X1において,上記事実及び根拠法条の提示によって処分要件の該当性に係る理由は相応に知り得るとしても,いかなる理由に基づいてどのような処分基準の適用によって免許取消処分が選択されたのかを知ることはできないものといわざるを得ない。このような本件の事情の下においては,行政手続法14条1項本文の趣旨に照らし,同項本文の要求する理由提示としては十分でないといわなければならず,本件免許取消処分は,同項本文の定める理由提示の要件を欠いた違法な処分であるというべきであって,取消しを免れないものというべきである。
そして,上記のとおり本件免許取消処分が違法な処分として取消しを免れないものである以上,これを前提とする本件登録取消処分もまた違法な処分として取消しを免れないものというべきである。
5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,上告人らの請求は理由があるから,第1審判決を取り消し,上告人らの請求をいずれも認容すべきである。
加入電話契約者以外の者がいわゆるダイヤルQ2事業における有料情報サービスを利用した場合における加入電話契約者の情報料支払義務の有無
平成13年3月27日最高裁判所第三小法廷判決
裁判要旨
1 加入電話契約者以外の者がいわゆるダイヤルQ2事業における有料情報サービスを利用した場合には,加入電話契約者は,情報料債務を自ら負担することを承諾しているなど特段の事情がない限り,情報提供者に対する情報料の支払義務を負わない。
2 加入電話契約者甲以外の者が利用したいわゆるダイヤルQ2事業における有料情報サービスに係る情報料について,甲がその支払義務を負わず,甲の第1種電気通信事業者乙に対してした支払が法律上の原因を欠くという判示の事情の下においては,乙が受領した情報料相当額の金員を情報提供者に対して引き渡したとしても,乙は,これによって直ちに甲から支払を受けたことにより得た利得を喪失したものとはいえない。
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/440/062440_hanrei.pdf
第1 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
1 当事者等
(1) 被上告人は,平成9年法律第98号による改正前の日本電信電話株式会社法(昭和59年法律第85号)に基づいて昭和60年4月1日に設立され,同日解散した日本電信電話公社の一切の権利及び義務を承継した会社であるが,平成2年ないし3年当時,国内電気通信事業を経営することを目的とし,電気通信回線設備を設置して電気通信役務を提供する業務を営む第1種電気通信事業者であった。
(2) 上告人は,平成2年ないし3年当時,被上告人との間の加入電話契約に基づいて自宅に加入電話(以下「本件加入電話」という。)を設置していた。
2 本件の経緯等
(1) 被上告人は,被上告人が従前から有する電話料金の課金・回収のシステムを固有の電気通信設備を有しない事業者にも開放して,被上告人の電話網を介して有料情報サービスを行おうとする者(以下「情報提供者」という。)のために,被上告人が情報提供者に代わって,同サービスの利用者が情報提供者に対して支払うべき情報料の算定及びその回収を代行する仕組みを構築し,これに係る事業(以下「ダイヤルQ2事業」という。)を平成元年7月から開始した。
(2) ダイヤルQ2事業における有料情報サービス(以下「Q2情報サービス」という。)の仕組みは,おおむね以下のとおりである。すなわち,利用者がQ2情報サービスを利用するために情報提供者に割り当てられた番号に電話をかけると,音声ガイダンスにより同サービスが有料であること及び料金額についての説明がされた後,情報提供者から電話回線を通じて有料の情報提供が開始される。被上告人は,被上告人の保有する機器により通話時間を測定するなどして情報料を算定した上,加入電話契約者に対し,ダイヤル通話料と一体として請求する。被上告人は,回収した情報料から一定の手数料を控除した残額を情報提供者に支払う。なお,情報料については,被上告人が3分間当たり10円ないし300円の12段階に分けて設定した料金表から,情報提供者が自由に選択して決定する。
3 情報料の回収代行に関する約款の内容等
(1) 被上告人は,ダイヤルQ2事業を開始するに当たって,情報料の回収代行に関して被上告人と加入電話契約者等との関係を規律するものとして,当時の電話サービス契約約款(以下「本件約款」という。)に162条ないし164条を追加した。本件約款162条は,Q2情報サービスの利用者(その利用が加入電話からの場合はその加入電話の契約者)は情報提供者に支払う当該サービスの料金等を被上告人がその情報提供者に代わって回収することを承諾する旨,同163条1項は,被上告人は,Q2情報サービスの料金等については,ダイヤル通話料及びその延滞利息に含めて当該サービスの利用者に請求する旨定めていた。
(2) 被上告人は,情報提供者との間で締結されるダイヤルQ2(情報料回収代行サービス)に関する契約(以下「回収代行契約」という。)に基づいて,Q2情報サービス利用に係る情報料を同サービスの利用者(その利用が加入電話からの場合はその加入電話契約者)から回収し,1番組当たり月額1万7000円及び回収した情報料の9%の割合による手数料を控除した残額を情報提供者に支払うものとされていた。なお,回収代行契約4条は,情報提供者は,被上告人が回収代行の対象となるQ2情報サービスに係る料金を被上告人の機器により測定し,ダイヤル通話料及びその延滞利息と一体としてQ2情報サービスの利用者に請求することを承諾する旨定めていた。
(3) 回収代行契約6条により,情報提供者は,利用者に提供する情報サービス等の提供条件について,被上告人が定めた情報等提供者ー利用者間標準約款(有料情報サービス契約約款。以下「標準約款」という。)に規定する内容を盛り込んだ契約約款を定めて利用者の閲覧に供するものとされていたところ,標準約款6条では,Q2情報サービスの利用者(その利用が加入電話からの場合はその加入電話契約者)は,その利用時間と情報提供者が選択した料金種別に応じて算定される情報料の支払を要する旨定めていた。
4 本件加入電話からのQ2情報サービスの利用状況等
(1) 上告人と同居していた長男(当時18歳・定時制高校2年生)は,本件加入電話から,上告人に無断で,Q2情報サービスを利用した。本件加入電話に係る平成2年12月分から平成3年3月分の電話料金合計43万2597円の内訳は原判決別紙のとおりであるところ,この電話料金中のダイヤル通話料の項目には,上記期間中の本件加入電話から行った通話に係る通話料金のほかに,上告人の長男によるQ2情報サービス利用に係る情報料(以下「本件情報料」という。)が含まれており,その金額は,平成2年12月分が11万8456円,平成3年1月分が10万2973円,同年2月分が3万2798円,同年3月分が14万3832円の合計39万8059円であり,これに消費税相当額を加算した額は41万円(円未満切捨て。)となる。
(2) 上告人は,平成2年12月分の電話料金の請求を受けた際,その金額が多額であることから,被上告人行橋営業所に赴いて説明を求めたところ,担当者から,その請求金額にはQ2情報サービス利用に係る料金が含まれており,子供が同サービスを利用したと考えられる旨の説明を受けた。上告人が長男に尋ねたところ,同人が同サービス利用の事実を認めたため,やむなく電話料金を支払い,平成3年1月分から同年3月分の電話料金についても,長男の同サービス利用に係る料金が含まれていることを知って,その支払をした。
5 被上告人は,上告人から支払を受けた本件情報料につき,回収代行契約に基づく手数料を控除した上,その残額を情報提供者に対して支払済みである。
第2 上告人は,前記事実関係の下において,長男のQ2情報サービスの利用は上告人の承諾を得たものではなく,上告人には本件情報料の支払義務がないから,被上告人に対して支払った本件情報料は不当利得となるとして,被上告人に対し,本件情報料相当額41万円及び同サービス利用に係る通話料相当額9922円並びにこれらに対する訴状送達の日の翌日である平成4年10月6日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延利息の支払を求めている(なお,上告人は,原判決中通話料相当額の不当利得返還請求に係る部分について,上告受理申立ての理由を記載した書面を提出しない。)。
