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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

警察官によるけん銃の発砲が違法とされた事例

 平成11年2月17日最高裁判所第一小法廷決定

裁判要旨    
警察官である被告人の銃砲刀剣類所持等取締法違反及び公務執行妨害の犯人に対する二回にわたる発砲行為は、右犯人を逮捕し、自己を防護するために行われたものではあるが、犯人の所持していたナイフが比較的小型である上、犯人の抵抗の態様も一貫して被告人の接近を阻もうとするにとどまり、被告人が接近しない限りは積極的加害行為に出たり、付近住民に危害を加えるなど他の犯罪行為に出ることをうかがわせるような客観的状況が全くなかったと認められるなど判示の事実関係の下においては、警察官職務執行法七条に定める「必要であると認める相当な理由のある場合」に当たらず、かつ、「その事態に応じ合理的に必要と判断される限度」を逸脱したものであって、違法である。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/172/050172_hanrei.pdf

被告人による発砲の適法性について、職権により判断する。
 一 原判決の認定及び記録によれば、本件事件の概要は、次のとおりである。

 1 被告人は、本件当時、広島県巡査部長として、同県尾道警察署美ノ郷警察官駐在所に勤務していた。

 2 被害者A(当時二四歳)は、大学在学中に「てんかん、頭頂部陳旧性陥没骨折、大後頭・三叉神経症候群」と診断され、大学を中退してビル清掃会社や海運会社で勤務していたが、仕事の内容が性格に合わなかったことなどから、その後、職に就かず、本件の一箇月ほど前から、画題や風景を求めて、同県尾道市a町b地区等を散策するのを日課としていた。他方、b地区の住人らは、森本が歩き回る姿を毎日のように見掛けるようになったが、その目的が分からない上、無愛想で目つきが鋭く、自動車等による騒音に対し両手で両耳を押さえるような奇妙な仕草をするところからAに警戒の念を強め、警察に警戒を要請していた。

 3 昭和五四年一〇月二二日、前記駐在所で勤務していた被告人は、右住人から、Aがb地区を歩いているとして警戒の要請を受けたことから、その身元を確かめ、場合によっては駐在所に同行して家族の者に連絡し、b地区方面を歩き回らせないようにする必要があると考え、相勤の警察官とともにb地区に向かい、午前一一時四五分ころ、同町bc番地のd所在の尾道市B元C前交差点付近(原判決にいう第一現場)でAを発見し、Aに対し、その住所等を尋ね始めたところ、Aが急に逃走した。被告人らは、一時その行方を見失ったものの、相勤の警察官が、同町be番地所在のD寺の前の小道(同第二現場)にいるAを発見し、Aに接近すると、Aは折り畳み式果物ナイフ(刃体の長さ約七・四センチメートル、刃体の最大幅約一・五八センチメートル、刃体の最大厚み約〇・二センチメートル)を、刃先を前に向けて右手に持っていた。相勤の警察官は、たまたま警棒を所持していなかったため、けん銃を取り出し、これをAへ向けて右腰の前に構え、「ナイフを捨て。はむかうと撃つぞ。」などと言ったところ、Aは、右ナイフを数回振り下ろして反撃の姿勢を示した後、同所から逃走した。

 4 その後、間もなく、被告人はAが逃走する姿を認め、同人を銃砲刀劔類所持等取締法違反及び公務執行妨害の現行犯人として逮捕すべく追跡し、正午前ころ、同町bf番地所在のE方北西角から北西方約一五メートルの路上(同第三現場)でAに追い付き、「ナイフを捨てえ。」と叫んだところ、Aが振り向いて、右手に持った前記ナイフと左手に持ったナイロン布製手提げ袋(内容物を含む重量約一三六一グラム)を交互に振り回すようにして反抗したため、けん銃を取り出して弾丸一発を発射し、その弾丸がAの左手小指及び左手掌に射入する暴行を加え、よって、Aに左手小指、左手掌及び左前腕手根部貫通銃創の傷害を負わせた。右路上で被告人がAに追い付いてから発砲するまでの時間は約二〇秒であった。

 5 被告人は、けん銃をいったんケースに収めた上、さらに、逃げるAを追って右E方庭先の同町bg番地所在の田(稲の刈り取り跡。同第四現場)に至ったところ、Aは、「すなや、すなや(するなの意)。」と言って後ずさりしながら、右手に持った前記ナイフを二、三度振り下ろし、さらにその場にあったはで杭(長さ約一七一・五センチメートル、重量約五〇〇グラム、直径の最大部分約三・二センチメートル、最小部分約二・二センチメートル)一本を拾い上げてこれを両手に持ち、特殊警棒で応戦する被告人目掛けて振り下ろしたり振り回したりして殴り掛かり、被告人が特殊警棒を落とすや、なおも前進しながら、右はで杭で被告人に対し同様に所構わず殴り掛かる攻撃を加え、これに対し、被告人は後退しながら腕で頭部を守るなどしてAの攻撃を防いでいたが、安静加療約三週間を要する両前腕打撲、右大腿・下腿打撲擦過傷、両肩打撲の傷害を負い、その場に積んであったはで杭の山に追い詰められた形となったため、午後零時五分ころ、前記けん銃を取り出してAの左大腿部をねらって弾丸一発を発射し、その弾丸がAの左胸部に射入する暴行を加え、よって、Aに左乳房部銃創の傷害を負わせ、右銃創による心臓及び肝臓貫通、右腎臓損傷に基づく失血のためその場で死亡させた。

なお、前記はで杭の山の左右は開かれており、被告人において左右に転進することは地理的にも物理的にも十分可能であり、また、右田に入ってから被告人が発砲するまでの時間は約三〇秒であった。

 二 以上の事実関係によれば、Aが第二現場以降前記ナイフを不法に携帯していたことが明らかであり、また、少なくとも第三、第四現場におけるAの行為が公務執行妨害罪を構成することも明らかであるから、被告人の二回にわたる発砲行為は、銃砲刀剣類所持等取締法違反及び公務執行妨害の犯人を逮捕し、自己を防護するために行われたものと認められる。

しかしながら、Aが所持していた前記ナイフは比較的小型である上、Aの抵抗の態様は、相当強度のものであったとはいえ、一貫して、被告人の接近を阻もうとするにとどまり、被告人が接近しない限りは積極的加害が為に出たり、付近住民に危害を加えるなど他の犯罪行為に出ることをうかがわせるような客観的状况は全くなく、被告人が性急にAを逮捕しようとしなければ、そのような抵抗に遭うことはなかったものと認められ、その罪質、抵抗の態様等に照らすと、被告人としては、逮捕行為を一時中断し、相勤の警察官の到を待ってその協力を得て逮捕行為に出るなど他の手段を採ることも十分可能であって、いまだ、Aに対しけん銃の発砲により危害を加えることが許容される状况にあったと認めることはできない。

そうすると、被告人の各発砲行為は、いずれも、警察官職務執行法七条に定める「必要であると認める相当な理由のある場合」に当たらず、かつ、「その事態に応じ合理的に必要と判断される限度」を逸脱したものというべきであって(なお、仮に所論のように、第三現場におけるけん銃の発砲が威嚇の意図によるものであったとしても、右判断を左右するものではない。)、本件各発砲を違法と認め、被告人に特別公務員暴行陵虐致死罪の成立を認めた原判断は、正当である。