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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

 店舗の賃借人が賃貸人の修繕義務の不履行により被った営業利益相当の損害について,賃借人が損害を回避又は減少させる措置を執ることができたと解される時期以降に被った損害のすべてが民法416条1項にいう通常生ずべき損害に当たるということはできないとされた事例(重要)

 平成21年1月19日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
 ビルの店舗部分を賃借してカラオケ店を営業していた賃借人が,同店舗部分に発生した浸水事故に係る賃貸人の修繕義務の不履行により,同店舗部分で営業することができず,営業利益相当の損害を被った場合において,次の(1)〜(3)などの判示の事情の下では,遅くとも賃貸人に対し損害賠償を求める本件訴えが提起された時点においては,賃借人がカラオケ店の営業を別の場所で再開する等の損害を回避又は減少させる措置を執ることなく発生する損害のすべてについての賠償を賃貸人に請求することは条理上認められず,賃借人が上記措置を執ることができたと解される時期以降における損害のすべてが民法416条1項にいう通常生ずべき損害に当たるということはできない。

(1) 賃貸人が上記修繕義務を履行したとしても,上記ビルは,上記浸水事故時において建築から約30年が経過し,老朽化して大規模な改修を必要としており,賃借人が賃貸借契約をそのまま長期にわたって継続し得たとは必ずしも考え難い。

(2) 賃貸人は,上記浸水事故の直後に上記ビルの老朽化を理由に賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしており,同事故から約1年7か月が経過して本件訴えが提起された時点では,上記店舗部分における営業の再開は,実現可能性の乏しいものとなっていた。

(3) 賃借人が上記店舗部分で行っていたカラオケ店の営業は,それ以外の場所では行うことができないものとは考えられないし,上記浸水事故によるカラオケセット等の損傷に対しては保険金が支払われていた。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/200/037200_hanrei.pdf

 

 本件本訴請求は,賃貸借契約に基づき上告人Y1 (「Y1 」)から建物の引渡しを受けてカラオケ店を営業していた被上告人が,同建物に発生した浸水事故により同建物で営業することができなかったことによる営業利益喪失の損害を受けたなどと主張して,Y1 に対して債務不履行又は瑕疵担保責任に基づく損害賠償を求めるとともに,Y1 の代表者として同建物の管理に当たっていた上告人Y2 に対して民法709条又は中小企業等協同組合法38条の2第2項(平成17年法律第87号による改正前のもの。以下同じ。)に基づく損害賠償を求めるものであり,本件反訴請求は,Y1 が,上記賃貸借契約は解除により終了したなどと主張して,被上告人に対して同建物の明渡し等を求めるものである。

2 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

(1) 被上告人は,カラオケ店などの経営を業とする株式会社である。
Y1 は,中小企業等協同組合法に基づいて設立された事業協同組合であり,昭和42年10月1日,原判決別紙物件目録1記載の建物(「本件ビル」)を建築し,その所有権を取得した。なお,Y1 は,平成8年8月31日,総会の決議により解散し,その代表理事であった上告人Y2 がY1 の清算人に就任した。

(2) Y1 は,被上告人に対し,平成4年3月5日,期間を平成5年3月4日まで,賃料を月額20万円,使用目的を店舗として,本件ビルの地下1階にある原判決別紙物件目録2記載の建物部分(「本件店舗部分」)を貸し渡した(「本件賃貸借契約」)。本件賃貸借契約は,その後,平成5年3月5日に期間を平成6年3月4日まで,平成6年3月5日に期間を平成7年3月4日までとしてそれぞれ更新され,同日に賃貸借期間が満了したが,その継続に関する協議が成立しないまま,被上告人は本件店舗部分でのカラオケ店営業を継続した。

(3) 本件ビルにおいては,平成4年9月ころから,本件店舗部分に浸水が頻繁に発生し,本件ビル3階のトイレの水が止まらなかったことがその原因であったこともあるが,本件店舗部分7号室横からの浸水のように浸水の原因が判明しない場合も多かった。