第3 原審は,次のとおり判断して,上告人の本件情報料相当額の不当利得返還請求を棄却すべきものとした。
1 Q2情報サービスの利用者が情報提供者に電話をかけて情報の提供を受けることにより,利用者と情報提供者との間に有料情報提供契約が締結され,利用者は情報提供者に対して同サービスの利用時間に応じた情報料債務を負担する。上告人の長男は上告人に無断で同サービスを利用したものであり,上告人は本件情報料債務を負担するものではない。
2 上告人は,被上告人行橋営業所の担当者から説明を受け,長男に同サービス利用の事実を確認した上,平成2年12月分から平成3年3月分の電話料金の中に長男の同サービス利用に係る料金が含まれていることを知って,それを自らが負担する意思の下にその支払をしたものであるから,上告人の本件情報料の支払は第三者弁済となる。
3 仮に,上告人が本件情報料の支払義務が自らにあると誤信して支払ったため,その弁済が非債弁済となり,上告人に本件情報料相当額の損失が生じたとしても,被上告人は,本件約款162条1項及び情報提供者との間の回収代行契約に基づいて,本件情報料を上告人から回収して情報提供者に支払済みであるから,被上告人には利得が現存していない。
第4 しかしながら,原審の第3の2,3の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
1 加入電話からQ2情報サービスの利用が行われた場合,利用者と情報提供者との間で,その都度,情報提供者による電話を通じた情報等の提供と利用者によるこれに対する対価である情報料の支払を内容とする有料情報提供契約が成立し,利用者は情報提供者に対して同サービスの利用時間に応じた情報料債務を負担し,情報提供者は利用者に対する情報料債権を取得することになる。そして,
【要旨1】同サービスの利用が加入電話契約者以外の者によるものであるときには,有料情報提供契約の当事者でない加入電話契約者は,情報提供者に対して利用者の情報料債務を自ら負担することを承諾しているなど特段の事情がない限り,情報提供者に対して情報料債務を負うものではない。
被上告人は,回収代行契約6条において,情報提供者に対して,情報提供者と利用者との間で締結される有料情報提供契約に関する契約約款の作成を義務付けているところ,標準約款は,被上告人が,回収代行契約を締結するに際し,情報提供者に対して,有料情報提供契約に関する契約約款に盛り込むべき標準的内容を示したにすぎないものであって,加入電話からのQ2情報サービスの利用に係る情報料債務を加入電話契約者が負担する根拠となるものではない。また,本件約款162条は,加入電話契約者が情報提供者に対してQ2情報サービス利用に係る情報料債務を自ら負担している場合において,情報提供者に対して支払うべき情報料債務につき被上告人が情報提供者に代わって回収することを承諾する旨を定めているにすぎないと解すべきであるから,加入電話からのQ2情報サービスの利用が加入電話契約者以外の者によるものである場合において,その利用に係る情報料債務を加入電話契約者が負担する根拠となるものではない。
2 本件についてこれを見ると,上告人の長男による本件加入電話からのQ2情報サービスの利用は加入電話契約者である上告人に無断でされたものであり,上告人において長男の情報提供者に対する本件情報料債務を自ら負担することを承諾していたなど特段の事情もうかがわれないから,上告人は本件情報料債務を負担するものではない。
そして,前記事実関係によれば,上告人が被上告人からの請求を受けて平成2年12月分ないし平成3年3月分の電話料金の支払に応じたものであるところ,被上告人からの電話料金の請求においては,本件情報料についても本件加入電話から行った通話に係る通話料金と一体としてダイヤル通話料の項目に含めた形で請求されていたというのである。
そうすると,上告人において被上告人から請求された電話料金の中に上告人の長男によるQ2情報サービス利用に係る料金が含まれていたことを知っていたとしても,そのことだけから直ちに,ダイヤル通話料として請求された分の中に,長男が情報提供者に対して負担すべき本件情報料が含まれていることまで認識していたものと即断することはできないというべきである。したがって,他に格別の事情もうかがわれない本件においては,上告人が被上告人から請求を受けた電話料金中に自己の負担する債務ではない本件情報料が含まれていることを認識した上で,長男の負担する本件情報料債務について弁済する意思をもって支払をしたものということはできず,その支払によって本件情報料債務が消滅するものではない。
3 被上告人は,回収代行契約に基づき,情報提供者に代わって加入電話契約者からQ2情報サービス利用に係る情報料を回収するものであるところ,回収代行契約4条は,情報提供者は,回収代行の対象となる有料情報等サービスに係る料金を被上告人の機器により測定し,ダイヤル通話料及びその延滞利息と一体として有料情報等サービスの利用者に請求することを承諾する旨定めており,本件当時においては,被上告人が,加入電話契約者に対する電話料金の請求に際して,加入電話からの通話に係る通話料金と一体としてダイヤル通話料の項目に含めて情報料相当額をも請求していたことからすれば,被上告人は,本件当時,情報提供者からの委託を受けて,自己の名において加入電話契約者に対するダイヤル通話料として情報料相当額を請求していたものであって,被上告人が情報提供者の代理人として情報料の回収を行っていたものではないというべきである。
これを本件について見ると,前記のとおり,被上告人は,自己の名において本件情報料相当額をダイヤル通話料と一体として請求しており,他方で,上告人は,本件情報料債務を負っておらず,被上告人に対しても本件約款162条に基づきその支払義務を負担するものではないから,被上告人が上告人から受領した本件情報料相当額の金員につき,本件情報料債務の弁済としてその効果が情報提供者に帰属するとはいえず,上告人の本件情報料相当額の支払は,被上告人に対する非債弁済となるものと解される。
4 【要旨2】前記事実関係によれば,被上告人は,情報提供者との間の回収代行契約に基づいて,上告人から支払を受けた本件情報料相当額から所定の手数料を控除した残額を情報提供者に引き渡しているけれども,被上告人が情報提供者に対して回収した情報料の引渡義務を負うのは,情報提供者に対して情報料債務を負担する加入電話契約者から情報料を回収した場合に限られるというべきであり,また,前記のとおり,上告人の被上告人に対する本件情報料相当額の支払は非債弁済となるのであって,そもそもこの金員は,被上告人が回収代行契約に基づく事務処理に当たって受け取ったものとはいえないのであるから,被上告人がこれを情報提供者に引き渡したとしても,回収代行契約に基づく受取物引渡義務の履行と見ることはできず,情報提供者は,引渡しを受けた金員を保有すべき法律上の原因を有するものではない。
そうすると,被上告人は,情報提供者が上告人に対して本件情報料債権を有していることを前提として支払った本件情報料相当額については,情報提供者に対して不当利得としてその返還を請求する権利を有しているものということができ,特段の事情のない限り,同返還請求権の価値に相当する利益をなお保有していることになるから,被上告人が本件情報料相当額の金員を情報提供者に引き渡したとしても,これによって直ちに被上告人が上告人からの非債弁済によって得た利得を喪失するものとはいえないと解するのが相当である。
そして,上記特段の事情につき何ら主張立証のない本件においては,上告人は,被上告人に対し,本件情報料相当額につき,不当利得に基づきその返還を請求することができるというべきである。
第5 以上の次第で,上告人の本件情報料相当額の不当利得返還請求を棄却すべきものとした原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があり,この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があり,原判決中上記請求に関する部分は破棄を免れない。そして,前記説示に照らせば,上記請求には理由があり,これを認容すべきものであるから,原判決を本判決主文第1項のとおり変更することとする。
賃貸人が地上の建物の不存在を理由に借地人の借地法四条一項に基づく借地権の更新請求権がないと主張することが信義則上許されないとされた事例
昭和52年3月15日最高裁判所第三小法廷判決
裁判要旨
