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 公正証書の内容となる法律行為の法令違反等に関する公証人の調査義務

 平成9年9月4日最高裁判所第一小法廷判決

裁判要旨    
公証人は、法律行為についての公正証書を作成するに当たり、聴取した陳述により知り得た事実など自ら実際に経験した事実及び当該嘱託と関連する過去の職務執行の過程において実際に経験した事実を資料として審査をすれば足り、その結果、法律行為の法令違反、無効及び無能力による取消し等の事由が存在することについて具体的な疑いが生じた場合に限って、嘱託人などの関係人に対して必要な説明を促すなどの積極的な調査をすべき義務を負う。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/538/052538_hanrei.pdf

 

    一 本件は、公証人が違法な内容の公正証書を作成したことにより損害を被ったと主張する被上告人が、上告人に対して、国家賠償法一条に基づき損害賠償を請求する事案である。

 二 原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

 1 釧路地方法務局所属公証人Dは、昭和六二年五月二〇日、債権者の代理人E並びに債務者及び連帯保証人らの代理人Fの嘱託に基づき、次の内容の準消費貸借契約公正証書(同年第七八七号、以下「本件公正証書」という。)を作成した。なお、Eは、司法書士であるFの事務所の事務長であった。

 (一) 債権者協同組合G専門店会(以下「組合」という。)

 (二) 債務者H

 (三) 連帯保証人被上告人及びI

 (四) 債務者は債権者に対し、昭和六二年三月二四日現在において、債権者の加盟店から買い受けた衣類等の買掛代金二六八万二〇四〇円の債務を負担していることを承認し、同日、当事者はこれを同額の消費貸借の目的とすることを合意した。

 (五) 元金は、昭和六二年四月から同六四年四月まで毎月三〇日限り(二月は二八日)一〇万〇四三〇円、同年五月三〇日七万〇四三〇円、同年六月から同年七月まで毎月三〇日限り五万〇四三〇円を支払う。利息は年一割五分とし、元金と同時に支払う。遅延損害金は年三割とする。割賦金の支払を一回でも怠ったときは期限の利益を失う。

 (六) 債務者及び保証人は、本証書記載の金銭債務を履行しないときは直ちに強制執行に服する。

 2 本件公正証書に記載された準消費貸借契約の旧債務は、立替払債務と貸金債務から成るものであったが、

(一) 立替払契約に基づく債務の一部二一〇万三一九五円は割賦販売法三〇条の三の適用があるものであり、

(二) 貸金債務二七万二八〇〇円は元本債務のほか年四五パーセント程度の割合による利息債務を含むものであった。

 3 本件公正証書が作成された経緯は、次のとおりである。

 (一) 組合は、組合員の経営する加盟店の商品販売に係る顧客のための立替払業務などを行っていたが、昭和六〇年ころ、顧客が支払を遅滞した場合につき、従来の債務承認弁済契約に代えて準消費貸借契約を内容とする公正証書の作成を嘱託することとし、そのために組合に常備して使用する公正証書作成嘱託委任状の定型用紙の案を作成した。組合は、従来から公正証書の作成嘱託に関する事務を依頼してきたF司法書士に対し、右定型用紙案について公証人とも相談して検討することを依頼した。D公証人は、F司法書士から相談を受けて、右定型用紙案の内容について意見を述べた。組合は、F司法書士及びD公証人の意見による修正を加えて定型用紙を完成させ、これを使用して公正証書の作成嘱託を行うようになった。右定型用紙には、準消費貸借契約の日付、債務者名、準消費貸借の目的となる債務の額、元金弁済期限並びに利息及び損害金の割合の欄を空白とするほかは、組合の加盟店から買い受けた衣類等の買掛代金を準消費貸借の目的とするなど公正証書の内容となるべき事項がすべて記載され、債権者である組合はEを、債務者及び連帯保証人はF司法書士を各代理人と定め公正証書作成を委嘱する一切の権限を委任する旨の記載のあるものであった。
 また、D公証人は、そのころ、右委任状定型用紙と同じ内容が記載された公正証書の定型用紙を作成した。