(4) 平成9年2月12日,本件ビル地下1階に設置された浄化槽室排水ピット内の排水用ポンプの制御系統の不良又は一時的な故障が原因となって,本件店舗部分8号室脇の洗面台の排水管の床面との継ぎ目部分等から汚水が噴き出し,また,7号室からも出水し,本件店舗部分が床上30~50cmまで浸水した(「本件事故」)。本件ビルの地下1階では,同月17日にも同様の場所から汚水が出水し,同程度に本件店舗部分が浸水した。被上告人は,本件事故以降,本件店舗部分でのカラオケ店の営業ができなくなった。

(5) Y1 は,平成9年2月18日付け書面をもって,被上告人に対し,本件ビルの老朽化等を理由として,本件賃貸借契約を解除し,明渡しを求める旨の意思表示をし,同書面は,そのころ被上告人に到達した。上告人Y2 は,本件事故直後より,被上告人からカラオケ店の営業を再開できるように本件ビルを修繕するよう求められていたが,これに応じず,上記解除により本件賃貸借契約は即時解除されたと主張して,被上告人に対して本件店舗部分からの退去を要求し,本件ビル地下1階部分の電源を遮断するなどした。

(6) 本件ビルについては,平成9年1月,調査会社により,大規模改装に向けての設備及び建物状態の調査が実施されたが,そのビル診断報告書には,①電気設備については,今後思わぬ事故等の発生が懸念され,改装後の電力需要に合わせて全体的に更新する必要がある,②給水設備は,全体的にさびによる腐食が進行しており,このまま使用すると漏水の懸念があり,周辺機器も含めて継続使用が難しい状態と判断される,③排水設備については,排水配管は全体的に更新する必要があると判断され,その他汚水配管,排水槽等は改装時に調査の上,その仕様に合わせた改修及び清掃等が必要と思われるなどと記載されていた。
このように,本件ビルは,本件事故前,老朽化により大規模な改装とその際の設備の更新の必要があったが,直ちに大規模な改装及び設備の更新をしなければ当面の利用に支障が生じるものではなく,本件店舗部分を含めて朽廃等の事由による使用不能の状態にはなっていなかった。

(7) 被上告人は,本件店舗部分における営業再開のめども立たないため,平成10年9月14日,Y1 は被上告人の営業が再開できるように本件ビルを修繕すべき義務(「本件修繕義務」)があるのに履行しないなどと主張して,営業利益喪失等による損害賠償を求める本件本訴を提起した。これに対し,Y1は,本件修繕義務の存在を否定し,さらに,被上告人に対し,平成11年9月13日,賃料不払等を理由として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし,本件店舗部分の明渡しを求めた。

(8) 被上告人は,平成9年5月27日,本件事故によるカラオケセット等の損傷に対し,Aとの間で設備什器を目的として締結していた保険契約に基づき,損害保険金として3109万6946円,臨時費用保険金として500万円,取片付費用保険金として101万9700円の支払を受けたが,これらの保険金の中には営業利益損失に対するものは含まれていなかった。

3 原審は,Y1 により行われた本件賃貸借契約解除の意思表示はいずれも無効であるとして,Y1 の被上告人に対する建物明渡等反訴請求を棄却するとともに,次のとおり判示して,被上告人の上告人らに対する損害賠償請求を一部認容すべきものとした。

(1) Y1 は,被上告人に対し,本件事故後も引き続き賃貸人として本件店舗部分を使用収益させるために必要な修繕義務を負担しているにもかかわらず,その義務を尽くさなかった。また,上告人Y2 には,本件修繕義務の不履行について,Y1 の代表者としての職務を行うにつき中小企業等協同組合法38条の2第2項所定の重大な過失があったというべきである。

(2) 被上告人は,本件事故の日から本件店舗部分でのカラオケ店営業ができなかったから,上告人らに対し,本件事故の日の1か月後である平成9年3月12日から被上告人の求める損害賠償の終期である平成13年8月11日までの4年5か月間の得べかりし営業利益3104万2607円(1年間702万8515円)を喪失したことによる損害賠償を請求する権利を有する。