従前の土地の賃借人が、仮換地上に移築し、所有していた建物が火災によつて滅失したのち、その再築をしょうとしたのに、賃貸人の建築禁止通告及びこれに続く仮換地明渡調停の申立によつて建物の築造を妨げられ、その結果、賃貸借期間満了の際、仮換地上に建物を所有することができない状態となるに至つたなど判示の事情がある場合において、賃貸人が地上の建物の不存在を理由に借地人の借地法四条一項に基づく借地権の更新請求権がないと主張して争うことは、信義則上許されない。
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/524/074524_hanrei.pdf
原審が適法に確定したところによれば、
(1)被上告人の先代Dは、Eからその所有する平塚市a字b町通c番d宅地三一一・九九平方メートル(「本件土地」)を木造建物所有の目的で賃借し、昭和二八年に右賃貸借の期間は昭和四八年一〇月一二日までと改定されたが、その後Eは死亡してFが同人を相続し、更にFの死亡により上告人が同人を相続して本件土地の所有権及び賃貸人の地位を承継し、またDも死亡して被上告人が同人を相続し、賃借人の地位を承継した、
(2)被上告人は、本件土地上に甲、乙二棟の建物を所有していたが、昭和四五年ころ本件土地が土地区画整理の対象となり、その仮換地(「本件仮換地」)が指定されたので、昭和四六年中に甲建物を取り壊し、また、乙建物を本件仮換地上に移築した、
(3)乙建物は昭和四八年五月ころ第三者の失火により焼失したところ、その翌々日、上告人は、被上告人に対し、建物の再築禁止を通告するとともに、本件仮換地の明渡を求め、そのため被上告人が建物建築計画を進めることができないでいるうち、昭和四八年六月一一日本件仮換地明渡の調停を申し立て、右調停は昭和四九年三月二五日不調となつたが、調停係属中昭和四八年一〇月一二日賃貸借の期間が満了した、というのである。
以上の事実関係によれば、被上告人は、乙建物が火災によつて滅失したのち本件仮換地上に建物を再築しようとしたのに、上告人の建築禁止通告及びこれに続く本件仮換地明渡調停の申立によつて建物の築造を妨げられ、その結果、賃貸借期間満了の際本件仮換地上に建物を所有することができない状態となるに至つたものであることが明らかであつて、このような場合、上告人が地上の建物の不存在を理由として被上告人に借地法四条一項に基づく借地権の更新を請求する権利がないと主張して争うことは、信義則上許されないものと解するのが相当である。
これと同旨の見地に立つて、被上告人の同条項に基づく更新請求権を肯認した原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。
所論引用の判例は、罹災又は疎開によつて建物を失つた残存期間の短い借地権者の借地権の存続を確保して借地権者の地位を安定し、建物築造を促して建物復興に協力させることを目的とした罹災都市借地借家臨時処理法一一条の適用を受けて特に延長された借地権の更新に関するものであつて、事案を異にし、本件に適切ではない。論旨は、採用することができない。
無利息無担保の金銭消費貸借は商法第二六五条にいう取引にあたるか。
昭和38年12月6日最高裁判所第二小法廷判決
裁判要旨
株式会社に対しその取締役が無利息、無担保で金銭を貸し付ける行為は、商法第二六五条にいう取引にあたらない。
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/806/053806_hanrei.pdf
商法二六五条が、取締役が自己又は第三者のためにその会社と取引をなすには取締役会の承認を要する旨規定するのは、会社と取締役個人との間の利害衝突から会社の利益を保護することをその目的とするものであるところ、取締役がその会社に対し無利息、無担保で金員を貸付ける行為は、特段の事情のない限り会社の利益にこそなれ不利益であるとはいえないから、取締役会の承認を要しないものと解するのを相当とする。
本件において、原判決は、第一審判決理由を引用して、上告人が被上告人に対し原判示の(一)ないし(七)の金員を弁済期は貸付の日から一ヶ月以内とする定めで貸付けたこと、右(五)ないし(七)の消費貸借は上告人が被上告会社の取締役に在任中になされたことを確定した上、右消費貸借は被上告会社の取締役会の承諾をえた形跡が認められないから商法二六五条の規定に違反して無効である旨判断している。
しかし、もし右消費貸借がいずれも無利息、無担保の約定であるならば、前述のとおり被上告会社の取締役会の承認を要しないものというべきところ、上告人が原審に於て右趣旨の主張をしているに拘らず右約定の有無について何ら判示することなくして、直ちに右消費貸借は被上告会社の取締役会の承諾をえていないから無効であるとした原判決は、所論のとおり商法二六五条の解釈適用を誤つたものというべく、右違法は判決に影響を及ぼすこと明らかであるといわなければならない。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。
よつて、前記(五)ないし(七)の各消費貸借につき無利息、無担保の約定の有無についてさらに審理せしめるため本件を原裁判所に差戻すのを相当と認め、民訴四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
行為当時の最高裁判所の判例の示す法解釈に従えば無罪となるべき行為を処罰することと憲法三九条
平成8年11月18日最高裁判所第二小法廷判決
裁判要旨
行為当時の最高裁判所の判例の示す法解釈に従えば無罪となるべき行為であっても、これを処罰することは憲法三九条に違反しない。
(補足意見がある。)
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/144/050144_hanrei.pdf
地方公務員法三七条一項につき憲法二八条違反をいう点及び地方公務員法六一条四号につき憲法二八条、一八条、三一条違反をいう点は、当裁判所の判例(最高裁昭和四四年(あ)第一二七五号同五一年五月二一日大法廷判決・刑集三〇巻五号一一七八頁、最高裁昭和四三年(あ)第二七八〇号同四八年四月二五日大法廷判決・刑集二七巻四号五四七頁)に徴して理由がなく、
行為当時の最高裁判所の判例の示す法解釈に従えば無罪となるべき行為を処罰することが憲法三九条に違反する旨をいう点は、そのような行為であっても、これを処罰することが憲法の右規定に違反しないことは、当裁判所の判例(最高裁昭和二五年四月二六日大法廷判決、最高裁昭和三三年五月二八日大法廷判決、最高裁昭和四九年五月二九日大法廷判決)の趣旨に徴して明らかであり、判例違反をいう点は、所論引用の判例は所論のような趣旨を判示したものではないから、前提を欠き、その余は、違憲をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
被告人本人の上告趣意のうち、地方公務員法三七条、六一条四号につき憲法二八条違反をいう点は、その理由がないことは前記のとおりであり、その余は、事実誤認の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
●裁判官河合伸一の補足意見は、次のとおりである。
私は、被告人の行為が、行為当時の判例の示す法解釈に従えば無罪となるべきものであったとしても、そのような行為を処罰することが憲法に違反するものではないという法廷意見に同調するが、これに関連して、若干補足して述べておきたい。
判例、ことに最高裁判所が示した法解釈は、下級審裁判所に対し事実上の強い拘束力を及ぼしているのであり、国民も、それを前提として自己の行動を定めることが多いと思われる。この現実に照らすと、最高裁判所の判例を信頼し、適法であると信じて行為した者を、事情の如何を問わずすべて処罰するとすることには問題があるといわざるを得ない。しかし、そこで問題にすべきは、所論のいうような行為後の判例の「遡及的適用」の許否ではなく、行為時の判例に対する国民の信頼の保護如何である。私は、判例を信頼し、それゆえに自己の行為が適法であると信じたことに相当な理由のある者については、犯罪を行う意思、すなわち、故意を欠くと解する余地があると考える。
もっとも、違法性の錯誤は故意を阻却しないというのが当審の判例であるが(最高裁昭和二三年七月一四日大法廷判決、最高裁昭和二五年一一月二八日第三小法廷判決)、私は、少なくとも右に述べた範囲ではこれを再検討すべきであり、そうすることによって、個々の事案に応じた適切な処理も可能となると考えるのである。