 (二) D公証人は、右委任状定型用紙案についての相談を受けた際、組合が割賦購入あっせんを業としていることは説明されていたが、組合が貸金業務を行っているとの説明は受けておらず、衣類等の買掛代金と記載された準消費貸借の旧債務の中に貸金債務が含まれることがある旨の説明も受けたことはなかった。
 なお、当時、組合が作成していた加盟店の顧客向けの入会案内書には、組合の会員になると分割支払によるショッピングをすること及びキャッシングサービスを受けることができ、キャッシングサービスの実質利率は年四五パーセント程度であることが記載されていたが、D公証人が右相談を受けた際に右入会案内書を見たとは認められない。

 (三) 被上告人の子であるHは、組合に加入し加盟店での買物などをしていたが、昭和六二年一月ころから組合に対する債務を履行期限までに支払うことができなくなった。同人は、同年三月二四日ころ、組合との間で連帯保証人を立てて公正証書を作成することを合意し、被上告人に無断で右委任状定型用紙の連帯保証人欄に被上告人の住所氏名を記載した上被上告人の実印を押捺して本件公正証書作成嘱託委任状のうち被上告人作成名義に係る部分を偽造し、右委任状及び被上告人の印鑑登録証明書を組合に交付した。被上告人は、本件公正証書の作成嘱託の代理権をF司法書士に授与したことはなかった。

 (四) 組合は、昭和六二年五月二〇日前ころ、本件公正証書作成嘱託委任状並びにH、被上告人及びIの印鑑登録証明書を持参してF司法書士らに対して公正証書の作成嘱託を依頼した。この時点において、右委任状には執行認諾条項を含めて公正証書の内容となるべき右1の(一)ないし(六)の各事項がすべて記載されており、委任状中の被上告人の住所の記載は「a町b町」から「紋別郡a町字ac番地d」(印鑑登録証明書記載の住所のとおり)に訂正されていた。F司法書士らは、そのころ、債権者、債務者及び連帯保証人の各代理人として、D公証人に対して右各書類を提出して本件公正証書の作成を嘱託した。D公証人は、右委任状及び印鑑登録証明書を審査し、問題がないものと判断し、代理人及び当事者に対して説明を促すなどの調査をせず、右(一)の公正証書の定型用紙を用いて本件公正証書を作成した。

 三 被上告人は、本件訴訟において、D公証人には、

(一) 委任状の被上告人の住所が訂正されていたのであるから、被上告人に対して公正証書作成嘱託の代理権をF司法書士に授与したかどうかを確認すべき義務があるのにこれを怠った、

(二) 対立当事者の一方の代理人がF司法書士、他方の代理人がその事務長であり、実質的に双方代理に当たる場合であるから、双方代理の点について問題がないかどうかをF司法書士に対して確認すべき義務があるのにこれを怠った、

(三) 準消費貸借契約についての公正証書を作成するのであるから、旧債務の内容を代理人又は当事者に確認すべき義務があるのにこれを怠った、

(四) 組合が割賦購入あっせん及び貸金を業務として行っていることを知っていたか、又は知るべき義務があったから、買掛代金と表示された旧債務の中に割賦販売法及び利息制限法の規制を受けるものが含まれないかどうかを代理人又は当事者に確認すべき義務があるのにこれを怠ったという過失があると主張した。

 四 原審は、前記事実関係に基づき次のとおり判断して、被上告人の本件請求を四万円の限度で認容すべきものとした。

 1 公証人は、提出された委任状その他の書類、当該公証事務処理及びそれ以前の事務処理の過程で知った事実、事例によってはこの過程において知るべき義務のあった事実等により審査し、法令違反の存在、法律行為の無効等の疑いが生じた場合には、当事者等に必要な説明を求めるなどして、違法な公正証書を作成しないようにすべき義務がある。