4 しかしながら,本件事故の日の1か月後である平成9年3月12日から平成13年8月11日までの間の営業利益の喪失による損害につきそのすべての賠償を請求する権利があるとする原審の上記3(2)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 事業用店舗の賃借人が,賃貸人の債務不履行により当該店舗で営業することができなくなった場合には,これにより賃借人に生じた営業利益喪失の損害は,債務不履行により通常生ずべき損害として民法416条1項により賃貸人にその賠償を求めることができると解するのが相当である。

(2) しかしながら,前記事実関係によれば,本件においては,

①平成4年9月ころから本件店舗部分に浸水が頻繁に発生し,浸水の原因が判明しない場合も多かったこと,

②本件ビルは,本件事故時において建築から約30年が経過しており,本件事故前において朽廃等による使用不能の状態にまでなっていたわけではないが,老朽化による大規模な改装とその際の設備の更新が必要とされていたこと,

③Y1 は,本件事故の直後である平成9年2月18日付け書面により,被上告人に対し,本件ビルの老朽化等を理由に本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をして本件店舗部分からの退去を要求し,被上告人は,本件店舗部分における営業再開のめどが立たないため,本件事故から約1年7か月が経過した平成10年9月14日,営業利益の喪失等について損害の賠償を求める本件本訴を提起したこと,

以上の事実が認められるというのである。

これらの事実によれば,Y1 が本件修繕義務を履行したとしても,老朽化して大規模な改修を必要としていた本件ビルにおいて,被上告人が本件賃貸借契約をそのまま長期にわたって継続し得たとは必ずしも考え難い。

また,本件事故から約1年7か月を経過して本件本訴が提起された時点では,本件店舗部分における営業の再開は,いつ実現できるか分からない実現可能性の乏しいものとなっていたと解される。

他方,被上告人が本件店舗部分で行っていたカラオケ店の営業は,本件店舗部分以外の場所では行うことができないものとは考えられないし,前記事実関係によれば,被上告人は,平成9年5月27日に,本件事故によるカラオケセット等の損傷に対し,合計3711万6646円の保険金の支払を受けているというのであるから,これによって,被上告人は,再びカラオケセット等を整備するのに必要な資金の少なくとも相当部分を取得したものと解される。

そうすると,遅くとも,本件本訴が提起された時点においては,被上告人がカラオケ店の営業を別の場所で再開する等の損害を回避又は減少させる措置を何ら執ることなく,本件店舗部分における営業利益相当の損害が発生するにまかせて,その損害のすべてについての賠償を上告人らに請求することは,条理上認められないというべきであり,民法416条1項にいう通常生ずべき損害の解釈上,本件において,被上告人が上記措置を執ることができたと解される時期以降における上記営業利益相当の損害のすべてについてその賠償を上告人らに請求することはできないというべきである。

(3) 原審は,上記措置を執ることができたと解される時期やその時期以降に生じた賠償すべき損害の範囲等について検討することなく,被上告人は,本件修繕義務違反による損害として,本件事故の日の1か月後である平成9年3月12日から本件本訴の提起後3年近く経過した平成13年8月11日までの4年5か月間の営業利益喪失の損害のすべてについて上告人らに賠償請求することができると判断したのであるから,この判断には民法416条1項の解釈を誤った違法があり,その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

5 以上によれば,上記と同旨をいう論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そこで,上告人らが賠償すべき損害の範囲について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。

 

参考

What Is Mitigation of Damages?
Mitigation of damages refers to the obligation of a party in a contract dispute to take reasonable actions to minimize the damages caused by the other party’s breach of the contract. The principle aims to discourage parties from idly sitting by and allowing the damage to increase without making any efforts to alleviate it.

In contract law, mitigating damages will often involve making reasonable efforts to reduce losses resulting from the breach of a contract. For example, if a person is hired to perform a job, and the hiring party cancels the contract in advance of the job, the hired party is generally expected to mitigate damages by seeking similar employment elsewhere, if available.