この観点から本件をみると、被告人が犯行に及んだのは昭和四九年三月であるが、当時、地方公務員法の分野ではいわゆるB教組事件に関する最高裁昭和四四年四月二日大法廷判決が当審の判例となってはいたものの、国家公務員法の分野ではいわゆるC警職法事件に関する最高裁昭和四八年四月二五日大法廷判決が出され、B教組事件判例の基本的な法理は明確に否定されて、同判例もいずれ変更されることが予想される状況にあったのであり、しかも、記録によれば、被告人は、このような事情を知ることができる状況にあり、かつ知った上であえて犯行に及んだものと認められるのである。したがって、本件は、被告人が故意を欠いていたと認める余地のない事案であるというべきである。
このように、被告人は、私見によっても処罰を免れないのであり、被告人に地方公務員法違反の犯罪の成立を認めた原判決に誤りはなく、刑訴法四一一条一号に当たるとすることはできないのである。
共同抵当の関係にある不動産の一部に対する抵当権の放棄とその余の不動産の譲受人が民法五〇四条所定の免責の効果を主張することの可否
平成3年9月3日最高裁判所第三小法廷判決
裁判要旨
債務者所有の甲不動産と第三者所有の乙不動産とが共同抵当の関係にある場合において、債権者が甲不動産に設定された抵当権を放棄するなど故意又はけ怠によりその担保を喪失又は減少したときは、その後の乙不動産の譲受人も債権者に対して民法五〇四条に規定する免責の効果を主張することができる。
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/723/052723_hanrei.pdf
一 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 昭和三八年、Dはその所有する第一審判決添付物件目録記載1、2の不動産を、また上告人はその所有する同目録記載3ないし11の不動産を、いずれもE工業株式会社(後にF建設株式会社に商号変更。以下「F」という。)に対し、譲渡担保契約に基づきその所有権を移転してその旨の登記を経由した上、右各不動産(「G物件」)の管理を委託した。その後、同三九年、D及び上告人は、Fに対し、G物件の右所有権移転登記の抹消登記手続及び同物件の返還を求めて訴え(東京地方裁判所同三九年(ワ)第三四三七号事件)を提起した。とこが、右訴訟の係属中、Fが破産宣告を受けたため、Hがその破産管財人に選任されて右訴訟を承継した。
2 同破産管財人は、昭和四四年、I株式会社(同五〇年に株式会社J技研に商号変更。以下「J技研」という。)に対し、Fが右破産宣告前にしたG物件の譲渡を否認し、その所有権移転登記につき否認の登記手続を求める訴え(東京地方裁判所同四四年(ワ)第六四三〇号事件)を提起して、これに勝訴し、同四九年七月二二日、同事件の確定判決を登記原因として右物件につき否認の登記を経由した。その後、前記1の同三九年(ワ)第三四三七号事件について、同五一年一二月二四日、D及び上告人と同破産管財人との間で、G物件の所有権をすべて上告人に移転する旨の訴訟上の和解が成立し、同五二年六月二九日、その旨の所有権移転登記が経由された。
3 ところで、J技研は、前記2の昭和四四年(ワ)第六四三〇号事件の判決確定前であっていまだG物件の所有名義を有していた同四七年九月六日、被上告人に対する二億二〇〇〇万円の債務を担保するため同物件に抵当権(「本件抵当権」)を設定し、同時に自己の所有する第一審判決添付物件目録記載12、13の物件(「K物件」)及び同目録記載14、15の物件(「L物件」)をも前記債務の共同担保として提供してこれに抵当権を設定し、いずれもその旨の登記を経由した。しかるに、被上告人は、前記否認権の行使によりG物件の所有権がFに帰属した後の同五一年一二月二一日、K物件に対して有していた前記抵当権を放棄した。なお、同破産管財人は、同四九年、被上告人を相手にG物件に対する本件抵当権の設定を否認し、同設定登記につき否認の登記手続を求める旨の訴えを提起したが、同訴訟で同破産管財人の敗訴の判決が確定した。
4 被上告人は、昭和五三年、上告人が所有権を取得したG物件及びJ技研が所有するL物件について競売を申し立て、執行裁判所は、同五五年三月二四日、その競売手続において、被上告人に対しG物件の競売代金から三四五四万三一八一円を交付し、物件所有者であった上告人に対し剰余金として二六五九万九五五九円を交付した。
二 原審は、右事実関係の下において、上告人の被上告人に対する主位的請求、すなわち、K物件の昭和五一年一二月当時の価格が一億四〇〇〇万円であるのに、被上告人が同物件に対する抵当権を放棄した結果、上告人は同物件に対する抵当権に法定代位することができなくなり、そのため代位による償還が受けられなくなった限度で責任を免れた(民法五〇四条)ものであるにもかかわらず、被上告人がG物件の競売代金から三四五四万三一八一円の交付を受けたのは、法律上の原因なくして不当にこれを利得したものであるから、右同額の金員の返還を求める旨の不当利得返還請求は、次の理由によりこれを棄却すべきであるとした。
1 G物件に対する抵当権は、上告人が自己所有の物件について設定したものではなく、J技研がその所有する物件について自己の被上告人に対する債務の担保のために設定したものである。上告人の立場は、他人がその債務の担保として自己所有の不動産につき抵当権を設定したその目的不動産の第三取得者に当たるというべきである。
2 民法五〇四条の規定は、同法五〇〇条所定の法定代位権者がある場合において、債権者の故意又は懈怠による担保の喪失又は減少により法定代位権者が償還を受けられなくなり、その当時法定代位権者が有していた代位により得られるべき利益を害されることになったときに、償還が受けられなくなった限度でその責任を免れることとして、法定代位権者を保護することを目的として設けられたものであるところ、抵当不動産の第三取得者は、取得前の債権者の担保権の喪失又は減少については、これにより何ら右のような利益を害されるものではないから、右規定に基づく免責を主張することはできないものと解すべきである。
3 上告人は、被上告人がK物件の抵当権を放棄した後に共同担保の抵当不動産であるG物件の所有権を取得したものであるから、被上告人に対し、前記規定による免責を主張することができない。
三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
債務者所有の抵当不動産(「甲不動産」)と債務者から所有権の移転を受けた第三取得者の抵当不動産(「乙不動産」)とが共同抵当の関係にある場合において、債権者が甲不動産に設定された抵当権を放棄するなど故意又は懈怠によりその担保を喪失又は減少したときは、第三取得者はもとより乙不動産のその後の譲受人も債権者に対して民法五〇四条に規定する免責の効果を主張することができるものと解するのが相当である。
すなわち、民法五〇四条は、債権者が担保保存義務に違反した場合に法定代位権者の責任が減少することを規定するものであるところ、抵当不動産の第三取得者は、債権者に対し、同人が抵当権をもって把握した不動産の交換価値の限度において責任を負担するものにすぎないから、債権者が故意又は懈怠により担保を喪失又は減少したときは、同条の規定により、担保の喪失又は減少によって償還を受けることができなくなった金額の限度において抵当不動産によって負担すべき右責任の全部又は一部は当然に消滅するものである。そして、その後更に右不動産が第三者に譲渡された場合においても、右責任消滅の効果は影響を受けるものではない。
これを本件についてみるのに、Fは、G物件につき確定判決を登記原因として前記否認の登記を経由した結果、抵当不動産の第三取得者となったものであるところ、被上告人が昭和五一年一二月二一日、G物件と共同担保の関係にあるK物件の抵当権を放棄した結果、これによって、Fは本件抵当権につきK物件から償還を受けることができなくなった金額の限度においてその責めを免れたことになり、その後右免責の効果の生じたG物件を取得した上告人も、被上告人に対し、免責の効果を主張することができることになる。したがって、被上告人が、前記競売手続において、G物件の競売代金から、右免責により減縮された責任の額を超えて金員の交付を受けた場合においては、被上告人は法律上の原因なくして金員を不当に利得したことになる。