 2(一) 被上告人は本件公正証書の作成嘱託をF司法書士に委任していないから、本件公正証書のうち被上告人に関する部分は無効である。

 (二) 割賦販売法三〇条の三の適用のある債務を旧債務とする準消費貸借契約についても同条は適用されると解すべきであるから、本件公正証書のうち旧債務を前記二2(一)の立替払契約に基づく債務とする部分についての利息年一割五分、遅延損害金年三割の約定は、同条に違反する。

 (三) 本件公正証書のうち旧債務を前記二2(二)の貸金債務とする部分について、既払利息のうち利息制限法に違反する部分の元本充当計算を行わずに準消費貸借契約における元本とした点には、存在しない債務を消費貸借の目的とした違法がある。

  3(一) 委任状における被上告人の住所が訂正されていたからといってD公証人に被上告人に対して公正証書作成嘱託意思を確認すべき義務があったとはいえない。

 (二) D公証人に提出された本件公正証書作成嘱託委任状には執行認諾条項を含めて公正証書の内容となるべき事項がすべて記載されていたのであるから、双方代理の点について問題がないかをF司法書士に対して確認すべき義務があったとはいえない。

 (三) 準消費貸借契約公正証書は旧債務が他の債務と識別できる程度に具体的に特定されて表示されることが必要であるから、D公証人は、委任状の定型用紙の内容について相談を受けた際、組合から前記二3(二)の入会案内書等の資料を提出させるなどして組合と顧客間の取引の形態を把握する義務があり、右義務を履行していればその過程で組合の割賦購入あっせん業務の内容を把握することができ、さらに、本件公正証書の作成嘱託を受けた際には委任状に記載された「組合の加盟店から買受けた衣類等の買掛代金」に割賦販売法三〇条の三の規制を受ける立替払契約に基づく債務が含まれているかを確認することにより同条に違反する公正証書を作成することを避けることができたものであって、この点において過失を免れない。

 (四) D公証人は、組合が貸金業務を行っていることを知らず、委任状の定型用紙案の相談を受けた際に「組合の加盟店から買受けた衣類等の買掛代金」に貸金債権も入る旨の明示的説明を受けたこともないことからすると、公証人の審査権限に照らし、委任状の定型用紙案の相談を受けた際にも本件公正証書の作成嘱託を受けた際にも、買掛代金の中に貸金債権が含まれていないかどうかを積極的に確認すべき義務があったとはいえない。

 4 よって、上告人は、被上告人に対し、右3(三)のD公証人の過失により被上告人が被った損害(組合に対する請求異議訴訟等の弁護士費用のうち三万円及び慰謝料一万円)を賠償すべきである。

 五 しかしながら、原審の右四の2並びに3の(一)、(二)及び(四)の判断は是認することができるが、その余の判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。

 1 公証人法(「法」)は、公証人は法令に違反した事項、無効の法律行為及び無能力により取り消すことのできる法律行為について公正証書を作成することはできない(二六条)としており、公証人が公正証書の作成の嘱託を受けた場合における審査の対象は、嘱託手続の適法性にとどまるものではなく、公正証書に記載されるべき法律行為等の内容の適法性についても及ぶものと解せられる。

しかし、他方、法は、公証人は正当な理由がなければ嘱託を拒むことができない(同法三条)とする反面、公証人に事実調査のための権能を付与する規定も、関係人に公証人の事実調査に協力すべきことを義務付ける規定も置くことなく、公証人法施行規則(昭和二四年法務府令第九号)において、公証人は、法律行為につき証書を作成し、又は認証を与える場合に、その法律行為が有効であるかどうか、当事者が相当の考慮をしたかどうか又はその法律行為をする能力があるかどうかについて疑いがあるときは、関係人に注意をし、かつ、その者に必要な説明をさせなければならない(一三条一項)と規定するにとどめており、このような法の構造にかんがみると、法は、原則的には、公証人に対し、嘱託された法律行為の適法性などを積極的に調査することを要請するものではなく、その職務執行に当たり、具体的疑いが生じた場合にのみ調査義務を課しているものと解するのが相当である。

