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 被告人が,自らの暴行により相手方の攻撃を招き,これに対する反撃としてした傷害行為について,正当防衛が否定された事例

平成20年5月20日最高裁判所第二小法廷決定

裁判要旨    
相手方から攻撃された被告人がその反撃として傷害行為に及んだが,被告人は,相手方の攻撃に先立ち,相手方に対して暴行を加えているのであって,相手方の攻撃は,被告人の暴行に触発された,その直後における近接した場所での一連,一体の事態ということができ,被告人は不正の行為により自ら侵害を招いたものといえるから,相手方の攻撃が被告人の上記暴行の程度を大きく超えるものでないなどの本件の事実関係の下においては,被告人の上記傷害行為は,被告人において何らかの反撃行為に出ることが正当とされる状況における行為とはいえない。

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=36365

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/365/036365_hanrei.pdf

 

所論にかんがみ,本件における正当防衛の成否について,職権で判断する。
1 原判決及びその是認する第1審判決の認定によれば,本件の事実関係は,次のとおりである。
(1) 本件の被害者であるA(当時51歳)は,本件当日午後7時30分ころ,自転車にまたがったまま,歩道上に設置されたごみ集積所にごみを捨てていたところ,帰宅途中に徒歩で通り掛かった被告人(当時41歳)が,その姿を不審と感じて声を掛けるなどしたことから,両名は言い争いとなった。
(2) 被告人は,いきなりAの左ほおを手けんで1回殴打し,直後に走って立ち去った。
(3) Aは,「待て。」などと言いながら,自転車で被告人を追い掛け,上記殴打現場から約26.5m先を左折して約60m進んだ歩道上で被告人に追い付き,自転車に乗ったまま,水平に伸ばした右腕で,後方から被告人の背中の上部又は首付近を強く殴打した。
(4) 被告人は,上記Aの攻撃によって前方に倒れたが,起き上がり,護身用に携帯していた特殊警棒を衣服から取り出し,Aに対し,その顔面や防御しようとした左手を数回殴打する暴行を加え,よって,同人に加療約3週間を要する顔面挫創,左手小指中節骨骨折の傷害を負わせた。

2 本件の公訴事実は,被告人の前記1(4)の行為を傷害罪に問うものであるが,所論は,Aの前記1(3)の攻撃に侵害の急迫性がないとした原判断は誤りであり,被告人の本件傷害行為については正当防衛が成立する旨主張する。

しかしながら,前記の事実関係によれば,被告人は,Aから攻撃されるに先立ち,Aに対して暴行を加えているのであって,Aの攻撃は,被告人の暴行に触発された,その直後における近接した場所での一連,一体の事態ということができ,被告人は不正の行為により自ら侵害を招いたものといえるから,Aの攻撃が被告人の前記暴行の程度を大きく超えるものでないなどの本件の事実関係の下においては,被告人の本件傷害行為は,被告人において何らかの反撃行為に出ることが正当とされる状況における行為とはいえないというべきである。そうすると,正当防衛の成立を否定した原判断は,結論において正当である。