してみると、これと異なり、上告人は被上告人に対し右免責の効果を主張することができないとした原審の判断は、民法五〇四条の解釈適用を誤った違法があり、その違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点の違法をいう論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そこで、右免責の額等について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すのが相当である。
裁判官がした証拠保全における押収の裁判に対する準抗告の決定に対する特別抗告事件
平成17年11月25日最高裁判所第二小法廷決定
裁判要旨
捜査機関が収集し保管している証拠は,特段の事情が存しない限り,証拠保全手続の対象にならない。
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/101/050101_hanrei.pdf
主 文
本件抗告を棄却する。
理 由
本件抗告の趣意は,違憲をいうが,実質は単なる法令違反の主張であって,刑訴法433条の抗告理由に当たらない。
なお,【要旨】捜査機関が収集し保管している証拠については,特段の事情が存しない限り,刑訴法179条の証拠保全手続の対象にならないものと解すべきであるから,これと同旨の原判断は相当である。
よって,刑訴法434条,426条1項により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
1不法行為に基づく損害賠償請求訴訟につき民訴法の不法行為地の裁判籍の規定に依拠して我が国の裁判所の国際裁判管轄を肯定するために証明すべき事項 2ある管轄原因により我が国の裁判所の国際裁判管轄が肯定される請求の当事者間における他の請求につき民訴法の併合請求の裁判籍の規定に依拠して我が国の裁判所の国際裁判管轄を肯定するための要件
平成13年6月8日最高裁判所第二小法廷判決
裁判要旨
1 我が国に住所等を有しない被告に対し提起された不法行為に基づく損害賠償請求訴訟につき,民訴法の不法行為地の裁判籍の規定に依拠して我が国の裁判所の国際裁判管轄を肯定するためには,原則として,被告が我が国においてした行為により原告の法益について損害が生じたとの客観的事実関係が証明されれば足りる。
2 ある管轄原因により我が国の裁判所の国際裁判管轄が肯定される請求の当事者間における他の請求につき,民訴法の併合請求の裁判籍の規定に依拠して我が国の裁判所の国際裁判管轄を肯定するためには,両請求間に密接な関係が認められることを要する。
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/286/052286_hanrei.pdf
1 記録によって認められる事実関係の概要は,次のとおりである。
(1) 上告人は,第1審判決別紙第二目録記載の各著作物(「本件著作物」)の日本における著作権者であり,文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約(以下「ベルヌ条約」という。)により,ベルヌ条約の同盟国であるタイ王国においても著作権を有する。上告人は,株式会社Dに対し,日本及び東南アジア各国における本件著作物の利用を許諾している。被上告人は,タイ王国に在住する自然人であって,日本において事務所等を設置しておらず,営業活動も行っていない。
(2) 第1審判決別紙第一目録添付の契約書(「本件契約書」)が存在し,本件契約書には,Eエンタープライズ・カンパニー・リミテッド(代表者・F)が,Gフィルム・カンパニー・リミテッド(以下「Gフィルム社」という。)の社長である被上告人に対し,昭和51年3月4日付けで,日本を除くすべての国において,期間の定めなく,独占的に本件著作物についての配給権,制作権,複製権等を許諾する旨の記載がある。
なお,タイ王国において,Hフィルム・リミテッド・パートナーシップとの名称の法人は登録されているが,Gフィルム社は登録されていない。
(3) 上告人は,平成8年7月ころ,被上告人に対し,Gフィルム社の社長である被上告人が,本件契約書に従い,タイ王国を含む領域で,本件著作物の独占的利用権を有していることを確認する趣旨の書簡(以下「本件書簡」という。)を送付した。
(4) 香港に所在するI法律事務所は,平成9年4月,Gフィルム社の代理人として,株式会社D及びその子会社並びに株式会社Dと合併交渉中であった株式会社Jエンタープライゼスに対し,「Gフィルム社は,本件著作物の著作権を有し,又は上告人から独占的に利用を許諾されているから,株式会社Dの香港,シンガポール及びタイ王国における子会社が本件著作物を利用する行為は,Gフィルム社の独占的利用権を侵害する」旨の警告書(以下「本件警告書」という。)を送付し,そのころ,本件警告書は,日本における上記各社の事務所に到達した。
(5) 上告人は,本訴提起後の平成9年12月,タイ王国の裁判所に,被上告人外3名を相手方として,被上告人は本件著作物についてタイ王国における著作権を有しておらず,上告人から利用の許諾も得ていない,本件契約書は被上告人が偽造したものであるなどと主張して,本件著作物についてタイ王国における被上告人外3名の著作権侵害行為の差止め等を求める訴えを提起し,同訴訟は,刑事事件及び刑事に関連する民事事件として同国裁判所に係属している(「タイ訴訟」)。タイ訴訟において,被上告人は,本件著作物につきタイ王国における著作権を上告人と共有している旨の主張をしている。
2 本件は,上告人が,被上告人に対し,
① 本件警告書が日本に送付されたことにより上告人の業務が妨害されたことを理由とする不法行為に基づく損害賠償(「本件請求①」),
② 被上告人が日本において本件著作物についての著作権を有しないことの確認,
③ 本件契約書が真正に成立したものでないことの確認,
④ 上告人が本件著作物につきタイ王国において著作権を有することの確認,
⑤ 被上告人が本件著作物の利用権を有しないことの確認,並びに,
⑥ 被上告人が,日本国内において,第三者に対し,本件著作物につき被上告人が日本国外における独占的利用権者である旨を告げること及び本件著作物の著作権に関して日本国外において上告人と取引をすることは被上告人の独占的利用権を侵害することになる旨を告げることの差止めを請求する事案である。
3 第1審は,本件訴えを却下し,原審も,概要次のように判断して,本件訴えを却下すべきものとした。
(1) 我が国の裁判所に不法行為を根拠とする国際裁判管轄があるか否かを判断するためには,その前提として,不法行為の存在を認定しなければならないが,原告の主張のみによってこれを認めるべきではなく,管轄の決定に必要な範囲で一応の証拠調べをし,不法行為の存在が一定程度以上の確かさをもって認められる事案に限って,不法行為に基づく国際裁判管轄を肯定するのが相当である。
本件契約書が真正に成立したものと推定されることに加えて,本件書簡の記載内容等をも併せ考えると,被上告人は,上告人から,日本を除く地域における本件著作物の独占的利用の許諾を受けていると一応認められ,被上告人が本件警告書を送付した行為は,上告人との関係において,上告人と株式会社Dとの間の正当な契約関係を不当に侵害するとか,上記契約関係に不法に介入しようとしているとはいえない。すなわち,現段階における証拠による限り,被上告人の不法行為の存在を認めることはできず,むしろ不存在である見込みが大きい。
したがって,本件請求①について,我が国に不法行為に基づく国際裁判管轄があると認めることはできない。
(2) 本件請求②については,日本における著作権の所在地が日本国内であることは明らかであるから,我が国に財産所在地の国際裁判管轄がある。しかし,上告人が本件請求②の確認の利益を基礎づける事実として主張するのは,タイ訴訟において,被上告人が本件著作物についての著作権を上告人と共有している旨の主張をしていることのみであり,これによって,日本国内における本件著作物の著作権の帰属自体をめぐる紛争が,訴訟によって解決するに値するほどに成熟しているとはいえない。したがって,本件請求②について確認の利益を認めることはできない。
(3) 訴えの却下を免れない本件請求②に基づき,その余の請求につき我が国に併合請求による国際裁判管轄を認めることは,不合理であって,許されない。
