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市町村長が住民票に世帯主との続柄を記載する行為と抗告訴訟の対象  市長が住民票に非嫡出子の世帯主との続柄を「子」と記載した行為に国家賠償法1条1項にいう違法がないとされた事例

平成11年1月21日最高裁判所第一小法廷判決

裁判要旨    
1 市町村長が住民票に世帯主との続柄を記載する行為は、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらない。

2 市長が住民票に非嫡出子の世帯主との続柄を「子」と記載した行為は、住民基本台帳の記載方法等に関して国が定めた右行為当時の住民基本台帳事務処理要領に、世帯主の嫡出子の続柄は「長男」、「二女」等と、非嫡出子のそれは「子」と記載することと定めており、右市長もこれに従って右続柄の記載をしたものであり、右の定めが明らかに住民基本台帳法の解釈を誤ったものということはできないなど判示の事情の下においては、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然とされたものとはいえず、右行為には国家賠償法一条一項にいう違法がない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/782/062782_hanrei.pdf

上告人甲野花子及び同乙野太郎の被上告人武蔵野市長に対する訴えは、いずれも同被上告人が上告人甲野一郎の住民票に世帯主である上告人甲野花子との続柄を記載する行為が抗告訴訟の対象となる行政処分に当たることを前提として、その取消し及び義務付けを求めるものである。

しかしながら、市町村長が住民基本台帳法七条に基づき住民票に同条各号に掲げる事項を記載する行為は、元来、公の権威をもって住民の居住関係に関するこれらの事項を証明し、それに公の証拠力を与えるいわゆる公証行為であり、それ自体によって新たに国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定する法的効果を有するものではない。

もっとも、同法一五条一項は、選挙人名簿の登録は住民基本台帳に記載されている者で選挙権を有するものについて行うと規定し、公職選挙法二一条一項も、右登録は住民票が作成された日から引き続き三箇月以上当該市町村の住民基本台帳に記録されている者について行うと規定しており、これらの規定によれば、住民票に特定の住民の氏名等を記載する行為は、その者が当該市町村の選挙人名簿に登録されるか否かを決定付けるものであって、その者は選挙人名簿に登録されない限り原則として投票をすることができない(同法四二条一項)のであるから、これに法的効果が与えられているということができる。

しかし、住民票に特定の住民と世帯主との続柄がどのように記載されるかは、その者が選挙人名簿に登録されるか否かには何らの影響も及ぼさないことが明らかであり、住民票に右続柄を記載する行為が何らかの法的効果を有すると解すべき根拠はない。したがって、住民票に世帯主との続柄を記載する行為は、抗告訴訟の対象となる行政処分には当たらないものというべきである。

そうすると、上告人甲野花子及び同乙野太郎の被上告人武蔵野市長に対する訴えは、いずれも住民票への続柄の記載という抗告訴訟の対象とならない行為を対象とするものであり、不適法であって、却下を免れないものというほかはない。これと結論において同旨の原審の判断は、是認するに足り、所論の訴えの利益に関する原審の判断や訴訟指揮の適否いかんにかかわらず、論旨は理由がないことに帰する。


 同第二及び第三について
市町村長が住民票に法定の事項を記載する行為は、たとえ記載の内容に当該記載に係る住民等の権利ないし利益を害するところがあったとしても、そのことから直ちに国家賠償法一条一項にいう違法があったとの評価を受けるものではなく、市町村長が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と右行為をしたと認め得るような事情がある場合に限り、右の評価を受けるものと解するのが相当である最高裁平成五年三月一一日第一小法廷判決)。

住民票は、選挙人名簿の作成の基礎資料となるほか、住民に関する記録として様々な手続に広く利用される書類であるから、各市町村が独自の法令解釈に基づいて区々な事務処理をすることは望ましいとはいえず、できる限り統一的に記録が行われるべきものである(住民基本台帳法一条参照)。そのため、国が市町村に対し住民基本台帳に関する事務について必要な指導を行うものとされている(同法三一条一項)ところ、被上告人武蔵野市長が上告人甲野一郎の住民票に世帯主との続柄の記載とした昭和六〇年八月当時、国により住民基本台帳の記載方法等に関して住民基本台帳事務処理要領(「事務処理要領」)が定められていたのであるから、各市町村長は、その定めが明らかに法令の解釈を誤っているなど特段の事情がない限り、これにより事務処理を行うことを法律上求められていたということができる。そして、原審の適法に確定したところによれば、当時の事務処理要領は、平成六年一二月に改正されるまで、世帯主の嫡出子の続柄は「長男」、「二女」等と、非嫡出子のそれは「子」と、それぞれ記載することと定めており、これに従わない市町村もなかったわけではないが、一般的にはこれに従って続柄の記載がされていたものと認められ、被上告人武蔵野市長も、右の定めに従って本件の続柄の記載をしたというのである。右の定めは、戸籍法が嫡出子と非嫡出子とを区別して戸籍に記載すべきものとしており(同法四九条二項一号、同法施行規則三三条一項、附録六号)、住民票と戸籍とが多くの記載事項を共通とする密接な関係を有するものである(住民基本台帳法一九条、同法施行令一二条二項等参照)ことにかんがみて、住民票においても戸籍と同様に嫡出子と非嫡出子とを区別して続柄の記載をすることとしたものと考えられるのであり、憲法一四条や所論引用の条約等の規定を考慮に入れるとしても、右の定めが明らかに住民基本台帳法の解釈を誤ったものということはできない。
以上によれば、所論指摘の事情を併せ考慮したとしても、被上告人武蔵野市長は、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くさず漫然と本件の続柄の記載をしたということはできないものというべきである。したがって、右記載が上告人らの権利ないし利益を害するか否かにかかわりなく、同被上告人の右行為には国家賠償法一条一項にいう違法がないというべきであるから、上告人らの同項に基づく請求は、理由がない。

これと結論において同旨の原審の判断は、是認するに足りる。論旨は、独自の見解に立って又は原判決の結論に影響を及ぼさない部分についてその違法を主張するものであって、採用することができない。