したがって、公証人は、公正証書を作成するに当たり、聴取した陳述(書面による陳述の場合はその書面の記載)によって知り得た事実など自ら実際に経験した事実及び当該嘱託と関連する過去の職務執行の過程において実際に経験した事実を資料として審査をすれば足り、その結果、法律行為の法令違反、無効及び無能力による取消し等の事由が存在することについて具体的な疑いが生じた場合に限って嘱託人などの関係人に対して必要な説明を促すなどの調査をすべきものであって、そのような具体的な疑いがない場合についてまで関係人に説明を求めるなどの積極的な調査をすべき義務を負うものではないと解するのが相当である。

そうすると、原審の判断のうち、(一) 公証人の知らない事実についてその職務執行の過程で知るべきであったとした上、右事実に基づき法令違反等の疑いが生じる場合にも当事者に必要な説明を求める注意義務があるとした点(前記四1)、(二) D公証人が委任状の定型用紙案の相談を受けた際に前記入会案内書等の資料により組合の割賦購入あっせん業務の内容を知るべきであり、かつ、知ることができたことを前提に、同公証人には本件公正証書の作成嘱託を受けた際に旧債務に割賦販売法三〇条の三の規制を受ける債務が含まれているか否かを確認する義務があるとした点(前記四3(三))は、是認することができない。

 2 そこで、本件におけるD公証人の過失の有無について判断するに、前記事実関係の下においては、本件公正証書作成嘱託委任状における準消費貸借の旧債務の記載が債務の特定として不十分であるとはいえないからD公証人が旧債務の内容について調査を尽くすべきであったとはいえないし、また、右委任状の「組合の加盟店から買受けた衣類等の買掛代金」の記載から本件準消費貸借の旧債務の中に割賦販売法三〇条の三の規定の適用を受ける立替払契約に基づく債務が含まれているという具体的な疑いが生じるとまではいえないから、法定利率を超える割合による遅延損害金等の定めが記載されているからといって本件準消費貸借契約が同条に違反するという具体的な疑いが生じたということもできないのであって、他に同条違反の具体的な疑いが生じるような事情も認められない本件においては、同公証人に同条違反の点について関係人に必要な説明を促すなどの調査をすべき注意義務があったということはできない。

原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上の説示によれば、本件公正証書作成に関してD公証人に被上告人主張の過失があったとは認められないから、被上告人の請求は全部棄却すべきである。

The Notary Public Act ("the Act") stipulates that a notary public may not prepare a notarial deed for matters that violate laws and regulations, legal acts that are invalid, and legal acts that can be nullified due to incapacity (Article 26). Thus, when a notary public accepts a request to create a notarial deed, their review is not limited to the legality of the procedure but also extends to the legality of the content of the legal acts to be described in the notarial deed.

On the other hand, while the Act states that a notary public cannot refuse a request without a legitimate reason (Article 3 of the same Act), it does not provide provisions granting notaries the authority to investigate facts, nor does it obligate related parties to cooperate with such investigations. In the Notary Public Act Enforcement Regulations (1959 Ministry of Justice Ordinance No. 9), it is only stipulated that a notary public, when creating a document for a legal act or providing certification, must notify the related parties and provide necessary explanations if there are doubts about the validity of the legal act, whether the parties involved have given due consideration, or whether they have the capacity to perform the legal act (Article 13, Paragraph 1). Considering this structure of the Act, it is reasonable to interpret that the Act does not principally demand a notary to actively investigate the legality of the entrusted legal acts but imposes an investigation obligation only when specific doubts arise during their duties.

Therefore, when preparing a notarial deed, it is sufficient for a notary public to review based on the facts known from the statements they have heard (or, in the case of written statements, the contents of those written statements) and facts they have personally experienced, as well as facts they have experienced in the course of performing related duties in the past. If, as a result of this review, there arise specific doubts about violations of laws and regulations, invalidity, or nullification due to incapacity, then the notary should prompt related parties like the client for necessary explanations and conduct investigations. However, it is reasonable to interpret that they do not have an obligation to actively investigate unless there are such specific doubts.

 

弁護士中山知行