(4) なお,仮に,本件請求のいずれかにつき我が国の国際裁判管轄を肯定できるとしても,上告人は,本件について権利保護の法的手段が保障され,現にタイ訴訟において本件訴訟と同様の争点について争っているのであるから,日本国内に事務所等を設置しておらず,営業活動も行っていない被上告人に対し,タイ訴訟とは別に,我が国の裁判所において本件訴訟に応訴することを強いることは,被上告人に著しく過大な負担を課すものであり,当事者間の公平,裁判の適正・迅速の理念に反するので,我が国の国際裁判管轄を否定すべき特段の事情がある。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1) 【要旨1】我が国に住所等を有しない被告に対し提起された不法行為に基づく損害賠償請求訴訟につき,民訴法の不法行為地の裁判籍の規定(民訴法5条9号,本件については旧民訴法15条)に依拠して我が国の裁判所の国際裁判管轄を肯定するためには,原則として,被告が我が国においてした行為により原告の法益について損害が生じたとの客観的事実関係が証明されれば足りると解するのが相当である。けだし,この事実関係が存在するなら,通常,被告を本案につき応訴させることに合理的な理由があり,国際社会における裁判機能の分配の観点からみても,我が国の裁判権の行使を正当とするに十分な法的関連があるということができるからである。
本件請求①については,被上告人が本件警告書を我が国内において宛先各社に到達させたことにより上告人の業務が妨害されたとの客観的事実関係は明らかである。
よって,本件請求①について,我が国の裁判所の国際裁判管轄を肯定すべきである。
原審は,不法行為に基づく損害賠償請求について国際裁判管轄を肯定するには,不法行為の存在が一応の証拠調べに基づく一定程度以上の確かさをもって証明されること(以下「一応の証明」という。)を要するとしたうえ,被上告人の上記行為について違法性阻却事由が一応認められるとして,本件請求①につき我が国に不法行為地の国際裁判管轄があることを否定した。これは,
(ア) 民訴法の不法行為地の裁判籍の規定に依拠して国際裁判管轄を肯定するためには,何らかの方法で,違法性阻却事由等のないことを含め,不法行為の存在が認められる必要があることを前提とし,
(イ) その方法として,原告の主張のみによって不法行為の存在を認めるのでは,我が国との間に何らの法的関連が実在しない事件についてまで被告に我が国での応訴を強いる場合が生じ得ることになって,不当であり,
(ウ) 逆に,不法行為の存在について本案と同様の証明を要求するのでは,訴訟要件たる管轄の有無の判断が本案審理を行う論理的前提であるという訴訟制度の基本構造に反することになると理解した上,
(エ) この矛盾を解消するため,一応の証明によって不法行為の存在を認める方法を採ったものと解される。
しかしながら,この(イ)及び(ウ)の理解は正当であるが,(ア)の前提が誤りであることは前記のとおりであるから,あえて(エ)のような方法を採るべき理由はない。また,不法行為の存在又は不存在を一応の証明によって判断するというのでは,その証明の程度の基準が不明確であって,本来の証明に比し,裁判所間において判断の基準が区々となりやすく,当事者ことに外国にある被告がその結果を予測することも著しく困難となり,かえって不相当である。結局,原審の上記判断には,法令の解釈適用を誤った違法があるといわなければならない。
(2) 本件請求②は,請求の目的たる財産が我が国に存在するから,我が国の民訴法の規定する財産所在地の裁判籍(民訴法5条4号,旧民訴法8条)が我が国内にあることは明らかである。
ところで,著作権は,ベルヌ条約により,同盟国において相互に保護されるものであるから,仮に,被上告人が本件著作物につきタイ王国における著作権を上告人と共有しているとすれば,日本においても,被上告人のタイ王国における共有著作権が保護されることになる。被上告人がタイ訴訟において本件著作物についてタイ王国における著作権を共有していると主張している事実は,本件請求②の紛争としての成熟性,ひいては確認の利益を基礎づけるのに十分であり,本件請求②の確認の利益を否定した原判決には,法令の解釈適用を誤った違法がある。
よって,本件請求②については,我が国の裁判所に国際裁判管轄があることを肯定すべきである。
(3) 本件請求③ないし⑥は,いずれも本件請求①及び②と併合されている。
【要旨2】ある管轄原因により我が国の裁判所の国際裁判管轄が肯定される請求の当事者間における他の請求につき,民訴法の併合請求の裁判籍の規定(民訴法7条本文,旧民訴法21条)に依拠して我が国の裁判所の国際裁判管轄を肯定するためには,両請求間に密接な関係が認められることを要すると解するのが相当である。
けだし,同一当事者間のある請求について我が国の裁判所の国際裁判管轄が肯定されるとしても,これと密接な関係のない請求を併合することは,国際社会における裁判機能の合理的な分配の観点からみて相当ではなく,また,これにより裁判が複雑長期化するおそれがあるからである。
これを本件についてみると,本件請求③ないし⑥は,いずれも本件著作物の著作権の帰属ないしその独占的利用権の有無をめぐる紛争として,本件請求①及び②と実質的に争点を同じくし,密接な関係があるということができる。よって,本件請求③ないし⑥についても,我が国の裁判所に国際裁判管轄があることを肯定すべきである。
(4) 本件訴訟とタイ訴訟の請求の内容は同一ではなく,訴訟物が異なるのであるから,タイ訴訟の争点の一つが本件著作物についての独占的利用権の有無であり,これが本件訴訟の争点と共通するところがあるとしても,本件訴訟について被上告人を我が国の裁判権に服させることが当事者間の公平,裁判の適正・迅速を期するという理念に反するものということはできない。その他,本件訴訟について我が国の裁判所の国際裁判管轄を否定すべき特段の事情があるとは認められない。
5 結論
以上に説示したとおり,本件各請求につき我が国の裁判所の国際裁判管轄を肯定し,本件請求②については訴えの利益も肯定すべきである。これと異なる見解の下に,上告人の本件訴えを却下すべきものとした原審及び第1審の判断には,いずれも判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,この趣旨をいうものとして理由がある。したがって,その余の点について判断するまでもなく,原判決を破棄し,第1審判決を取り消し,本案について審理させるため,本件を第1審裁判所に差し戻すこととする。
国選弁護人の解任がやむをえないとされた事例
昭和54年7月24日最高裁判所第三小法廷判決
裁判要旨
一 被告人が国選弁護人を通じて正当な防禦活動を行う意思がないことを自らの行動によつて表明したものと評価すべき判示の事情のもとにおいては、裁判所が国選弁護人の辞意を容れてこれを解任してもやむをえない。
二 被告人が国選弁護人を通じて正当な防禦活動を行う意思がないことを自らの行動によつて表明したため、裁判所が国選弁護人の辞意を容れてやむなくこれを解任した場合、被告人が再度国選弁護人の選任を請求しても、被告人においてその後も判示のような状況を維持存続させたとみるべき本件においては、裁判所が右再選任請求を却下した措置は相当であり、このように解しても憲法三七条三項に違反しない。
三 国選弁護人は、辞任の申出をした場合であつても、裁判所が辞任の申出について正当な理由があると認めて解任しない限り、その地位を失うものではない。
四 国選弁護人から辞任の申出を受けた裁判所は、解任すべき事由の有無を判断するに必要な限度において、相当と認める方法により、事実の取調をすることができる。
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/830/051830_hanrei.pdf
一 第一審判決及び原判決によれば、所論の点に関する経過は、おおむね次のとおりである。
1 本件は、昭和四四年四月二八日のいわゆる四・二八沖縄デーの闘争に関連して発生した事件の一部であるところ、右闘争に関連しては約二四〇名が東京地方裁判所に起訴されたが、そのうち約一五〇名は分離公判を希望し、起訴後比較的短期間のうちに主として単独部において審理を受け終わつた。他方、本件被告人らを含む約九〇名は、一〇名の私選弁護人を選任したうえ、いわゆる統合方式すなわち一つの合議部が全事件を担当して弁論の併合・分離をくり返す方式をあくまでも主張し、数か部にグループ別に配点するという東京地方裁判所裁定合議委員会の案に対しては、一切具体的な意見を述べようとはしなかつた。そのため、同裁判所裁判官会議は、近い将来に合理的で具体的な結論が得られる見通しがたたないものと判断し、グループ別の配点をすることを決議した。右決議に基づき、被告人Dら一〇名の広島大学学生を被告人とするグループ(以下「Aグループ」という。)と、被告人E(旧姓F)ら一〇名を被告人とするその他のグループ(以下「Bグループ」という。)が同地裁刑事第六部(「第一審」)に配点された。
2 第一審は、A・B両グループについて、昭和四五年三月二七日を第一回公判期日と指定したところ、その期日の直前である同月一八日に私選弁護人は全員辞任し、被告人らは、第一回公判期日の当日に国選弁護人の選任を請求したので、第一審は、同期日には人定質問を行うにとどめ、以後の手続は続行することにした。
3 第一審は、Aグループについては、同年四月二三日に辻村精一郎弁護士ら三名の弁護士を国選弁護人に選任し、弁護人の請求を容れ第二回公判を同年七月一五日に開き、以後審理を続行し、同年一一月四日の第五回公判までの間にAグループのみに関連する検察側の立証を終わらせた。他方、Bグループについては、同年四月二三日に山本実弁護士ら三名の弁護士を国選弁護人に選任し、弁護人の請求を容れ第二回公判を同年七月二二日に開き、以後審理を続行し、同年一一月六日の第五回公判までの間にBグループのみに関連する検察側の立証を終わらせた。そして、弁護人及び被告人らの希望を考慮し、同年一二月一六日の第六回公判においてA・B両グループを併合して審理する旨の決定をし、以後審理を続けた。
4 ところが、六名の国選弁護人は、昭和四六年五月二六日の第一〇回公判の開廷前に突如書面により辞意を表明してきたので、第一審は、辞意を表明するに至つた事情に関し事実の取調をしたところ、次の事実が明らかになつた。
被告人らは、当初からいわゆる統一公判の実現を要求するのみで、国選弁護人から弁護のために必要であるとしてされた具体的要求には一切応じなかつたものであるところ、昭和四六年五月一八日第一東京弁護士会における代表者打合せ会の席上では、「はつきりいつて弁護団を信用していない。従つて我々は弁護団の冒陳は期待していない。」などと暴言をはき、さらに同月二五日第一東京弁護士会における代表者打合せ会においても、「弁護人の心構えもできていないのではないか。」「先生達は審理を早く終らして逃げる気か。そうとしかとれない。」などと弁護人の弁護活動を誹ぼう罵倒する発言をしたほか、定刻をはるかに超えたため退席しようとした山本実弁護人に対し、「一寸待て、このまま帰るのか、これで明日の弁論ができるか、我々を監獄に入れる気か」などと口々にののしりながら、同人の服をつかんで引き戻す暴行に及んだうえ、弁護人らを罵倒し続けるなど、著しい非礼をかさねた。
そのため国選弁護人六名は、もはや被告人らには誠実に弁護人の弁護を受ける気持がないものと考えるに至つた。
5 右の事実が認められたため、第一審は、同年六月四日国選弁護人の辞意を容れ全員を解任した。これに対し、被告人らは、国選弁護人の再選任を請求したので、第一審は、同月九日の第一一回公判において、被告人の一人一人に対し、右のような事実につき弁明を求めるとともに、以後このような行為をしないことを確約することができるかどうかを尋ね、ひき続き判事室に被告人らを個別に呼んで右の二点につき調査を行おうとしたが、被告人らは全員これを拒否した。そこで、第一審は、翌六月一〇日の第一二回公判において国選弁護人の再選任請求を却下した。
6 その後、被告人らから三回にわたり国選弁護人の再選任請求がされた。第一審は、同年七月一日の第一四回公判において、被告人らが前記のような行為をくり返さないことを確約できるかどうかを確めたところ、被告人らは「無条件で弁護人を選任するのが裁判所の義務である。」などといつてこれに答えることを拒否した。
第一審は、さらに慎重を期し、右の点につきさらに確めたいので七月一九日までに裁判所に出頭するよう書面によつて被告人に連絡したが、被告人らは連署した書面でこれを拒否した。同年八月二三日の第一五回公判においても、被告人らは同様の主張をくり返すだけであつた。第一審は、国選弁護人再選任請求をすべて却下した。
7 被告人らは、第一審においては、法廷闘争という名のもとに権利行使に藉口してそれまでの主張を固執し、裁判長の訟訴指揮に服さず、そのため裁判所は、退廷命令ないし拘束命令を再三再四発することを余儀なくされている状況であつた。
二 右事実によれば、被告人らは国選弁護人を通じて権利擁護のため正当な防禦活動を行う意思がないことを自らの行動によつて表明したものと評価すべきであり、そのため裁判所は、国選弁護人を解任せざるを得なかつたものであり、しかも、被告人らは、その後も一体となつて右のような状況を維持存続させたものであるというべきであるから、被告人らの本件各国選弁護人の再選任請求は、誠実な権利の行使とはほど遠いものというべきであり、このような場合には、形式的な国選弁護人選任請求があつても、裁判所としてはこれに応ずる義務を負わないものと、解するのが相当である。
ところで、訴訟法上の権利は誠実にこれを行使し濫用してはならないものであることは刑事訴訟規則一条二項の明定するところであり、被告人がその権利を濫用するときは、それが憲法に規定されている権利を行使する形をとるものであつても、その効力を認めないことができるものであることは、当裁判所の判例の趣旨とするところであるから(最高裁昭和三一年七月四日大法廷判決、同三三年四月一〇日第一小法廷判決、同二五年四月七日大法廷決定、同三二年二月二〇日大法廷判決、同二四年一一月三〇日大法廷判決、同四四年六月一一日第一小法廷決定)、第一審が被告人らの国選弁護人の再選任請求を却下したのは相当である。
このように解釈しても、被告人が改めて誠実に国選弁護人の選任を請求すれば裁判所はその選任をすることになるのであり、なんら被告人の国選弁護人選任請求権の正当な行使を実質的に制限するものではない。したがつて、第一審の右措置が憲法三七条三項に違反するものでないことは右判例の趣旨に照らして明らかである。論旨は、理由がない。
被告人Hを除くその余の被告人六名の弁護人の上告趣意について
国選弁護人は、裁判所が解任しない限りその地位を失うものではなく、したがつて、国選弁護人が辞任の申出をした場合であつても、裁判所が辞任の申出について正当な理由があると認めて解任しない限り、弁護人の地位を失うものではないというべきであるから、辞任の申出を受けた裁判所は、国選弁護人を解任すべき事由の有無を判断するに必要な限度において、相当と認める方法により、事実の取調をすることができるもの、と解するのが相当である。
会社の絵画等購入担当者の特別背任行為につき同社に絵画等を売却した会社の支配者が共同正犯とされた事例
平成17年10月7日最高裁判所第三小法廷決定
裁判要旨
甲社の絵画等購入担当者である乙らが,丙の依頼を受けて,甲社をして丙が支配する丁社から多数の絵画等を著しく不当な高額で購入させ,甲社に損害を生じさせた場合において,その取引の中心となった甲と丙の間に,それぞれが支配する会社の経営がひっ迫した状況にある中,互いに無担保で数十億円単位の融資をし合い,各支配に係る会社を維持していた関係があり,丙がそのような関係を利用して前記絵画等の取引を成立させたとみることができるなど判示の事情の下では,丙は,乙らの特別背任行為について共同加功をしたということができる。
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/068/050068_hanrei.pdf
所論にかんがみ,本件のいわゆる絵画事件に関する特別背任罪の共同正犯の成否について,職権で判断する。
1 原判決及びその是認する第1審判決の認定並びに記録によれば,以下の事実が認められる。
(1) 本件各取引に至る経緯等
ア 被告人は,昭和44年ころから,建設会社,警備保障会社,不動産会社等を経営するようになり,その傘下に,株式会社コスモス,株式会社ケー・ビー・エス・びわ湖教育センター,株式会社関西新聞社,関西コミュニティ株式会社等多数の企業を擁するCTC(コスモ・タイガー・コーポレーションの略称)グループを形成し,自ら会長として,これら企業の人事権を握り,また,グループ全体の資金繰りを行い,各社に必要資金を供給するなどして,各社を実質的に支配,経営していた。CTCグループにおいては,平成元年12月当時,いわゆる街金融会社からの借入金が82億円余あり,さらに,平成2年1月から3月までの間に新規に約86億円を借り入れ,そのほかにも多額の借入れがあり,金利の支払に追われ資金繰りがひっ迫した状況にあった。
イ 被告人は,経営権を支配していた雅叙園観光株式会社の経営が難航する中,平成元年1月中旬には,A が代表取締役を務める株式会社協和綜合開発研究所(「協和」)が,雅叙園観光に,284億円余の債権の支払を求める請求をしたことから,同社に対する他の債権者とも協議した上,同社の経営を A に引き継ぎ,従前簿外債務処理の関係で発生していた被告人の支配会社の債務も協和が肩代わりすることになった。他方,被告人の方でも,その保有するゴルフ場等の不動産開発プロジェクトの収益で A ないし協和を支援することとし,以後,被告人と Aは,随時相互に資金を融通し合う関係に立った。
ウ A は,協和の代表取締役社長を務め,結婚式場,賃貸ビル及び駐車場等を経営する一方,銀座の土地の地上げに着手するなどし,昭和62年4月決算期までは比較的順調に事業を行っていたが,仕手筋の投資家集団に対する巨額の貸付金が焦げ付いて資金繰りに窮するようになり,また,前記のとおり被告人から雅叙園観光の経営を引き継ぐなどしたが,簿外債務の処理に追われ,頼みにしていた融資先からも融資を打ち切られ,更に資金繰りに窮するようになった。
エ 平成元年8月,A は,伊藤萬株式会社(平成3年1月1日にイトマン株式会社と商号変更。以下「イトマン」という。)の代表取締役社長である B と知り合い,以後同人と急速に接近し,平成2年2月1日付けで,イトマン理事を委嘱されて社長室直轄の企画監理本部長に就任し,さらに,同年6月28日には同社常務取締役に就任した。また,A は,イトマンの100%出資の子会社として同月29日設立された絵画事業等を目的とする株式会社エムアイギャラリーの代表取締役にも就任した。そして,A は,イトマンにおいて,同社の絵画等美術品の仕入れ及び販売等の事業(「絵画事業」)や同社が行うゴルフ場の開発等不動産開発事業の企画,監理及び融資等に関する事業を統括するようになった。
オ 前記イの経緯から,被告人のCTCグループと A の協和との間では,金利等の定めも担保の提供も無しに,数十億円単位で互いに資金を融通し合うようになり,平成元年3月から平成2年8月までになされたこのような融資の総額は,約200億円ないし300億円に上った。
(2) 本件各取引
ア 被告人は,イトマンの絵画事業を統括していた A に,平成2年2月22日ころから同年8月末ころまでの間,前後12回にわたり,イトマンが被告人の支配に係る関西コミュニティ等3社から絵画等合計186点を買い取るよう依頼した。
イトマンの絵画事業については,同社代表取締役名古屋支店長等の地位にあったC が,A を補佐する立場にあったが,A,C の両名は,共に絵画等美術品の取引経験も専門知識も乏しかったため,イトマンの商品として高額の絵画等美術品を仕入れるに当たっては,その商品としての特質上,あらかじめその真がん及び価格の評価につき専門家の意見を徴するなどの措置を講じ,特に慎重に購入の可否を決すべきであるとともに,仕入原価をできる限り廉価とするなど仕入れに伴う無用な経費の支出を極力避け,同社に損害を加えることのないように同社のため誠実にその職務を遂行すべき任務を有していた。
しかし,A は,前記のとおり,被告人との間で巨額の資金を融通し合うことなどを繰り返しており,A にとっては,被告人の資金が潤沢になれば自己の資金需要を満たすことが可能となり,逆に被告人の資金状況がひっ迫すれば,A 自身の資金繰りに大きな障害が生ずることから,イトマンが被告人から多額の利益を上乗せした価格で絵画を購入することは,被告人の利益を図るとともに,自己の利益を図ることにもなった。また,C には,イトマンの決算上の利益出しのために被告人の協力を得る必要などから,被告人に利益を得させようとの目的があった。そこで,A 及び C は,それぞれ,その任務に背き,被告人,A の利益を図る目的で,イトマンが関西コミュニティ等3社から前記絵画等を買い受けるに当たり,被告人側が申し出た売買代金価格が著しく不当に高額であり,その価格で購入すれば,イトマンに損害が生ずることを認識,認容しながら,あえて前記申出の金額のままの合計472億0410万円で買い取り,その結果,イトマンに約223億1000万円相当の財産上の損害を生じさせた。
前記一連の取引の過程で,A 及び C は,監査法人の監査対策用に,形だけの鑑定評価書をとっておく目的で,被告人に対し,百貨店の鑑定評価書を提出するよう要請した。これに対し,被告人は,平成2年3月下旬ころ,かねて懇意にしていた西武百貨店塚新店課長の D の協力を得るなどして,前記の絵画のうち22点につき,価格評価書を作成し,イトマン大阪本社に提出した。これを受け取った A 及び C は,その装丁が貧弱な上,D 個人名義の価格評価書であったことから,被告人側に,体裁の整った西武百貨店名義の鑑定評価書を提出するよう求めた。そこで,被告人は,D に,西武百貨店の社印を押した豪華な鑑定評価書を作成するよう指示し,同人をして,同年4月11日ころから,前記取引に係る各絵画につき,順次鑑定評価書を作成させた。同鑑定評価書には,「株式会社西武百貨店関西」の印が冒捺され,西武百貨店が作成したような体裁とされた。評価額については,被告人の秘書役の指示に従い,絵画1点を除き,すべてイトマンへの売却額を超える額とされた。そして,同月下旬ころ,被告人側からイトマン大阪本社に,青色のカバーに入れた前記鑑定評価書が提出されたが,これを見た A が,体裁がよくないとして,再度,体裁を整えるよう要請したことから,被告人側は,表紙に金色で「鑑定評価書」と記載した緑色のカバーに変え,同年6月ころ,その体裁の鑑定評価書を提出し,その後も,取引に係る絵画等につき,後記イの分も含め,同様の鑑定評価書を各取引終了後に順次提出した。
イ 被告人は,平成2年7月下旬ころ,A に対し,イトマンにおいて被告人側が提供する絵画25点を63億円で買うように依頼した。
A と C は,当時,被告人において,エムアイギャラリーが金融会社から資金を借り入れられるように仲介していたことや,被告人の要請に応ずるとすればその借入金から支払わざるを得ないこと,また,イトマンに集中していた絵画の在庫を子会社に分散する必要があることなどから,エムアイギャラリーを買受け先とすることにした。
A と C は,エムアイギャラリーの代表取締役の地位にあり,同社に対し,前記同様の任務を有していたが,前同様の図利目的により,その任務に違背し,同社に損害が発生することを認識しながら,同社において,被告人の依頼に応ずることにしたものである。
エムアイギャラリーは,同月30日,金融会社から,被告人及び A を連帯保証人とし,イトマンの保証予約で100億円を借り入れ,同月31日,その借入金の中から63億円を,被告人の支配する会社に売買代金として支払った。前記絵画25点の百貨店における店頭表示価格は,合計約22億6000万円であり,これをエムアイギャラリーが,被告人が申し出たとおりの金額である合計63億円で買い取った結果,同社には約40億4000万円相当の損害が生じた。
ウ 被告人は,前記ア,イの各取引により,イトマン及びエムアイギャラリーが財産上多額の損害を負うことを十分認識し,また,A 及び C が,そのような取引において,本件各売買契約の代金について被告人との間で減額等の交渉を全くせず被告人の言い値どおりに決めたこと,形だけの鑑定評価書を要求していたことなどから,A らがイトマン等に対する前記の任務に違背したものであることも十分認識していた。
2 被告人は,特別背任罪の行為主体としての身分を有していないが,前記認定事実のとおり,A らにとって各取引を成立させることがその任務に違背するものであることや,本件各取引によりイトマンやエムアイギャラリーに損害が生ずることを十分に認識していたと認められる。また,本件各取引においてイトマンやエムアイギャラリー側の中心となった A と被告人は,共に支配する会社の経営がひっ迫した状況にある中,互いに無担保で数十億円単位の融資をし合い,両名の支配する会社がいずれもこれに依存するような関係にあったことから,A にとっては,被告人に取引上の便宜を図ることが自らの利益にもつながるという状況にあった。被告人は,そのような関係を利用して,本件各取引を成立させたとみることができ,また,取引の途中からは偽造の鑑定評価書を差し入れるといった不正な行為を行うなどもしている。
【要旨】このようなことからすれば,本件において,被告人が,A らの特別背任行為について共同加功したと評価し得ることは明らかであり,被告人に特別背任罪の共同正犯の成立を認めた原判断は正当である。
よって,刑訴法414条,386条1項3号,平成7年法律第91号による改正前の刑法21条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。